第5話 裏事情
「それで、三人揃って出向いて来たのは、魔獣退治に関する話?」
廊下を歩きながら藍里が声をかけると、ウィルが溜め息を吐いて沈鬱な表情で応じる。
「もう耳にしていましたか……。界琉殿から説明がありましたか?」
「簡単にはね。ルーカスと合同でやれってだけ言われたけど。大体、魔獣って何? 詳細は三人から聞けって、とっとと帰ったし」
「本国から連絡を受けましたので、これから詳細についてご説明します」
「是非ともそうして貰いたいわ」
若干硬い表情で口を挟んできたジークに、藍里は小さく肩を竦めた。そしてリビングのドアを開けたが、室内に居たのがルーカスだけだった為、首を傾げる。
「ああ、来たのか」
「あれ? お母さんは? 台所?」
「旅行の荷造りが忙しいからと言って、部屋に戻った」
「……盛り上がってるわね。全く、人の気も知らないで」
ルーカスの説明に藍里はうんざりしながらソファーに座り、やって来た三人にも座る様に勧めた。そして全員がソファーに落ち着いてから、顔付きを改めて藍里が説明を促す。
「それで? どういう事なのか、きちんと説明して貰いたいんだけど」
「はい。以前、リスベラントの成り立ちについては説明しましたが、境界についての話は覚えていますか?」
ジークにそう問われた藍里は、記憶を探って思い当たった内容を口にした。
「境界って……、つまりリスベラントの外縁って事よね? 常時霧が立ち込めている森や山になっていて、その奥は足を踏み入れた人間が戻って来なくて、どんな風になっているのかはっきりしないって言う、物騒過ぎる謎のエリアじゃなかったかしら?」
「そうです。その為そのエリアは、普通の森や山とは区別して、霧が立ち込めている所から約5Km手前からを『辺境』扱いとし、地名は付けてありますが居住区域とはしていません。勿論そこを領地とはできないので、一代限りの貴族扱いの呼称に、そこの地名を付けた『辺境伯』の呼称が生まれたわけです」
「お父さんの『グレン辺境伯』みたいな奴ね。それは分かったけど、魔獣って?」
次なる疑問を藍里が口にすると、ジークは冷静に説明を続けた。
「昔から分かっている事なのですが、その辺境と呼ばれる地域では、特殊な魔力が生じているというか、空間の魔力が歪んでいると言うか……。とにかくそこに存在する生物が、何らかの影響を受けてしまうんです。それが居住不可地域に指定した理由の一つでもあるのですが」
「人間がいないなら、問題は無いんじゃないの?」
そんな素朴な疑問を呈した藍里に、ジークが困った様に説明を加える。
「人間はともかく、もともと森で暮らすような小動物とか、周辺から逃げ出して野生化した家畜などは、平気で森に入ってしまいますから」
「なるほど。それが魔獣とかになるわけね?」
「はい。著しく凶暴性を増し、個体によっては軽微な魔力すら行使するものも出て来るとか」
納得して頷いた藍里だったが、急に物騒になってきた話を聞いて、僅かに顔色を変えた。
「はぁ? ちょっと待って。それ本当? 私が退治しろって言われているそうだけど、それって結構手こずらないの?」
その訴えに、ジークは途端に難しい顔になった。
「現状を確認してみない事には何とも……。しかし以前から辺境での魔獣発生の報は、ポツポツ聞こえていましたが、ここ最近のルース地方の報告件数は群を抜いていまして。本来各領主で対応すべきところを、央都に救援を求めてきた位ですから。領民等に被害が出ているなど、現地では相当問題化しているのではと思います」
その説明を聞いて、藍里は思わず尋ねた。
「そういう問題が生じたら、普通は領主が対応するの?」
「はい。辺境に隣接した領地を持つ家の担当になります」
「因みに、本来なら今回の騒動を担当する家はどこなの?」
「デスナール子爵家です」
簡潔に語られた内容を、頭の中で記憶と照合した藍里は、少し驚いた表情でウィルに視線を向けた。
「あれ? ひょっとして、ウィルさんの実家とか?」
その問いかけに、ウィルが苦笑しながら頷いてみせる。
「そうですね……。現在の当主は、俺の実兄です」
(うわ……、役立たずな上、傍迷惑な当主よねとか、口走らなくて良かったわ)
藍里が内心で密かに胸を撫で下ろしていると、そんな彼女の顔色を見たウィルが、苦笑しながら言い出す。
「別に正直に言っても構いませんよ? 役立たずな上、傍迷惑な事は確かですから」
「ちょっ……、ウィルさんって、人の心が読めるの!?」
「お前の考えが顔に出まくりなだけだ!!」
「なんですって!?」
思わずと言った感じて叱りつけたルーカスに、藍里が盛大に噛み付く。そして舌戦に突入するかと思いきや、ウィルが急に表情を曇らせて呟いた。
「本当に、役立たずで傍迷惑なだけなら、良いんですが……」
「ウィルさん?」
「どういう事だ?」
その深刻そうな口調に、藍里は勿論ルーカスも言い合いを止めて彼に顔を向けると、ウィルは難しい顔付きのまま、その理由を語り出した。
「救援の申請書類に記載のあった、これまでの発生報告全てに目を通して来たんですが、我が家の領地での魔獣発生頻度が、他家の領地のそれと比較すると群を抜いているんです。加えて凶暴さも、レベルが違います」
「具体的に申しますと、普通に森に入り込む動物だと、周辺の草原や森に棲んでいる兎、狐、土竜、鳥類などが主ですが、そんなのが凶暴化してもそれほど脅威にはならないと思いませんか?」
「うん。イメージ的にも難しいわ」
藍里の疑問に答える様にセレナが分かり易く例えを持ち出した為、藍里は素直に頷いた。それを受けて、ウィルが説明を続ける。
「ですが今回の報告を見ると、元は馬、牛、犬、狼、熊、猛禽類などが凶暴化したものと思われまして。それらが領民の居住地域にまで姿を現して、死傷者がかなり出ています」
「他の領地と違って、そこだけって事よね? 何か理由があるの?」
「報告書ではそれに関しては不明となっていましたが、もしかしたら……」
「何?」
何やら急に口が重くなったウィルに、藍里が重ねて問いかけると、かなり迷う素振りを見せているウィルの代わりに、どうやら彼らの中では共通した推測らしい内容を、ジークが口にした。
「もしかしたらデスナール子爵が、魔獣化させる目的で、辺境に大量に大型の動物を移送投入した可能性があると言う事です」
それを聞いた藍里は完全に目が点になり、ルーカスははっきりと怒りの表情になった。
「は? 何で? だって動物を魔獣化させちゃったら、自分の領地が被害を受けるのよ? そんな事、普通に考えたらやるわけないじゃない!」
「当たり前だ! そんな事をしでかす人間が、領主などとは断じて認めないぞ!」
「……あの兄なら、やりかねません」
「どうして?」
苦渋に満ちたウィルの表情を見て、問い詰めらずにはいられなかった藍里が尋ねると、ウィルが自嘲気味に告げた。
「一つはオランデュー伯爵家に、媚を売る為。もう一つは私を体良く亡き者にしたいから、ですかね?」
「ごめんなさい、立ち入った事を聞いてしまうけど、ウィルさんとお兄さんって、兄弟仲が凄く悪いの?」
「それほど悪くは無いと思いたいのですが……、色々と事情がありまして」
「おい、無神経に口を挟むな」
かなり言い難そうにウィルが告げたが、彼自身は兄に対してそれ程悪感情を持っていないらしい事を悟って、藍里も難しい顔になった。そして窘めてきたルーカスにムッとしながらも、気になった事を口にする。
「じゃあ、もう一つだけ質問。デスナール子爵家とオランデュー伯爵家って、仲が良いの?」
この前の御前試合以前から、来住家と因縁が有り過ぎる伯爵家の名前が出て来た事で、藍里は嫌な予感を覚えながら質問を繰り出したが、その予想が裏切られる事は無かった。
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