第27話 疑惑

 晩餐の後、ジェラールに先導されて書斎に移動した藍里達は、そこで子爵領の地図を見ながら、今回の騒動に関しての詳細な説明を受けた。

 当然藍里を含めた全員がそれに真剣に聞き入り、不明な点を幾つか質問して解説して貰ってから、ジークが話をまとめにかかる。


「これまでの経過は、良く分かりました。それでは早速明朝、検討したこのルートで、問題の場所へ向かいます」

 地図上で軽く指を滑らせながら告げると、ジェラールが真剣な顔で頭を下げた。


「宜しくお願いします。道案内と護衛を兼ねて、我が家の私兵を二十名程付ける予定になっていますので」

「助かります。それでは私達は、そろそろ休ませて頂きます」

「分かりました。どうぞおくつろぎ下さい」

 そう言って微笑んで書斎から一同を送り出そうとしたジェラールだったが、ここで話の間比較的大人しくしていたウィルが申し出た。


「兄上、話があるのですが。これから少し、お時間を頂けませんか?」

「ウィラード?」

 途端に訝しげな顔になったジェラールと共にウィルがルーカスの顔色を窺うと、言わんとする事を察した彼が笑いながら頷いた。


「ウィル、構わないぞ? 私達は先に部屋に戻っているから」

「すみません」

 そしてルーカス達を見送り、書斎に兄弟二人きりになってから、ジェラールは微妙に不機嫌そうに弟に問いかけた。

「お前が一体、何の話があるんだ?」

 それに対してウィルが、若干躊躇しながら口を開く。


「その……、最近の領内の様子はどうですか?」

「領内どころか、リスベラントにも居ないお前には、全く関係ない事だ」

「そうかもしれませんが……」

 話をぶった切られてウィルが黙り込んでいると、ジェラールが若干苛立たしげに促してくる。


「話はそれだけか。それならさっさと殿下達の所に行かないか」

「兄上は最近、アルデインには出向いているのですか?」

「頻繁にでは無いがな。それが?」

 何を言い出す気かと不審な目を向けてくる同母兄に向かって、ウィルは思い切って尋ねてみた。


「その……、姉上と一緒に、不妊治療とかをされているのかと思いまして」

 しかしそれを耳にした瞬間、兄から弟に向かって殺気の籠もった眼差しが向けられる。

「それがお前に何か関係があるのか? 確かに私達に子供ができない方が、お前には都合が良いだろうが」

 最後は自嘲気味に笑いながら言われた内容に、ウィルははっきりと顔色を変えた。


「どういう意味ですか!? 私は別に、爵位や領地を欲してはいません!」

「どうだかな」

「兄上!」

「話はそれだけか?」

 如何にも面白く無さそうに言葉を継いだ兄に対して、ウィルは若干顔を強張らせながら問いを重ねた。


「兄上は、子爵家の当主と言う立場を、どう捉えていますか?」

「どう、とは?」

「最優先に考え、守らなければならないものは何だと考えていますか?」

 一瞬、意味を捉えかねたジェラールだったが、ウィルの補足説明を聞いて即答した。


「領民と、彼らの安定した生活が最優先に決まっている。それがどうした」

「いえ、それならば良いです。遅くにお邪魔しました」

 事も無げに告げてから、怪訝な顔で自分を凝視してきた兄を見て、(この様子なら領内でわざと魔獣を発生させる様な真似はしない筈だな)と密かに安堵したウィルは、一礼して引き下がった。

 今回の一件では色々と面倒な事が重なっていたが、取り敢えず最悪の事態は回避できた事で、ウィルが気分良く廊下を歩いていると、暗がりの中から声をかけられた。


「……ウィル」

 一瞬動揺して身構えたものの、柱の陰から姿を現したジークを認めたウィルは、すぐに警戒を解いて彼に向かって歩み寄った。


「どうした?」

「ここの領内ではお前の顔は割れてるし、案内役の私兵も付くから変装しても意味は無くなるが、ある意味危険性は増大している事は、ちゃんと理解しているよな?」

「そのつもりだが。わざわざ言うほどの事か?」

 不思議に思いながら、与えられた部屋に向かって二人並んで歩き出したウィルだったが、次のジークの台詞で思わずその足を止めた。


「その私兵達が総出で俺達に襲いかかって来た場合、お前は連中を一人残らず切り殺せるか?」

「おい、ジーク。人聞きの悪い事を」

「生憎と俺は、今でも子爵を完全に信用していない。殺せる自信が無いなら、これから同行するのは止めておけ。と言うか、足手まといだから、これ以上付いて来るな」

 これまでの事を考えると、デスナール家やその周辺を盲信できない事は理解していたウィルだったが、さすがに気分を害しながら語気強く言い返した。


「言いたい放題言いやがって。あまり見くびるなよ? 確かに領民に手をかけるのは気分が良くないが、だから止めるとか何の冗談だ。殿下とアイリ嬢を警護しつつ魔獣を討伐し、可能ならその発生源を断つ。それが今回の俺の任務だ。それを妨害するものは、魔獣だろうが領民だろうが討つ」

「分かっているなら良い」

 ジークが素っ気なく告げて再び歩き出した為、ウィルも慌てて並んで歩きながら、苦笑交じりに相方に声をかけた。


「やりにくいなら俺が切ってやるとか、思ってるだろ」

「俺はそんなに親切じゃない」

「とんだお節介野郎だな」

 淡々とした口調のジークに、ウィルは苦笑いを堪えながら、そのまま並んで歩いて行った。


 ※※※


 翌朝。空は晴れ渡り、理想的な旅立ちの日を迎えた。

 子爵邸の前庭には、藍里達一行の他、子爵家の私兵や使う兵糧や武器の類が積まれた荷馬車が揃っており、なかなかの賑わいを見せていた。そんな光景を眺めながら、ルーカスが呆れ気味に至近距離に立っている藍里に声をかける。


「ここからは子爵家の私兵に案内させるから、里帰りの若奥様とその一行の偽装をする必要が無いとはいえ、まさか本当にお前が馬に乗れるとは思わなかったぞ。最初から聖騎士狙いで、訓練とかしていたわけでもあるまいし」

 目立たない様に髪と瞳の色は魔術で偽装したまま、身軽な服装で馬の手綱を引いていた藍里は、それを聞いて苦笑いした。


「昔こっちに来る度に、界琉と悠理と一緒に馬に乗っていたから。暫く乗っていなかったからちょっと不安だったけど、さっき少し乗ってみたら問題なかったわ。やっぱり身体は覚えているものね」

「まさか裸馬にも乗れるとか言い出さないよな?」

「鞍を付けずにって事? 昔はやってたとは思うけど……、今はできるかな?」

「本当にグレン辺境伯達は、どういう育て方をしていたんだ」

 平然と答える藍里に、ルーカスが本気で頭を抱えていると、ジェラールが二人に歩み寄って声をかけてきた。


「殿下やアイリ嬢。この度はお手を煩わせて、誠に申し訳ございません。宜しくお願い致します」

「ああ、全力を尽くしてくる。こちらで必要な情報や物品を、色々と提供してくれて助かった」

「それ位は当然です。お気を付けて。何か有りましたら、すぐにお知らせ下さい」

「ああ、その時は宜しく頼む」

 そんな風に子爵家の当主として頭を下げたジェラールは、それから少し離れた場所に固まって話していた、ウィル達の所に向かった。


「ウィリアム」

「はい。何でしょうか、兄上?」

 何気なく振り返ったウィルと、話を止めて静観の構えになったジークとセレナの前で、ジェラールは何やら言いたげな表情で弟を見つめていたが、少しして当たり障りの無い激励の言葉を口にした。


「いや……、何でもない。気を付けて行け」

「はい」

 そこですぐに踵を返したジェラールを見送って、ウィル達は当惑した顔を見合わせたが、そうこうしているうちに予定していた出立時間になった。

 全員が与えられた馬に騎乗し、点呼を取りながら隊列を組んだ上で、私兵のまとめ役であるガレオンが、短くルーカスに報告する。


「それでは主な目撃地点まで、打ち合わせていたコースで向かいます」

「宜しく頼む」

 そして「出発!」の掛け声と共に馬を常歩で進め、子爵邸の住人や使用人達に見送られてその場を離れた藍里は、どこか不安げな表情を浮かべた当主夫妻の顔を思い浮かべながら、周囲を囲んでいる兵士達を密かに観察した。


(さて……、一応、道案内と護衛を兼ねてるこの人達が刺客とかじゃ無いなら、現場まではトラブルは無く到達できると思うんだけど、どうなのかしら? だけどこの状態なら、嫌でも開き直るしか無いわね)

 結構深刻な状況にも関わらず、藍里はかなり楽観的な気分のまま平然と馬を操り、目的地へ向かって街道を疾走し始めた。

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