第26話 不愉快な晩餐
これまでの行程とは異なり、さすがに貴族の館での滞在の為、アイリ達には華美過ぎない衣装が用意されていた。
与えられた部屋に入った一行は、少し休憩した後は早速身支度を整え、あまり気が乗らない晩餐に備える。そして伝えられた時刻通りに使用人が彼女達を呼びに来た為、色々と思うところはあっても大人しく食堂へと出向いた。
「今夜は、この屋敷に多くのディル位の方々をお迎えできて、大変光栄に思います。この度の任務の成功を願って、乾杯」
「乾杯」
食堂でデスナール子爵夫妻と子爵の異母弟達と共に、藍里達が大きな長方形のテーブルを囲むと、当主であるジェラールが自分の異母弟達を簡単に紹介してから、挨拶をして乾杯の音頭を取った。全員がそれに唱和して会食が始まると、すぐ近くに座っているルーカスに、ジェラールが恐縮気味に声をかけてくる。
「ルーカス殿下。この度は本当に、この様な辺鄙な場所にまで足を運んで頂いて恐縮です」
その謝罪の言葉に対して、ルーカスが鷹揚に頷く。
「デスナール子爵、気にしないでくれ。ディルとしての任務を選り好みするつもりは無いし、普段なかなか央都から出る事が無いから、見聞を広げる意味でも今度の事は良い機会だと思っている」
「ありがとうございます。何か必要な物や気になる事がありましたら、遠慮無く仰って下さい」
「ああ、その時は宜しく頼む」
そんな風に和やかに言葉を交わしている横で、食事の手を止めていた藍里に、レイチェルが若干心配そうに声をかけてきた。
「アイリ様、料理で何か不都合な事でもございましたか?」
それを聞いて、変な風に気を遣わせている事に気付いた藍里は、笑って否定した。
「いえ、とても美味しいです。この川魚のカルパッチョ風の物は、今までに食べた事が無い味付けと食感なので、思わずどんな風に調理したのか考えていただけです」
「そうでしたか」
「ですが、全然分からなくて。差し支えなければ、料理人からレシピを教えて貰っても宜しいですか?」
「それなら後で料理人に話して、レシピを書かせましょう。アイリ様に興味を持って頂けたと聞いたら、彼もきっと喜びます」
「ありがとうございます」
そんな風に女同士で和やかな会話をしていたのも束の間、ここで無粋な台詞が割り込んだ。
「実はこんな料理は、ここら辺ではありふれているんですがね」
「央都暮らしの方には、却って新鮮なんでしょう」
「それにそちらのお嬢さんは、央都暮らしですら無いみたいですし?」
「お前達、止めないか」
あからさまに見下す様な言動をしてきた異母弟達を、すかさずジェラールが穏やかな口調ながら叱責した。それで彼らは一応口を噤んだが、ニヤニヤと嫌らしく笑うのを止めず、藍里は素知らぬ顔で食事を続けながら考えを巡らせる。
(さっきの紹介だと、こいつらは当主の異母弟だから一応貴族扱い。だから央都にも行くし、場合によってはアルデインにも出向いてるのよね? 跡を継げなきゃ、妻子は平民だけど)
そして何となく会話が無くなり、微妙に空気が悪くなってきた中、兄弟順ではジェラールのすぐ下のレナードが、さり気なくウィルに声をかけてきた。
「そう言えばウィラードは、相変わらず公爵閣下に向こうでこき使われているのか?」
「ディルにまでなったのに、勿体ない」
「都合の良い便利屋扱いじゃないのか? そろそろこちらに戻って来たらどうだ?」
レナードに引き続き、ジョイスとバーンも口々に言ってきた為、ウィルは冷めた目をしながら素っ気なく答える。
「別に、公爵に良い様にこき使われている訳では無いし、自分の仕事に誇りを持って、任務を遂行しているだけです」
彼としてはここで話を終わらせるつもりだったのだが、彼の異母兄達はニヤリと笑って話の矛先をジェラールに向けた。
「ほう? そろそろ向こうの仕事に嫌気が差して、戻って来るかと思って聞いてみたが、そうでも無いらしいな」
「それなら兄上。ウィラードは向こうでの生活を止めるつもりは無い様なので、こちらの事はこちらできちんと決めておくべきでは無いですか?」
「そうですよ。兄上達には未だに跡取りになる子供がいないんですから。この状態で、もし兄上に何かあったら、デスナール子爵領が混乱します」
したり顔で言い出した異母弟達の言葉に、レイチェルとウィルは僅かに顔色を変えたが、ジェラールは一見平然と言い返した。
「私は別に、病を患ったりはしていないが?」
「しかし、あの魔獣騒ぎが突然勃発しましたし。いつ何時、何が起こっても不思議は無いでしょう」
「本当に、あれには驚きました。討伐隊を率いて行きましたが、手も足も出ませんで」
「さすがにこのザルベスにまで魔獣が押し寄せるとは思えませんが、兄上が急に病に倒れる可能性は皆無とは言えますまい」
「そうですよ。ですからこの際、養子を取られませんか? 幸い、私の所には息子が三人もいますから、お望みの子と養子縁組みして構いませんよ?」
「いやいや、いきなり男子を養子にしても、それの出来が悪かったら目も当てられませんよ。ここは一つ養女を取って、成人したら有能な婿を取るのが、デスナール子爵領の為でしょう」
「せっかく養子を取るなら、やはり容姿も能力も兼ね備えた者が良いに越した事はありませんが、そうなるとやはり私の息子か娘ですね」
「ふざけるな! 馬鹿面晒して、親馬鹿もいい加減にしろ!」
「お前とあの女房から生まれたのに、並以上の子供の訳があるか!」
「何だと!?」
「三人とも止めろ!! 客人の前だぞ!!」
当主の意向など丸無視で勝手に主張し始めた挙げ句、互いに罵り合い始めた連中を、ジェラールはさすがの貫禄で一喝して黙らせた。
この間、藍里達は唖然として目の前で交わされているやり取りを聞いていたが、(本当にろくでもないわね、この三馬鹿連中)と呆れ果てた藍里は、静まり返った隙に控え目に問いかけてみる。
「デスナール子爵、一つ質問しても宜しいですか?」
「はい、アイリ嬢。何でしょうか?」
話題を変えるきっかけになりそうだと思ったのか、幾分安堵した様な表情でジェラールが応じると、藍里は真顔で質問を繰り出した。
「今回の魔獣騒ぎですが、まず子爵家の方で対処しようとしましたが手に負えないと断念して、央都に救援を求めたのですよね?」
「はい。仰る通りです」
「その指揮は、子爵自らが執った訳では無いですよね? 他にも領地経営の雑務とか、央都に出向く時だってありますし」
「はい。家臣に任せていました」
神妙に答える相手に対して、藍里は淡々と質問を続けた。
「さっきジョイスさんが『討伐隊を率いて』云々と言っておられた様なので、三人ともこの件に関わっておられたかと思うのですが」
「ええ。それぞれに我が家の私兵をある程度与えて、指揮を執らせましたが。それが何か?」
「それで悉く失敗したと言う事ですよね? 私達がここにこうして出向いている訳ですから」
「そうなりますね」
若干皮肉っぽく笑いながら確認を入れてきた藍里に対し、ジェラールは表情を消して頷き、この間黙って話を聞いていた三人は鼻白んだ。しかしそんな彼らに向かって、藍里がわざとらしく言い出す。
「そうですか~。それはお三方に取っては、もの凄く残念極まりない結果になりましたね~」
「何が言いたいんだ」
忽ち眉間に皺を寄せながらレナードが凄んできたが、それをジェラールが制止する前に、藍里が幾分馬鹿にした口調で言ってのけた。
「別に? 大した意味は無いんですが、これだけの大事を無事に綺麗に解決できていたら、お子さんの養子縁組だって『あの親の子供なら』と、するっと決まったんじゃ無いかな~、と思いまして」
「…………」
三人は内心で腹を立てたものの、藍里の言い分は尤もな為、揃って黙り込んだ。それに彼女が、追い打ちをかける。
「何か先程から話を伺っていましたが、聞けば聞くほど全然実力が無くて誇れる物は子供の数だけって言う、残念極まりない勘違い人間としか思えない様な発言だな~と」
「ふざけんなよ!? 何様のつもりだ、貴様?」
「いい気になるのもいい加減にしろ!」
「公爵がちょっと目をかけていると思って!」
勢い良く椅子から立ち上がりながら、レナード達が藍里の暴言を遮って怒声を浴びせたが、その事態を放置出来なかったジェラールが、再度テーブルを叩きながら彼らを叱りつけた。
「黙れと言っているのが分からんか!! 三人とも、ここから出て行け!! これ以上、ルーカス殿下の前で醜態を晒すな!!」
「ちっ」
「恥晒しなのはどちらだ」
あからさまに当主に逆らう事もできず、レナード達は小声で悪態を吐きながら退室し、彼らの姿が完全にドアの向こうに見えなくなってから、ジェラールがルーカスに向かって深々と頭を下げた。
「皆様、不快な思いをさせて、申し訳ありません」
「子爵が詫びる事では無いだろう?」
「いえ、今回の騒ぎを領内で解決出来なかったのは、ひとえに私の力量不足です。あの者達を、使いこなせていない事も然り。重ねてお詫び申し上げます」
ひたすら恐縮している彼を気の毒に思ったルーカスは、相手を宥めながら気まずい空気を何とかしようと話題を変えた。
「分かった。謝罪は受け入れよう。その代わり、これまでに発生、及び報告のあった魔獣に関して、できるだけの情報提供を頼む」
「勿論です。食事が済みましたら部屋を移動して、これまでの詳細な報告をさせて頂きます」
幾らか安堵した表情で頷いたジェラールを見てから、ルーカスは隣の席の藍里に苦々しげに囁いた。
「もう少し考えて発言しろ」
その非難に、藍里が即座に小声で言い返す。
「だってムカついたんだもの。それに私が言えば、一番角が立たないでしょう? あんたが下手に口を出したら、公爵家がデスナール子爵家の後継問題に口を突っ込む気かと言われかねないし、ウィルさんはばっちり当事者だし」
「確かにそうだし、俺もムカついてはいたがな」
彼女の主張に反論できず、ルーカスは小さく溜め息を吐き、それからは表面上は問題無く会話と食事は続いていった。
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