2-4 アレクサンダー編4

「こっちだ、化け物!!」

突然、私の後ろで声変わりしていない叫び声がこだました。

「マサカズくん、来ちゃダメ!!」

狙われているのは君だから。それこそ元も子もない。しかし私の声はマサカズくんには届かず、彼の投げつけた小石がアレクサンダーに当たって大理石と玄武岩を制止させた。

「・・・・。」

そして、四本の腕、すべてが一人の少年の方へ向いた。

「わわわ。」


グーからパーへ。

玄武岩から解放された私の身体は、重力に従って地面へと吸い寄せられて、砂場で尻餅をつく。

「痛ーい。・・・なんて言ってる場合じゃないか。」

お尻をさすりながら、とんち坊主のように次の作戦を考えないと・・・・

「あれはお尻じゃなくて頭だよ。」

「・・・」

いまは化け猫へのツッコミなどどうでも良い。


状況確認。

マジデは気を失っていて動けない。動けるのは、私、ケットシー、カトブレパス。対する相手は上位召喚獣アレクサンダーと暴走したゴーレム。主力を欠いた状態で挑むにはあまりにも強大な敵だ。


アレクサンダーの目的はマサカズくんに秘められた強い魔法力。ゴーレムが鍵を三本も持っている私やマジデを解放したことから、そのチカラは本物だ。(暴走した召喚獣は強い魔法力に惹きつけられる。フェンリルが私よりもマジデと対峙したのがその証拠である。)

アレクサンダーとゴーレム、合計四本の腕がジリジリとマサカズくんとの距離を縮め、その脅威は今まさに迫ってきている。

「あはは、どうしよう。」

もう笑うしかない。正攻法でいくのなら完全にお手上げだ。

だから、目的を変更しよう。

私はずっとこの子を守ることばかり考えていたけど、それを逆手に取るのはどうか?つまりそれは・・・・


「マサカズくん!!魔法少女になりたくない?」

「えっ?」

すでに玄武岩に囲まれながらマサカズはハッキリとこう答えた。

「なりたい!」

どうやらマサカズくんは魔法少女の私に会いに来たということらしい。

「よし、じゃあ今からお姉さんの言う通りにしてね。」

「わかった。」

即答。

「お、おい、何を言い出す?!」

「四本の腕のうち茶色の方の腕に・・・キスして!」

「うん、わかっ・・・えっ、えぇ?!」

困惑するマサカズくんと使い魔たちを無視して私は作戦を決行する。

「キスよ、キッス。チュー。」

「で、でも・・・・。」

本来は前任の魔法少女からの引き継ぎで行う行為であるが、そういう“些細な違い”は無視して召喚獣と直接契約をする。

マサカズくんには私よりもずっと強い魔法のチカラがある。だったら、私が守ってもらう方が良いのではないだろうか?

この短時間で考案できた一発逆転の秘策だ。

「また、奇ッ怪な作戦を・・・。」


そしてアレクサンダーではなく、わざわざ暴走しているゴーレムの方を選んだのはマサカズくんの現在のいる位置から近いという点と、アレクサンダーとその背後の人物の目的を回避するという理由がある。

名前こそ使い魔と呼称するが、召喚獣と魔法少女の間に主従関係などはない。ケットシーが私の言うことを聞かないのはそのせいなのだ。

「勝手なことを言うね・・・・。」

「本当のことでしょ。」

「主従関係の部分はね。」

つまり、アレクサンダーが暴走ではなく自らの意思で行動を起こしているのであれば、魔法の契約が成立してもマサカズくんを連れて行かれる可能性がある。それがゴーレムだと大丈夫という保証があるわけではないが、アレクサンダーよりも危険性は低いと思われる。


ただ、これは思いつきの作戦なので不安な点もある。


「ケットシー、この方法でも使い魔と契約は出来るのか出来ないのか、どうなの?」

「それは・・・出来るけど。暴走した召喚獣と契約なんて無茶苦茶だよ。身の安全を保証できない。」

「それに小僧じゃぞ!魔法使い自体が暴走しかねん!!」

長い歴史の中でも、少年との契約は前例がない。適応者がいたとしても、管理局の判断でそれは見送られてきたらしい。

「このような重要事項はまず管理局に問い合わせんと、うえが、」

「えーい、ごちゃごちゃとうるさい!!」

問い合わせなんか待っていられる状況か?!

作戦が失敗した状態を立て直すには、撤退か奇策しかない。

相手の目的がマサカズくんの奪取であるなら、今、私たちが撤退を選択することは完全な敗北を意味する。だから、

「マサカズくん、やりなさい!はい、チュー!!」

マサカズくんは少し躊躇するそぶりを見せ、周囲を見回し、目の前の玄武岩に向かって・・・

「ん、んんんー。」

「やりおった。」

「おぉー。ディープ。」

「・・・。」

我が国の長い文学史の中で、玄武岩にキスをしたのはおそらく本作だけだろう。


そして・・・

「ニン・・・ショウ・・・カ・・ク・・・ニン。」

ノイズ混じりの壊れたラジオのような声が玄武岩から聞こえると、

「わ、わぁぁああ!」

二本の玄武岩はガラガラと崩れマサカズくんに覆いかぶさった。

「・・・・・・え?」

アレ、想像と違うな。

どう見てもこれは生き埋め・・・いやいやいや、大丈夫。中で認識中だ、きっと。

「どうなっても知らんぞ。」

その間、アレクサンダーは眼前に起きた状況に困惑し、その動きを再び制止していた。


ある意味で緊張感に満ちたこの空間に変化があったのは、数秒後だった。

山のように覆い被していた玄武岩は細かな砂になって崩れ落ち、ただ一瞬、周囲の大気と地面が中心に集約する惑星の誕生のようになり、かすかな土けむりに包まれて少年は変身した。


全身タイツに仏教の袈裟のような若草色の法衣、大学帽子。真新しい衣装に着せられている初々しい状態であるはずなのに不思議と様になっている。


最強少年マジカルマサカ

それが彼にふさわしい名前だろう。


「わ、わわ。出来た!」

「正気か、ゴーレム!?小僧じゃぞ。管理局が黙っとらん!」

カトブレパスは少しだけ焦ってその周囲に気を払う。しかし、当の本人たちはそんなこと気にするそぶりもない。

「マサカ!ハジメマシテ。」

マサカの肩には先ほどまでの暴走していた状態とかなり印象の違う小さな石人形、召喚獣ゴーレムが乗っていた。つまり、マサカはさっきまでの暴走を鎮め一度ゴーレムを破壊し、実態の復元に必要な魔法力を供給し、そのまま魔法契約してしまったのだ。

恐るべき夢のチカラ。

「はじめまして。」

「ゴーレムデス。」

「よろしく!」

魔法のコントロールや理解、認証試験をすっ飛ばして、体に流れる魔法力がその全てを補い、マサカに地学のチカラを与えていた。

「なんという無茶苦茶な・・・」

唖然とするカトブレパスの解説をしておくと・・・

魔法使いは理科の計算式の上で成り立っている。思春期の不思議でそれを感覚的に理解できるのが魔法少女、膨大な知識と知への探究心から論理的に理解できるのが偉人たち、賢者なのだ。

マサカはそのどちらもせずに、自身の持つ魔法の源、夢のチカラでそれを捻じ曲げたということだ。(まぁ、感覚的理解をする魔法少女のソレは少なからずやっているだろうけど・・・)


「マサカズくん。いいえ、マサカ!」

「魔法少女のお姉ちゃん!」

うっ、その呼称はやめてもらいたい。自分だって“魔法少女の少年”なんだよ?しかし、そんなツッコミをするよりも今はアレクサンダーを封じるのが先だ。

「そいつの動きを止められない?」

「うーん。どうすればいい?」

理解を飛ばして変身してしまったマサカには自分の魔法、地学をうまく形にする術がなかった。

せっかくの魔法力もそれを使用する方法が無ければ、宝の持ち腐れなのである。

「え、え?そう言われてもねぇ・・・」

そこまで考えてない。

そもそも普通科高校において地学は“文系の理科”であり、“純”理系の私には専門外なのだ。

しかし、

「大丈夫、こんなこともあろうかと!」

使い魔ケットシーが取り出したソレは・・・


“理科の教科書!!”


「2分野、下、石のページ!!」

ケットシーの教科書にはわかりやすく付箋が貼られている。

コイツ、勉強家だったの?意外だ。

「落ちこぼれ出身だからね。誰かさんと一緒で。」

「・・・・。」

私は落ちこぼれではない。理想が高いだけ。


私が放り投げた教科書は放物線を描いてマサカの手元にストンと収まった。(正確にはマサカが落下点に移動したのだが。)

「受け取ったよー。」

「ゴーレム、あとは任せた!」

「リョウカイシマシタ。」


教科書は中学生用のものだったのだが、理科の良さは写真で解説されていてポイントをビジュアル的に理解出来る点にある。このおかげで、小学生にでも敷居が低い。

英語とはわけが違う。

「相変わらず英語を目の敵にするね。」

「本心だもの。」

「その逆恨み、相当根深いね。」

私がケットシーとそんな雑談をしているうちに、マサカは地面に魔方陣を描いた。アレクサンダーの腕をかいくぐりながら、拾った枝を使って器用に。

私の化学魔法は手のひらから成分を空気中に集中させて発動させる。マジデの物理魔法は専用の器具を用いて発動する。そして、どうやらマサカの地学魔法は地面に描いた魔法陣で発動するようだ。


「天までそびえる大地の豪腕、流紋岩!!」

教科書片手に魔法を唱えるマサカの姿はさしずめ、理科とは縁遠いケイケンな宗教家のようだった。

マサカの号令と共に魔方陣から巨大な腕が伸びた。ゴーレム暴走状態のときと同じような状態だ。そして、飛び出した流紋岩の腕がアレクサンダーを羽交い締めにする。

「不十分な魔法でここまでやるとは・・・。」

「そんなに凄いの?」

「危ういほどにな。」

カトブレパスがマジデを公園のベンチに避難させて合流した。相変わらずマジデは気を失っている。

そういえば、マジデの身体はカトブレパスの何倍もあるが、ズルズルと引っ張ってここまで運んだのだろうか?というか、ベンチにはどうやって座らせたのかな?と、私の疑問点は本筋からズレていったのだが、そんなことは知る由もないカトブレパスはマサカの特異性を比喩で語った。


「今の小僧は、馬力のある車、言うなればF1のマシンで徐行運転しているようなもんじゃ。」

それがどう危ないのか私にはあまり理解できないし、そんなことより私はカトブレパスがどうやってマジデをベンチに(以下、略)

「ニヤニヤ。」

一人だけ状況を理解しているケットシーがニヤついているのが、ちょっと尺だった。


もがくアレクサンダーとそれを抑え込むマサカの魔法。ここからは力比べだ。ただし、マサカはアレクサンダーを倒す必要はない。マジデが高周波ブレードを使って行うはずだったアレクサンダーの腕の封じ込め。その代わりだ。

あとは当初の計画通り、常時開いている正面の門から私が侵入すれば良い。

しかし、それもすぐに頓挫する。

アレクサンダーは正面の門を閉じ、魔法を使用したのだ。

「嘘でしょ?!あの門、閉じるの?」

「そりゃあ門だからねぇ。」

初歩的なミスだった。

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