4-14 最終章5

・・・・・・・

「ねぇ本当にどうするの?」

肩上のケットシーが心配そうに言った。

打開策に行き詰っているわけじゃない。だけど、私は頭の中にあるプランを口に出来ずにいた。さきほどの“決心”の部分。ケットシーはそれを待っている。それは理解出来るんだけど・・・。

「要はあの箱から鍵を引っこ抜いて、私が認証登録しちゃえば良いんでしょーが!!」

難しい理論も、公式も無い。シンプルかつ最も確実な方法だ。


「いいのかい?ソイツはこの街のエネルギーを担っている。急激にシャットダウンなんかしたら緊急性の高いライフラインに影響があるかもしれないよ。」

「・・・。」

こいつ。

「そんなハッタリ、いまさら効かないわ。」


消防署や病院といった常時エネルギーを必要とする緊急性の高い場所は、たとえ停電になっても防災設備用の非常電源に切り替わる。非常電源は十時間以上発電されるし、いくらなんでもその間に電力会社は他の電源ラインに切り替えを行うはずだ。

だから、私がこの忌むべき箱を破壊しても電力会社の懐が痛むだけで、街の安全にそう影響はないと思う。たぶんだけど。


しかし、カーバンクルはどうしてそんなハッタリを?

私はそっちのほうが気になった。


機械に対しては、裏をかいたり、相手の心理を読み解いたりする戦法は通用しない。最近は、囲碁や将棋、チェスなどの高性能な人工知能と生身の人間との勝負が取り沙汰されたりもするが、人工知能の生み出した思考は所詮、電子化されたパターンなのだ。だから行動と結果は常に一方通行。しかし、それがどうにも引っかかる。

人工知能・・・。


カーバンクルは時間をかけて私にとっての不利な情報に気付かせたけど、伏せている情報があのふたつだけということ自体、間違いなのではないだろうか?

木の葉を隠すなら森の中。

もしかして、カーバンクルがあんなにお喋りなのは私から考察の時間を奪うため、とか?

・・・ありうる。


私は一度、深呼吸してから装置をじっくり眺めた。(もちろん、飛んでくる硫酸に警戒しながらだが。)


そういえば、あの装置。見た所、カメラのような視覚を司る機能はないようだけど、いったいどうやってこちらの位置を認識して正確な距離を算出しているのだろう?

距離の算出というのは案外難しく、カメラのようなフォーカスを使用するか、人間や肉食動物、鳥などのように前方方向に搭載した二つの目でその差を計り取るかのどちらかが必要となる。

プラチナボックスには周囲を見渡す自在カメラ機能はないようなので、何かが外部から視覚情報を送信していることになる。

・・・・ん?

何かが、視覚情報を、送信?


!!


「そういうことか!!」

カーバンクルが私に伏せていた事実。

あの装置は完全自動の防衛システムなんかじゃなく、外部からの情報や操作が必要な、極めてアナログな機械ってことなんじゃないの?

ならさ、

「マヂカ!」

「うん。ケットシー、お願い!!」

肩から飛び降りたケットシーが、

「ルナティックレイン!!」

幻覚の特殊能力を使用する。


局所的に発生させた霧がカーバンクルの視界を遮った。しかし、そのことに対してはさほど慌てふためくということもなく、

「・・・へぇ〜。

凄いね。本当に、凄い。」

ただそう述べるだけだった。

これで、勝負あり・・・ってことないか。

「キミの最大の武器である、その鋭い洞察力を封じるには、考察を阻止するんじゃなく“不利な情報に敢えて気付かせる”。いい作戦と思ったんだけどな〜。」

プラチナ製の本体や射程距離のことを伏せていたのは、アナログ操作が必要であることを隠すため。どうやら当たりみたいね。


「科学者っていうのは二種類いる。

導き出した答えを信じて疑わない者と、対象物をいつまで経っても考察し続ける者。どうしてこう極端なんだろうね。」

その二つを引き合いに出し、私が前者なら、カーバンクルのアナログ操作に気付かなかった。後者ならば気が付いた。そういう賭けをしたということらしい。

つまり、私は後者。


こいつの言葉は全て戦術。そう思った方が良いだろう。


「さぁここからはキミが戦術を見せる番だ。

ボクの意表を突いてみてよ。」

ケットシーの幻覚の霧に包まれたカーバンクルは完全に明後日の方向を向いたままそう言った。

間抜けなんだけど・・・。

「・・・。」

私は何も答えない。それが私の答えである。

反響定位、エコーロケーションは音の反響を受け止め周囲の状況を把握する。いわゆるソナーの原理。視界を失ったカーバンクルにとって、音の情報はこちらの距離と場所を認識する材料になるからだ。

「はは・・・。楽しいよ。」

一人で言ってろ。


さて、状況を整理しよう。

現在、カーバンクルはケットシーの特殊能力によって幻覚の霧に視界を封じられ、こちらの位置を認識出来ていない。

プラチナボックスから放たれる硫酸弾はカーバンクルが直接操作をしているため、視覚を奪ったことは極めて有効な一手だったと言えるだろう。

状況から考えうる私の選択肢は二つある。

攻撃の止んだプラチナボックスを攻略するか、カーバンクルを拘束するか。


この戦いの最終目的は装置を停止させることだが、その操作をカーバンクルがしているとなれば選択するのは言わずもがな、だ。


『カーバンクルを拘束する。』


カーバンクルの特殊能力“虹色の宝石箱”は(不本意ながら)私達に効かなかったわけで、アイツに残された一手は“ヤケクソ”だけとなる。視界を奪われた者がする最後の攻撃、悪あがきの無差別攻撃、それは一見すると方向性が定まらない勝算の低い攻撃のように思えるが、威力の高い硫酸弾を撃ち出しているわけで、流れ弾に当たれば致命傷というのは変わらない。

優位な状況ではあるが、私はこの先の作戦に息をのむ。

そして、静寂の中、私は息を殺し、自身の胸の鼓動音に気を配りながら、ゆっくりとその一歩を踏み出した。


「・・・。」


私が岩陰から姿を晒しても硫酸は飛んで来ない。

・・・いける!


さすがのカーバンクルも自分に向かって攻撃をしたりはしないだろう。

二歩、三歩と歩みを進め、カーバンクルの背後を捉える位置に到達する。

こちらに気がついているそぶりもなく、キョロキョロと幻覚に曇らされた周囲を確認している。

私はこの時、勝利を確信した。・・・のだが、


つまずいて蹴飛ばした石ころがカーバンクルの周囲、約二メートルに転がったところで、


バチィッ!!


発生した電撃に直撃し、粉々に砕け散った。

「なっ!?」

こ、これは・・・。

テスラコイルによる蒼い稲妻。マジカの物理魔法で使用されているのと同じものだ。

カーバンクルから、いや、正確にはカーバンクルの足元から発生している。

「ん。もしかして、装置じゃなくボクに攻撃してきたのかい?確かに対処法が思いつかないのなら、装置よりもボクを相手にしたほうがキミにとっては都合が良かったかもしれないけど。

でも、無駄だよ。」

「・・・。」

もしかして見えている?そんなことはないはずだが、一抹の不安から私は慌ててカーバンクルから数歩後ずさり、岩陰に逆戻りをする。


「ボクに何か物体が接近すると、自動的に電撃が発生して、阻害する。直接的な防衛手段を持たないボクが身を守る自衛の措置さ。」

カーバンクルの絶対安全圏。

よく見ると足元は、センサーを仕込んだ床になっている。動体検出は車の誤発進や衝突回避などにも利用されている既存技術だ。

ケットシーの攻撃をかわす時、私に勝手な妄想を話している時、装置の謎解きをしている時に、最初からこの場所を目指して移動していたのだろう。相手の注意を逸らして裏でことを進める。まるで手品師のようだ。

「そもそもボクは、争いごとに興味なんて無いからね。」

嘘つけ。

硫酸に電撃。私たちの攻撃手段を研究しておいて・・・・興味ないなんてよく言うわ。パクリばっかりじゃないの?!

このぶんだとマサカの岩石攻撃も無いとは言い切れない。

こうなると・・・

やはりあの箱をどうにかするしかないか?

私がプラチナボックスの対策案を練り始めたとほぼ同時に、

「それじゃあ今度はボクの番だね。」

えっ?!

カーバンクルが長い耳をピンと立ててそう言った。


そして、一拍おいてこう続く。

「今のボクは、無限のエネルギーを生みだす元素の鍵からチカラを得ているけど、キミというただ一人の魔法使いから得ているだけのケットシーの方はどうかな?」

「・・・。」

そう、カーバンクルの視覚を封じているこの状況は、限定的なものだ。優勢な状況がずっと続くわけではない。私は早いところ手を打たないといけないのだ。ただまぁ、それも一分一秒を争うほど今すぐというわけじゃない。作戦を練る時間くらいはあるはずだ。

カーバンクル、何をしようと言うの?


「ケットシー。

ボク達、一般召喚獣には相手を攻撃する特殊能力は無いのが原則だよね。」

確かに、相手を傷つけるような特殊能力を一般召喚獣は持たないという法則があり、これまで出会った召喚獣の能力はほぼ全てが俗に言う補助系のチカラだった。例外はアレクサンダー。

「・・・それがどうしたんだよ。」

「ボクがキミを利用したのは素行の悪さだけが理由じゃない。」

「どういうことだ?」

「キミになら、勿論わかることだろう?

・・・・・・・・・フェニックスさ。」

上位召喚獣フェニックス。年末の事件発生時、ケットシーと一緒にいたというアリバイのないもうひとり(?)の対象者。ケットシー仮釈放の代わりとなって、現在は管理局の尋問を受けている。

「ケットシーが監理局から仮釈放されるのはボクの予測範囲外ではあったけど、計画の本筋は成功したんだ。」

「だから、いったいどういうことなんだよ?!」

声を荒げてケットシーがそう言った。

幻影の霧の中にいるはずのカーバンクルだが、まるでケットシーの表情を見ているかのようにニタリと嫌な感じの笑みを浮かべる。

「フェニックスは上位召喚獣だけど、管理局の意向には沿わない“はみ出し者”だ。それに加え、使用する能力も炎や生命力といった攻撃的なものを扱う事が出来る。」

「・・・何が言いたい?」

「管理局にとってフェニックスは、キミなんかよりもずっと疑われる存在。ということさ。」

「カァァバンクルゥ!!」

ケットシーの怒りが、車のエンジンにターボをかけたようにカーバンクルを覆う霧を濃くした。そのことでより一層、カーバンクルの視界を奪い去るが・・・。

「ケットシー、乗せられちゃダメ!」

私は思わず声に出してしまった。もちろん、あんなのは見え見えの手だ。

マラソンをする上で全力疾走がずっと続くわけもなく、その後は激しい反動で失速してしまう。


「ハァハァ・・・ハァハァ・・・。」


ヤラレタ。

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