第15話 思惑

 披露宴の翌日、ヒルシュ子爵邸に滞在中だった藍里は、単独で公宮に呼びつけられた為、従兄姉達や悠理に見送られて差し向けられた馬車で公宮へと向かった。

 迎えが来た段階で嫌な予感しかしなかった藍里が、恭しく通された先で公爵一家と界琉が待ち構えていた事で、完全にろくでもない事だと察しをつけたが、話を聞いた瞬間血相を変えて立ち上がった。


「扉が使えなくなった!? それ、本当なんですか!?」

「落ち着け、藍里。公爵に失礼だろうが」

「何落ち着き払ってるのよ、界琉! 扉が使えなくなったら、元の世界に戻れなくなるじゃない!」

「確かに一大事には違いないが、昨夜一時期使えなくなっただけで、今は正常に作動しているとも説明されただろう」

「そうは言っても! また使えなくなるって事は無いの!?」

 狼狽しまくって椅子を背後に蹴倒して立ち上がり、比較的冷静に状況判断している界琉に噛み付いている藍里を見て、ランドルフは密かに考え込んだ。


(確かにこちらに兄妹全員揃っているのに、ダニエルが使えなくする筈も無いか。第一、どうすれば使えなくなるかなど、考えた事も無いだろうしな)

 そんな疑念を打ち消そうとしていたランドルフに、界琉が難しい顔になりながら質問を繰り出す。


「閣下。先程のお話では、今現在扉は正常に作動しているとの事でしたが、作動しなくなった原因は判明しているのでしょうか?」

 そう尋ねられたランドルフは、瞬時に意識を界琉に向けた。


「いや、今のところ全く不明だ」

「直前の扉の通過時に、何か扉に負荷をかけたとかは」

「その日一日、定期時の通過しかしていないし、持ち込む物体の範囲も常と変わりなかった」

「そうですか……。何か特別な事をして、それによって不具合が生じたと判明しているなら、対策の立てようもあるのですが……」

 難しい顔になって考え込んだ界琉に、他の面々も沈鬱な表情で黙り込んだが、ここで藍里が素朴な疑問を呈した。


「扉ってリスベラント建国以来、繋がらなくなった事は一度も無かったんですか?」

「そうだな。少なくとも不通になったという記録は、一度も残っていない」

「誰かが壊そうとした事は?」

 そんな予想外すぎる藍里の質問に、室内にいた者は全員唖然となったが、すぐにルーカスが憤然と言い返した。


「壊すだと? ふざけるな!! どうしてそんな事をする必要があるんだ!?」

「え? だって随分古い扉だし、脆そうだなって思ったから」

「お前は古い物と見れば、見境無く壊すのか!?」

「そんな事言ってないでしょう? 物理的に壊されても、世界間の行き来が出来なくなって困ると思っただけよ!」

 ルーカスと藍里が喚き立て、クラリーサと界琉が宥めるのを聞き流しながら、ランドルフは自問自答する様に呟く。


「物理的な攻撃か……。魔術的な攻撃と併せて、考えてみる必要があるかもしれんな……」

「お父様、どうかしましたか?」

「いや、こちらの話だ」

 クラリーサに声をかけられて我に返ったランドルフは、落ち着き払って答えた。そして藍里に向き直って話を続行させる。


「君はルーカスの婚約者であるから、今回公爵家の身内同様と言う事で扉の事を話したが、他の者には例え家族と言えども、他言しないで貰いたい」

 それを聞いた藍里は、はっきりと驚いた顔になった。


「あの……、そうすると悠理とか、両親にも話さないと言う事ですか?」

「当然だ」

「……分かりました」

(冗談じゃないわよ。はっきり言って大迷惑よね。そんな秘密にしなくちゃいけない事なら、話して頂かなくて結構ですよ!!)

 一応素直に頷きながらも、藍里は渋面になって心の中でそんな悪態を吐いていたが、そんな彼女の一連の反応を見ていたランドルフは、幾らか安心した。


(この娘は腹芸ができるタイプでは無いし、本当に昨晩の扉に関しては関与していないし、事前に知らされてもいなかったのだろうな。それにリスベラントに定住する気はサラサラ無さそうだし、そんな娘が居る時に、ダニエルが何かする訳は無いだろう。気の回し過ぎか)

 そんなランドルフの様子を窺いながら、界琉は密かに笑いを堪えた。


(人質を取ったつもりで、逆に取られた事にまだ気が付いていないらしい。そもそも藍里が居るから扉の封鎖をしないだろうとは、考えが甘いな)

 しかし親切に指摘する気など皆無の界琉は、素知らぬ顔を貫いた。そしてさり気なく話題を変える。


「そう言えば、明日辺境域に向かって出発するんだろう? ジーク達がまた護衛に付くと聞いているが、この間付いて貰って気心が知れているからと言って、今聞いた話をポロッと漏らしたりしたら駄目だからな?」

 わざとらしくそう確認を入れた途端、藍里は盛大に抗議の声を上げた。


「えぇ!? ちょっと、それって無理かも!」

「仕方ないだろう。この話は、アルデインとリスベラント双方に関わるトップシークレットなんだから」

「そんなの教えて下さいなんて言って無いし、知った事じゃないわよ! 大体扉が使えなくなったら帰れなくなるんだから、気になっておちおち魔獣退治なんかできますか!」

「それなら、さっさと終わらせて、向こうに帰るんだな」

「そうするわよ。本当に、冗談じゃないわ!!」

 本来は国の上層部しか知り得ないトップシークレットを、公爵自ら特別に教える事で、自分が厚遇されている事を藍里に認識させようとしたランドルフだったが、それを口にする前に本人からありがた迷惑的な発言をされて黙り込んだ。

 それからは翌日からのルーカスと藍里の任務について少し言葉を交わしてから、各自様々な思惑を抱えつつ、その場はお開きとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る