第7話 来住本家の思惑
藍里とルーカスの任務について話し合った翌日。時間を無駄にはできないと、藍里は学校からの帰路、来住本家である伯父の家に顔を出した。
従兄の一成に出迎えられ、座敷に通された藍里とルーカスは、簡潔にリスベラントからの指示について述べると、相手はすぐに納得した様に頷く。
「なるほどね。それで出かける一週間後までに、藍華や紅蓮の他にも何か使えそうな武器があれば調達したいと、殿下と一緒に訪ねて来たわけだ」
「そういう事。話を聞く限り、そうとうヤバそうだし。一応紫苑も借りていきたいんだけど」
真顔で頼み込んだ藍里に、一成は軽く首を傾げながら、事も無げに答えた。
「うちとしてはそれは全く構わないけど、例の皆さんを護衛に付けてくれるんだろう? そんなに心配する必要は、ないんじゃないか?」
そのどことなくのんびりとした口調に、藍里が思わず愚痴る。
「何か一成さんって、いつものほほんとしてるかも……」
「悪いね、性分で。分かった。俺達で考えて、藍里が使いこなせそうな物があれば、出発までに何か準備しておこう。しかし『魔獣』か……。対象の生き物の行動パターンは個別? 集団?」
ここで急に真剣な顔付きになった一成が、視線を藍里からルーカスに合わせて問いを発した為、ルーカスは一瞬驚いたものの、すぐに落ち着き払って答えた。
「大抵は群れを作らずに、個別に行動している筈です」
「凶暴性は分かったけど、具体的な大きさは? 変に巨大化して象みたいになるとか」
「いえ、通常の家畜や馬の、せいぜい二倍位までかと思いますが」
「そうですか……。ですが、それはあくまでも、自然発生的に出現した魔獣の場合ですよね? 今回の様に人為的に発生させたと疑われる場合、それらの条件が当てはまるでしょうか?」
「それは……」
一成に指摘されて、ルーカスは言葉に詰まってしまった。しかしそんな彼を見て、一成が困った様に軽く頭を下げる。
「すみません、意地悪で言ったわけではないんです。効果的な武器を作る為に、なるべく多くの情報が欲しかったもので。大前提として、アルデインとリスベラントを繋ぐ扉を通り抜けられない物や生き物は持ち込めないみたいですから、象を連れて行こうとしても駄目だとは分かりますし。大方の所は分かりました」
「宜しくお願いします」
それ以上詳しく問われる事は無かった為、安堵しながらルーカスが頭を下げると、一成は藍里に向き直って尋ねた。
「ところで、そろそろ親父の仕事が終わる頃合いだから、仕事部屋に顔だけ出して行くかい?」
「……そうね。一応挨拶していくわ」
書道家である伯父が作業部屋に籠もっていると、一番最初に説明を受けていた藍里達は、一成を相手に話していたが、彼に促されて顔だけ出して行くことにした。
一成の先導で廊下を進むと、作業の妨げにならない様にか、彼は無言で作業部屋の襖を静かに引き開けた。そして藍里達が室内を覗き込むと、最終的には軸装や額装を施されると思われる、それぞれ異なる文言を書き付けた、様々な異なるサイズの和紙が作業台や床に整然と並べられているのを目にする。
「うっわ、久々に凄い枚数を書いてるわね。やっぱり波に乗ってる所を邪魔できないわ。ここまま帰りましょうか」
「そうだな」
振り返って提案すると、同様唖然としていたルーカスが素直に頷いた。その為踵を返して歩き去ろうとした藍里の視界に、ある言葉が飛び込んでくる。
(『一殺多生』って、あまりおめでたい言葉とも思えないけど……。どうしてそんな言葉を書いているのかしら?)
思わずそれが書かれている用紙を凝視して、藍里が足を止めると、彼女達の気配を察知したのか、基樹が筆を置いて振り返った。
「やあ、藍里。来ていたのか。殿下もご苦労様です」
「ごめんなさい、伯父さん。仕事の邪魔をしちゃった?」
「お仕事中、申し訳ない」
二人が恐縮気味に頭を下げると、基樹は笑って手を振った。
「いえ、仕事と言いますか、頼まれた物の他に少々思うまま書き散らしていましてね。お見苦しい所をお見せしました。……ところで、またリスベラント絡みかい?」
その問いかけに、藍里はうんざりとした声で応じる。
「そうなの。下手すると、夏休み中かかりそう」
「おや、夏期講習は?」
不思議そうにそう尋ねられた途端、抑えていた藍里の怒りが沸騰した。
「うもぅ~っ!! せっかく申込みしてたのに!」
「はは……。まあ、仕方が無いさ。頑張って行って来なさい」
苦笑した基樹に宥められ、ふくれっ面の藍里がルーカスと帰ってから暫くして、一成がやって来て仕事を再開していた父親に声をかけた。
「父さん、藍里達が」
「来て帰ったんだろう? 挨拶だけはした。それで? 頼んだ物の準備はできているか?」
背後を振り返らずに、筆を動かし続けながら基樹が問うと、それを予想していたかの様に、一成が淀みなく答える。
「ああ。父さんから話があってからすぐに取り掛かって、全て調整を終わらせてる。後はもったいぶって、来週にでも渡すだけだ」
「そうか」
そこで一旦筆を置いた基樹は、たった今仕上げたばかりの作品を見下ろしながら、独り言の様に続けた。
「それと……、そろそろあれを試してみても良い頃合いかもな。界琉があの調子では、遅かれ早かれ公爵が痺れを切らす。つまらない事で、ダニエルさんを懐柔しようとした位だからな」
その呟きに、一成が溜め息を吐いてから応じた。
「大抵の事があっても対処できる様に、以前から継治共々準備万端にしてある。念の為、藍里に引っ付いて来ていた彼等にも、見られたら本当に拙い所は全く見せていないし。藍里が知ったら、盛大に文句を言われるだろうけど」
そう言って小さく肩を竦めた一成は、続けてある提案をした。
「じゃあそろそろ様子を見て、今まで準備してきたあれを、こっそり試してみようか? 色々やり方を考えてはいたが、実際にやってみて成功するかどうか、全く見当が付かないし」
それに思案顔で基樹が頷く。
「そうだな。お前達の都合が良ければ、界琉の結婚式当日辺りが丁度良いんじゃないか? 公爵令嬢の結婚式ともなれば、主立った面々は皆リスベラントに出向くだろうからな。少し肝を冷やしてやれ。冷やし過ぎて固まるかもしれんが」
その意地が悪すぎる提案に、一成が苦笑した。
「……父さんも、容赦無いな」
「見た目にあっさり騙される方が悪い」
「そうするとダニエル叔父さんや叔母さんはともかく、藍里達も巻き込まれる事になるんだけど?」
「分かっている。だがあの兄妹だったら、万が一の事が生じても、どうにかして生き延びるだろう。お前の心配など、無用だ」
あっさり父が断言したのを聞いて、一成は再度溜め息を吐いた。
「本当に辛辣だな。俺としては公爵様がトチ狂って、こっちに手を出して来ない事を祈るね」
「勿論、こちらから率先して事を構えるつもりは無い。相手の出方次第だ。俺はれっきとした平和主義者だからな」
「……平和主義者って言葉が泣くぞ」
本格的にうんざりしながら軽く首を振った一成は、ここで会話を切り上げて襖を閉めて姿を消した。そして用紙を入れ替え、再び筆を取り上げた基樹は、目の前に広がる白い和紙を見下ろしながら、誰に言うとも無く呟く。
「向こうには向こうの事情があるかもしれんが、こちらも守り抜かなければならない物があるからな」
取り上げて用紙の上に持って来たものの、基樹がそのまま空中で静止させていた筆から、少ししてから一滴墨汁が滴り落ちた。その白い空間にできた不吉な黒い染みを見ながら、基樹は更に暫くの間、何やら考え込んでいた。
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