2-6 アレクサンダー編6
「何故邪魔をする?ケットシー。」
?!しゃ、喋った。
これはアレクサンダーが暴走していない証拠だ。
「へ、へぇ〜。むっつりかと思ったけど、口聞けたんだ?」
「傀儡(かいらい)に用は無い。」
「なっ?!」
アレクサンダーが私に言ったのはこの一言だけ。
「答えを聞こう、ケットシー。」
私などいないかのように、まっすぐ肩の上の猫だけを見据えてそう言った。
「何のことかな?」
ケットシーはとぼけたそぶりをするが、それは何か隠し事をしているようにも見えた。
そして、一瞬、アレクサンダーの瞳が鈍く光るとどこからともなく声を出す。
「・・・それがお前の答えか?」
低い声だった。
「口数の少ない根暗は嫌われるわよ。」
私の言葉にアレクサンダーは言葉を返さない。私の身体を掴んでいた指を軽く閉めるだけ。
「あぁぁああ!」
「マヂカ!」
胸を圧迫されると呼吸が乱れ、脳細胞へ受け渡す酸素の供給がうまくいかない。視界がぼんやりと白く霞んで見えた。
「はぁはぁはぁ・・・こ、こんなにも、胸を揉みしだくなんて、とんだセクハラ裁判官ね。」
精一杯の減らず口。
「・・・。」
しかし、そんな時間稼ぎも完全に無視され、無言でゆっくりと指が閉まる。
「あぁぁああああ!!」
「ア、アレクサンダー!もうやめてくれ!!これじゃあマヂカが死んじゃうよ。」
「・・・。」
「ダメだ、話が通じない。マヂカ、何か作戦を!」
「そ、そんなこと言われても・・・」
この状況でどうしろっていうの?!
アレクサンダーに掴まれた私は、その拳がギリギリと締められるたびに意識が遠のきそうになる。
・・・・・・もう、ダメだ。
「キミはどんな困難があっても、それに立ち向かい、ボロボロになりながらも泥臭く、結果に向かって熱き血潮をたぎらせて・・・」
ケットシーが必死で私の意識を繋ぎとめようと騒いでいる。
「何、勝手なことを・・・。」
そんな少年漫画の主人公みたいな展開、ヒロインである私のイメージじゃないでしょ。
ギリギリ・・・
「私は、か弱くて。」
ギリギリ・・・
「知能的で。」
ギリギリ・・・・
「戦略家・・・。」
・・・・でもごめん。もう、打つ手がない。
「やめろぉぉおおお!!」
「!?」
聖なる審判によって封じられていた魔法陣、いや、その地面そのものに亀裂が走り、マサカの叫び声が空気を切り裂いた。
そして、先ほどまでの魔法の言語として形成されていた流紋岩の腕とは明らかに違う爆発した感情のカタマリが溶岩のように溢れ出し、アレクサンダーの壁面を塗り固めていく。
膨大な摩擦熱によって生み出される星のチカラ。その一端を垣間見るかのようだった。
「す、凄いエネルギーだ。」
「小僧・・・。」
魔法陣の周辺を守っていたマジデはその発生源に最も近く、圧倒的なチカラに跳ね飛ばされた。しかし、すぐさま起き上がって、
「マサカくん、ダメ!!」
マサカを制止する。
「うわぁぁああああああ!!」
「マサカくん!お願い、話を聞いて!!」
しかし、我を忘れたマサカの耳にその声は届かなかった。
アレクサンダーを塗り固めている物質、それは玄武岩や流紋岩のように不揃いの組織ではなく、粒のそろった等粒状組織で構成された深成岩の一種、花コウ岩だ。
深成岩なので、本来は噴火においても山の外に出てくることはほとんどなく、ゆっくりと冷え固まるのだが、今は魔法のチカラで溢れ出している状態だ。深成岩になるマグマというのは、流れ出るものより粘り気が強い。
足元から動きを完全に封じられたアレクサンダーは狼狽えて、私を開放した。
この展開も二回目だ。
「はぁはぁはぁ・・・・ゲホッゲホッ。」
胸の圧迫が解かれ、肺へ酸素の供給が再開された私はすぐに状況の確認を始めた。
マサカとゴーレムは魔法陣の中心で仁王立ちをし、あの“魔法”を放ち続けている。マグマのように粘り気のある液体状だった花コウ岩は既に一部が冷えて固まり、アレクサンダーの足元と、マサカを掴みにかかっていた左腕から徐々に石化してきている。(大理石なので元から石化はしているが、この場合は動かなくなるという意味。)
「マヂカ、大丈夫?」
肩口のケットシーが心配そうに顔を覗かせて言った。
「な、なんとかね。」
私の身体はあちこちで悲鳴をあげているが、気力を振り絞って立ち上がった。周囲の状況を見て、優先度の高い順に確認を取る。
「子どもたちは?」
「保護者や警察の人を含めて、一般人は全員、公園の外へ避難済みみたいだね。」
すでに公園内には私たちしかいない。マジデとカトブレパスがやったのだろう。
しかしどうやって眠ったままの状態の人を、それを何人も公園の外に出したのだろう?カトブレパスの不思議だ。詳しく聞きたいところだが、まぁ今はいい。
次に、マサカに起こっている症状について。
「マサカはどうなったの?」
「あれは暴走だね。」
「暴走って、フェンリルやゴーレムの時みたいな状態?」
「召喚獣の時とは違う。そもそもマサカは魔法の能力値が高いからキャパシティがいっぱいになることなんてまず無いよ。あれはもっとタチの悪い、心因性の制御不能の状態だよ。」
つまり・・・・キレた、そんなところだろうか。
私はマジデの姿を確認すると合流を図る。
マジデとカトブレパスは一般人を非難し終えて、状況を伺っていた。真剣な表情で。
「ねぇカトブレパス、本当にどうにもならないの?」
「無駄じゃ。」
「でも、魔法少女と使い魔のつながりは十人十色だって・・・」
「無駄じゃと言っておろう!暴走した魔法使いは外部から契約の譲渡を受け付けん。もはやあれは“処分”しかないのだ。」
「そんな・・・このままじゃマサカくんが。」
「何の話?」
深刻なムードに、私だけが蚊帳の外だ。
「だから取り返しのつかんようになる前にやるんじゃ。」
珍しく語気を強く荒げたカトブレパスの声とは対照的に、マジデの声は消え入りそうなほど小さい。
そして・・・
マジデはうつむきがちに顔を隠すと、高周波ブレードをマサカの方を向いて構えた。
「ちょっと、マジデ!何をするの?!」
「・・・」
マジデは答えない。
それに応じて、代わりにカトブレパスが答えた。
「暴走した魔法使いは世界の害悪。だから理科世界管理局の名の下に処分をされる。」
「何よそれ。」
「処分とは暴走した使い魔と魔法使いとのつながりを切り、強制的に魔法契約を解除することじゃ。」
「その場合、契約者にどんな影響があるのかはわからない。」
ケットシーはそう補足した。
言ってることの意味は、何となくわかる。だけど、
「カトブレパス、そんなのをマジデにやらせようっていうの?!」
「他に誰がおる?」
「えっ?」
「お前の得意な論理で物事を考えれば簡単なことじゃろう。今の小僧とゴーレムのつながりを切ることのできるのは、マジデの他にない。」
「それはそうだけど・・・。」
「小僧を魔法少女にするのにワシが反対したのは、この状況を未然に防ぐためだったんじゃ。口出しせんでもらおう!」
「・・・」
つまり事態は私が考えているよりもずっと深刻であり、その収束を真剣に考えるカトブレパスの重い言葉に私は何も言い返すことが出来なかった。
しかし・・・そんな宿命、
「で、出来ないよ。」
マジデには荷が重い。
高周波ブレードを地面に落とすと、高速振動した刃先が地面に刺さった。
「マジデ!処置は早い方が良いことぐらい理解できるじゃろ?!」
「でも、でも・・・・無理です。私には!」
「マジデ!!」
やっぱり、こんなの・・・・
ただの女子高生が背負うようなことじゃない!
だから、主人公は、
「私がなんとかする!」
勢いだけでもそう言わないといけないんだ!
「?!」
カトブレパスは一瞬、驚いた表情を見せたがすぐに冷静な表情に戻って私に背を向けてこう言った。
「勢いだけではどうにもならん。
魔法力の低いお前では小僧とゴーレムの契約を断ち切ることなど不可能じゃ。」
「処分するって言ったんじゃない。
私は“なんとかする”って言ったんだよ、カトブレパス。」
そう言い放つと私は、これ以上ないぐらい不敵な笑みを浮かべた。
「な、なんじゃと?!」
考えろ、私。
最後の一手だ。
最強の少年マジカルマサカに対してチカラで押さえつけて止めるのは、ハッキリ言って無謀だ。それに、やっぱりそのやり方は、なんか違う。
「・・・。」
だから考えろ、私。
マサカズくんはどうして魔法のチカラが強いのか、単なるヒーローではなく魔法少女になりたかったのか。
それは・・・ヒーローには無い魔法少女の何かに惹かれたから?
なら、魔法少女の基本概念って何?
魔法、理科というのは様々な現象を夢と不思議のチカラで形にする学問である。
それってつまり・・・。
そうか!!
私は確信めいたものを元に、閃いた作戦を実行しようとする。
「マジデ、手伝って。」
しかし、
「・・・・。」
「マジデ!!」
マジデの耳に私の声は届かなかった。
しょうがないな・・・・。
―――パァン!!
張り詰めた空気を打ち破る、見事なまでの張り手の音。
放心状態のマジデの背中に渾身の一撃を入れ、強制的に意識をこちらに引き戻したのだ。
「うわぁ!」
マジデのコスチュームは背中の部分が大きく開いているため、その中心部に紅葉色の手形がくっきりついた。
「マジデ、返事。」
「は、はい!」
「ヨシ、やるよ!」
「え、えぇっ?!」
いつものように簡単に要点だけを伝える。
マジデはパチパチと数回瞬きをすると、次第に瞳にひかりを取り戻し、私の方を見据えてこう言った。
「・・・信じています。マヂカさん!!」
「大丈夫、きっと、上手くいく。」
私は精一杯、腕を広げて中央に魔法を集中させて、こう叫んだ。
「マジカル・・・・グランド、フィナーレ!!」
そしてテスラコイルグローブを装備したマジデは、意識を集中して両手を前に突き出した。
「召ォ雷ッ!!連続放電!!」
放たれた電撃が私の頭上、生成した分子を通過する。
すると電撃は、暴走したマサカの目の前で七色に輝いて四方に拡散した。
「・・・・・虹だ。」
「なんと?!」
そう、マサカズくんが求めたものはヒーローの強さじゃなく、誰かに希望を与える魔法のチカラ。夢というものを体現するのにこれほど適した現象は他にないだろう。
私たちの行ったのは原子スペクトルという物質の色を取り出す手法だ。
効果は可視光の分解。簡単に言うと擬似的に虹を作り出したのだ。
もちろんこんなのは攻撃ではない。普段なら目眩しにもならないような宴会芸。
だけど、この虹は言葉や理屈抜きにして理科の素晴らしさを伝えるには充分ではないだろうか?事実それをみたマサカは、
「・・・・・・キレイだなぁ。」
そうポツリと呟くと、眠りにつくように気を失った。使い魔のゴーレムと共に。
「や、やった?」
「良かった・・・・。」
テスラコイルから煙が出るまで電撃を放ち、作戦の成功に気が抜けたマジデはペタンとその場にへたり込んでしまった。あ、女の子座りだ。
「マジカルマヂカ・・・・なんというやつじゃ。」
「・・・・・フッ。」
使い魔と魔法使いの暴走を強制的に切断する“処分”をせず、私は事態を収束させることに成功した。
どうだ、これが主人公のチカラよ。
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