4-11 最終章2
「サイエンスフィクション(SF)は単なる空想じゃない。それは君たち人間の目指す目標のひとつ。」
何が言いたいのよ?
もうちょっとシンプルな話を期待したんだけど、話を聴くなんて言ったのは失敗だったかな。
「これは人類の歴史さ。
闇夜に明かりを灯したいと願ったからランプを作った。
大空を自由に飛びたいと願ったから飛行機を作った。
離れた場所の相手に自分の言葉を届けたいと願ったからから電話を作った。
違うかい?」
「あんたのその妄想が、この先の、私たちの未来だっていうの?」
「そうだよ。エネルギーの無限供給は、物質を消費して生きる人類の夢じゃないか。ボクはそれを実現させてあげようとしているんだ。」
冗談じゃない。得体の知れないエネルギーの供給に依存する社会なんて望むものか。子どもの夢物語だってもうちょっとマシな世界を思い描く。
「そんな未来、願い下げよ!」
「もっと視野を広げてみなよ。人間っていうのはキミたち本人が思っている以上にスゴイ生き物なんだよ。自然環境の危機だと自身を煽りながら、どんな現象でも目を背けず貪欲に利用しようとする。
ワイズマンは見事にそれを形にしたんだ。」
魔法(理科)のチカラが世界の抱えるエネルギー資源問題を解決する。
それがアレクサンダーの言っていた“世界を救う魔導師”の存在か?アレクサンダーはそんなものを信じ込まされて・・・。
だけど、その実態は理科世界に責任とかイロイロ押し付けているだけで、根本的に何の解決にもなっていない。
それに、そもそも・・・
「それは、教授、ワイズマンの描いた目標であって、あんたのものじゃない!」
事実、暴走して鍵を使用するワイズマンの考案した最後の作戦に、カーバンクルは賛同していなかった。それはカーバンクルにとってワイズマンもまた、駒の一つでしかないという意味だ。
「それであんたの本当の目的は何なの?」
「?!」
その質問を耳にするとカーバンクルが驚いたような表情で目を見開いた。
「すごい。
ワイズマン以上だ。」
何がよ?
こういうときの独り言は本人の中でのみ成立している。だからその断片的な呟きから話の骨子を読み解くというのは非常に困難である。
私は諦めて、その“何か”をジッと考えているカーバンクルの次の言葉を待っていた。
「・・・・・・・・・。」
が、長い。
「ちょっと!」
「あ、あぁ。ごめんごめん。ボクの目的だったね。それは簡単なことだよ。
目的は、環境の変化に対して思考し、道具という概念で自己進化をする世にも珍しい生き物、【人間族】の成長を見届けること。ただそれだけさ。
ボクはそれが見たくて、“餌”を与えただけなんだ。」
「エサ?」
消費するエネルギー資源のことだろうか?
いや、違うな。こう言った奴は比喩が大好きなんだったわ。
だから、この場合の餌というのは・・・
「人類が直面する問題のことだよ。
人間と呼称される生き物は、与えられた課題を糧に、学習し進化をする。
医療技術の向上と、新種ウイルスの発見を例に挙げると分かりやすいでしょ?」
「・・・なるほどね。」
人類が技術を発展させるための課題。それを意図的に与えるから“餌”か。全くもってムカつく比喩だわ。
「これだって人間が作ったんだ。」
そういうとカーバンクルの後ろの巨大な装置が始動する。元素の鍵からエネルギーを取り出す禍々しい巨大な動力機関。洞窟内に這わされた動力ケーブルの最上流部。
調整はまだ甘い感じのようだけど、暴走しない程度に元素の鍵からエネルギーを吸い出している。おそらくそれが理科世界ケミカルランドの元素の門から大量に漏れ出しているエネルギーの正体だろう。
・・・・そして、これがこいつの奥の手か。
「これはね、今やこの街のエネルギーの約一割をまかなっている無限エネルギー循環システム。まさに人類の夢だよね。」
まだ言うか。
化学魔法のチカラによってエネルギー資源を永続的に生産する計画がとん挫したことで、強引に方向転換した結果、生み出された機械。
教授・・・本当にカタチにしていたとは。
だけどそれには重大な欠点がある。
「そんなの、理科世界に全部問題を押し付けているだけでしょーが!」
この方法だとエネルギーの保存則を打ち壊す無限機関には至らない。作った教授自身が理解していたことだ。
「わかってないなー。人間が築き上げる理科を利用した科学技術っていうのは常に完璧じゃない。必ずどこかに欠陥を抱え、その点を改善したバージョンアップを施し、日々進歩するんだよ。
そして、問題点を解決するために得た知識でまた新しいモノを考えるんだ。」
それが文明という叡知を手にしたヒトの歴史。
いや、ヒトのエゴだ。
こいつはそれをコントロール、いや増長させようとしている。
「真面目に話を聴いて損したわ。」
「こんな奴の話を聴く必要なんて無いって、初めからそう言ったじゃん!!」
「ケットシー、アンタのは単なる私情でしょ。」
「君になら理解してもらえると思ったんだけどな〜。残念だよ。」
「ふん。私はアンタの話にがっかりしたわ。」
やはりこいつ、カーバンクルは倒すべき敵だ。
私がそう思ったのとほぼ同時にカーバンクルもその雰囲気を察したようで、こちらが攻撃をするため日傘を構える前に、
「それじゃあ、君たちには新しい駒になってもらうとしよう。」
額のルビーを光らせて特殊能力を使用した。
「しまった!!」
完全な不意打ちだった。カーバンクルの特殊能力は光を媒体として発動する。そのため相手との距離は戦術的な意味をなさない。
「ボクは魔法力をワイズマンからの供給に頼っているだけじゃないんだ。この装置から無限に受け取ることができる。」
私たちを完全に射程範囲に捉えて、勝利宣言をするようにそう言う。
それもそのはず、私と肩上のケットシーは話に夢中になるあまり、その虹色に輝く光をもろに見てしまったのだから。
“虹色の宝石箱”
カーバンクルの特殊魔法は強い精神介入能力を持ち、相手を操ることが出来る。その効果はマリオネットのように手足として操るのではなく、偽りの記憶を植え付けその意思を操作する、いわゆる催眠術のようなものだ。
だから、実直な者ほど掛かりやすい。
「・・・。」
「・・・。」
が、私もケットシーも無害。
「アレ?あれれ?!」
実直な者ほど掛かりやすい・・・・?
「ちょっと!カーバンクル、真剣にやんなさいよ!!」
「いやー、これ、いちおうフルパワーなんだけど。」
上位召喚獣アレクサンダーにもバッチリ効いた能力なのに・・・全然かからない。確かに私は催眠術の類にかかったことが無いが、さっきの説明は納得いかん!私は清楚で純粋な・・・。
「どーだ!これこそがマジカルマヂカの真のチカラだ!!」
無言でケットシーの耳を引っ張る。
「痛い痛い痛い。
何すんだよ、褒めたのに。」
「悪意しか感じない!」
とにかく、幸か不幸か私たちにはカーバンクルの常勝戦術だった特殊能力“虹色の宝石箱”は効かないようだ。うーむ。優勢状態から戦いを開始するなんて初めてのことなので、なんと言うか、やりにくい。
私が距離を図りかねていると・・・
「・・・まぁいいや。」
「?」
カーバンクルの瞳、額のルビーから魔法力のチカラが消える。
すると、装置のメイン動力部。おそらく元素の鍵が内蔵されている、白い光沢を放つ金属製の箱が現れた。
詳しい理論はよくわからないが、抽出された何かの魔法的なエネルギーがおそらく電気エネルギーとなってケーブルから伝えられている。
「これが装置のメイン動力だよ。元素の鍵も中にある。
僕はもう抵抗しないから、この装置、止めたければ止めてみれば?」
こいつ・・・。
「・・・じゃあ遠慮なく粉微塵にさせてもらうわよ!」
「はい、どーぞ。」
だが、
私が日傘を構えてカートリッジを装填しようとすると、突然、装置が起動を開始した。
起動してからほんの数秒、何が起こっているのかを把握する時間というのもほとんど与えられず、装置上部のノズルから、無色透明の液体の塊が弾丸のように飛びだした!!
「!?」
私はそれを得意技、“臀部後退着地”を利用して見事に回避する。
「マヂカ・・・・。キミの尻餅にはいい加減、突っ込むのも面倒だよ。」
「うっさい。」
液体は私のドレスをかすめ、後ろの玄武岩に着弾し、シュウウウウという音と反応熱、あと、かすかな水蒸気をあげ、特有の匂いを放っていた。お馴染みのやつだ。
「これは・・・マジカル濃硫酸?」
いや、マジカルかどうかはわからないけど。間違いない!あの箱から濃硫酸が放たれたのだ。
「へぇ・・・今、避けたの?それとも偶然かな?」
「!
・・・避けたのよ。」
いや、ハッタリだけど。ここはふてぶてしく笑いながらそう言うべきところだ。
それに、箱からの飛翔物を予測出来ていた訳ではないが、あいつが何か攻撃を仕掛けてくるのを分かっていたのには違いない。
「・・・・。ますます興味深い子だな〜。
・・・どうしてわかったの?」
「目よ。アンタのその澄ました感じの嘘くさい真っ赤な目。往生際の悪い勝負師に見えたから。」
そんなにあっさり引くわけがない。私がそう感じたのはなにも不思議なことではないだろう。
奥の手であるはずのないこんな仰々しい装置を無条件で壊してください、なんて言う方がそれこそどうかしている。
「それにね。
真っ赤なルビー、柘榴(ザクロ)石の精霊、カーバンクルは元々ラテン語で“燃える石炭”って意味なのよ。」
「ふぅーん。・・・意外に博識なんだね。」
「私はこれでも賢者なんだから。」
ジュエリーショップで得た知識だけど。
「マヂカ・・・。」
「それじゃあもう、手の内を隠す必要はないね。その動力装置自体がボクの奥の手だ。
壊せるっていうんなら、どうぞ壊してみてよ。」
「言われなくてもそうするわ!」
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