3-6 翼人編5

「さて、長々と話し込んでしまったが、“こちら”も“あちら”も準備が整ったようだ。」

話の間、ハルピュイアが攻撃を仕掛けて来ないのは先ほどの打撃のダメージを回復するため。

一方、ワイズマンにはその力学、物理魔法の魔法力充填といった意図があったようだ。どうやらあのチカラ、連続して使用することはできないらしい。


「来るぞ。」

ワイズマンのカウンターが脅威であることを理解したハルピュイアは、何の作戦も無しに突進攻撃をしてはこない。

そうなると、仕掛けてくるのは遠距離攻撃だが・・・。

ハルピュイアは止まっていた一本松のテッペンからふわりと舞い上がると、空中で元素の鍵を使用した。

羽ばたきに合わせて、白い霧の状の気体が私たちの周囲を取り囲むように展開される。

比重の重いこの白い粉は気体ではない。固体の粉末、このパターンは・・・

「目眩まし・・・マグネシウムか?!」

マグネシウム?いやいやそんなはずはない。マグネシウムの属する2族の鍵は私の手元にある。それよりも私が気になったのは・・・、この霧状の粉末が飛散しはじめた時より周囲の気温が高くなっていることだ。この物質の正体に気が付くまでに・・・

それは突然発火した。

「これは、白リンPだわ。」

「リンPだと?」

つまり、ハルピュイアの持っていたのは窒素やヒ素を含む15族の鍵だ。

そのうちの一つ、十五番元素のリンPは数多くの同素体を形成し、様々な特性を持つ物質ではるが、中でも白リンは約60度程度の熱や静電気など、ほんの些細なことで発火する。

俗に『火の玉』現象の原因物質と言われている可燃性の物質である。だから白リンの燃焼はマグネシウムの閃光と違い、激しく炎を上げて燃える。日光を当てることで無害な赤リンに変化するのだが、時はすでに日没を迎えてしまっていた。


そこまでの分析を終えたころには、私たちの周囲を煙が立ち込めていた。

「ゴホッゴホッ。」

ハルピュイアは静電気のような小さな火種を爪先に灯し、白リンに火を点け、さらに近くの枯れ枝に引火させたのだ。

?!

・・・爪先の火種。フェンリルの時と同じ。

どうしてハルピュイアがその手段を知っているのだろう?


「イメージリーディングだよ。」

「えっ?」

肩上のケットシーが首をすくめたまま私に耳打ちをする。ワイズマンを警戒してのことだ。

「だから、ハルピュイアの特殊能力。

セイレーンやローレライと情報共有をしている能力の応用で、対象とする生物から発せられる脳波を拾うことが出来るんだ。もちろん全部とはいかないだろうけど、印象深い記憶、真新しい記憶は特にね。」

「印象深い記憶。えぇーっと、例えば、先週の講義のレポート内容が何だったのかとかはばれないけど、私が魔法少女の契約した日のこと、とかは筒抜けってこと?」

「マヂカ・・・講義のレポート、覚えてないの?」

「うるさい。」

「でもまぁ、そうだよ。記憶ってそういうもんでしょ。ハルピュイアはそういう記憶の断片を一枚の絵として認識することで他人の記憶情報を読み取っているんだ。」

「・・・。」

つまり、私の中にあるフェンリルとの記憶を読まれたということか。まったくもう、召喚獣ってどうしてこう厄介な相手ばかりなのよ・・・



火のついた白リンを私とワイズマンがなんとかひとつ消す間にハルピュイアは二つ三つと次々、放火していった。


「むぅ、これは山火事になるぞ。」

新緑の季節を迎える初夏の山は木々が水分を吸い上げ山火事が発生しにくい季節であるが、街外れの山林で整備されていないこの山にはマツクイムシにやられた松の枯れ木が大量にあり、季節にそれほど関係なく山火事が起こりうる状況にある。

加えて松の樹液である松ヤニは松明(たいまつ)の燃料源、ちょっとやそっとで消えはしない。

ハルピュイアの起こした小さな火種は白リンを媒体に、私たちの周囲を取り囲む枯れ木に引火する。あたり一面はあっという間に火の海になった。

「さすがに炎は想定外だったわ。」

周囲の酸素が燃焼で失われ、息苦しくなる。このままだと酸欠で気を失ってしまう。

火事で逃げ遅れた人の死因の多くは窒息死なのだ。すぐに消火しないと。

「魔法少女、水を出すことは出来ないのか?」

たしかにマジカル水(H2O)は使用可能ではあるが、これだけ広い範囲の消火ともなると、どう考えても私のチカラでは不可能だ。

「こんなに大きな火を消すのは無理。」

我ながら情けない。

「そうか・・・では、自然のチカラを借りよう。」

そう言うとワイズマンは魔法の杖・・・・・・・にしてはアスリート感がありすぎる登山用の杖(ポール)を地面に突き刺して呪文を唱え始めた。

「何をするつもり?」

この状況を打開できる手立てがあるというのだろうか?


「天にあまねく大気の渦よ。初夏の空気に冷気を滑らせ、今、一片の雨雲を作れ。」

地面に突き立てた杖を中心に周囲の気圧がヘクトパスカルの単位で下がっていく。気がする。

太陽が沈み、空には一番星が瞬く時間になっていたが、ワイズマンの詠唱に応じたかのように頭上に、突如、鉛色の雲、積乱雲が発生する。

「こ、これは・・・。」

状況を隠れて見ていたケットシーがいつの間にか身を乗り出していた。

それは星のもたらす気象のチカラ、まさしく理科だった。


「今、この地に雨をもたらせ、寒冷前線!!」


ワイズマンの号令と共に、積乱雲のから降り出したスコールのような激しい雨は、あっという間にボヤとは呼べないようなレベルになっていた山火事を消し去った。

「す、すごい。」

これが気象のチカラ・・・。


理科のチカラで作り出した寒冷前線の雨が上がると、辺り一面は蒸せ返る水蒸気に包まれる。山火事を消したのだから当然だが、私もすっかり濡れネズミだ。

ハルピュイアは急降下に対するカウンター技、元素の鍵による山火事を跳ね除けた私たちをより一層警戒しているようで木の上からこちらの様子を伺っていた。

空を飛べる者はこういう時、ずるいと思う。

雨で飛行能力を奪うこともできるかと思ったが、あの羽根は防水性で、多少の雨は弾くようにできている。さらにハルピュイアがバサバサと軽く身震いして水滴を飛ばす。そのことで完全とまではいかないが、飛行するには十分可能なレベルになる。


そして、


羽根の向きを少し変え羽ばたくと、再び渦を巻くようにつむじ風を発生させる。

ただ、さっきと違ったのはその風の中にはキラリと光る何かが紛れているということだ。

つむじ風の通った道筋の木々の表面、地面の草花には無数の傷跡が刻まれる。


「何これ?!」

「今度はカマイタチか。」

「ちょっと、ケットシー!一般召喚獣の特殊能力はひとつだけのはずでしょ?」

ハルピュイアの特殊能力は脳波を読み取るチカラ、“イメージリーディング”である。そういう話だったはずだ。

「ん?何言ってるのさ。別にあのカマイタチは特殊能力じゃないよ。」

「えぇっ?!」

「ほら、あの足元。」

カマイタチの原理は単純だ。薄っぺらい刃物状の“何か”がつむじ風にまぎれて物体を刻む。ただそれだけ。ハルピュイアの足元部分の皮膚は魚類のような薄くて硬い鱗で覆われており、その一部をつむじ風に混ぜたというのだ。

「そんなのってアリなの?!」

「舞っている風に何かをしのばせるのに理科のチカラなんて要らないでしょ。」

いや、それにしたってつむじ風を起こすことが特殊能力では無いというのがそもそもオカシイと思うのは私だけだろうか?


カマイタチの第一波が、ハルピュイアから私たちまでの風の通り道をクリアにすると、当然のようにこちらに向かって第ニ波が来る。

マズイ。

辺りに身を隠せるような遮蔽物が無い。

私がまごついている間に、ワイズマンが前に出て、

「掌(しょう)!!」

直線的に向かってくるつむじ風のチカラを力学によって跳ね除けた。

今度は作用反作用の法則ではなく、向かってくるカマイタチの圧力を周囲に分散させたのだ。

「・・・。」

ワイズマンの表情は相変わらず伺うことが出来ないが、風を分散した理科のチカラから疲労の色が見える。分散したはずのカマイタチがマントの一部を引き裂いたからだ。


「さて、どうする?魔法少女。」

やられっぱなしだぞ。そう続くのだろう。

「・・・。」

反撃をするにはこのワイズマンという人物のチカラをあてにする他になさそうだが、(今使ったばかりの)威力のある力学は魔法力の充填に時間がかかる。

それに気象を操るチカラ。あんな大技、そう何度も使えないだろう。


では私自身のチカラでどうにかするのはどうなのか。


1族、アルカリ金属

2族、アルカリ土類金属

13族、ホウ素族

16族、酸素族

17族、ハロゲン

強力な魔法力を秘めている元素の鍵は手元に五本もあるというのに、一番の決め技であるマジカル濃硫酸は届きもしない。まったく・・・私の理科はただの飾りか?!

いや、そんなことない!!

化学、いや理科のもたらすチカラは無限なのだ。

たとえ私のチカラが弱くても、理論と戦術で、なんとでもやりようはある。

だから考えろ私。

ピンチなのはいつものことだ。


空中からの攻撃を迎撃できないのなら・・・・。


自問自答の末、私は一つの作戦を導き出した。

「もう一度、あの積乱雲は呼び出せる?」

「・・・良い目だ。

追い詰められても諦めない科学者の目だ。」

答えになってない。私は積乱雲が呼び出せるかどうかを聞いたのに。何よ、科学者の目って。

「そんなことはいいから、どうなの?!」

「可能だ。」

「じゃあやって!」

「・・・。」

ワイズマンは作戦の内容について何も問わず、私の指示に従い再び詠唱を始める。その間に私は次の準備に取り掛かる。

「マジカル、アルミニウム!!」

濃硫酸のような化合物ではなく、単体物質であるアルミニウムは予備動作なしで放つことが出来る。物質が化合するまでのわずかな時間差ではあるが、相手の隙をつくには十分だ。

私の手のひらから生成された金属の粒子がスプレーのように飛び散り、ハルピュイアの表面をコーティングする。メッキ加工の要領である。

「よし!」


「積乱雲を呼び出したぞ。」

頭上にはさっきと同じくらいの雲が発生しており、今にも雨が降りそうではあったが、欲しいのは雨ではない。まだこれは、私の望む状態ではなかった。


空中からの攻撃を迎撃できないなら、【私たち以外】が攻撃すれば良いだけだ。


「もっと分厚い雲にして!」

「む・・・・・・・心得た。」

そして、

分厚い雲の層から一瞬光が漏れるとゴロゴロと重低音が周囲の空気を震わせた。

「なるほど、稲妻か。」

そう、地上にいる私たち以外が攻撃をする手段、また、生物に有効なマジデの電撃の代用として私が考えた作戦は、雷。


実は雷が金属に落ちやすいというのは誤りである。雷は静電気であり、落雷という現象はその電気が空気の層を縫うようにして流れている。それには非常に強いエネルギーを必要とする。

例えば、一定の距離を開けたゴム製の柱と地面に張り詰められた金属の板の近くで雷を発生させたとする。この場合、雷が落ちるのは圧倒的にゴム製の柱である。雷というのは、移動距離を短くするため発生源の曇から近いところ、つまり高い場所に落ちるのだ。材質は関係ない。

ではどうして金属の話が世間に広まったのか。

それは金属が電気伝導において減衰しにくいからである。

電気を通しにくい物質に落雷した場合、エネルギーはその物質を伝う過程で大きく損失してしまう。金属はその損失が少ないのだ。

私の放ったアルミニウムは電気の流れやすさから考えて、金銀銅に次いで4番目の物質。

つまり、雷を直撃させればそのエネルギーの大半をダメージとして与えることが出来るのだ。

ただ、ハルピュイアの飛んでいる高度は周囲の木々よりも若干低い。


「あとは運か。」

空中にいることでハルピュイアに雷は当たりやすいとは思うが、いくら積乱雲が濃くても稲妻を自在に発生させられるわけではない。自然のチカラに対して、最後はやはり確率的なものになってくる。

「運になど頼っていられるか!」

ワイズマンがそう言うと先ほどのポール(杖)を投げつけていた。

「ちょっと、どうするつもり?!」

鉛直に投げ上げられたポールは星の重力の影響を受けながらもハルピュイアに向かってまっすぐ飛んだ。これも予備動作なしの不意打ちだったためハルピュイアはそれを避けることが出来ず、先端の突起が私の放ったアルミニウムに突き刺さる。

「魔法少女よ。雷を利用するのなら、その特性を活かすことを考えるのだ。」

「そうか、避雷針ね!」

先端に突起を作ることで、その場所に雷を呼び込む。避雷針は、その名が現す雷を避けるための機構ではない。本質は逆で、雷を呼び込み、建物などにできるだけ影響を与えることなく、うまくチカラを地面(アース)に逃すモノである。

今回であれば避雷針となったポールに落ちた雷は、地面に接していないハルピュイアに直接流れてくる。直撃とほぼ同じダメージを与えることが出来るのだ。


そして、ゴロゴロと空気の擦れる音がすると、激しい閃光とともに避雷針に雷が直撃する!

ギャァァアアア!!

鳥類の断末魔が周囲に響き、ハルピュイアは徐々に高度を下げていた。

「・・・。」


ヨロヨロと何処かに引き込まれるように、夕暮れの空を流れていく。

私の鍵をまっすぐ狙っていたときと様子が違う。

ハルピュイアは、私とこのワイズマンという男に敵わないことを悟って、標的を別のものに変えたように上空をゆっくりと旋回して、やがて方向を定めるとまっすぐ降下をし始めた。

「ちょっと、どこに行くの?」

「マヂカ、とりあえず追いかけないと!」

「え、えぇそうね。」

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