2-2 アレクサンダー編2

――――

平日の夕方、公園のブランコに一人の少年が座っていた。

少年の名前は大谷マサカズ、小学三年生。

漢字で書くとマサカズは、真坂図と書く。

仕事一筋で忙しい父は週末以外に顔をあわせることはあまりなく、ミーハーな母はアイドル男子ユニットと子ども向けのヒーロー番組(のイケメン俳優)の追っかけに大忙しだった。

親が加熱すると子は冷める。その典型的な例で、マサカズはヒーローよりも女の子向けのハートフルファンタジーのアニメ、魔導商人ナプラスシエルの方が好きだった。

だが、それに共感してくれるのは同世代の女の子かそのお母さんたちで、マサカズの男友達はあまりいない。

今日も学校で「男のくせに恋愛アニメなんか見やがって。」と言われ、口論になったところを、

「マサカズ君はあんたたちみたいなガサツな男子とは違うの!」と、クラスメイトの女子に庇われたのだ。


マサカズはそんな自分が嫌だった。

別に意見の食い違いでほかの男子と争いたい訳ではない。

ヒーローになりたいわけではない。

ただ、自分は魔法のチカラで夢や希望を振りまいて、争いのない調和のとれた幸せな日常を作りたいのに・・・。

それを実現するチカラは自分には無い。

子どもながらに失意の念に暮れ、公園のブランコに腰掛け、“小さい子たち”をボンヤリと眺めていた。


そして・・・・・・・

公園の真ん中、砂場の前にボロっちい自転車に乗った人物が現れた。老人だ。いや、小さい子どもの感覚で見てみると老人だという意味である。実際の年齢は分からない。

老人が自転車を停め、その荷台に積まれた小さな劇場を展開すると、小さい子たちはその自転車を取り囲むように輪になる。



「あれ、何だろう?」

何かに導かれるようにマサカズもその輪に加わっていた。

――――


午後の講義がひとつ休講になった。

【化学基礎概論】

基本的にはこれまで学んできた化学分野の復習でしかないのだが、私は自身の魔法、理科の事を考えて受講していた。

理科という学問は本当によくできている。

退屈な勉強だったとしても魔法の概念を照らし合わせて復習すると、興味深い内容が目白押しなのだ。

この講義が休講になった事で本日の私のスケジュールは終了した。あとは帰宅するだけ。

「さてと・・・では探偵業を始めましょうか。」


私は大学の帰り道、この町の公園を巡り歩くようにしていた。もちろん事件の手がかりを求めて、もしくは事件そのものに遭遇するためにだ。

警察の現場検証の後なので通常の手がかりが残されている事は期待できないが、“魔法的な何か”であれば話は別だ。マジデはそう言っていた。ただ、これまで二人合わせて五箇所、事件のあった公園を調べたがそれらしいものは見つかっていない。

警察が見落としている魔法的な何かを私が見つけられるのか、という不安点が残るが今日はこれで二件空振り。

三件目に差し掛かったところで、私は周囲の雲行きの異常に気がついた。

快晴だった天気が曇り空になっている。それもこの町だけ。普段なら気にとめるほどの事ではないが、事件との関連を考えればコレが魔法的な何かであると気がつく。しかも天気であればその証拠も残らない。

「春化、当たりだ!この先の公園にいるよ。」

魔法力の弱い私にはその気配を感じ取ることは出来なかったが、使い魔ケットシーがその役割を果たし肩口で囁いた。


公園の敷地がすっぽりと影で覆われ私は周囲を見渡すと、そこには、

「ちょっと何アレ?!」

裁判所の法廷のような形をした、石の巨人が公園を覆っていた。

「バ、バカな!」

ケットシーは目の前に現れたその巨大魔法建造物に呆然としていた。私の驚き方とは方向性が違う。ケットシーはアレがなんであるかを知っていて驚いている。

「ありえない。」

「いいからアレが何なのか教えて。」

「全てに裁きを下す者、上位召喚獣アレクサンダー。」

「アレクサンダー・・・・

あれも召喚獣だって言うの?!」

アレクサンダーはフェンリルのように生物的な個体がそのまま本体のタイプではなく、裁きを下す者を法廷として具現化した建造物全部で一つの召喚獣である。かろうじて人型をしている。


「まさか、こんな巨大なものでさらっていたなんて・・・・。」

十日間、もしかしたらそれ以前からこの派手な方法で誘拐が行われていた。そして現場の状況を誰一人として覚えていない。それは私たち魔法少女を含む町中の目撃者の記憶を操作していたということになる。

「厄介な相手だっていうのは理解した。」

私はとりあえず周囲の状況を確認するため公園の敷地内に侵入した。


公園にいた人物の大半は既にアレクサンダーの建物に飲み込まれている。おそらくあの中が“夢の国”に通じているのだろう。


公園内に残された人物のほとんどは魔法耐性が低い大人たちで、召喚獣から放たれた魔法力の影響をモロにくらい気を失っている。コイツはこの魔法を超広範囲、それこそ町じゅうに展開していて記憶の操作をしているのだ。魔法少女として耐性を持つはずの私も、威圧感に押しつぶされそうだった。

そして・・・・


「うわぁぁーーっ!!放せ、放せー!」


アレクサンダーの外側にいた最後の子どもが、地面から伸びた巨大な手で中に引き込まれようとしていた。

「・・・。」

たとえ相手が巨大でも、

強力な魔法力を有していても・・・

こんなのは、見過ごせない!!

「マジカル濃硫酸!」


私は瞬間的に変身し、唯一の攻撃手段を放ってしまった。結論からいうと硫酸は失策である。

命中した手から少しだけ煙が上がり、その衝撃で子どもを解放することに成功はしたが、あの岩石の腕に酸はあまり効かなかった。

おそらく玄武岩だろう。

玄武岩の主成分、二酸化ケイ素はすでに酸化している物質であり、酸性のマジカル濃硫酸では溶かすことが出来ない。例外的にこれを溶かすのはフッ化水素HFだが、私の手持ちの鍵には生成に必要なフッ素Fが無い。

私の戦術のメインとも言える“マジデの支援”もない今は、

「逃げるよ!!」

「わわわっ!」

残ったこの子を連れて逃げることだ。


懸命に走って私たちが公園の入り口までたどり着くとほぼ同時に、召喚獣アレクサンダーは門を閉じ、雲の中に姿を消した。

玄武岩の腕も消えている。

「ハァハァハァ・・・セーフ。」

街を覆う雲が徐々に晴れ、山の稜線に夕日が差していた。

どうやらアレクサンダーはあの雲を通じてこちらの世界にやってくる。しかし町全体を覆う雲から出現するという事は、突然現れて消えるということだ。厄介なことにそれだと地点の予測が困難である。目的から探るしかない。

加えて、玄武岩の巨大な手。あれは地面から出ていた。雲を覆うエリアであれば自由にアレを出現させる事が出来るとでも言うのだろうか?

ホントに厄介だな〜。

「はぁ〜。どうしよう。」


「あ、あのぅ。」

「ん?」

声をかけられた方向を向くと、私は少年の手を握ったままだった。それは瑞々しくて柔らかい、小さくて温かい手。

そうだ!この少年は夢の国に連れて行かれる直前だった。つまり、犯人の記憶を消されていない。

「手、離して。」

「あ、あぁ。ゴメン。」

私が手を離すと少年は少し距離を取った。

「学校で言われてる。放課後の不審者に気をつけなさいって。」

「ふ、不審者?!」

そう言われて自分の姿を確認する。

・・・確かに、コスプレをして掌から硫酸を放つ女子大生なんていうジャンルの人間は確立されていないので、今の私は不審者に当たるのだろう。でも、気をつけるのは誘拐をする犯人の方で、私はそれを助けた側でしょ。

それをわかってほしい。だから、真実を告げよう。

「お、お姉さんはね・・・・。」

言葉にするには勇気がいるな。

「魔法少女なの。」

「・・・」

十数秒の沈黙。耐えがたい。

・・・何か言ってよ。

少年は目をパチパチと何度もまばたきし、私の姿をマジマジと見つめていた。最近はサブカルチャーが広く一般にまで浸透しているので、思い込みの激しい女子大生がただのコスプレをしている、放った魔法は手品やトリックと疑うだろう。それが普通という名の平均文化だ。この国は特にその傾向が強い。

だから、超常現象を純粋に受け入れる感性は年齢とともに薄れていく。情報化の進んだこの時代で少年はどう判断するだろうか。



「凄い。」

純粋な子で助かった。

「スゴイスゴイ!本物の魔法少女だー!」

でも、あんまり騒がないでほしい。


私は少年に連れられ、彼の言う“秘密基地”にやって来た。工事現場横の建材置き場、その土管の中という古典的な隠れ家だったが、工事は中断しているらしく、作業員などが来る気配もない。そのため、期せずして秘密基地という形は整っていた。


「手から出た魔法はなんていう魔道具なの?」

「魔道具?」

「魔法を使うには魔道具がいるでしょ。マジックコンロとかマジックデントーとか。」

コンロに電灯?庶民的な道具ばかりだけど、それはアニメの話。脳裏にはマジデの使うテスラコイルが浮かぶが、私の使う化学魔法にはマジックアイテムと呼ばれるようなものはなかった。


「それって魔道商人ナプラスシエルのことね。お姉さん、あまり知らないかな〜。」

「行商人のナプラスと花屋のシエルが砂漠の都メソポタで、病気を治すための究極の薬、エンカナトリウムを探すんだ!」

知らない イコール 教えて欲しいという意味ではないのだけど、少年は少し食い気味にそう言った。しかしナプラスシエル、Na+Cl 愛の結晶ならぬ塩の結晶か・・・・冗談のような話ね。

(ただ、古来よりミネラルを多く含む塩、とくに岩塩は伝染病の特効薬として使用されていたことが記録にも残されており、この物語、ナプラスシエルは完全な想像の産物というわけではないようだ。)

「それでね、ナプラスの道具袋にはたくさんの魔道具が入ってて・・・。」

「う、うーん。」

延々とアニメの話をする少年。彼の名前は大谷マサカズというらしい。話題のアニメ、ナプラスシエルの影響もあり魔法使いを理解していて、その存在を信じている。ただ、劇中のヒーローである“ナプラス”よりも、彼に与えられたチカラで魔法少女になったヒロイン“シエル”のほうに憧れているという、ちょっと変わった少年である。

「マサカズくん、ナプラスシエルのことよりも、あの公園で起こったこと教えてくれない?」

「え?うん、いいよ。」

・・・・・・・・・・・・。


「お姉ちゃん、バイバーイ!」

「大声はやめて。」

私は変身を解いていないのだから。



話を終えてマサカズくんを家に帰すと、ずっと肩に隠れていたケットシーが顔をのぞかせた。

「何、アンタ人見知り?」

「違うよ。ちょっと考え事をしてたんだ。」

「そういえば相手がアレクサンダーだってわかって随分驚いてたわね。」

「アレクサンダーは召喚獣の中でもかなり上位の存在なんだ。」

なるほど納得の魔法力だ。

「フェンリルの時みたいに暴走してた感じじゃなかったけど・・・。」

まっすぐ私の持つ鍵や魔法力の強いマジデに向かって来たフェンリルとは違い、記憶を操作したり誘拐したり、暴走しているとは程遠い。かなり計画的な行動だ。

「上位召喚獣は魔法力のキャパシティが高いから元素の鍵を使っても暴走には至らない。それに一般の僕たちと違い、魔法契約者を必要とせずともチカラを使う事ができるんだ。」

「それじゃあアレクサンダーは自分の意志で誘拐をしてるってことなの?」

「・・・だからずっとそれを考えていた。フェンリルやアレクサンダーは理科世界の法と秩序の番人。本来なら取り締まる側の存在なんだよ。正気であれば、絶対に現実の世界の人間を誘拐しようなんてことはしない。」

でも実際に私たちはド派手な誘拐現場を目撃した。

「ふーん。じゃあアレクサンダーは操られているってことね。」

「だから上位召喚獣は・・・・。」

あぁもう、上位上位ってうるさいな。そういう宗教か何かなの?

「あのね、個々の存在には上下も左右もないの!上下関係っていう概念が存在するのは物理の位置エネルギーだけなんだから!

どんなに魔法力があっても、高性能な魔法が使えたとしてもそれは完璧じゃない。

アレクサンダーだって足元をすくわれることがあるんだよ。【現実を見て】、ケットシー。これはあんたが私に対して最初に言ったことでしょう?思考を止めたらダメ。」

これは私の経験からの持論である。

国語表現を否定することになるが、現実の世界で関係性に上下なんてものはない。あるのは特性だけである。例えば美味しいあんぱんとカレーがあって、どっちが上か?なんて議論をしたとしてもそれは意味を成さない。ある人はあんぱんと答えるし、ある人はカレーと答える。“それは答える人の勝手”だからだ。

私の言う特性とはそういう意味だ。だから数値化されていないものには上下関係なんてない。


ケットシーは黙って私の話を聞いてから、口を開く。

「そういえば、キミの大学受験は一発逆転だったね・・・。」

「戦術と戦略って言いなさい。」

これが私たちのアレクサンダー攻略作戦の始まりだった。

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