3-5 翼人編4
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三日が過ぎた。ノープランの三日間。
科学基礎概論の講義は本日も休講。
カトブレパスの探知していた召喚獣はセイレーンを含め三体いた。私たち以外の誰かがそのうちの一体を仕留めたとしても街で活動している召喚獣はもう一体いる。そいつは暴走しながらも、ある程度チカラを制御出来ているみたいで、ゴーレムの時のような完全暴走ではなく、どちらかというとフェンリルの時のような知能が少し残っているパターンだ。
ただ、探知の能力を持つカトブレパスは理科世界に帰ってしまったわけで、なんとか自力で探さないといけない。
「あんたにも探知の能力があったらな〜。」
「何言ってるの?同種類の能力を持つ者は淘汰されていくのが世の常でしょ。
上位召喚獣と違って、力のない僕たち一般召喚獣は唯一の特殊能力、そのオリジナリティを磨くことで生き残ったんだよ。」
ダーウィンの進化論と同じ理屈だ。それはわかるが、まさか召喚獣にも適応されるというのが驚きだった。
しかしまぁ、自然界の原理原則はもともと召喚獣たちの管理するシステムなのだから、私たちの利用している“その一部”が召喚獣たちには適応外というのもオカシイ話だ。
つまり、進化の過程で生き残るため、ケットシーは“幻覚”という特殊能力を身につけた。
・・・皮肉にも今は、そのチカラのせいで疑われているけれど。
「どっちにしてもこの鈴がある限り意味ないけどね。」
そうだった。首輪に付けられた錠前付きの鈴、これによってケットシーのチカラは封印されている。鍵は理科世界の管理局にある。だから、今のこいつは私の変身を可能にするだけの無駄口の多い化け猫なのである。
(まぁ条件付きであっても、容疑者を解放したのは、何かしら管理局の意図があるのだろう。私が魔法少女のチカラを使用できるのはそのおかげなのだ。)
「ところで、春化。これからどうするの?」
「どうするって?」
「今確認されてる召喚獣のこと。」
それは暴走している召喚獣を放置しますか?はい、いいえ、という質問ではなく、どうやって捜索するのか?という意味だ。
しかし情報不足な上にその捜索をするアテがない。
「うーん。じゃあコンビニに行くついでに探す?」
「ついでって、探す気無いでしょ・・・。」
ケットシーの言葉に私は苦笑いをした。
正直なところ、カトブレパスの探知も無し、アレクサンダー事件のときのような情報もなんにも無しだと探しようがない。それに、単独行動の今、正体不明の敵に何の戦術も持たず会敵するのは無謀であるとしか言いようがなかった。
「ありがとうございました〜。」
コンビニで買ったチルドのカップコーヒーを飲みながら帰路につく。
「まったくもう、やる気あるの?」
「唐揚げをほう張りながら言うな、化け猫。」
「にゃはは。」
そんなときだけ愛くるしい猫の仕草をする。
私の手持ちの鍵は五本もあり、その強大なチカラは暴走する召喚獣を惹きつける。マジデよりも圧倒的に基本性能の低い私に暴走状態のセイレーンが真っ直ぐ向かってきたのはそのせいなのである。つまり、これだけの元素の鍵を持つ限り、相手は探さずともいずれ遭遇するのだ。
ギャァギャァ
そうそう、ちょうどこんな風に・・・
理論や根拠のない事象には物語のお約束が通用しない本作には珍しく、物語のセオリーを守って、私の背後、夕暮れ日の光を背に受け、十メートル上空に女性の肢体、腕と脚が鳥の形をした翼人が現れた。
しかし、あの姿は・・・
「セイレーン?!倒したはずじゃあ・・・」
「違うよ、あれは、
渓谷を舞う、山の翼人。
召喚獣ハルピュイアだ!」
セイレーンはギリシア神話に登場する海洋の悪魔。対して、ハルピュイアはダンテの叙事詩『神曲』地獄篇に登場する老婆のような顔、大鷲の翼と爪をもつ怪鳥である。
いくつかの神話に登場する怪鳥ハルピュイアだが、もともとは地中海の沖合、クレタ島の風を司る女神だったらしい。それがいつしか黄泉の国の遣わした悪魔、食糧を意地汚く食い荒らす怪物のようにその姿を描かれるようになった。
しかし、
「こんな街なか・・・。」
そこまで言ってから私は周囲を見渡した。
「・・・でもないか。」
私のアパートはコンビニが撤退した大学近辺にあり、一番近いコンビニでもなかなかの散歩となる。そこは、街の中心部からも離れており、背後には山脈が連なるまさに街のはずれ。周辺住民向けとは言いがたく、駐車場はかなり広い。どちらかと言えば長距離ドライバー向けの店舗だろう。
側道を一本入れば未だ未舗装の山道で、周囲の目も少ない。だから、大立ち回りを演じるには好都合な場所だ。
「変身!」
私はすぐさま魔法少女となり、先制攻撃を仕掛ける。
「マジカル濃硫酸!!」
生物系の相手にはマジカル濃硫酸で不意打ち、カウンターを狙うのが効果的。だが、この作戦が成功したことは何故か一度もない。
液体という質量を持つ物質は有効射程範囲が限定される。まして、重力の影響を大きく受ける上空には不利な武器なのだ。
効果は薄くなるが射程範囲を稼ぐため、私は質量の小さい気体で展開する。
スプレーの要領だ。これであれば距離(高さ)を稼ぐことが出来るだろう。
しかし、ハルピュイアは滑空による攻撃はしてこず、迫りくる気体を羽ばたきではね退けた。
濃硫酸は今回も不発。
「・・・・・・さぁて、
どうしようかしら。」
背中にあぶら汗をかきながら、私は不敵な笑みを浮かべていた。
ハルピュイアにはセイレーンのような広範囲の音波攻撃はなかった。だから、距離を取られて攻撃が届かないのは向こうも同じ。私はそう考えていた。
しかし、その予想も一瞬のうちに崩れ去る。
大鷲の翼を羽ばたかせて空気を巻き上げ、風を作るとその風は渦を巻き、柱状になった。つむじ風、竜巻である。
「ちょっと、嘘でしょ?!」
竜巻は周囲の空気を巻き込みながら成長しこちらに向かって飛んでくる。この方法であれば最初の羽ばたき風よりも、より広範囲、遠距離に風を起こすことができるのである。
発生した竜巻にそれほどの威力はなかったが、濃硫酸の気体を拡散させるのには充分だ。
ハルピュイアはその竜巻を“盾”にして攻撃を仕掛けてきた。それは超低空飛行からの突進攻撃。鷲や鷹といった猛禽類の鳥は翼で羽ばたくのではなく翼に風を受け滑空で獲物を狩るのが一般的だ。
滑空、突進攻撃に対して液体のマジカル濃硫酸でカウンターを狙うのは最適の選択肢だったと思うが、一瞬のことで魔法の準備が間に合わない。
ダメだ、やられる!!
そう思った時にはハルピュイアの脚が私の目の前にまで迫っていた。
「掌(しょう)!!」
「・・・。」
なんだ?!今のは。
何が起こったのかを理解しようと試みる。
視覚、聴覚を元に現場の状況を考察した結果は、
『突然目の前に現れたマントの人物が繰り出した掌底がハルピュイアの攻撃を跳ね除けた。』
そういうことだった。
あまりにも突然の事でにわかには信じがたい光景だったが、私に襲いかかってきたハルピュイアはすぐさま距離を取り、近くの木の上に避難する。私はその姿を確認するとようやく実感めいたものが湧いてきた。
「あのチカラ、まさか理科?」
掌底の一撃だけで大鷲の急降下を跳ね返した。
そんなこと現実に可能なことなのだろうか?
あの高さからの突進攻撃で無傷でいられるというのは物理法則の計算上ありえないことだ。
そう、なにか理科のチカラを使いでもしない限り・・・。
「あれは作用反作用の法則を操作したんだ。」
物体は力学的な力を受けるとそれと同じだけの力を反対方向に与えている。
例えば地面に足をついた状態でパンチを繰り出すと、相手に与える威力と同じだけの力で地面を支える必要がある。つまり、この方法だと単純計算で相手には半分の力をしか与えていないことになる。
フェンリルの体当たり(飛びかかり)やハルピュイアの滑空に体格以上の攻撃力があるのは、地面に足をつかず、その反作用にかかる分の力をほとんど全部相手に負担させるためである。
物理魔法における作用反作用の操作は力の方向を変え、衝撃による物理攻撃をそのまま跳ね返す究極のカウンター技。
操作するというのは原理としては単純であるが、容易なことではない。
「ハァァァーー〜〜〜・・・。」
武道の達人がするような深い深呼吸が聞こえるが、その表情は読み取ることができない。
何故なら、その人物は“仮面をつけていた”からだ。
顔全体を覆うため、大きな木材をくりぬいてその彫刻で表情を作る東洋の仮面。
人は自分を偽り、相手を欺くために顔を隠す。だから仮面の人物など、信用してはいけないのだ。
というか、こいつ・・・
「誰なの?」
くたびれたワイシャツにループタイ。折り目の取れかかったスラックスに蒼マントという出で立ちの謎の人物。おそらく少し年配の男性は、 その飄々とした猿のような仮面の表情とは裏腹に少し低い声で言った。
「私か?名前など意味はないが、あえて名乗るなら、私は智の探求者・・・・ワイズマン。」
「・・・。」
ワイズマン?もうちょっと通じる言葉で話しなさいよ・・・。
「wiseman.英語で賢者、魔法使いって意味だよ。」
「・・・・魔法使いはウィザードでしょ。」
「マヂカ、英語の学力にボロが出るから静かにしてた方が良いんじゃない?」
「うるさいなぁ。」
ワイズマンと名乗った人物は肩上の化け猫を一瞬確認する。(いや、正確にはその顔は仮面に隠されていて何を見ていたのかはわからない。ケットシーの方を向いただけだ。)
「管理局の魔法少女。与えられた使命は元素鍵の回収といったところだろうか。
私も暴走した召喚獣には手を焼いている。どうだ、手を貸そうか?」
ワイズマンは文字通りこちらに手を伸ばしてそう言った。
・・・・。
「助けてくれたことには感謝するけど、初対面の怪しい仮面の人物を信用しろっていうのは、無理があるでしょ。」
「ふむ・・・一理ある。」
すると、私に背を向け、先ほどの拳法のような構えをとって、ハルピュイアを見据えて勝手に話をし始めた。
「セイレーンを仕留めたのはお前か?」
「え?・・・えぇ。」
正確にはマジデだけど、まぁ良いだろう。“私たち”が仕留めたのは確かにセイレーンである。
「私はローレライだ。」
?
ローレライという単語がどういう意味なのか、一瞬では理解出来なかった。数秒たってからローレライが召喚獣の名であり、この男がその召喚獣を仕留めたのだということが繋がった。
つまり、こいつがカトブレパスの言っていたもう一人の魔法使いということになる。
「・・・。」
男の正体がより一層怪しさを増すと、様子を伺うためケットシーは私の肩から姿を隠した。
「ローレライ、セイレーン、そしてハルピュイア。この3体の召喚獣が同時に行動を開始したのは偶然ではない。」
「どういうこと?」
「もともとハルピュイアには姉妹がいたとされている。これは私の推測だが、生態の似ているセイレーンとローレライがそれだったのではないだろうか。」
なるほど、姉妹か。セイレーンとハルピュイアの類似性もそれなら納得できる。見たことはないが、おそらくローレライもそれに近い容姿なのだろう。
「問題なのは、この3体は情報の共有をしているということだ。」
「情報の共有?」
それはつまり、ローレライ、セイレーンに見せた手の内はすでにハルピュイアには知られているということを意味する。
「でも、私はセイレーンを初見で倒したわ。情報を伝達している時間なんてなかったはずよ。」
「人間をはじめとする脳細胞を持つ生き物は、五感で得た情報を電気信号に変え、知識、記憶として蓄積する。この電気信号という部分でこやつらは情報を電波に乗せ、対面せずに常に話をしているのだよ。
さしずめクジラやイルカが歌を歌うように。」
「あっ!?」
なるほど。
ハルピュイアにとっては初見であるはずのマジカル濃硫酸を羽ばたきで吹き飛ばしたのは、そういうカラクリがあったからというわけだ。
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