1-4 世界の理(コトワリ)と理科世界

この町は様々な最新施設の揃った実験都市である。ただ、そうは言っても、もとは過疎化の進んだ地方の農村だ。だから、町には荒れ果てた神社やお寺が其処彼処(そこかしこ)に存在する。

それが問題視され始めているのは確かだが、科学で作られた実験都市は、過去の教訓から揉め事を避けるため、このような宗教的な箇所に一切手出しをしない。それはある意味では平和的で、またある意味では非常に残酷なものだ。科学とは真理なのであり、救いを求める存在ではない。この街の大半の人間は宗教に科学的な根拠でも発見されない限り見向きもしない。

例えば、

「貴方は神を信じますか?」この質問を世界中でしたら様々な答えが返ってくる。それぞれの宗教には信じる対象があり、またそのあり方が様々だからである。しかし、「貴方は理科を信じますか?」この問いに対する答えはおそらくひとつ「信じる。」だけだろう。

理科の真理は絶対。

そんな思想がこの町には根付いている。


さて、そうこうしているうちに荒れ果てた神社に着いた。

長年の風雨で腐食した鳥居には神社の名を記すものが掲げられていたのだろうが、それはすでに外されており、今はもうその名を知ることは出来ない。


ここまで無言で前を歩いていた魔法少女は神社の境内でクルリと回れ右をする。

すると青いプリーツスカートが遠心力で弧を描いて綺麗に舞った。

「では、改めまして。」

少女は一拍おいて、襟元を正してから、

「私は物理使いマジカル・マジデと申します。」

そう名乗った。

「これはこれは、ご丁寧にどうも。マジカルマヂカ、です。」

「先ほどは助けていただいてありがとうございました。」

マジデと名乗った少女は深々と頭を下げてそう言ったが、魔法少女的な話、私が魔法のチカラを使ってわざわざ出したのはだだの水で、この子は電撃。助けてあげたというのはおこがましい気もする。

・・・まぁ感謝されるならそれはそれで良かったのだろう。私の作戦だったのは間違いないし。


「まず初めに断っておきたいのですが、私は物語の定石である展開の、突然現れて敵対するなんてことしませんからご心配なく。」

そういうとマジデは先ほど回収したばかりの元素の鍵を差し出した。

「第2族、アルカリ土類金属です。」

「な、なんで?」

「鍵の奪い合いをしているわけじゃありません。暴走する召喚獣を沈静化させて鍵を回収できたのならどちらが持っていても同じことです。

化学魔法の認証鍵ですから、これは化学使いである貴方が使うのが有効かと。」

私が困惑気味に鍵を受け取ると、魔法少女は白い歯を見せて、

「それにライバルよりも友達の方が素敵じゃないですか?」

そう言って太陽のような笑顔を見せた。

嘘偽りのない本物の笑顔だ。純粋でまっすぐ。その純粋さが私には眩し過ぎる。おそらくこの子は見返りも何にも無しで、魔法少女をしているんだろうな・・・。

まぁ魔法少女っていったら本来そういうものか。

(この子が現れる直前、私はフェンリルに鍵を渡して見逃してもらおうとしていたなんて、口が裂けても言えないわ。)


「でも友達っていうより“お姉さん”かな。」

・・・・え?そういえば、

「マジデさんはいくつなの?」

「お恥ずかしい話、今年で高校二年です。」

高校生か。当たり前だけど、年下だ。

一般的(?)に魔法少女からすれば引退の時期をすでに過ぎている。人間は成長と共に思春期の持つ不思議なチカラが薄れていくためだ。

・・・・あれ、じゃあ私って?

そんな疑問が私の頭を駆け巡る。


「マジデは魔法少女になって八年のベテランだぞ。」

マジデと名乗った少女の肩から頭の大きい牛のようなマスコットが顔を覗かせた。

重たい頭部を地面(肩)につけた悪魔の瞳を持つ牛、カトブレパス。どうやらこれがマジデの使い魔らしい。

「やぁカトブレパス。助かったよ。」

私の肩からは役立たずの化け猫が顔を出す。

「ケットシー。」

カトブレパスはケットシーの姿を確認すると、面倒くさそうに重たい頭を持ち上げ、私の方を見てから、再び背を向けて瞼を閉じた。

「また契約者が違うようだが・・・。」

「また?」

「こいつは契約者に無茶をさせて魔法力を枯渇させる傾向にある。今年に入っておぬしで三人目だ。」

今年って、まだ四月なんだけど・・・

「違うよ。これまでの僕の契約者は“純粋な子たち”ばかりだったから、鍵の回収に全力を出し尽くしちゃったんだよ。」

ケットシーは真顔でしれっとそんなことを言う。たぶん、詳しく説明もしないで契約者に無茶をさせたんだろう。

「だから今度は大丈夫。」

「どういう意味よ!?」

このやりとりを見ていたマジデは左手で口元を軽く押さえてクスクスと可愛らしく笑った。

この子からは女子力の高さ、もしくは上流階級のオーラを感じる。マジデは間違っても「あはは」と口を開けて笑わないだろう。

なんていうか、私とこの子のキャラクターの差別化に対する扱いがひどいと思う。何度も言うけれど、私だって“あっち側”の人間だったのに・・・あの頃の自分が今はもう、とても遠い存在に感じる。


「ではワシは少し寝る。久々にマジデが限界まで電撃を使ったからの。ワシへの供給量が追いつかん。」

そういうとカトブレパスは、私たちの返答を聞くことなくマジデの肩で寝息を立てていた。


さて、

それでは優先度の高い重要な項目から聞き取りをしよう。

「あの〜、マジデ、さん?」

「あ、呼び捨てで結構ですよ。マジデ、そう呼んでください。」

「そう?じゃあ私のほうも・・・」

「いえいえ、そうは参りません。

お姉さまか、マヂカさんのどっちがよろしいですか?」

・・・・・・ワザとだろうか?

じゃあ、

→お姉さま

マヂカさん

・・・・ってそっちを選ぶか!!

「ニヤニヤ。」

ケットシー。私の意識に介入するのやめなさい!

「はいはい。」

「?」

脳内で繰り広げられるこのやりとりのことなどわかるわけも無いマジデは、こちらを不思議そうに眺めていた。

「マヂカさんで良い。」

「はい。お姉さま。」

「ちょっと!!」

「あ、ごめんなさい。マヂカさん。」

この子、天然か?


では本題。

「事件の概要を知りたいんだけど。」

魔法契約をする召喚獣が敵である。しかも暴走状態。

ケットシーの話では鍵を盗んだ首謀者がいるのだが・・・これはそんな単純な窃盗事件とは思えないのだ。

「わかりました。ですが、マヂカさん。あなたはどの程度、理科世界のことを知っていますか?」

理科世界。この現実世界の理(コトワリ)を司る、管理世界。私が聞きかじっただけの話では、ほとんど何も知らないに等しいだろう。

「実は魔法契約をしたのはついさっきなの。」

なし崩し的に。

「ケミカルランドっていう化学の世界と、元素の鍵が盗まれて世界のバランスが崩れてきていることは聞いた。

だけど、魔法のこと、世界のこと、召喚獣のこと、詳しいことは何ひとつ知らないわ。

この化け猫は、そういうの全然話してくれないからね。」

「フェンリルの襲撃が急だったしね。話してるヒマがなかったんだ。」

絶対嘘だ。危険が伴うことを伝えれば契約を断られるから黙っているだけだろう。

「・・・。」

ケットシーは何も答えない。ビー玉のような瞳を輝かせて澄まし顔だ。

腹立つ。


「わかりました。では理科世界のことについて初めから。」

そうしてマジデは少々カタイ理科の話をし始めた。



―――当たり前というのは感覚を麻痺させる。

文明の始まり、それは火である。

原始時代。人は木の枝と石を擦り合わせて干し草に火をつけることを発見した。

この場合の火が起こるプロセスはこう。

摩擦によって発生した熱エネルギーが小さな火種に変化し、干し草を触媒に空気中の酸素を取り込んで燃焼というカタチで化学、もしくは熱エネルギーに変化する。

エネルギーの変換は中学の理科で学ぶことだ。

人は誰しもこのことを当たり前というが、ではどうして、摩擦熱が火種に変化するのか?

そのプロセスをきちんと説明できる人はこの世界にどれだけいるのだろうか?


つまり、

この世界は理科という不思議に満ちていて、人々は大なり小なりそのチカラを利用して生活をしている。しかし、そのことに気がついている者はほんのごく一部で、いつしか思考を止めた者が言った「当たり前」という妥協の産物に支配されているのだ。


前置きが長くなったので要点だけを述べると、この世の中には理科世界という外部の世界が存在するらしい。理由や経緯などは不明だが、物理法則や物質量などの自然の摂理と呼ばれるようなシステムは、歴史や神話に登場する古の生物たちによって管理、運営されている。

私たちの文明はその恩恵の一部にあやかって成り立っているのだ。

そして、そのチカラを正規のプロセス抜きで使用出来るようにしたもの、それが魔法。

魔法使いとは召喚獣と契約をし、理科のチカラを自在に操る者の総称なのだ。


以上がこの世界の概要である。


「なんていうか、魔法って、ずいぶん科学的だったのね・・・。」

私がそう言うとケットシーは、

「科学者と呼ばれる人たちが僕たちの理科世界、魔法のことを少しずつ解明したからだよ。不思議なことは何も無い。」

と言った。

科学とは世界の真理の解明。

そういえばケットシーがメンデレーエフの周期表のことを懐かしいと言っていた。彼もまた、魔法使いだったということだろう。


「ではここからが事件の概要です。

―――去年の年の暮れ、その日は現実世界の増えすぎた二酸化炭素の問題を話しあう、理科世界の全体会議が開かれていました。

化合物を構成する酸素を減らせば必然的に二酸化炭素も減る。しかし、呼吸をする生物にとって酸素は必要不可欠の物質。そういった難しい問題の会議でした。」


「なんだか、人間と同じようなことしてる。」

対処できる規模が違うけれど。

「システムの管理者である召喚獣は原則、全員参加でした。」

「ケットシー、アンタ参加したんでしょうね?」

「・・・・・。」

プイッ

「ちょっと!」

「いいよそんなの。年の暮れで僕は忙しかったし、そういうのは誰かが決めたらそれで良い。」

私から顔を背けたままそんなことを言う。

駄目だコイツ。


「会議の期間中、世界の召喚獣が理科世界管理局に集まるなか、何者かの手によってケミカルランドの管理する化学元素の鍵、18本すべてが盗まれました。」

なるほど。

って、いや、ちょっと待って。18本すべて?

「ずいぶんあっさりと盗まれたみたいだけど、そんな重要拠点の警備すらも手薄だったの?」

「そんなことは無いハズなんですが・・・」

どうもそこが引っかかる。警備の隙をついて盗み出すにしても、全部ってことないでしょ。

それに、犯人の情報がほとんど無いとなると相手はおそらく単独、もしくは少数のグループと考えられる。

そんな規模で実行可能な犯行なのだろうか?


「これまで対峙した相手、ユニコーンやフェンリルはその警備の担当だった者たちです。」

「じゃあ警備していた者の反乱ってこと?」

それが自然な考え方だが・・・

「いえ、多分違うと思います。先ほどのフェンリルを見る限り、鍵のチカラで暴走させられていましたから。」

「ユニコーンもそうだったよ。」

ケットシーが付け加える。

となると、当てずっぽうだが私の意見はこうだ。

「犯人は奪った鍵を召喚獣に与えて、実験をしている・・・とか?」

「私もそう考えています。」

実験か・・・。この町にいるとどうにも引っかかる言葉だ。無関係とは思えない。

ただ、せっかく盗んだ鍵を回収される可能性のある召喚獣に使うだろうか?

「うーん。」

何か根本的な部分が間違っているのかもしれない。・・・・


「犯人やその目的について謎は多いですが、放置できる問題じゃないですから、現在、管理局は暫定的に鍵の回収を行っているということです。」

「なるほどね。」

だけど、なんでもそうだが、後手に回るとロクなことがない。

「・・・・これは、早めに黒幕の正体と目的をあばかないと、とんでもないのが出てくるパターンだわ。」

暴走した召喚獣ってのが特に。


「すみません。詳細な情報ではなくて。」

ここまでの話をまとめてマジデが申し訳なくそう言った。

「いやいや、だいたいわかったわ。ありがと。」

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