4-13 最終章4

おそらく、元素の鍵を使用する無限機関は一つのシステムとしては完結している。そうなると、このドリルは、残っている疑問点である硫酸の生成方法に直結してくる。

私が今、身を隠す岩は玄武岩。思えば、魔法少女になってから見かける岩石はアレクサンダーの身体を構成している大理石とマサカの岩石魔法を除いて、全て玄武岩だ。

玄武岩は火山岩の一種。つまり、この山は火山なんだ。

火山列島とも言われるこの国の山はいたるところに噴火口があり、また、温泉大国でもある。

温泉にあるものを考えれば自ずと答えが見えてくる。


「分かったわ。」

「答えをどうぞ?」

クイズじゃないっつーの。


あの放たれた硫酸は、無から物質を生み出している化学魔法のものではない。生成ではなく、あくまでも化学的な物質の合成で加工を行う精製だ。

つまりそれは・・・。

「地下水と火山。」

「ご名答。」

硫酸H2SO4を精製するには水素、酸素、そして硫黄。これらを共有結合という方法で結びつければ良い。材料さえ揃えば、人工的に物質を作成することなど、どうとでもなる。

箱から伸びた鋼管は装置に直結していて、それはポンプで地下水を汲み上げている。また、地中に刺さったドリルは火山であるこの山の硫黄を掘削し装置へ供給している。この山は硫酸の原料を集めるのには最適なのだ。


水H2Oと硫黄S。

硫酸はこれだけで材料が揃ってしまう。


酸を吐き出す白金(しろがね)の箱、プラチナボックスか・・・。なるほど、これは最悪だわ。


「見事な考察だね。大正解だよ。

でも、実はもう一つ。考えて欲しいことがある。」

「何?」

「それはね〜。」

カーバンクルが嬉しそうにたっぷりと間を作ったことに私は違和感を覚える。

おそらくあいつが答える前に気がつかないと、“やられる!”

考えないと!

さっきの私の【読み】で間違っていたのは箱が硫酸の効かないプラチナ製であること。それ以外には何だ?!思い出せ、私!

さっきまで考えていたことは・・・たしか。


『・・・・・。

防衛機能云々が有るとはいえ、相手は所詮、動かない金属の箱。

あの機械から放たれた濃硫酸よりも、マサカやマジデの魔法力の込められたケミカルカートリッジの方がはるかに強力で・・・。射程距離も長い。』

「射程距離!?」


私がそれに気がついた時には箱から、圧縮された濃硫酸が勢いよく飛び出していた。

や、ヤバッ!!

「す、水酸化ナトリウム!!」(NaOH)

私は慌てて硫酸の中和を行う。カートリッジを使用しない、私の賢者としての全力だ。薄い膜状の盾となった水酸化ナトリウムが硫酸を無害な中性の物質、硫酸ナトリウムに還る。

咄嗟のことでこの時は気がつかなかったが、魔法の使用に、マジカル言葉(枕詞)を必要としていなかった。私の中で理科【魔法】の概念が変わり始めていたということなのかもしれない。


「おぉ、お見事。

酸とアルカリによる物質の中和だね。」

不意打ちの攻撃が失敗したというのにもかかわらず、カーバンクルは嬉しそうに耳をピンと立ててそう言った。まるで映画や演劇を鑑賞するかのようにこの戦いを確実に楽しんでいる。

対して私は、

「お褒めに預かり光栄だわ。」

冷や汗をかき、苦笑いをしながらそう答えた。


あの装置の放つ硫酸は発射ノズルに圧力を加え照射範囲を絞ることで、飛び出しの勢いを増大させ射程距離を稼いでいる。玄関のタイルや壁、洗車などで活躍する、テレビショッピングでおなじみの、高圧洗浄機に使用されている原理だ。

あの圧力を用いれば洞窟のこのエリア一帯、隅々に硫酸を飛ばすぐらい余裕だろう。今の私は玄武岩の岩陰に隠れるのがいいとこの状態なので、上方向はガラ空きだ。安心できる場所とは言いがたい。

つまり、要約すると、材料が尽きるまで隠れて耐える籠城作戦は不可。


「どうするの?」

こうなると残るプランは撤退。対処法を用意して再度、挑戦するというのが現実的な案として挙げられる。それに、プラチナボックスは動かない。逃げるという選択肢はおそらく百パーセント成功するだろう。

だけど、そうなればこいつは・・・契約者であるワイズマンさえも切り捨てて、ここを撤去する。エネルギー源としての契約者ならば、この街には対象となる科学者は山のようにいる。私との戦いに敗北してしまったワイズマンに以前までの期待をしていないためだ。捨て身の作戦である最後のプランにカーバンクルが賛同していないことから、まず間違いないだろう。

だったら事件は何の解決にもならない。振り出しに戻るだけ。

・・・だから、この戦いに撤退などないんだ!!

そこまでの思案が私の中でついて、改めて肩上のケットシーが声に出してこう聞いた。

「マヂカ、どうするの?」

だけど、この時の私にはまだ、最後の決心がついておらず、

「・・・なんとかする!」

話の根幹をぼんやりと濁したようにそう答えた。


このやり取りを見ていたカーバンクルは心底嬉しそうな顔をして、

「最高だ。やっぱりキミ、最高だよ!」

その赤い瞳を無垢な子どものように輝かせていた。


そしてすぐさま、次弾、次々弾が飛んでくる。

「ちょっと、待って!無理、無理だってば。」

私は飛んでくる硫酸から頑張って逃げ回ったり、一部、理科を使用して防いだりしてなんとか凌いだ。


「ゼェゼェ・・・。」

「マヂカ、大丈夫?」

「キッツイ。」

賢者の魔法ってなんでこんなにキツイの?

単体物質の生成と、同時に化学反応のプロセスを計算で要求されている感じ。想像したものを、ただなんとなくで生み出す魔法少女のソレとは根本が違う。

物質を無から生成する、きちんとした賢者の錬金術は桁外れの魔法力を消費する。

ワイズマンが化学使いの賢者ではなく、わざわざ魔法少女を探した理由、それに、私が賢者として初めて放った硫酸が希硫酸になってしまったのも納得だわ。


「よっこいしょ。」

私は防御の体勢(尻餅)からゆっくり身体を起こして、右手を前に身構えた。この右手(水酸化ナトリウム)は防御専用だ。攻撃をするのはあくまでもケミカルカートリッジ。そうじゃないと太刀打ちできないだろう。

紛れも無い、これが最終戦。

カートリッジには弾数制限もある。元素ひとつにつき、カートリッジをひとつ消費するため、さっさと決め手となる一手を打ち出さないと、ジリ貧どころかあっという間に追い詰められてしまう。


しかし、まぁ。追い詰められることなんて毎度のことね。私はそれを跳ね除けてきたんだから。

その時、ふと、カーバンクルの目的だった人類に与えている“課題”の話を思い出した。

・・・・・・癪だわ。


そんな憤りを感じながらも、私はこの物語、最後の作戦を練り始めていた。

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