第20話 陰謀風味付け

 尾行している人間に気が付いて半日。藍里達の一行は、前回よりも規模が大きい宿場街に到着した。

 そして門から広い敷地内に馬車を入れたジークは、馬を止めて地面に降り立ち、馬車の扉を開けながら、中にいる藍里に呼びかける。


「それでは今日は、こちらで宿泊します」

「それは構わないんだけど、お客さんはまだ付いて来てる?」

「……みたいですね。注意して下さい」

 藍里が降りる為に手を貸しながら、ジークは素早く気配を探ったらしく、軽く眉を顰めて小声で告げると、藍里が如何にも不機嫌そうに吐き捨てた。


「全く。仕掛けてくるならくるで、さっさと来なさいよ」

「アイリ様、不謹慎ですから」

 続けてジークに手を貸して貰って馬車から降りたセレナが、藍里を控え目に窘めてから提案してくる。


「ここは割と規模が大きいですから、使用人も多いでしょう。配膳の人数も揃っていると思いますし、今日は人目に付かない様に、部屋で食事をする事にしてはどうでしょうか?」

「念の為、そうするか。ウィルと殿下にもそう言っておく」

 その意見に頷いたジークを見て、藍里は興味深そうに尋ねた。


「部屋でも食べられるの?」

「はい。上質な部屋に泊まる人間は、他人にジロジロ見られたくないと考える方も多いですから。食堂で食べるより割高になりますが、手持ちに事欠くと言うわけでもありませんので」

「なるほどね」

 それを聞いた藍里は納得して頷いたが、続けてジークが小声で呟く。


「……運ばせても、食べられるかどうかは分かりませんが」

「え? 何か言った?」

「いえ、何でもありません」

 怪訝そうに問いかけた藍里だったが、ジークは笑顔で否定し、必要な荷物を運びこむべく、荷馬車へと向かった。


 そして前回宿泊した時と同様に、簡単な手続きを済ませて部屋に落ち着いた藍里達は、夕食時に一番広いセレナと藍里が泊まる事になった部屋に集まり、宿の者に食事を運んで貰って大きなテーブルに並べた。

「それではごゆっくり」

「はい、ありがとうございます」

 使用人が出て行った後でテーブルを囲んでいた藍里が、さっそくスプーンを取り上げたが、そこでやんわりと制止の声がかかった。


「さて、頂きましょうか」

「アイリ様、食べるのはちょっと待って頂けますか?」

「え? どうして?」

 怪訝な顔になりながらも、素直にスプーンを戻した藍里に頷いたジークは、淡々とした口調で同僚に声をかけた。


「ウィル」

「ああ、了解」

 小さく肩を竦めてスプーンを取り上げたウィルが、掬い取ったスープを口に運んだ。そして口に含んだそれを少しの間味わっていたが、飲み下したのをみたジークが、確認を入れる。


「どうだ? 大丈夫か?」

「これは、飲まない方が良いな」

「そうか」

 そんな男達の会話を聞いて、言わんとする所を察した藍里は顔を引き攣らせたが、ウィルは今度は平然とナイフとフォークを取り上げて、鶏肉の煮込みを一切れ口にする。そして慎重に噛みしめていた彼は、少しして皮肉気な感想を述べた。


「こっちはなかなか、変わった味付けだな」

 それにセレナがからかう様に尋ねてくる。

「どんな味付け? 陰謀風味、激辛味?」

「そうだな。どちらかというと、夢想妄想風味か?」

 そう言って苦笑いしている彼等に頭痛を覚えながら、藍里は一応尋ねてみた。


「この料理に、何が入ってるのよ。毒?」

「命に関わる毒じゃありませんね。せいぜい手足が痺れたり、眠くなったりする位です。ですが寝込みを襲われたりしたら、致命的ですね」

 にっこり笑って嬉しくない保証をしてきたウィルに、藍里は未練がましく更に尋ねた。


「……じゃあこの料理、食べられないの?」

 その問いに対し、ウィルが何か言う前に、ルーカスが仏頂面で告げる。

「食べたかったら食べれば良いさ。止めないが?」

「嫌味な奴っ……。だけど、せっかくのお料理がっ……。何て罰当たりな奴、許せないわ!」

 犯人に対して本気の怒りを表している藍里を宥めながら、ジークは持参した荷物の中から、保存食の幾つかを取り出して勧めた。


「今日のところは、持ち込んだ食材で我慢して下さい」

「それよりも、こんな物を出された後で起こるであろう事態に備える事が重要です。出した連中に怪しまれない様に、皿を空にして返しますね」

「……分かったわ」

 そしてセレナが呪文を唱え、皿の料理を若干空中に浮かせたと思ったら、火炎系の魔術で液体の物を蒸発させ、個体は消し炭にして持参した皮袋に密かにしまい込んだのを見て、(食べ物を粗末にする奴、許すまじ)と固く決意していた。それから味気ない夕食を食べながら、先程の光景を思い返しつつ藍里が尋ねる。


「そう言えばウィルさんは、あの料理を少し食べちゃったけど、大丈夫なの?」

 平気で食べていたから心配はいらないだろうと思ったものの、一応確認を入れてみると、案の定彼は笑って答えた。


「ええ、大丈夫です。私は生粋の貴族の家系の上、幼少の頃から色々家庭環境が複雑で。一通りの毒薬の講義を受けて、身体も慣らしてありますので。これまでにも毒見役とかを、何度も務めていますから」

「そうなんだ」

 それに藍里はちょっと呆れた表情になってから、何と言えば良いのか困惑する様な表情で、控え目に口にした。


「まあ……、今回はウィルさんも良く分かっている成分だったから良かったけど、今後ひょっとしたら未知の薬物に遭遇する可能性もあるし、できるだけ危ない橋を渡らない様にした方が良いと思うわよ?」

「そうですね。できればそうします」

「今回は、そうも言ってられないみたいだけどね。判別ありがとう」

「どういたしまして」

 積極的に勧められないまでも素直に礼を述べた藍里を、ウィルは微笑ましそうに眺めてから言葉を返した。すると藍里が、しみじみとした口調で述べる。


「だけど小さな頃から、色々毒に身体を慣らしておくって、なかなかハードな子供時代を送ってるのね。お兄さんとの関係も微妙ってこの前聞いたし」

「……そうですね」

 そこでウィルの表情が微妙に変化したのを見て取ったルーカスが、さり気なく話題の転換を図った。


「ところで、夜間の襲撃もしくは俺達の調査をする人間が忍び込んで来るって前提だから、すぐに動ける服装で、武器も手放さないで横になっておいた方が良いだろうな」

「そうですね。本気で殺す気だったら、最初からもう少し強力な毒を仕込むのが普通だと思いますし」

「取り敢えず積極的に殺しにくる可能性は低いが、気を付けろよ? それからできるだけ生け捕りにして、誰の命か尋ねてみたいからな」

 そんな風に全員で意思統一を図った後は、簡単に夕食を終わらせ、少しでも長く休息を取れる様にと、全員さっさとベッドに入って横になった。

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