4-2 終章2

―――

狭い入り口から洞窟に入るとまず、開けたドーム状の空間が広がった。足場はゴツゴツとした玄武岩。この空間から幾つか細い道が続いているが、安全に出入りということを考えればなるほど、観光地には向かないだろうというお役所の判断も頷ける。入り口から数メートルも進むと外の明かりがまったく指さなくなった。

「暗いね〜。奥が何も見えないよ。」

「あんた、猫でしょーが!」

「えへへ。」


「えぇ〜っと。ライト、ライト。」

携帯電話のライト機能を使用して、人が通ることの出来るルートのみを選択して奥に進む。バッテリー残量は30パーセント。じきに使えなくなるだろう。まぁいざとなれば理科を使って明かりを灯せば良い。

しばらく進むと壁に沿って一本のケーブルが這わされていることに気がつく。ケーブルは真っ黒な炭素入りのゴムとナイロン製の樹脂で被膜された電源線。当たり前だが戦国時代にあったものではない。戦時中の防空壕の時のものかとも思ったが、このケーブルは手入れされていて、どうやら現役だ。つまりこれは奥にある何かの施設で今現在使用されていることを意味する。

私はそのケーブルに導かれるように奥へと進んだ。奥に行くにつれ、枝分かれしていたケーブルが一つになり、太くなった。外からケーブルを引き込んだのでなく、奥にあるエネルギーを外に向かって送り出しているのだ。まるで血管のように。そして、この太いケーブルの先にあるのは心臓部。

「間違いなくこの先に何かあるわね。」

「ねぇ春化。今からでもここの場所を連絡しておかない?」

「・・・・ダメよ。」

「なんで?」

「夏値は今日、中間テストなんだから。余計な心配ごとを増やすわけにはいかないでしょ。」

それにカトブレパス、ゴーレムは今、理科世界にいる。たとえ連絡がついてもすぐに対応とはいかないだろう。

「ひとりで大丈夫?」

「・・・大丈夫よ。」

「・・・。」

契約者の心の内がある程度読める使い魔に嘘をついても見透かされてしまうのだけど、それでも私は“大丈夫”と言った。

カトブレパスに連絡するということは、マジデのチカラを借りることになるかもしれないから。

「・・・了解。」

全てを理解してケットシーは短くそう言うと、肩の上で首を引っ込めた。



さらにしばらく進んで、少し開けた空間の奥のへ道を塞いでいる何か、いや、人影を一瞬照らしたところで携帯電話のライトは消えた。ディスプレイには充電を促す表示がされている。

瞳孔がこの暗闇にようやく慣れ始め、周囲の地形などがぼんやりと確認できるようになってきたところで、“その人物”は手にした豆電球式の懐中電灯を点け、こちらに話しかけてきた。

「どこに向かっている?魔法少女。」

「!?」

まだはっきりとは見えないが、その声の主を、シルエットと特徴を、私は肉眼で確認する。

蒼いマントに猿を模した東洋の仮面。

(ちなみに私はまだ変身していないのだけど・・・どういうわけか正体がわかるようだ。)

「なんであんたが?!」

目の前の人物、ワイズマンがここにいることを私は少しだけ願望を含めてそう言った。そう、魔法力の調子の悪い私はワイズマンの強力な理科のチカラをアテにしていたのだ。


しかし・・・


「何故?私がここにいることに理由を問うか。その問いに対する答えはいくつか考えられるが、おそらくソレは、私が暴走した召喚獣を仕留め、共に元素の鍵を回収したから仲間意識を持っての発言だな?自分と同じようにこの洞窟に事件の調査にやって来た、と。」

ワイズマンは言葉の意味を確かめながら、ミステリー小説の真相を語るような回りくどい語り口で切り出した。

「共通の目的を持っていることが仲間であるという短絡的なモノの考え方。思考力の低下を招くぞ。」

「ど、どういう意味?」

「質問に対しての回答を端的の述べると、様子を見に来たのだ。」

端的すぎる上に相変わらず回りくどい言い方だが、その言葉で私はワイズマンが、魔法少女の任務と同じ理由で暴走した召喚獣を退治しているのではないことを理解した。ではさらにどうしてここに、という疑問が生じる

「魔法少女と私の目的は元々同じではない。

暴走した召喚獣ローレライを仕留めたのは、向かってきた者を打ち払っただけ。」

「え?え?」

「魔法少女に近づき、元素の鍵、回収の手伝いの真似事をしてみせたのは私の存在を怪しまれないようにするため。」

「・・・。」

「召喚獣ハルピュイアをこの洞窟の入り口で仕留めたのは、魔法少女にここの存在を気づかれないようにするため。」

「ちょっと、だからどういう意味よ?!」


「・・・私は侵入者を排除するためにここに来たのだ。」

「!?」

駄目だ。まだ状況に思考が追いつかない。

私がワイズマンに初めて出会った時から否定してきた可能性。

悪人の定義を身勝手な人間のモラルや法という概念において考えるとすれば、純粋な科学者に悪人などいない。

だからそれは、ある意味で想定外の事態だった。


一瞬の静寂ののち・・・・。

「理科世界の管理局が追っている犯人は私なのだよ。」

ワイズマンがその言葉を口にすると同時に、このエリアの壁面に取り付けられた明かりが点いた。その光の眩しさに私は目眩にも似た感覚を覚える。

「うぅ。」

これは、間違いなくこの先に何かの施設がある証だ。


「う、うそ・・・?」

「真実だ。」


「人間と呼称される業の深い生物は嘘をつく。

だからたとえ真実を語ろうとも、その言葉が真実であるかどうかを聞き手が突き止めるには様々な条件が必要なのだ。」

「ちょっと、何言ってるの?」

「魔法少女よ。意思を示さぬのならこれ以上の会話を無意味と判断する。

・・・さらばだ。」

困惑する私を尻目にワイズマンが空手の構えを取る。そして素早い動きで私めがけて突進してきた。

「掌(ショウ)!!」

「春化!」

ケットシーに耳元で大声を出され、私はびっくりして尻餅・・・あ、いや、ワイズマンの攻撃を紙一重でかわしていた。


ケットシーの漆黒の瞳がワイズマンの仮面を捉えたまま、私にとって残酷な一言を発する。

「春化、やっぱりこいつが犯人だ!」

純粋な科学者に悪人などいない。それが私の心情であり、信念だ。ワイズマンは謎だらけの存在であるが、その根底、科学者としてはホンモノであると私は感じていた。だから正直なところ、裏切られたという気持ちが大きい。

尻餅をついたまま惚けている私にケットシーが喝を入れる。

「さっさと頭を切り替えて!!」

「・・・。」

「次、どうするの?!」

?!

・・・ケットシーの言う通りだ。


『目の前の現実を受け入れなよ。』

以前、ケットシーは私に魔法の存在を見せてそう言った。当たり前など通用しない。普通と言う名の平均文化や、人間の主観でしか見ていない常識がどうであったとしても、この世界の事象は目の前の現実が全て。

私が魔法、理科の存在を受け入れたのはそういう理屈の基にある。現実や結果というものは感情どうこうで覆せるものではない。


華麗にかわした掌底の衝撃の余波で、私は完全に目を醒ました。

「尻餅は春化の特権だね。」

「うるさい。あれは・・・作戦よ!」


ワイズマンの先ほどの会話に補足しておくと、召喚獣ハルピュイアは終盤、特殊能力“イメージリーディング”でワイズマンの意識を読み取ってここにたどり着いた。それはつまり、この先に元素の鍵があるということなのだ。

揃いすぎている状況証拠。

あとは、この先の施設を確認すれば確信できるが、もうこれは間違いないだろう。

「・・・。」

こいつ・・・最初から、こうなることを知っていたな。

しかし、参った。

私はワイズマンのことを少なくとも敵ではないと思っていた。だからこの誤算は痛い。まさか、ラスボスだったなんて?!


とりあえず仕切り直しだ。

私はお尻についた砂埃をはたき落としながら、正面にワイズマンの姿を捉えたまま、ゆっくりと起き上がった。

「私をどうするつもり?」

「・・・。」

「答えなさいよ!!」

「魔法使いはチカラを失い契約を解除すると、その間の魔法に関する記憶を失う。チカラの源を失った召喚獣に鍵を与え暴走させれば、召喚獣もまた記憶を失う。つまり、ここの秘密は守られるというわけだ。」

だから私の理科のチカラと元素の鍵を奪う。

なるほど、ムカつくぐらいに筋が通っている。


「今回の事件に関する情報の間違いを訂正しておこう。

理科世界管理局から盗みだした元素の鍵は一つだけだ。」

これは最初から疑問だった点だ。厳重に管理されているはずの元素の鍵が十八本全部盗まれるはずなど、先ずない。だから盗まれた鍵自体が一本ないし少数であり、何かの理由で他の鍵が連鎖的に紛失したのだということはある程度予想出来ている。疑問なのは残りの鍵がどうして紛失したのかという点。

「暴走した召喚獣は皆、自らの手で使用した者たちだ。」

「えぇっ?!」

そんな無謀な?!元素の鍵の持つチカラは召喚獣たちの命の源ではあるけれど、その供給量は膨大で、使用すれば暴走する。それを解っていながらどうして使う必要があるのだろうか?

・・・・・だがまぁ、自ら使用したというのは納得がいく。これまで相手にしてきた召喚獣はいずれも管理局の警備担当の者たちばかりなのだ。

となると・・・。

「首謀者はアレクサンダー?」

ワイズマン単独の犯行であることはあり得ない。魔法使いには必ず使い魔がいる。

「いや、違う。

法の番人、上位召喚獣アレクサンダーに鍵を使用されると我々では対処が出来ないのでな。少し“幻覚”を見せ、協力していただいたのだ。」

幻覚?!

その言葉だけを聞くとどうしてもケットシーの“ルナティックレイン”を連想してしまう。

「・・・春化。」

「大丈夫よ、ケットシー。疑ってないから!」

いや、その前に“我々”と言った。やはりワイズマンにも使い魔、共犯がいる。


「警備の中心であるアレクサンダーは手中にある。周到に準備をして逃走を図ったのだが、管理局の番犬フェンリルに嗅ぎつけられ退路を断たれ包囲されてしまった。」

「・・・。」

「だから奥の手を使った。」

「奥の手?」

嫌な予感。

「アレクサンダーを操り、迫りくる警備の者たちのチカラを“聖なる審判”によって無効化したのだ。」

「なっ!!」

聖なる審判にはあらゆる魔法力、理科的エネルギーを無効化する能力がある。

だから皆して元素の鍵を使用したのか、その命を繫ぎ止めるために。それが暴走した召喚獣の正体。

・・・・こいつ、最低だ。


「“聖なる審判”がある種のトランス状態、催眠効果があると知ったのはこの時だ。人間にも効果があるというのを知ったのはもっと後のことだが。」

もっと後に実験したってことか。

「公園で子どもたちに紙芝居をしていたのはアンタってこと?」

「・・・あぁそうだ。私だ。鍵の所有者となる魔法少女を探していた。」

「鍵があるならどうして自分で使わないの?」

「・・・私には化学のチカラ、物質生成の理科が使えないのだ。」

それで子どもを使って代わりに自分の目的を果たそうとしたのか。これは大方の予想の通りだ。犯人は元素の鍵を使用することが出来ない。確かにワイズマンは“今のところ”化学を使用していない。


「じゃあ、お生憎様。アンタの目的は既に阻まれているわよ。」

誘拐した子どもに鍵を与えても魔法少女の新規契約は出来ない。管理局の囲い込み作戦があるためだ。

「それはどうかな?」

「強がりはやめたら?」

一度言ってみたかった。だって、私はいつも追い詰められている方だから。


「当初の計画は強大な素質を持つ者に化学の魔法契約をさせ、ある物質を定期的に生成するシステムを構築することだった。

その計画が管理局によって阻まれたことは認めよう。」

ある物質を定期的に生成するシステム?

「だが、人類が文明を手にする限り、物質的なエネルギーに依存する社会は変わらない。

衰退する人類を永続的に支えるには必要なことなのだ。

故にやめるわけにはいかぬ。

新たな魔法契約者の登録が管理局によって封鎖された以上、それに変わるモノが必要になっただけのこと。ではそれを用意すればいいのだろう?手段は変わるが目的は変わらない。」

「そんな無茶な方向転換。苦労するだけで成功しにくいわよ。」

私の作戦がいつもそうだからよくわかる。


ワイズマンは一呼吸置いてから、蒼いマントを翻しこう言った。

「Show must go on.」

なんだそれ?

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