2-3 アレクサンダー編3

――――

いつものファーストフード店内。私はお気に入りのシェイクを片手に顛末を語った。

「アレクサンダー・・・ですか?」

マジデもケットシーと同じ反応をする。それに、珍しくマジデの肩からカトブレパスが顔を覗かせている。理科世界のアレクサンダーは余程の聖人君子だったと思われる。

「公園にいる子どもを根こそぎ、かっさらっていったわ。」

「にわかには信じられない話ですが、アレクサンダーであれば、目撃者の記憶操作を含めた今回の事件や、カトブレパスの探知を掻い潜ることも可能だと思います。」

公園にいた子どもは五人から七人ぐらい。同じ場所にいたその親たち、大人はすぐに公園に戻されていた。もちろん、記憶は消されて。

そして、今日になって順次、子どもが発見されてきている。


あの時、唯一助け出した少年、大谷マサカズくんの話によるとアレクサンダーの現れる少し前、古めかしいブリキの自転車で現れた大人の男の人が、小さい子に向けて水飴を配り、公園の真ん中で紙芝居をしていたらしい。

「昭和かっ?!」

このように私はその時ツッコミを入れた。

紙芝居が終わるとその男は「魔法のチカラを信じるか?」と子どもたちに問いかけた。子どもの答えはその大半が「信じる。」だった。

その答えを聞くと男は満足した表情で紙芝居を片付け、公園を去っていった。そしてその後、しばらくしてアレクサンダーが現れたのだそうだ。

「その男が事件の黒幕で決まりじゃのう。」

「公園で紙芝居って・・・かなり年配の方ではないでしょうか?」

「うーん。」

それは単にカモフラージュとも考えられるが・・・。

それよりも、年配の魔法使いと聞いて私が連想したのは、失礼な話ではあるが、偉人ドミトリ=メンデレーエフだった。犯人は知識を追い求める研究者、賢者なのだと。


「今回の子どもたちの中に目当ての子がいるとなるともう打つ手がないわ。でも、もしこの誘拐がまだ続くのなら、次は三日ほど先になるはず・・・

後ろ向きの姿勢で悪いんだけど、それまでになんとかアレクサンダーに対抗する手段を考えましょ。」

私の手持ちの鍵は三本、それにマジデの電撃。これだけでなんとか作戦を立てなければいけない。あの岩石を攻略する手立てを。

「あの、春化さん。」

「何?」

「私、電撃以外に波動も使えます。・・・・音波だけですけど。」

「!?」

私はシェイクをズズズッと音が鳴るまで吸い込むと、

「うん、何とかなるか。」

そう言って、今後の対策を練り始めた。




――――そして、三日後。

私たちは目星をつけた公園を張り込んでいた。

「本当に現れますかね?」

マサカズ君の話にあった紙芝居の男というのは姿を見せていないが・・・。

「たぶん大丈夫。昨日までに神隠しにあった子どもは全員解放されたのが確認されてる。だから犯人は次のターゲットを狙う。そして、大きい公園はもうここしか残されていない。」

統計学的にデータを追い込めば、予測地点はここ、犯行予想時間は今日の夕方、つまり今なのだ。実際、私たち以外に警察も張り込んでいる。交番からパトロールに来た制服姿の数名と、やたらとガタイの良いワイシャツ姿。たぶん私服警官だろう。ただ、誘拐事件を追うにしては人数が少ない気もするが・・・。考えすぎだろうか。

公園にいる人物は子供たちの保護者、その他には・・・大谷マサカズくん、あの少年がいる。私たちは変身していないのでこちらには気がついていない様子だが、あたりをキョロキョロと見渡している。なんでここにいるの?

「あの子ですか?」

「うん。大谷マサカズくんよ。」

「マズイですね。また狙われるかも。」

「あの小僧からは強い魔法力を感じる。純粋な子じゃ。まぁ小僧じゃから魔法少女にはなれんが。」

「え、そうなの?」

「魔法使いになれるのは少女か賢者のどちらか、と古来より決まっておる。純粋に魔法力だけなら保有する者もおるじゃろうが、契約となれば小僧はさすがに適応外じゃ。マトモな召喚獣なら契約せんはずじゃ。まぁ犯人の手段となれば目的はわからんが。」

魔法少女っていうぐらいだから、当たり前といえば当たり前かもしれないけど。

それは男女差別だ!等価交換に反する。そもそも私は世の中のレディファーストとかいう男女差別の制度にもはんた・・・

「春化、来るよ!!」

「え、あぁ。はいはい。」

脳内のひとり抗議をケットシーに遮られて、私たちは座っていたベンチから立ち上がった。


そして・・・

天候が悪くなった。綺麗な夕焼けがあっという間に曇天。

真っ黒な雲の中から光が差すと、中から白い大きな建造物が姿を現した。

相変わらず派手な演出である。

姿をあらわすとアレクサンダーは額の宝石を光らせ、すぐさま特殊能力を展開する。


“聖なる審判”

それがアレクサンダーの攻撃用広域魔法。ケットシーの話では様々な効果があるらしいが、魔法耐性の無い者の意識を奪う精神波の効果があるようだ。

その影響を受け、さっそく私服警官は眠ってしまった。まったくこの人たちは何をしに来たのだろうか。


アレクサンダーは本体から伸びた二本の腕で子どもたちを囲い込み、門に招き入れた。

子供の半数は拒否しているが、逃げ道が無い。囲い込んだ腕が徐々に狭まり、門の方へ誘導されていく。

「アレクサンダー・・・。」

召喚獣の聖人君子アレクサンダーを信頼していたマジデやカトブレパスの胸中はお察しするが、黙って見過ごせる状況ではない。

「ホラ、夏値(ナツネ)、やるよ!」

「は、はい。」

ちなみに夏値というのはマジデの本名、藍野夏値を差す。

「変身!」

「フォームアップ、スタンバイ!!」

えっ?!なにそれ。

物理使いマジカルマジデは変身に際して、手を振り回したり、飛び跳ねたり、ベルトの風車に風を当てたりして変身したりしなかった。左手首の可愛らしいシュシュを額にかざして前に伸ばしただけ。そうするとシュシュが伸縮し身体を光で包み込んだ。まさに魔法少女の変身だ。

ちゃんとしたのあるんじゃない!

「羨ましい?」

ケットシーが顔を出しそう言った。いつでも出来ますよ、ってことだろうけれど。

アレが羨ましいかどうかで問われれば・・・

「うーん。」

首をかしげる。

大学一回生で魔法少女の変身・・・・

「うーん。」

ちょっと考える。


光が弾けると夏値は、マジカルマジデになっていた。

「いきます!!」

掛け声とともにマジデは勢いよくアレクサンダー目がけて駆け抜けた。


今回の作戦は、内部破壊である。

外部装甲の強固な者は内側から攻撃するのが効果的。お約束のパターンだ。

ただし今回の場合、アレクサンダーは子どもたちを飲み込んでいる。そのため内部に侵入して攻撃するよりも先に、子どもたちを連れ出す必要があるのだ。

次に侵入方法。

ルートは二つ考えられる。正面突破と外壁の破壊。

まず、正面突破。

内部への入り口である正面の門は、子供たちを招き入れるために開けられているが、二本の腕で守られ私たちの侵入は拒んでいる。魔法力が高いマジデと一緒なら善戦するかもしれないが、アレクサンダー相手に立ち向かうのは容易ではない。単なる正攻法で立ち向かうとすれば、おそらくかなり致命的な怪我をするだろう。おもに私が。


では外壁に穴を開けるルート。

アレクサンダー本体は大理石で構成されている。大理石とは石灰岩のことだ。石灰岩、石灰石は中学理科で習う通り塩酸と反応し二酸化炭素を発生するが、硫酸とは相性が悪い。塩酸を作るには水素Hと塩素Clが必要だが、塩素の属する17族の鍵ハロゲンは未だ回収できていない。(そういえば玄武岩を溶かすためのフッ素Fも17族だ。)

よって今、私の出番は無い。

ではマジデの魔法、電撃はどうか。

これもダメ。大理石や玄武岩といった岩石は電気を通さない。ダメージはほとんど与えられないだろう。


これらの情報を総合的に考えて私の出した案というのが、電動歯ブラシにヒントを得た、

「高周波ブレェェェド!!」

マジデの音波振動によるカッター切断攻撃だ。

ブゥゥンと低音が響いてブレードが大理石の右腕にめり込んだ!

「手応えあり!!」

工業用の機械などでは刃先を高速に振動させて切断をする加工がある。化学が専門の私はそこまで詳しく工作機械のことは知らないが、原理は理解出来る。実際、この攻撃でアレクサンダーの動きを封じることに成功したのだ。

そして・・・

剣を突き立て身動きが取れないマジデに今度はアレクサンダーの左腕が振りかかる。

「マジデ、後ろ!」

「ハイ!」

大理石などの岩石に対しての対処法として、私の薬品攻撃よりもマジデの音波振動が有効なのは早い段階で分かっていた。しかし、近接攻撃であるこの作戦は、攻撃の有用性よりも防御、とりわけ二本の腕の攻撃を同時にどうかわすかが重要だった。


だから、

「ツヴァイハンダー!!」

剣は二本用意した。

セパレートした高周波ブレードが、左右の腕を捉えてアレクサンダーの動きを完全に止めた。流石、マジデ。

「マヂカさん、お願いします。」

「了解、ちょっと待っててね。」

そう、私が選択したのは壁面の穴あけではなく正面突破のルートだったのだ。

あとは、私が門から堂々と侵入し中の子どもたちを救出、水素で内部を爆破という手はず。我ながら完璧な作戦だわ。

「まさか本当にアレクサンダーを封じるなんて・・・」

「だから言ったでしょ。魔法力の有無なんて大した問題じゃないのよ。要は戦略。」

私は少しばかり胸を張り、得意になってケットシーに語りかける。


しかし、門に近づく前に異変は起きた。


「うっ!!」

マジデの声がした気がする。

・・・・・えっ?!

後ろを振り向くと・・・・

アレクサンダー本体の腕を封じていたはずのマジデに玄武岩の腕が直撃していたのだ。



三本目の腕の出現。


「そ、そんなバカな!!

アレクサンダーの二本の腕は封じているのに、どうしてまだ腕が出てくるの?」

ダーウィンの進化論をなぞらえれば生物学上、背骨を持つ者“せきつい動物”は四足動物である。前足が進化して腕や、翼になったりはしても本数が増えることなどない。

召喚獣が私の知る生物学と完全に一致する存在ではないかもしれないが、ケットシーやフェンリルを見る限り、その点は変わらない。だから、二本の腕を持つアレクサンダーも同様のはずだ。そうなると、大理石と玄武岩の腕は用途に応じて組成変形している。それが私の予想だったのだが、それは間違いだった。やはりアレクサンダーの腕は大理石である。


では玄武岩の腕は誰のものなのか?その疑問にケットシーが答えた。

「そうか。あの岩石の腕はアレクサンダーのものじゃない。あれは・・・

大地の壁、召喚獣ゴーレムだ。」

「ゴーレム・・・。」

始めに考えるべきだった。相手が二体いることを。

岩石の腕は地面から伸び、肘のあたりまで見えている。腕のサイズから推定すると全身は十メートル以上ある。それはアレクサンダーと同じくらい、もしくはそれ以上の大きさの巨人である。あくまでも人型で想定した場合だが。


マジデはかろうじて両腕の高周波ブレードを離していないが集中力を失い音波振動が停止してしまっている。そのため、アレクサンダーから剣は抜け、封じていた腕を解放してしまった。

そしてさらに、玄武岩はマジデの体を包み込んで握り拳を作ろうとする。

「ああぁぁっ!!」

「マ、マジカル、」

「ダメだ!マヂカ、今、魔法を使ったら!」

肩からケットシーが飛び出して私を制止する。

私だって濃硫酸が玄武岩に効かないこと、そんなことは理解している。だけど、このままじゃマジデが・・・


私が躊躇していると地面からもう一本の腕が現れ、足を掴んでいた。

「う、嘘?」

顔から血の気が引いた。ゴソゴソと懸命にもがくがゴツゴツした玄武岩が私の足をガッチリと掴んで離さない。そして、エレベーターで急上昇する時のような重力を感じると、加速度的に私の足は地面から離れていた。なんのことはない、私の体があの腕に持ち上げられたのだ。

この後の展開は容易に想像出来る。持ち上げたら、落とす。等価交換や作用反作用、プラスマイナスが成り立つようなごく当たり前の現象。

私は放送事故によるこの番組(?)の最終回を覚悟して、目を閉じた。

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