エピローグ

エピローグ

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その後のお話。


『誠に勝手ながら、来月より光熱費を一部、値上げさせていただきます。』


郵便受けに投函されたアパート管理人からの通知書。

「はぁ〜〜。」

私は深い溜息とともにその紙をグシャリと両手で潰し、ゴミ箱に放り込んで部屋を後にした。


・・・

私は公園に来ていた。大立ち回りを繰り広げたあの場所とは違うのだが、アレクサンダーの巻き起こした神隠し事件の現場のひとつだ。

警察による簡単な現場検証がされた後はあっという間に一般開放となっていた。事件について“今後は目撃情報などを広く一般に求める”とされているが、それは、裏を返せば積極的に“自分から捜査はしない。”とも取れる。捜査が手抜きなのか、警察もまたグルだったのか?

最終的には、異世界や召喚獣の存在を知らない現実社会の警察機関には、あの事件を処理することは出来ず、迷宮入りになるだろう。

まぁ、それは私には関係のないことだが。


私の手にはここに来るまでの道中で買ったファストフードの紙袋と、黒色の炭酸飲料の入ったフタ付き紙コップがある。炭酸飲料のストローに口をつけ、誰もいないブランコに腰掛け、軽く身体を揺らしながら目の前の“牛”の話を聞いていた。


「アレクサンダーの頭部の石化が解けたのじゃ。」

誘拐事件から実に一ヶ月、石化を解くアイテムを大量投入して最近ようやく意識を取り戻したらしい。身体の治療にはまだまだ時間がかかるらしいのだけど。とにかく意識はある。そして事件前後の記憶も残っているのだという。

供述の大筋は私の推測通りで、カーバンクルとの面談後、マインドコントロールされていたらしい。

「自分の犯した罪は本人も自覚しておるようでの。」

アレクサンダーはその見た目の通り、召喚獣たちの裁判官のような役割なのだそうだ。そして、ひとまず辞任という形で自らをその法で裁いた。その後は幽閉、終身刑を希望したらしい。

「本人は管理局の裁きの任務を辞任した後、謹慎をすると言っておったのじゃが・・・。後任を決める選挙で誰かに推薦されてのう、そのまま当選してしもうたのだ。」

「あんな事件を起こしたというのに?アレクサンダーの人望、恐るべしね。」

召喚獣たちの人材(?)は意外と不足しているんじゃないだろうか?


「石化による損傷部の回復を待って、間も無くカーバンクルの初公判が始まる。」

事件の首謀者、カーバンクルの身柄は理科世界管理局にある。

「そうなんだ。で、事件はどうなったの?」

「ベラベラと嘘か誠か分からぬ話をし続けておるようじゃ。

あれ以降、元素の流入はほとんどないが、未だ見つかっておらぬ鍵、行方不明の召喚獣も多い。」

結局のところ、カーバンクル、ワイズマンの持っていたのは事件の発端である盗み出した鍵、第3族元素(レアアース)と、ワイズマンが単独で召喚獣ローレライから回収したとされる、第14族元素(炭素族)の計二本しかなかった。

所在不明な鍵は残り十本。まだ半分以上あるわけで、魔法少女としての鍵の回収任務は終わっていないということか・・・。

(金銀銅を含んだ、私の最大の目的である11族元素もまだだしね。)


「おぉそうそう。ゴーレムのチカラが一部制限を解除されてのぅ。あやつは今こちらの世界に来ておるのじゃ。」

「ヘぇ〜それじゃあマサカズ君は魔法少女として認可されたの?」

「いや、それはまだじゃ。そこまでは調べられておらぬ。

まだ変身は許可されておらぬが、少なくとも契約状態であっても暴走には至らぬということが証明されただけじゃ。それよりも、暴走が鎮まった貴重な事案として、しばらくは経過観察をしたい、というのが監理局の意向じゃ。」

「なるほどね。」

今回の暴走の原因は何も“マサカズ君が男の子だから特別だった”というわけではない。過去の例を挙げるなら、男性の魔法使いもたくさんいる賢者の括りにおいて、男女の差はほとんど関係せず、暴走に至っているらしい。暴走収束の解明は召喚獣の悲願。得られるものとリスクとを天秤にかけたというわけだ。

管理局の経過観察は魔法少女の任務を負う必要はない。命の危険の伴う任務なんて、子どもに負わせないほうが良いわけで・・・これは、私が思う最善の結果となったと言えるだろう。

「今頃は小僧のところじゃろう。」

「そっかそっか。それは良かった。」


ちなみにこれは後から聞いた話だが、ゴーレムは石人形としてマサカズ君の机の上に置かれている。お母さんがいくらヒーローのオモチャを薦めても、マサカズ君がどうしてもその可愛らしい人形を置くというのでちょっと心配されている・・・らしい。(まぁ、どこかで拾ってきた得体のしれない石人形を気に入って部屋に飾っているのだから、心配にもなるかもしれないが。)


「ところでケットシーはどうしたのじゃ?」

私の肩に化け猫の姿は無かった。

私との魔法契約が賢者の契約になって、晴れて行動距離の制限がなくなったのだ。

「デートだって〜。」

「またフェニックスか・・・。懲りんやつじゃのう。」

「良いじゃないのー?

だいたいカトブレパスは他人のことには介入しないタチなんでしょ?」

「お主はフェニックスのことを知らぬからそんなことが・・・あ、いや、そうさのう。

ケットシーがおらんのならちょうど良い。お主の魔法契約ことを話しておこう。」

「?」


「お主のことは始めてみた時から少し不思議な感覚があった。ごく平凡な魔法少女であるはずなのに特別な何かを秘めている。それが伝説の英雄、“救世主”である、などとおとぎ話じみたモノを信じるほどにな。」

魔法使いがいるんだし、英雄だっているんじゃ・・・というツッコミはよそう。それはそれでまた別の話だ。

しかし、救世主の話は何度も耳にしている。それは事件の際のアレクサンダー、カーバンクルからであるが、この件は召喚獣たちの間で話される共通のテーマのようだ。

「オーディンは今でもそのことを信じておるようじゃが、お主のソレは、どうやら魔法少女と賢者のチカラが共に備わったモノ。それが答えじゃろう。」

「私の中の二つのチカラはどうなったの?」

魔法少女と賢者、チカラが混在しているのなら、作戦の幅も広がるし、試してみたい魔法的な実験もある。それにあの魔方陣、いや周期表のチカラは何か特別な条件なしでは使用不可能だと思う。

・・・・・あ。

まったく、私のこういうところは我ながら研究者気質だ。

「今はもう魔法少女のチカラがほとんど尽きておる。理科を使いたければ賢者としての研鑽を積む以外に道はない。」

あ、さいですか。

「じゃが、使い魔は別じゃ。」

「えっ?」

「お主は魔法少女としてケットシーと契約し、それを賢者として上書きしたと考えておるようじゃが、それは違う。

魔法少女と賢者はもともとチカラの源が違うからの。」

魔法少女は夢のチカラ、想像力。

賢者は膨大な知識と探究心、形にするチカラ、創造力が元になる。

「じゃあどういう状態なの?」

「二重契約。極めて異例ではあるが、お主には今もまだ、魔法少女としての契約は残っており、ひとりで二人分の魔法契約をしておるのだ。

魔法少女への変身機構と衣装がその証拠じゃ。」

「あぁそうか。」

私は賢者になってからも、理科を使うのには変身を必要とする。夢のチカラが尽きていて魔法少女としてのプロセス(想像)で理科の使用は出来ないが、名目上、契約は残っているということか。

おそらくケミカルカートリッジという反則技を使用できるのも、このおかげなのだろう。あれはもともと魔法少女のチカラを籠めたものだ。


「使い魔は契約ひとつにつき能力がひとつ。それが基本じゃ。理科世界の大半の召喚獣はそれが常識であり、賢者にしろ魔法少女にしろ、使い魔となった召喚獣は契約者とともに行動をし、任務に当たる。」

特殊能力はあくまでも契約者たる魔法使いの補助。なるほど、召喚獣のチカラに攻撃の能力がなく補助系ばかりなのはそういうことだったのね。

「しかし、今のケットシーには契約が二つある。」

「二つだとどうなるの?」

「至極単純な話じゃ。契約二つなら、能力も二つ。今のあやつは幻覚のチカラ、ルナティックレイン以外にもう一つ能力を使えるのじゃ。」

なるほど。召喚獣にとって契約とは特殊能力の認証登録ってわけなのね。

「じゃが、この法則は公にされておるものでもない。

それにはいくつか理由もあるが、管理局には未だケットシーを疑っておる者がおるようじゃからのぅ。当の本人には秘密にしておるのだ。」

「そんなの私に教えて大丈夫なの?」

「・・・・・・ワシはお主を信頼しておる。」

!?

へぇ〜。

「然るべき時が来ればお主からケットシーに教えてやれ。」

カトブレパスは照れ臭そうに顔を背けてそう言った。

ちょっと可愛い。


「さてと・・・。」

私はブランコから降り、公園の入り口付近が正面に見えるベンチのほうへ腰をかけ直して、ケチャップのついた最後のナゲットを口いっぱいに頬張った。トマトソースの酸味と香り、それにスパイシーな香辛料と衣から滴る油が絶妙なバランスで広がる。


「ごちそうさま。」


手首の時計に目をやると、時刻は午後四時を少し過ぎた頃である。

「そろそろかな。」

「探知しておる。もうすぐソコじゃ。」

理科的なチカラを特殊能力“悪魔の瞳”で感じ取るカトブレパスにはその位置がつかめている。だけど、そんなの・・・。

「趣が無いなー。」

「ふん。言葉など嗜まんくせに。」

「何言ってるの?!私は賢者よ。言葉を学んだんだから!」

「小童が。そうそう生意気を言うもんではない。」


私たちがそんなやり取りをしていると・・・。


「春化さーん!」


当の“本人”がやって来た。


今日は先日の中間テストの返却日であり、私はその“約束”を見届けるため、ここに来たのだ。

公園の入り口で手を振る夏値の手には、物理の答案用紙が握られている。


そこに書かれている点数は・・・・・もちろん。


【百点】だった。


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魔法少女マジカルマヂカ フクノトシユキと進学教室 @kinzoh-d

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