第35話 藍里のはったり

〔どうしてこんな辺境に、封魔師が居るんだ!? それにどうして俺達の邪魔をする!〕

〔央都の封魔師を動かすなど、公爵が指示を出す筈がありません。どう考えても非公認の封魔師ですね〕

〔どこの家の飼い犬だ? デスナール家か? オランデュー家か?〕

〔そんな者を抱えているだけでも、公爵閣下に対する反逆罪と見なされても、文句は言えないと思いますが?〕

 苦々しげに言い合うルーカスとセレナに向かって、バーンが腫れ上がった顔に勝利の笑みを浮かべながら恫喝してくる。


〔はっ! 負け惜しみはそれ位にして、さっさと武器を捨てて貰おうか!〕

 藍里は突然周囲がわけが分からない言葉を喋り出した事で戸惑ったものの、ルーカス達が剣を地面に投げ捨てた事で、武装放棄を求められた事は分かった。しかし釈然としないまま呟く。


「急に何? それに皆、何を言ってるの? ひょっとして、言語変換魔術の効果が、切れているとか?」

 急に周囲が聞き慣れない言葉を喋り出した事に動揺した藍里だったが、予想外にそれに答える声があった。


「そうです。あなたが自分自身にかけておいた、あらゆる魔術が無効化されているので、リスベラント語と日本語の自動相互変換ができなくなり、あなたの髪と瞳の色も元の色に戻っています」

「そんな強力な魔術があるの?」

 過去の日本での生活の間にしっかり日本語を習得していたジークが、藍里に分かる様に説明したが、彼女は納得しかねる顔付きになった。その為、ジークは更に説明を加える。



「強力というか……。リスベラントの住民の中には、ごく希にですが、あらゆる魔術を無効化できる人間が生まれる事があります。彼等は封魔師と呼ばれ、幼い頃から央都に集められて、特殊な教育を受ける事になっていますが」

「特殊な教育? どうして?」

「魔術を日常生活で多かれ少なかれ使用しているリスベラントでは、その行使を妨げられる事は、生殺与奪に関わります。故に封魔師としての能力が顕現した者には幼い頃から厳しい倫理観を植え付け、代々の公爵直轄部隊の一員となるべく、最高レベルの教育を受けさせるのです」

「うわ、それって酷くない?」

 人権無視だと言外に匂わせた藍里だったが、ジークは首を振った。


「その代わりに成人後は、公爵側近に就任し、破格の待遇や報酬を約束されて、公爵の護衛や罪人の確保、護送などを一手に引き受ける事になります。不用意に他者の権利を侵害しない様にするのと引き換えですね」

「それは分かったけど……、そんな封魔師がどうして私達の邪魔をするわけ?」

 封魔師の職能については納得したものの、根本的な疑問が解決していない為、藍里が重ねて問うと、ジークはいつの間にかバーンの背後に居た、頭部をすっぽりと覆う覆面をした人物を忌々しげに眺めながら、悪態を吐いた。


「どこかの家で内密に育てられた非正規の封魔師が、奴らに加勢しに来たと言う事ですね」

「なるほど。裏で後ろ嫌い事をやってるなら、そういう家来がいたらもの凄く便利でしょうね」

 目の部分だけをくり抜いた様な、場違いにも程がある覆面をかぶった人物の他にも、屈強な男達が新たに十人程増えているのを認めた藍里は、多勢に無勢なのを悟った。


〔おい! さっきから何をわけが分からない事を喋っている! さっさと、その槍の様な物を離せ!〕

 苛ついた様にバーンが喚いたのを聞いて、既に自分の剣を放棄して藍里の所ま来ていたジークは、取り敢えずの身の安全の為、彼女に藍華を手放す様に告げる。


「アイリ様、連中は武装解除を要求しています。この場は一旦、藍華を放棄して貰えませんか?」

 その申し出に対し、藍里は一瞬不快げに顔を歪めた。


「魔術無しでも、なぎ払うのはできると思うんだけど?」

「私達は魔術を行使できませんが、残念ながら連中はそうではありません」

「ハンデあり過ぎか。……仕方がないわね」

 諦めて藍里が地面に藍華を置くと、バーンの勝ち誇った高笑いがその場に響き渡った。


〔はっ、最初から大人しくしておけば良い物を、手こずらせやがって! 無様なものだな、ウィラード!〕

 勝利宣言以外の何物でも無いそれに、周囲を武器を持つ男達に囲まれながらも、ウィルが憤怒の形相で異母兄を糾弾する。


〔バーン、貴様……。よりにもよって、もぐりの封魔師なんかどこから連れて来た! 少なくとも我が家の領地内には、そんな奴は存在しない。やはりオランデュー家か!?〕

〔そんな事、お前が知る必要は無い。知る暇も無いだろうしな。これまで妾腹って事で、散々煮え湯を飲まされてきた分、最後までいたぶって殺してやるぞ〕

 その言外に含む物を悟ったウィルは、チラッと背後を振り返ってから、冷静に確認を入れた。


〔邪魔な俺はともかく、殿下やアイリ殿まで殺す気か?〕

〔当たり前だ。お前は当然だが、そいつらは悉く、あのお方の邪魔をしやがったんだ。もう存在自体が目障りだから、確実に殺せと指令が出ているしな〕

〔……貴様〕

 語るに落ちたとはこの事で、バーンの後ろで糸を引いている黒幕が居る事、更にそれが高確率でオランデュー伯爵、もしくはアメーリアである事が藍里達に推察できた。それを連中も察したのか、覆面の人物がバーンの腕を軽く引き、何やら注意を促す様に声をかける。するとここで、予想外の声が上がった。


「ちょっと! そこの子供の数しか、誇れる物がないあんぽんたん!」

〔何だ? 小うるさい女だな〕

 堂々と日本語で呼びかけた藍里に、バーンは煙たげな声を返したが、彼女はそれに構う事無く、来ていたシャツの前ボタンを上から順に外しながら、威勢良く言ってのける。


「大体、何を言ってるのか分かるけどね、これを見てから同じ事が言えるんだったら、言ってみなさい!!」

「アイリ様、何をする気ですか?」

〔おい、何をする気だ? この期に及んで、その貧相な体で色仕掛けでもする気か?〕

 バーンはせせら笑い、ウィルも彼女の意図が分からずに問いかけたが、喉元からボタンを三つ外した藍里は、そのシャツを勢い良く左右に広げながら恫喝した。


「さあ! あの聖リスベラ様がお持ちだった紅連三日月と、全く同じありがた~い聖紋よ! とっくり拝んでからさっきと同じ台詞を、言える物なら言ってみなさい!!」

 その藍里の叫びの意味は全く分からなかったものの、それを目にした男達は、元々バーンが引き連れていた者、後から加勢に来た者共に、軽い恐慌状態に陥った。


〔おっ、おいっ!! あの女の胸元、聖紋があるぞ!〕

〔ほ、本当だ!! 本物の聖リスベラ様の生まれ変わりだ!〕

〔これは一体、どういう事ですか!?〕

〔あの女は偽者で、このデスナール領に災いをもたらそうとしているんじゃ無かったんですか?〕

〔う、五月蠅いっ!! あれは偽者だ! アメーリア様も、そう言っておられただろうが!!〕

 リスベラント語で喚いた台詞でも、当然固有名詞は聞き取れた藍里は、胸元を肌蹴たままおかしそうに笑った。


「へえ? やっぱりアメーリア様と繋がってるわけだ。大方あの人が、適当に皮膚に聖紋を描いてる偽者とか言ったのかしらね。それなら本物って、証明して差し上げるわよ」

 そう呟いた藍里が、胸元を自分の掌でゴシゴシと些か乱暴に擦り始めた為、周囲の者達は何事かと静まり返って事の推移を見守った。すると暫く擦った後でも、周りの皮膚が多少赤くなった程度で、聖紋自体はそのままであるのを確認した者達が、再び騒ぎ出す。


〔擦っても消えないぞ!〕

〔やっぱり本物だ!〕

〔騙されるな! 魔術で模様を見せているだけだろうが!〕

〔だが、こいつらの魔力は、封じているんだろう? だからその女の髪と瞳の色が変わったんだろうし〕

〔やっぱり本物じゃないか!?〕

〔どうするんだ! 聖リスベラの神罰が下るぞ!?〕

 益々その場の収拾が付かなくなってきたのを見て取った藍里が、ここで余裕綽々で口を開いた。


「さあってと。何となく私が本物の聖紋持ちだと理解してくれた様なので、一応こちらから尋ねてあげる。さっきの雰囲気だと、殺す云々とか言ってたみたいだけど、聖紋持ちの聖女様の生まれ変わりを殺したりしたら、天罰が下るわよ? あんた達そこの所、ちゃんと分かって言ってるんでしょうね?」

 まるで連中の台詞をきちんと理解している様な物言いに、ジークは思わず噴き出しそうになったが、何とか真面目な顔を取り繕って、重々しい声で通訳した。


〔因みに今の彼女の言葉を要約すると、『聖紋持ちの聖女の生まれ変わりを殺したら天罰が下るが、その覚悟はできているのか』と言っている〕

〔ひいっ!〕

〔そんな!〕

〔騙されるな! はったりに決まっているだろうが!〕

 バーンの叱責の声が虚しく響く中、今度は藍里の怒声が轟いた。


「言っておきますけどね、あたしの連れに同じ事をしても同罪よ!! って言うかあんた達、言霊って知ってる? そういう信仰が無ければ知らなくて当然だけど、あらゆる言葉には霊力が宿っているのよ。少しでもあたし達に危害を加えようとするなら、その瞬間、あらんかぎりの悪口雑言と呪詛を並べ立てて、地獄に落としてやるからね!!」

 怒りまくっているのが分かる藍里の恫喝に、意味が分からないながらも何人かの男が腰を抜かしかけ、ジークはご丁寧に淡々と解説を加えた。


〔本来の容貌を見れば分かる通り、彼女はリスベラント人の血と同様に、遥か彼方の東方の異民族の血も受け継いでいる。彼女の生まれ育った地では魔術は無いが呪術は盛んでな。これ以上俺達に危害を加えたら、当地の言葉での最大限の呪詛を発動させて、生きながら地獄を見せてやると言っている〕

 藍里の発言に多少アレンジを加えてジークが述べると、殆どの者は顔色を無くしたが、バーンはまだ悪あがきをしてきた。


〔ふっ、ふざけるな! 魔術の発動が封じられているのに、そんな事ができる筈が無い!!〕

 しかしそれにも、ジークが最大限のはったりをかましながら言い返す。


〔封魔師の能力は、魔術の行使は確かに抑えるだろうが、他の未知の能力についてはどうかな? ここでお前が俺達を殺して、呪いが自分の身に降りかかるかどうか、試してみれば良いんじゃないか? 俺は一向に構わないが〕

〔このっ……〕

 明らかに小馬鹿にしていると分かるジークの口調に、バーンが歯軋りしていると、更に彼の神経を逆撫でする声がかけられた。


「ほらほら、武装解除って言うなら、これは外さなくて良いの? できるものならやってみなさいよ!」

〔何だ?〕

 藍里がそう言いながら、交互に自分の腕を軽く叩いてみせた為、バーンが怪訝な表情になった。その為ジークが、事情を説明する。


〔彼女があのシャツとズボンの下に装着している籠手と脛当ては、立派な武具だ。『武装解除と言うなら、さっさと腕と脛から外してみろ』と言っている〕

〔おい、お前達。外して来い〕

〔……はぁ〕

〔分かりました〕

 バーンの一番近くにいて指名を受けてしまった二人は、一瞬嫌そうな顔になったものの、大人しく頷いて藍里に歩み寄った。そして一人は藍里が無言のまま大人しく上げた両腕のシャツの袖を捲り、もう一人は足元で片膝を付いてズボンを捲り上げ、紅蓮を露わにする。しかし順調に見えた作業は、すぐに驚きの声と共に中断した。


〔え?〕

〔何だこれは?〕

〔どうした?〕

 訝しげにバーンが声をかけたが、藍里の側で作業をしている二人は、狼狽しきった声を上げた。


〔は、外れません!〕

〔それに繋ぎ目も無いのに、どうすれば良いんですか?〕

「そりゃあ、外れないでしょうね。あなた達の知る魔術で装着しているわけじゃないし」

 相手が狼狽しているのが分かった藍里が、意地悪く日本語で突っ込みを入れ、それをジークが冷静に訳して伝える。


〔先程も言ったが『その武具の装着には、お前達が周知の魔術を使用しているわけではないから、封魔師の術の影響下でも外れる事は無い』と言っている〕

〔ううう五月蠅いっ!! そんな事を言っても、死んでしまえば喋れないし、何もできないだろうが! お前ら、さっさとこいつらを殺せ!! 死体を持って行けば事は足りる!!〕

 そこで喚き散らしながら部下達に言いつけたバーンだったが、ここで予想外の抵抗が生じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る