4-4 終章4
「や、やった。」
ワイズマンの姿を捉えた訳ではないがこの狭い洞窟内で躱したというのであれば、どんな手品なのだろうか。そんなことを考えているうちに蒸気は徐々に薄まっていった。
私の心配も杞憂となり、ワイズマンはマントを被った状態で中央にうずくまっている。
死んでいるわけではないが、動かない。もちろん気を失っているような感じもない。(そもそも中腰の状態で気を失うことなどないだろう。)
そのままの状態でこちらを確認もせず、
「不意打ちの二段構成か。魔法少女、やるな。」
そう言って、力強く立ち上がるとマントについた飛沫をバサっと払いのけた。
・・・アレ?思ったより元気だな。
ワイズマンの蒼いマントが赤く染まり、色を確認すると続けてこう言った。
「硫酸・・・これは確かに酸性物質だな。」
えっ?そのマント、リトマス試験紙なの?
いや、そんなことよりも、濃硫酸をもろに被ったはずなのにどうして平気なの?!
ノーダメージというわけではなさそうだが、計算では十分倒せる一撃だったはずだ。
狼狽える私に対しケットシーが口を開いた。
「霧だよ。」
「えっ?」
「マジカル濃硫酸が当たる直前、アイツの周囲に霧が発生したんだ。」
「霧?」
じゃあこの蒸気は濃硫酸が直撃して発生したんじゃなく、アイツの理科ってこと?でも、どうしてそんなことが?
寒冷前線のような雨雲は基本的に暖かい空気と冷たい空気の二層の衝突によって発生する。この狭い洞窟内でその二層を作り出すのは困難なはずなのに。
「飽和のチカラだ。」
「あ。」
「私は気温と湿度を組み合わせることで空気中の水蒸気の飽和を作り出し、霧として発生させることが出来るのだ。」
それで発生した霧が濃硫酸の濃度を薄め、ダメージの少ない希硫酸に変えたってこと?
隆起と沈降、地震、それに気象、気温の変化も使用可能。ワイズマンはほぼ全ての地学が使用可能ということになる。
冗談でしょ。
「幾ら何でもキャパシティオーバーじゃないの。」
「理科に不可能などあるのか?」
「くぬー。」
ぐうの音も出ないとはこのことか。
私はマジカル濃硫酸の連射に軽い目眩を覚え、後ろの壁にもたれかかった。
「・・・。」
「仕込んだタネはネタ切れか?」
無表情なはずのワイズマンの面が少し笑ったように見えた。理科での戦いを楽しんでいるとでもいうのか?
「とっておきっていうのは、本当の最後にまで取っておくモンでしょ?」
背中にビッショリと脂汗をかいてそう答えた。
「なるほど、そうだな。」
私は壁伝いにジリジリと距離を詰められ、ついには袋小路に追い込まれていた。
マズイ。
この場所だと退路がない。加えて壁はチカラを支えるにはうってつけの剛体である。つまり、それは力学が来るってこと!
どうしよう。もたつく私を尻目にワイズマンはさらに追い詰めていく。
「目覚めよ、生命の息吹!」
その号令が洞窟に響くと、私の背後、水の滴る玄武岩から二枚の葉っぱが芽を出した。
「!?」
その植物は双子葉類特有のツルがグングン伸び、私の身体の自由を奪っていった。これはつる植物の代表例、アサガオだ。
「植物のタネが発芽するのには適切な温度、それに水と酸素があれば良い。」
「光や土は必要ないってやつ?」
発芽の条件、小学生の理科か。
しかし、まさかアサガオに身体の自由を奪われるなんて・・・。
なんでわざわざ拘束する必要があるのか?とも考えたが、単一の理科能力を連続して使用出来ないワイズマンには空振りは致命的なのだ。万が一にでも力学が外れれば形勢逆転となることもありうる。・・・だから拘束。なるほど、抜かりなしってことか。
「さぁいよいよ最後だ。」
「・・・。」
「マジカルマグネシウム!!」
「無駄だ!この位置で目眩しなど、意味をなすものか。」
ワイズマンがマントを翻すと巻き起こった風で、マグネシウムの粉末は発火する前に散らされてしまった。
小手先の対処法じゃダメだ。ワイズマンは自身の弱点である一つ一つの燃費の悪さを、複数の手数という手法で克服している。しかも、その技のレパートリーは私が思っている以上に品数豊富で、なおかつ強力だ。
「マヂカ・・・。」
私にたいした策がないことを理解している肩上のケットシーが、心配そうにこちらを見る。
拘束された状態からでは、こちらには打つ手なし。加えてワイズマンにはトドメを刺す一撃、力学が残されている。まさに絶体絶命。
頭の中によぎる作戦は万に一つも成功しないものしかない。のだが、
私はワイズマンに気づかれないよう、ごくごく小さなチカラでマジカル濃硫酸を生成し、作戦を実行に移した。硫酸はアサガオの水分を奪い去り、簡単に私の拘束を解く。
「・・・。」
そして、ワイズマンがこちらには向かってくる瞬間、私は自身の全速力で真横に向かって飛び出した。そりゃあマジデやマサカ、というか世間一般の健康な成人女性と比べても圧倒的に遅いかもしれないが、あの一撃さえ躱せればよい。そう考えていた・・・のだけど。
「あっ!!」
「不意打ちは連続してやるものではない。回数を重ねるたびにその効果は減衰し、相手に対処される可能性が増加するのだ。」
そんなことはわかってるわよ!でも他に手段がないのだからそれに賭けるしかなかったのだ。
しかし、私はその勝ち目のない賭けに敗れ、二の腕を掴まれていた。そしてそのまま円弧状に身体をスイングされる。
既に接触しているこの状況では、衝撃のような打撃による力学は使用出来ないにしても、振り回しによる【遠心力】で外側に弾き飛ばされる。周囲はゴツゴツした玄武岩の岩肌である。
ワイズマンはまだ力学のチカラは使用していないので、打撃による力学を遠心力に切り替えることなど容易なことだろう。瞬時にその予測がついた。
あぁこれはもう“終わった。”
ワイズマンを中心に描かれた扇型の円は、円周上にいる私に強烈な重力を・・・
もたらさなかった。
物語というのは常に予想を裏切るものだ。
私はそのままプロレス技のようなスイングで投げ飛ばされると、尻餅をついてその痛みを実感していた。
ただ、それは自然現象による普通の痛みだ。物理魔法による力学のものではない。
「・・・アレ?」
何故だ?情けのつもりか?いや、この男に限ってそんな理由で攻撃をやめたりはしないだろう。
遠心力は力学の中では、かなり一般的な力に分類されるが使用してこなかった。ということはつまり、ワイズマンは“遠心力を使用出来ない”のだ。ではそれは一体どういうことだ?
お尻をさすりながら疑問に対しあれこれ考察をしているうち、私の中で一つの可能性が導き出される。
作用反作用の法則や圧力は全て直線方向の力であり、計算式よりもまず、力の方向や概念的なものを中学の頃に学ぶ。
気象にしてもそうだ。雲や前線の成り立ちに気圧の変化量や季節、水蒸気の含有量などは考慮しない。
地震や飽和も原理原則の簡単な計算式を使用する。
つまり、
チカラが強いことと高度な専門知識と有しているということは別である。
そうか、こいつ・・・・
“理科総合使い”なんだ。
理科総合とは単元別になるまでの理科の基礎分野。中学生の理科、1分野と2分野を合わせたような専門的な分野の準備科目なのだ。それゆえに、使い手は幅広い分野のチカラを使用できる。しかし、理科総合は単元として理科の根幹となる原理原則を司るが、専門分野に比べ高度な知識や計算式を必要としない分、膨大な魔法力を消費する。
それがワイズマンの予備動作なのだ。
「そういうカラクリか。」
「・・・・むぅ。
魔法少女よ、お前の知力、洞察力、行動力はこれまでの魔法少女にはない特筆すべき点であることは認めよう。
その観察眼は瞬時に相手を分析し、適切な処置を施すことに長けている。」
「そりゃあどうも。」
「しかし、それはあくまでも相手を観察するときだけだ。」
「・・・。」
「忠告したはずだ。お前の理科は当たり前のものではない、と。
その鋭い洞察力を持ちながら、何故、根本的な問題から目をそむけてきたのか?!」
「根本的な問題?」
いや・・・それはわかっていることだ。賢者と魔法少女の違いはそのチカラの源にある。
わざわざ聞き直すようなことではない。
私のそんな表情を読み取ったのかどうか定かではないが、ワイズマンは構わず持論を展開する。
「老いと成長は同一のものだ。
出来なかったことを出来るようになることが成長なら、その逆が老いなのだろうか?
それは違う。
出来る出来ないではなく、ただそれは変化したという事象があるだけだと思わないか?魔法少女。」
それは数値的に明確な理由のない上下関係を否定した私の考え方に近いのだろうけれど、その比喩的な表現がムカつく。
「ジジイが真顔で魔法少女を連呼する光景っていうのも人生でなかなか遭遇できない状況ね。」
精一杯の強がりを口にし、私は立ち上がった。まだ尾てい骨のあたりに鈍痛がある。
「魔法少女のチカラの源、それは夢という名の【想像するチカラ】だ。」
良く言えば人よりも想像力が豊か。悪く言えば空想癖。私はどちらかというと後者だろう。
それが尽きた時が魔法少女の最後。
でも、そんなこといちいち言われなくても分かっているわよ。
子どもの頃は見るもの全てが新鮮で、何もかもが教科書だった。
世間を知り、自分の大きさを知り、いつの頃からか、手の届く範囲での夢しか見なくなった。
数字という概念では測ることのできない、子どもの描く“夢”という想像のチカラ
それを失うことがオトナになるってことなら・・・
「チカラが尽きる前に、あんたを倒す!
“マジカル濃硫酸!!”」
本日、四度目となる不意打ちのつもりの一撃。収縮した濃硫酸は私の手のひらを中心として放射状に飛び散った。
「むぅ。今度は波状攻撃か・・・本当に戦術は見事なヤツだ。」
拡散した濃硫酸。
実はこれは作戦でもなんでもなく、魔法力が追いつかなかっただけだ。
それを気づかれないように、私はいつもの強がりを口にする。
「能力の高い者が常に勝つなんてのは、間違いだってこと、教えてやるわよ!」
そして、私は腕を前方に構えて意識を集中する。
「無茶だよ、マヂカ!もう10リットル以上、濃硫酸を放ってる!」
自分の身体なんだから、そんなことは百も承知よ。でもね。
「知識と戦術が有れば不可能なんて何も無い!」
私はそうやってこれまで、戦ってきたんだから!
「マジカル、の・・・」
しかし、自分の身体のことをきちんと理解しているというのは、病気が重症化する者の常套句だ。私はそのことを思い出し、そのセオリーに則って、私の中の夢のチカラ、魔法少女の想像力は限界を迎えた。
「・・・仕舞いか。」
「えっ?!」
その瞬間、差し出した腕に巡る血から熱を奪われたような感覚を覚える。
物凄く寒い。
「あぁあぁああーーっ!!。」
今の私には血流の持つ運動エネルギーすら不足しているということだ。生命の維持をするため、魔法少女の光は徐々に失われ、鮮やかな赤色のドレスはあっという間に灰色になり、そして、魔法少女のコスチュームが私の意思とは関係なく強制的に元の服に戻る。
「はぁはぁはぁ・・・。」
私は膝を折って四つん這いの状態で倒れ込んだ。
植物に支配されたこの星の生命の宿命。
肺が、身体中の血液が、ヘモグロビンが酸素を脳に要求する。
そして、倒れこんだ私にワイズマンが近づいて、こう言った。
「折に触れ、目に見、耳に聞くには、物の哀れなり・・・。」
「何よ、ソレ?」
「物の哀れ、本居宣長だ。」
「・・・・知らないわ!」
日本史なんて専門外だ!
物の哀れは散り際の美学や失恋の切なさなどの心情を描いた日本文学の芸術性を深い造詣であると、幕末の国学者、本居宣長が文章化した概念。
ワイズマンの言葉を意訳するのなら、私の姿がボロボロになりながらも諦めない様子がまさにその造詣が深い状態、“哀れ”と言いたいのだろう。
でも、そんなの、要するに負けは負けってことじゃない!
「言葉を学べ、魔法少女。理科の根底はソウゾウであることを理解するために。」
また比喩?あーもう、イラつく。
「言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ!!」
「・・・では言ってやろう。
貴様の直面する大きな問題、魔法少女としての猶予の期限は最初から『間近』だった、というわけだ。」
「ははっ。
タイトルの段階で怪しい、怪しいとは思っていたけど・・・
そんな分かり切ったネタを堂々とやるとは・・・驚愕ね。」
いつものように減らず口を叩いてみるが、状況は絶望的だ。魔法力の限界を迎えるのが、予想していたよりもずっと早い。
他力本願な私の主戦術、マジデやマサカのいない今、魔法を軸に作戦を立てる私にはこの状況を打開する手立てがもう、何も無かった。
ねぇケットシー、どうしようか?
「ニャーー!」
なっ?!
「ケットシー・・・・何、言ってるの?」
「ニャーー!!」
「・・・嘘でしょ。」
ケットシーが威嚇する言葉が、私にはもう聞こえない。ただの猫の鳴き声だ。私は魔法少女としての自らのチカラが尽きたことを完全に認識した。
「・・・・・・・これまでか。」
そして、
私の意識に発生した霧状のモヤは、現実との境目を曖昧にした。
それはまるで科学と魔法の違いのように・・・。
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