4-12 最終章3

防衛機能云々が有るとはいえ、相手は所詮、動かない金属の箱。

濃硫酸は生物の水分を奪い去ることが最大の特徴であるが、金属を溶かすという点でも優れている酸性物質。

あの機械から放たれた濃硫酸よりも、マサカやマジデの魔法力の籠められたケミカルカートリッジの方がはるかに強力で、射程距離も長い。

だから、あんなのはただの的だ。


私は少し離れた位置から起動を計算して、

「カートリッジ、装填。」

マサカのものを一つ、マジデのものを二つ装填する。結果的にカートリッジを二つずつ残したカタチになった。

「ケミカルカートリッジ、濃硫酸!!」

威力十分。濃硫酸は箱をめがけて放射状に勢いよく飛び出し、直撃した。


「よしっ!」


・・・・・・。

しかし、濃硫酸が着弾してから既に十分な時間が経過しているはずなのに、箱からはごく僅かな水蒸気が立ち上るだけで、それ以降、変化は現れなかった。

「そ、そんなバカな?!」

酸性物質の中でもかなり酸化力の高い濃硫酸は、ありとあらゆる金属物質を腐食させる。

物語の冒頭から私がマジカル濃硫酸を最強の化学魔法だと呼称しているのは、生物、金属物質の両方に絶大な効果を発揮するからなのだ。それなのにどうして?


「愚かだねー、愚か。」


「!?」

「挫折は人を成長させる餌のひとつだけどさぁ、何も今、それをしなくても良いでしょー。」

カーバンクルが嬉しそうに語気を強めてそう言った。ムカつくったらありゃしない。

「理科の基本は対象物の観察でしょ?いくらボクが煽ったからといってもさぁ。洞察力の高いキミにしては凡ミスだったね。」

「どういうことよ?!」

「金属を溶かす上で硫酸はべつに万能の酸ってワケでもないでしょ。そもそもあの装置の核となる部分が、自ら吐き出している硫酸の対策をしていないわけないじゃないか。」

た、確かに。

しかし、そうなると・・・・

「マ、マヂカ・・・あの箱、もしかして?」

白い光沢のある金属。鉄やステンレスの表面を研磨処理したものではない。

七十八番元素・・・錆びない金属。

「プラチナだっていうの?!」


こういう言葉がある。

【貸そうかな。まぁ当てにするな。酷すぎる借金】

これは金属のイオン化傾向における、有名な語呂で、酸への融解度を序列化したものだ。

カリウム、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、鉛、水素、銅、水銀、銀、そして金と白金。

白金(プラチナ)は最もイオン化傾向が低い金属物質。つまり、溶けないのだ。


「さっき言ったじゃないか?

人間は抱えた欠陥、問題点を把握して、日々それを研究してバージョンアップを施すんだよ。」

このプラチナは私のマジカル濃硫酸への対策。

いつの時代も囁かれることだけど科学は採算度外視。いくら無限機関だからといっても、その高価な箱じゃあ、しばらく元が取れないんじゃないの?


それはさておき。


「あの箱を仮にプラチナボックスと呼称するわ。」

「まんま。」

「うっ・・・。

こういうのは、シンプルなのが良いの。」

「じゃあ、マヂカの尻餅も尻餅で良いじゃないか?」

これまで幾度となく致命傷を回避してきた私の“臀部後退着地”

「あれは技だから。」

「でも、結局のところ尻餅でしょ?」

「あぁもう、尻餅、尻餅って連呼するな!

名前なんかどうでも良いでしょ。そもそも、私の尻餅は、今、関係ない。」


冷静に対象物を観察してみて気がつくこともある。確かにそれは理科の基本だ。


プラチナボックスは、この装置の動力源かつ防衛機能システムで、生物には近寄りがたい硫酸を放つという凶悪な機能を有している。

・・・だけど、それには一つ疑問点がある。


「ケットシー、化学魔法の使用には鍵の認証登録が絶対必要なんでしょ?」

「う、うん。それは間違いないよ。」

「じゃあ、“アレ”はどうやってるっていうの?」

アレとは勿論、箱の吐き出す硫酸のこと。

硫酸H2SO4には、お馴染みの元素である水素、酸素、そして硫黄が必要だ。

それらの生成に必要な元素の鍵は私の手元にある。事件発生後、管理局に登録されている化学魔法の認証は一旦全て白紙になり、新たに認証登録出来るのは、鍵を手にした者だけのはずだ。つまり、化学魔法による硫酸の生成は現在、私にしか出来ない。

「そこは疑問に思わないで欲しいね。硫酸が自分だけの特権だとどうして思ったのさ?」

カーバンクルは「やれやれ」といった表情をして、少し肩を落とし、首をかしげてそう答えた。「えっ?」

「物質生成は魔法以外でも起こせる。いや、そもそもキミのマジカル濃硫酸のほうが、この現実世界じゃ異質なんだよ。」

カーバンクルがそう言うと装置の全貌がライトアップされる。


「!?」

薄明かりのせいで見えづらかった装置の奥までが照らし出された。動力源であるプラチナボックスを中心に原理不明の変換機器が数ある中で、ひときわ異彩を放っているのが、動力装置としては極めて異質な、

「ど、ドリル?!」「おぉー、ドリル。」

ドリルの存在だ。

これはいったい何のために、搭載されている?


・・・。

ドリル。それは、男のロマン。

それは単なる切削工具ではない。

破壊と発展、工業文明の象徴。

大航海時代、水平線の彼方へ新天地を求めて男たちが大海原を目指したように。

産業革命では、山を切り崩し鉱物資源、鉱石を求めた。ゴールドラッシュである。


堅牢な岩石である岩肌を砕く、文明のチカラ。それが、ダイナマイトであり、そしてまた・・・夢を、未来を掘り進む、ドリルであった。

近代文明の人類の生活はまさにドリルと共にあると言っても過言ではないだろう。


「・・・・。」


・・・いやいやいや、ちょっと待って。何それ?私、全然、理解出来ない。

「勝手なナレーションをつけないでくれる?」

今のモノローグは勿論、私ではない。ケットシーのものだ。

「なんで理解出来ないのさ?」

なんでも何も・・・。ドリルに興味なんてないし。深い知識があるわけもない。

“単なる切削工具ではない。”・・・って、いや、単なる切削工具だよ。土木作業員や工作所勤めでもなければ、日曜大工の穴あけでお目にかかるのみ。人によっては一度も触れることなく人生を送るような特異なモノだということをご理解頂きたい。だから・・・

「装置にドリルを搭載したのって?」

「勿論、カッコいいから!」

そんなわけあるか。

「ケットシー。ちょっと黙ってなさい!」


あの装置の特徴を考えてみよう。

特筆すべき点を挙げるとすれば、元素の鍵による無限機関と硫酸による防衛機能の二点。これとドリルに何の関係がある?

「ドリルの必要性・・・。」

「ウンウン、良いよ。着眼点は素晴らしい。

さぁ考えて。ドリルがここにある必要性を。」

「・・・。」


―――みなさんは、お分かりになりましたでしょうか?

元素の鍵なしで硫酸を使用する装置の謎を。

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