2-5 アレクサンダー編5
“ホーリーウォール”
アレクサンダーの持つ、防御魔法。
ゴーレムの壁が物理防御ならばホーリーウォールは魔法防御にあたる。魔法防御といっても科学的な観点で分類するならば、電撃や光、電波といった目に見えないあらゆるものを遮断する。光を跳ね返す鏡や紫外線をはじくサングラス、日焼け止めみたいな、特殊な膜と言えばイメージしやすいだろうか。
これは質量のある物体を使用する私の化学魔法やマサカの地学魔法には適応外であるが、問題なのは侵入するべき正面の扉が閉じてしまったということだ。
ノックしても開けてくれそうに無い。
本来、アレクサンダーの内部施設というのは災害などからの避難を目的としたシェルターの役割をする。ゆえに守りは堅牢で外敵の侵入を拒む作りになっている。
ホーリーウォールによる魔法防御。アレクサンダーの腕による物理防御。まさに鉄壁と呼ぶにふさわしい。
「まったく、次から次へと・・・。」
私が内部に侵入出来ないとなると、マサカがアレクサンダーを押さえ込んで時間稼ぎをしてくれている意味がない。
加えて作戦を実行する上で、私は魔法力を温存しておかなければいけない。これは内部に侵入し、子どもたちを救出した後、アレクサンダーへの攻撃を行うためだ。そんなガッチガチに縛られた制約条件のため、こちらの旗色は非常に悪い。
「うぐぐっ。」
マサカの魔法でアレクサンダーの動きはほぼ完全に押さえ込んではいるが、それだけでは倒すに至らない。マサカの方は魔法力を消費していずれ消え去るがアレクサンダーは自身の腕である。このままではジリ貧だ。
では、実質、振り出しに戻った状態で私に何が出来るだろう。
「考えろ、考えろ私!」
しかし、咄嗟の作戦を土壇場で振り出しにされて、すぐに次の作戦を用意するというのははっきり言って無理な話だ。
私は諦めて自分の持っている元素の鍵をアレクサンダーに差し出そうと・・・・
「コラーーッ!!」
フェンリルの時にもやったヤツだ。
「・・・なんというか、不思議なヤツじゃなぁ。これほどの状況でもまだ余裕があるように見える。」
マヂカを見て、カトブレパスがそんなことを言う。これまでに数多くの魔法少女を見てきて数百年に一人の逸材であるマジデよりも、禁忌を犯して誕生した最強の少年マサカよりも、ずっと平凡な、いや、平均以下の魔法少女であるマヂカには、言葉では表すことの出来ない不思議な雰囲気がどういうわけか存在する。カトブレパスはそんな風に思っていた。
「冗談なんか言ってる場合じゃないだろ。マヂカ、早く、次の作戦を。」
そんなすぐに思いつくか!
肩の上でギャアギャアとわめく化け猫に言い返す言葉を考える時間も惜しい。
「ホンモノの主人公っていうのは、苦しい時ほどニヤリと笑うモンなのよ。」
つまり、今、苦しい。
・・・何か“手”はないだろうか?
私が目線を下に向けると、何かに反射したように地面が光った。
「マヂカ、アレ!!」
ケットシーが促した方向には鍵が落ちている。おそらくそれはゴーレムを暴走させていた元素の鍵。
拾い上げてそれを確認するとそれは、
「ハロゲン。」
今回の事件のネックとなっていた元素である塩素やフッ素を含む17族の鍵。ハロゲンだった。
ご都合主義ということだろうか。
もはや玄武岩を溶かす必要は無いが、正面突破が困難になった今、アレクサンダー内部に侵入するには壁面の大理石に穴を開ける必要がある。作戦としては内部で水素を発生させる魔法力を残しておくつもりだったけれど、人質の解放のためにはそうも言っていられない。
大理石を構成する主成分の石灰石は塩酸と反応する。硫酸よりも生成の負担が少ない塩酸ならアレクサンダーに穴をあけられるのではないだろうか。私はそう考えて、通算四本目の鍵を拾い上げた。
「17族の鍵、ハロゲンの回収を確認。認証登録、マジカルマヂカ。」
ケットシーによる鍵の使用認証が始まると、先端のクリスタルは黒から、塩素気体の色である黄緑色に変わる。
「登録完了。いつでもいけるよ、マヂカ。」
私は両手で顔をパァンと張って気合いを入れた。
「よし!」
作戦開始!!
手のひらを前に突き出しアレクサンダーの背後に回る。そして、化学式HClを念じて集中した。
「マジカル、濃塩酸!!」
集中した大気から無色透明の劇薬、塩酸が放射状に飛び散った。酸性物質の代名詞と言える塩酸はシュウウウウと白い蒸気、ブクブクと沸騰したように泡を出しながら石灰石と激しく反応する。この化学反応で発生する気体は中学の理科でお馴染みの二酸化炭素と水だ。二酸化炭素はそれほど危険なものではないが、私は周囲が少しばかり息苦しくなったのを感じた。
「せぇーの!」
脆くなった大理石に蹴りを入れ、壁に見事な穴をあけると、内部の侵入に成功する。
内部は通路だった。
「たしか・・・正面に向かって左が衆議院、右が参議院よね。」
「それは国会議事堂だろ。」
そう言えば国会議事堂の内装も大理石だ。もしも議事堂内でマジカル濃塩酸を使えば大惨事になるだろう・・・・いや、やる意味はまったくないが。私のそんなどうでも良い妄想に呆れ顔をしたケットシーが話を元に戻す。
「で、どっちに行く?」
「うーむ。」
ほとんど真後ろからの侵入だったため、正直、どっちが中心につながっているのかわからない。そもそも、子どもたちのいる場所が中心部だと勝手に決めてかかったが、“実は指先がそれぞれ個室になっていて・・・”とかだったら、もうどうしようもない。
この先は単純に運だけで進むべき道の選択をしなければいけないのだ。
「アレクサンダーの指先に子どもたちがいたんなら、マジデの高周波ブレードは危険だったんじゃない?」
「うぐ。そんなの流石に想定してないわよ。それに構造的にシェルターが先端部にあるわけないでしょ。」
「それも、そうだね。」
「というか、ケットシー。アンタ、なんでアレクサンダーの構造知らないのよ?召喚獣たちの非常用シェルターなんでしょう?」
私がそう聞くと、ケットシーは顔を背けてこう言った。
「僕は、アウトロー(無法者)だから避難なんかしないんだよ。」
「・・・。」
何の役にも立たない強がりを言う。こういうヤツいるよね。
「しょうがない。じゃあ行こうか。」
「行こうかって、アンタ、道わかるの?」
「当然。・・・そんなのカンだよ。」
―――一方、その頃。
マサカの地学、流紋岩はアレクサンダーを完全に封じ込めていた。位置的に有利な上から押さえつける格好にあるアレクサンダーを圧倒しているのだが、これはマヂカが塩酸で背後に穴をあけたダメージによるところが大きい。
「マサカ、ツカレテナイデスカ?」
「全然、へーき。」
しかし、この状態で既に十五分ほど経過している。ダメージはあるものの魔法を使用していないアレクサンダーとは対象的に、魔法を使用しているマサカは時間が長引けば長引くほど気力という名のチカラを消耗していく。強大なチカラを持つマサカとて、それは例外ではない。
額にうっすらと汗をかきながら、必死で魔法の腕を安定させようとしていた。
「うぅ・・・」
「おぉ。気がついたか、マジデ。」
「カトブレパス。状況は?」
マジデは横たわっていたベンチから体を起こすと、自分のプリーツスカートをめくって魔法力の残量を確認する。スカートの内側にある残量計は約半分の魔法力を示していた。
「あのマサカズという小僧が魔法少女になってしもうた。」
「えっ?!」
「ワシは何百年と、魔法使いを見てきておるが小僧など初めてじゃ。今のところ暴走には至っておらんが、もしかするとマジデには酷なことを頼むやもしれん。」
「酷なこと・・・。」
マジデの表情が強張ると、うつむき加減でポツリと呟く。
「処分?」
「うむ。」
その答えにマジデの表情は更に暗くなった。
暴走した魔法使いの末路、マッドサイエンティストのその先、それは自我の消滅。
発狂した魔法使いは無制限に魔法を撒き散らす害悪になる。
もちろん、使い魔である召喚獣も暴走しており、魔法使いは外部から使い魔との契約譲渡を受け付けない。事態を収束するには発生源となる魔法使いを沈黙させる必要があるのだ。
この場合に理科世界の管理局がとる手段は、魔法使いとの強制的な切り離しによる契約解除。
それが【処分】である。
その際、宿主がどうなるのかはわからないが、マジデはその現場を一度だけ見たことがある。管理局の召喚獣による処分の現場。
結果、使い魔は封印。
魔法少女は今も眠り続けている。
「またあの子みたいに・・・。」
「それはわからぬ。魔法契約とは使い魔との心のつながり、その条件は十人十色じゃからな。」
理科世界のチカラによる科学の解明がこれだけ進んでも、心理学という名の“人の心”を示す指標は未だ確立されていない。
「でも・・・。」
処分によってもたらされる結果が、望ましいモノではないのは明らか。マジデはその言葉を口に出来なかった。
―――――
穴を開けた入り口付近から奥に進むにつれ、アレクサンダー内部はどんどん暗くなっていった。
「えぇーっと、携帯、携帯。」
私は取り出した携帯電話の照明機能をオンにしてこの先を照らし出す。この回廊、まだまだ長そうだ
「えぇ〜。」
「何よ?」
「魔法少女が思いっきり現代科学の機械を使うんだ。」
「いいでしょ別に。
この先、何があるかわかんないし。チカラの温存よ、温存。」
ただし、こうなるとコスプレした人が洞窟を徘徊しているだけの画になるけど。まぁビジュアルなんて二の次だ。
正直なところ、さっきの濃塩酸を使ったことで私の“理科”はすでに心もとない。この侵入経路にしたって手探りの作戦なのだから少しでも余力を残しておかないと・・・。
ひんやりとした大理石に静寂が沁みる廊下をしばらく歩くと、突き当たりには大きくて重厚な扉があった。趣きからして、大会議室といった感じの。
「いるかな?」
「どうだろうね。アレクサンダー内部には、宿泊施設とか他にもいくつもの部屋があるって話だから・・・。」
理科世界の召喚獣たちが全部でどのくらいいるのかは知らないけれど、緊急避難用のシェルターなのだからその規模もかなりのモノなのだろう。
「大会議室完備の宿泊施設なんて、もうこうなるとシェルターっていうよりもリゾートホテルみたいな施設ね。」
一泊おいくらなのだろう?
ただ、子どもたち七人を閉じ込めておくのに、この会議室はかかなり広い気がする。解放された子どもたちの言う“夢の国”という機能を実現するには、もっとコンパクトで相応しい部屋が他にありそうだ。
「つべこべ言っててもしょうがないか。」
両開きの重厚な、お値段もさぞかしこってりと高価そうな扉を開けて、部屋の中を確認する。
「いないね。」
「・・・ちっ。」
「ちょっと、舌打ちはやめなよ。仮にも魔法少女なんだから。」
次の部屋を探すにしてもこの部屋は突き当たりなワケで、まずさっきの廊下を引き返さないといけない。それだけでもかなり時間がかかる。
「さて、どうするの。マヂカ?」
「是非に及ばず。」
あれこれ言ってもしょうがない、という意味。
今しないといけないのは子どもたちを見つけることなのだから。
私は回れ右して、通ってきた廊下を引き返した。
――――
「こっちは終わりました。」
「うむ。こちらも済んだところじゃ。」
マジデとカトブレパスは公園内に取り残された子どもたちの保護者や警官を安全な場所へ退避させていた。
マヂカがアレクサンダー内部に進入して三十分が経過し、マサカの表情に疲労の色が見え始めた。逆にアレクサンダーはこの状況に慣れ、マサカの魔法で抑え込まれていた腕と腕との間に隙間が生じてきている。マヂカの塩酸によるダメージは以前としてあるが、反撃に転じる時間は充分にある。あとはマサカのスキをついて・・・・
「イカン。アレクサンダーはあの状態から魔法を放てるぞ!」
門の上、アレクサンダーの額にあるクリスタルに緑色の淡い光が収束するとマサカの描いた魔方陣めがけてレーザービームのように勢いよく放たれた。
「あ、あれは!」
上位召喚獣アレクサンダーの特殊能力
“聖なる審判”
この魔法は本来、広域の精神攻撃などではない。ホーリーウォール同様、魔法的な攻撃を無効化するためのものだ。ただし、ホーリーウォールは外敵からの防御であるのに対し、聖なる審判は外敵への攻撃として使用される。
「?!」
魔法を消し去る。
防御にしろ、攻撃にしろ、それがアレクサンダーの能力の特徴。
「ち、チカラが入んない・・・・」
聖なる審判が魔法陣に直撃すると、そこから伸びていた玄武岩の腕が実態を失っていく。強力な魔法力を誇るマサカの地学魔法を無効化するほどの威力。魔法無効化の一点集中、それが聖なる審判本来のチカラだった。
「ハァハァ。」
マサカの小さな肩が大きく上下する。
そして、玄武岩の拘束を解かれた巨大な大理石はマサカの方へ手を伸ばしていった。
「マサカくん!!」
――――
アレクサンダー内部へ侵入して通算十枚目の扉を開けて、
「あ、いた。」
私はようやく笑みをこぼした。
「みんな、助けに来たよ。」
今現在、交戦状態にあるアレクサンダーだが、ここはガランとしていてほとんど物音もしない核シェルターのように重厚で頑丈な壁に囲まれた空間がひとつあるだけ。とてもじゃないが夢の国と呼べるものではなかった。
おそらく、内部に供給している魔法力をストップしているためだろう。
「いち、にぃ、さん、しぃ・・・・よし、全員いる!」
子どもたち七人は一堂に会して、半分眠ったような状態でひとかたまりになって座り込んでいた。
これは私にとって好都合だ。
「あぁどうして?僕の百万ボルトは?」
「わたしの流れ星。」
「お花畑はどこ?」
これが夢の国の正体。子どもたちはそれぞれに、自分たちの思い描く理科の幻想を見ていたようだ。
「あぁハイハイ。それは夢よ。現実で使いたかったら頑張ってお勉強してね。」
理科はただの幻想などではない。理論と知識で実現可能なのだ。そもそも私たち魔法少女の魔法なんていうのは、それをだたチョット近道させてもらっただけ。
だから、ある意味では、今回の誘拐事件は理科の素晴らしさを子どもたちに教える良い機会だったのかもしれない。その手段は強引で許されるものではないのだけど・・・。
それでも、
「理科っていうのは全部、無限の可能性なんだよ。だからみんな、そのことをいつまでも忘れないで。」
なんとなく、
私はそう言わないといけない気がした。
「ぼくの、ぼくの・・・・・・火山。」
危険な夢を見ている子もいるな。
「よしっ!みんな、おウチに帰ろう。」
寝起き状態の子どもたちを立たせて整列させる。そういえば私の履修科目に教職課程があったけど、こんな感じなのだろうか?まぁ私の教職課程は高校の理科だったから、内容は全然違うだろうけれど・・・
「みんな一列になってあのネコさんについて行ってね。」
「はーい。」
ケットシーの幻覚魔法ルナティックレインで夢うつつ状態の子どもたちをうまく誘導し入り口の穴から出し終えると、
「・・・良し。とりあえずやってみるか。」
私は内部爆発のため当初の作戦を試みる。
「マジカル、水素!」
手のひらに集中した大気が水素を生成させる。
しかし、
「・・・うっ。」
水素は最も負担の軽い魔法であるが、この空間を満たすには、やはり魔法力が足りなかった。
「ダメか・・・・。」
塩酸の生成など作戦になかったことなので、想定外の消費に耐えられるほどの魔法力が私に残っているわけもない。(もしかすると万全の状態でも不可能な作戦だったのかもしれない。)
「しょうがないよ、マヂカ。キミは充分すぎるほどやった。スゴイ魔法少女だ。」
子どもたちを誘導し終えたケットシーがもどってきて、定位置である私の肩の上に飛び乗った。
「ケットシー・・・。
うん。そうね、アレクサンダー内部の破壊は断念します。私たちも脱出よ!」
なにか別の作戦を考えよう。
しかし・・・
私が破壊した壁から現実世界に戻ると衝撃が走った。
身体を大理石の腕に掴まれていたのだ!
それはつまり、マサカが私の予想よりもずっと早く、アレクサンダーの腕を放してしまったということになる。
周囲を見渡すと、気を失った子ども達と、魔法陣の中心で三角座りをしているマサカを迫りくるもう片方の腕から守るため、必死になって剣を振るうマジデの姿があった。
「マサカ!!」
「お姉ちゃん、ごめん。」
マサカは理科を封じられた。そういうことらしい。アレクサンダーに捕獲されそうになったところで、意識を取り戻したマジデが対応した。そこまでの状況を確認すると、
「うぐっ。」
私は体を掴まれたまま、重力に逆らい地上五メートルのあたりまで持ち上げられた。
「またこの展開?」
しかし玄武岩のときと違うのは、投げつけるのではなく、腕はそのまま顔の位置まで移動してきたということだ。
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