2章
2-1 アレクサンダー編1
あれから一週間が過ぎた。
大学ではオリエンテーションも終わり、いよいよ本格的な授業、講義が始まった。興味のある一般教養を選択して受講するシステムや、長時間にわたる実験、実習に最初は戸惑ったが、新たな学習の基盤は私にとって好奇心をくすぐる探求の宝庫であった。
何より大学は英語が必須じゃないのが一番良い。そもそも医学の専門書はドイツ語だし、世界の人口で言えば中国語が一番話されている。
そして、人口比で考えれば日本語は九位。ドイツ語やフランス語よりも上位にあるのだ。うん、私が異国の言語を学ぶよりも先に日本語をもっと世界に広めグローバル化を目指す。そういう努力って大事だと思う。どうして誰もそのことには目を向けないのだろう。
「負け犬だね。」
「・・・・・うるさい。」
猫が犬のことを言うな。
私の肩の上にいる化け猫は相変わらずである。
そんなありふれた大学生活も本日はお休みの日。
1Kの学生アパートで、私は朝から魔法少女のコスチュームに身を包み、実験を行っていた。さしずめ、偉大な先人『ドミトリ=メンデレーエフ』のように。
「マジカル水素!」
目には見えないが確実に手のひらに水素ガスの発生を感じる。魔法力の消費はかなり軽微。
「マジカル酸素!」
次に酸素を発生させる。こちらは水素よりもずっと魔法力を消費する。硫黄はさらにこの倍はシンドイ。
魔法のチカラは自然界の物理法則を完全にねじ曲げるものではなく、発生した物質や現象は原理原則に従って機能する。つまり、理科の知識がそのまま戦術という形に繋がってくるのだ。
今回の実験でわかったことは物質生成には原子番号が大きくなるにつれて負荷がかかるということ。番号1番は水素、酸素は8番、硫黄なら16番だ。
化合物はこれをすべて重ねた数値になるので硫酸H2SO4なら単純計算で50。マジカル濃硫酸は強力だけど、消耗が激しく連射は出来ないということになる。
・・・・ふと、周期表をみて、
「金・・・・・・79番。」
私の心は鋼のように固くはなく、ポキリと小さな音を立てて折れそうになった。
錬金術って難しい。
ため息をつくと集中も途切れてテレビの音が聞こえてきた。
番組タイトルは『魔道商人ナプラスシエル』
古代メソポタミアの若い行商人ナプラスと町の花屋シエルとの恋と友情を描いた、ハートフルファンタジー。それが子どもならずОLの間でヒットし、どういうわけか、世間ではこのアニメがブームらしい。私は全然知らなかったが。
でも、魔法少女の本編に魔法モノの劇中作ってどういうことなのよ。
そんなどうでも良い憤慨を感じつつ、私はこの一週間、平和な日常を送っていた。
では改めて、理科の物語、マジカルマヂカの近況を語ろう。
元素の鍵を持つ召喚獣、または事件の黒幕に関する情報、進展は今の所無い。
私の使い魔、ケットシーの持つ特殊能力“ルナティックレイン”は白昼夢と幻覚の魔法で、探索向きの能力ではない。一方、マジデの使い魔、カトブレパスの能力“悪魔の瞳”には気圧の探知と操作いう便利な機能があり、この能力の一部に気圧の変化で魔法力を広範囲で見抜く、いわばレーダーのようなものがあるらしい。
なので私はマジデに連絡先を伝えて情報待ちをしている状況だ。
「まったく、他力本願も甚だしいね。」
「あんたが言うな!」
今日も“私の役立たず”はのうのうと猫缶を平らげて眠りについた。
「なんでこのアパート、ペットOKなのよ・・・。」
マジデからの連絡も無いままさらに三日が過ぎた。
何も事件のない十日という期間が長いのか短いのかという問いは、対象となる相手が複数の場合には意味を成さないが、とにかく私のこの十日間は普通の女子大生だったのである。
―――
そしてついに一つの事件が起こった。
いや、正確には十日間でその事件は起こっていた。しかも、魔法的なヤツではなく、現実世界の刑事事件的な意味を含んで。
「神隠し?」
街角のファストフード店内でポテトを頬張りながら私は緊張感なくそう言った。
「はい、この町の小さな子どもが相次いで行方不明になっていて、その後、三日ほどすると発見される事件が発生しているんです。
犯人からの要求などはなく、発見された子ども達は皆“夢の国にいた。”と、犯人の特定には至らない証言ばかり。」
連れ去られるのは子ども。犯人からの連絡がなく、記憶が曖昧な状態で無事に帰ってくる。まさに神隠しだ。しかし、私が“夢の国”という単語で連想するのは、そんな日本古来の不思議事件などではなく、魔法少女の認証試験のこと・・・・。
現実の世界とは違い、あの場所では魔法を自由に使うことが出来る。実際に魔法を使うには魔法力となる気力、夢のチカラが必要となるが、本来、子どもは魔法少女になる素質を多く持つ存在である。
私やマジデは例外中の例外なのだ。
「犯人はさらった子どもを魔法使いにしているんじゃないかな?」
連れ去った子どもを魔法少女にすること。導き出される結論はこれしか無い。
常識しか知らない警察が、それを理解するのは不可能だろう。だから未だ、捜査に進展なしなのだ。
「それは私も考えました。でもせっかく連れ去ったのに、どうして開放されているんでしょうか?」
簡単なことだ。
「・・・・力量不足。」
「え?」
「マジデの使ってる物理魔法のことはわからないけれど、私が実験した限り、化学魔法は原子番号の大きいものほど魔法力を消費するわ。」
素質を持ち合わせていても、その魔法を現実の世界で使用できるかはその者の力量で決まる。
「つまり犯人は、原子番号のとても大きなものを生成しようとしている。それが単体物質なのか化合物なのかはわからないけど。基準に満たない子どもに用はないから解放したと考えるのが自然じゃないかな。」
「なるほど・・・。
あ、でも、そもそもの話、苦労して元素の鍵を盗み出したのに、どうして素直に言うことを聞くかどうかわからない子どもに鍵を与える必要があるんですか?自分で使えばいいじゃないですか。」
“鍵を盗み出せるほどの者は強大なチカラを持っている。”
ベテラン魔法少女のマジデが陥りやすい考え方だろう。でもおそらくそれは違う。
根本を見直せばその謎は解決する。
「犯人はソレを生成する能力を持っていない。それが答えじゃない?」
「そんなこと・・・。」
信じられない、というような表情をするマジデ。しかし、この結論には納得のいく根拠も多数存在するのだ。
「犯人は目的の化学物質の生成が出来ないという問題点を論理と手段で解決しようとする者。大人。自らの理論の証明と成果を得るために、努力と時間を惜しまない人物。
そして、それはおそらく、この町に溢れかえる科学者のうちの一人。」
これが私の導き出した黒幕の正体だ。残念なことに対象者はとても多いが。
「世界を揺るがす大事件の犯人がこの町の人だって言うんですか?」
「そうよ。」
私とマジデ、二人の魔法少女。
暴走した召喚獣フェンリルとユニコーン。
神隠し事件。
全部この街で起こっていることだ。
「世界はこんなにも広く、なんなら異世界があるっていう話になっているというのに、事件はいつも私たちの周りで起こるのはなぜ?」
「それはたまたま。」
「たまたま〜?
あのねぇ、確率論の話だとしても、ある推理小説の主人公が言ったわ、偶然は三つも重ならない、それは必然であり、必ず理由が存在する、って。」
言ったのはロンドンのいけ好かない名探偵なのだけど。その行動原理は推理をするうえで的を得ている。
「・・・わかりました。」
それから私たちは子どもの誘拐について捜査を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます