3-7 翼人編6

―――

ハルピュイアの後を追って、たどりついたのは見覚えのある商店街の裏山だった。

最終的な目的地にたどり着く前に力尽きたようで、登山道の入り口のから少し進んだところにある広場の片隅、大きなヒノキの下で横たわっている。

私よりも先にここにたどり着いたワイズマンが駆け寄っていた。既に虫の息。魔法力が尽きて理科世界に送還される淡い光が漏れ始めている。このまま放っておいてもじきに魔法力を使い果たし眠りにつくだろう。


「手間をかけさせてくれる。

・・・・介錯はいるか?」

ワイズマンの問いかけにハルピュイアは「ピィ」と弱々しく鳴いた。それが同意であるのかなんなのかはわからなかったが、ワイズマンはハルピュイアの胸に手を当て、

「掌!!」

一撃を打ち込んだ。


そして、ヒノキの木の下には暴走の原因となった元素の鍵だけが残っていた。


「さて、」

ワイズマンが鍵のほうを向いたまま、私を背にして話を切り出す。

「この鍵の所有権は、おそらく魔法少女にある。」

そう言うとワイズマンはハルピュイアの残した黒い鍵を拾い上げ、私の方へ差し出した。

窒素NやリンP、ヒ素Asの属する15族、窒素族元素の鍵だ。

「あ、ありがと。」

私は鍵を素直に受け取り、ケットシーに認証をさせる。

「認証登録、マジカルマヂカ。」

黒い鍵は一般的なリンの色、赤みがかった黄色に変化する。

「完了したよ。マヂカ。」


「鍵の回収に協力してくれたことは感謝します。でも、どうして?」

「すんなりと渡したのか、か?」

私の疑問に仮面の男、ワイズマンは後追いで言葉を繋げる。

「簡単な理屈だ。

イチ個人として、私はすでに十分な能力と手段を持っている。これ以上は必要ない。

それに・・・・

鍵を持つということはそれ相応のエネルギーを背負うことになる。」

チカラじゃなくてエネルギーというのが理科らしい。確かにチカラとは物体の運動を瞬間的に変化させるモノであり、熱力学やエネルギー保存則を適応させて考えれば、国語表現におけるチカラという言葉は本来、熱量やエネルギーと表現する方が正しいのだろう。

これはエネルギーの単位を世界標準のジュールではなく、未だにカロリー表記で定着してしまっている文化と似ている。


話が逸れてしまったが、ワイズマンの言う通り私の手元にある元素の鍵はこれで六本目だ。

これにより否応なく暴走した召喚獣は惹きつけられる。このことはセイレーンの時に検証済みである。

「だから、魔法少女よ。一つ忠告しておこう。」

「ん?」

「世界に溢れる自然の理科と元素の鍵を混同してはいけない。

この世界の全生物の使用する天然自然の理科とは違い、お前の理科は、当たり前のものではないのだから。」

「何よソレ。」

物語においてこういったヤツは必ずと言っていいほど、意味深で理解しにくい比喩を使う。もっとストレートに言えないのだろうか?

「魔法少女の源は想像力(イメージ)であり、そのチカラを事象的に見れば、おぼろげな存在であるということだ。」

言い換えても意味不明。

「いずれわかる。」

「あ、ちょっと!!」

・・・そして仮面の人物、ワイズマンは蒼いクロークを翻すと森の闇に紛れて姿を消した。


「・・・なんなのよ。アレ。」



ワイズマンの姿が見えなくなって、しばらくするとケットシーが口を開いた。

「あの人、魔法使いだよね?」

「今更、何言ってるの。アンタもあのチカラ見たでしょ。あれは間違いなく理科だったわ。

それに、本人もワイズマン(魔法使い)って名乗ったじゃない。」

実はあのチカラは手品でした、とかはさすがに無いだろう。力学のほうは(大掛かりな機械のような)何かで代用出来たとしても、気象はただの人間が簡単にどうこう出来るモノではない。

だけど、肩の上にいたケットシーが、声のトーンを神妙なものに変えて言う。

「気になることがある。」

「?」


「本来、魔法使いは賢者だろうと魔法少女だろうと使える理科はひとつのはずなんだ。

契約の時に選んだでしょ?」

「え、えぇ。」

私なら化学、マサカなら地学。マジデは電気と波動を使うがそれはともに物理の単元。ケットシーの言うひとつとは、分野で分けた場合の単元がひとつという意味だ。

「ワイズマンは最初、作用反作用の法則を利用した強力な力学のチカラを使用した。

だから方向性は違っても、単元はマジデと同じ物理使いなんだと思った。」

作用反作用の法則は中学で学ぶ基本原理。内容は単純明快で、難しい理論を必要としないが、膨大なチカラを消費する紛れも無い物理単元である。

「それなのに、今度は気象のチカラ、積乱雲に寒冷前線だ。」

こちらも中学理科で学ぶ地学の基本。だが、星のチカラ、自然を操作する気象系の理科は物理や化学のエネルギー消費の比では無い。魔法の杖や呪文の詠唱はそれを補助する目的で使用されたものだ。


物理と地学。

ワイズマンはこの相反する二単元を使ったことになる。

「どうなってるの?」

「こっちが聞きたいよ!」


ではもう一点。考察すべきところ。


「使い魔のほうはどう?」

「人間が自由に魔法を使うには召喚獣との契約が必要だから、たぶんいるとは思うケド・・・

姿は見せなかったね。近くにいなかったのかも。

ホント、どういう状況かわかんない。」

魔法力の弱い私のような魔法少女は使い魔が周囲にいないと変身も出来ない。また、圏外状態の使い魔の方には生命維持に必要な魔法力の供給が出来ないのである。それに対してマジデのようなチカラを持つ者の使い魔は終始ベッタリついていなくてもリンクが途切れることはない。


姿を見せていないということは、契約者のワイズマンが、使い魔とある程度離れていてもリンクの途切れない実力の持ち主であるということになる。

だが、私の中には“本当にそうか?”という疑問も生じる。

力学も天気も、威力は凄まじいが、基本的な原理原則は単純で、弱点も明白だ。

イレギュラー尽くしのこの存在が管理局の基本原則に則っているとは考えにくい。

何か法の抜け穴のようなやり方で複数の単元を使用可能にしているのではないか。

「本当に無いの?裏ルールみたいなの。」

「無いよ。僕たちの契約は管理局で登録されて初めて効果を成すんだ。不正みたいな変なことしたら、すぐに監査が飛んでくる。」

ケットシーがこんなに管理局の仕組みに詳しいなんて・・・違和感があるわね。

「・・・・・実験済みだもん。」

「やっぱり。」


結局、ワイズマンという存在は謎のままか。

だけど、まぁ回収した元素の鍵を私と奪い合っているわけでもなく、魔法少女の任務についても理解しているようだった。

「どっちにしても、あんな得体の知れない仮面の人物、信用できるわけ無いよ。」

「・・・・・・・・・・・・・そうね。」


『・・・良い目だ。

追い詰められても諦めない科学者の目だ。』

ワイズマンの言ったことが頭から離れない。

私は純粋な科学者の気質であるあの仮面の人物のことを心のどこかで信用し始めていた。


終章へと続く。

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