4-15 最終章6
徐々にルナティックレインの霧は晴れ、カーバンクルの視界は取り戻されつつあった。先述のターボ状態に加え、私の賢者としての魔法力の低さがケットシーへうまくチカラを供給できていないためだ。
こんな方法でケットシーの幻覚魔法を打ち崩すなんて・・・。
「アッハッハ。キミとのバカシアイは本当に楽しいよ。」
その言葉は【化かし合い】なのか【バカ試合】なのか。
「さぁさぁ、マジカルマヂカ。そこで縮こまっていても攻撃は止まないよ。元素の鍵のチカラ、装置のシステムはほぼ無限なんだからね。」
カーバンクルのいうとおり、プラチナ製の箱に守られた元素鍵のエネルギーは尽きそうにない。対して、使い魔であるケットシーが特殊能力を使用している私はどんどん魔法力を消費している。有効な打開策も思いついてないのに。
「・・・。」
「こうしている間にもどんどんエネルギーは街に送られ、人々の生活を豊かにしている。キミはそれでも良いのかい。」
「・・・・・・んっ?」
アレ?その言い方だと、なんだか私がみんなの生活を破壊するみたいじゃない。
そうじゃないでしょ。
『“世のためヒトのため”という言葉が示す通りだ。人間は人間の尺度でしか物事を判断しない。』
ワイズマンが言っていた台詞が私の胸に突き刺さる。エネルギーの供給は確かに人類の生活を豊かにするものかもしれないけれど・・・。
教授が言うように、人間は業の深いエゴの固まりなのかもしれないけれど・・・。
人類全員で不正をしてまで豊かさを手にするのは“違う”という主張をするべきなんだ!
だから、私は・・・・科学者である前に、人間としての決断を下そう。
「さぁどうするのかな?
ボクにその可能性、見せておくれよ。」
装置内部には、まだまだおびただしい量の硫酸材料がある。そして、おそらくもう、カーバンクルにこちらの位置は把握されているだろう。
加えてあいつの周囲にはあらゆる攻撃を阻む電撃がある。
「・・・。」
なら、やっぱり打ち崩すのは本命、プラチナボックスということになる。
だけど、プラチナをどうにかするには濃硫酸程度の酸じゃ歯が立たない。対処出来る物質はすぐに思いついたが、これまでの物質生成とは明らかに異なるものだ。そんな高度な物質が魔法で生成可能なのだろうか?
頬に流れる汗を拭うと、ポシェットの中の弾丸が擦れカチャリと控えめに金属音をたてた。蒼いラベルが張られた、マジデが籠めた弾丸のほうだ。
『大丈夫です。やりましょう、マヂカさん!』
「・・・・・・、そうね。」
勝手な妄想だが、私にはマジデが背中を押してくれた、そんな気がした。
私ひとりのチカラだけじゃ絶対に無理なことも、マジデとマサカと一緒なら、たいていのこと、いや、なんだって出来るはずなんだ。
―――だから、私は、笑ってみせた。
「ポニーテールは正義の印!!」
岩陰を飛び出し、その掛け声を洞窟内に響かせると、髪を結んだリボンが紅色に染まる。
ガーターベルトのボタンが外れ、熱を帯びた脚が外気に晒され湯気を作り出す。
「マ、マヂカ・・・!?」
これから私がやろうとすること。これが・・・どういうチカラなのかは、うまく言葉では説明出来ないが、とにかくやれることをやってみよう!
すべての化学の基礎となる元素周期表は、ロシアの化学者ドミトリ=メンデレーエフが学会発表の前夜、夢の中で見たものを書き写しただけなのだそうだ。
つまり、メンデレーエフはその時、真理に触れた。そう考えられるのではないだろうか?
ならさ、
同じ賢者である私にも・・・ううん、理科を学ぶ、文明を持つ、人間になら誰にだって、ソレは出来るはず。
そうでしょ?
「periodic table(ぺリオディックテーブル)展開!」
「な、なんだ?」
私の足元に青白い蛍光色の魔方陣、いや周期表が形成され光りだす。どういう理屈でこれを呼び出し、またどのような方法で構成されているのかは、何一つわからなかった。だけど、この周期表が私の化学式を補助してくれている。今ならどんな高度な物質でも生成可能だろう。
そして、
私は日傘を真っ直ぐ構えて、塩酸HClと、これから生成する混合物に必要なもうひとつの物質をイメージする。
手の中にはマサカとマジデの込めた魔法の弾丸がある。
「ケミカルカートリッジ、全弾装填!!」
必要な元素は水素、窒素、酸素、塩素。ちょうど残りのカートリッジ四つぶんだ。
(まぁ水素は両方の物質生成に必要なので、正確には五つ必要なのだけど。水素の生成をひとつ余分にするぐらいなら私でも出来るだろう。)
周期表のチカラの補助を得て、白い日傘からは高濃度の塩酸HClが発生し、続いてその内部に別の物質、“濃硝酸HNO3”が発生する。
その二つは混ざり合い、黄金のような輝きを放つ液体となった。
・・・いける!!
「これで終わりよ。カーバンクル!」
濃塩酸と濃硝酸を3:1の割合で混合した橙色の液体、王水。
「超高度化学生成!
アクア・レギア!!」
それはイスラムの科学者、ジャービル・イブン=ハイヤーンによって発見され、十字軍の遠征によって中世ヨーロッパに伝えられた、酸化力が非常に強く、通常の酸では溶かすことのできない金や白金も溶かすことが出来る、王の水。
腐食性が強く、人体には非常に有害だが、その無駄に豪華なプラチナ製の箱を溶かすにはこれ以外無い。
「溶けてぇ、なくなれーーッ!!」
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