4-3 終章3
「舞台では幕が上がれば、芝居が中断することなど無い。たとえどのような状況に変わろうとも、私はただそれを実行に移すだけだ。」
「意味がワカラナイ。もっとストレートに言ってよ!」
「私は単なる道化だよ。物事の本質はもっと別にある。」
あーもう!!
理解不能の比喩はもうウンザリなのに・・・。
事件の真相を知るにはこいつを問いただすしかないのか。
しょうがない。
私は両手を突き出して天を仰いだ。
「むっ。」
「アルフレッド=ノーベルは戦争をするためにダイナマイトを作ったわけじゃない。土木工事の安全性向上のために作ったんだ。
いつの時代も、科学は人の生活を豊かにするためにある。だから、争いごとで白黒つけるのは本当の科学じゃない。」
その理念は私に根付いている。多分、こいつにも。
「・・・。」
だけど、こいつは私が諭して止めるようなヤツではないだろう。
科学者というのは元来、意固地な存在なのだ。
「うむ。それで良い。
意見の相違は科学において、より良い結果をもたらす重要なプロセスなのだ。」
「その減らず口、必ずねじ伏せてやるわ!」
これまでずっとそうだった。
マジデが助けてくれる。マサカが助けてくれる。他力本願。私の戦いはそんなのばっかりだ。
だから、
「変身!!」
最後ぐらいは自分で何とかしてみようと思う。
そう心の中で決意を固め、私ひとりぼっちのラストバトルが始まった。
ケミカルヒロイン
マジカルマヂカ、降臨!!
大きな白いリボン付きのポニーテールに白と赤のチューブトップドレス、そしてワインレッドのガーターベルト。
私はいつもの出で立ちとなり、腕を突き出して身構えた。
ワイズマンの使用する理科は、力学と気象。もしかすると他にもまだあるかもしれない。
だけど攻撃はどれも大技で予備動作を必要とする。そもそもワイズマンはどうして複数の理科を使用できるのか?
そこが、私が付け入ることのできる点である。
「マヂカ、本当に一人で大丈夫なの?」
「・・・・当然よ。」
勿論、私は不敵な笑みを浮かべそう言った。
マサカやマジデに比べて、私の魔法力は圧倒的に弱い。だが、この戦いには勝算があった。
「注意すべきなのはその力学。」
「・・・ほう、何故そう思う?」
ワイズマンの使用する力学、作用反作用の法則は一点集中でチカラをかける強力な物理攻撃だ。だが、その効果を得るには必ず物質的に触れ合う場所、作用点が必要となる。つまり、
「あんたの力学はどうやっても接近攻撃。」
距離さえ詰められなければ遠距離攻撃が主体の私にもやりようはある。
「それに、こんな洞窟の中で寒冷前線も雷もないでしょ?」
ワイズマンのもう一つのチカラ、気象。
比較的高度の低い位置で発生する積乱雲でも、その高さは上空一万三千メートルにまでのぼる。とてもじゃないがこんな洞窟内で発生させることなど不可能。それにこんなところで積乱雲を発生させたとすればワイズマン本人や、この奥にある施設にとって大問題となるはずだ。
「なるほど、洞窟の中では確かに気象は使えない。ではさらに問う。私の理科が気象と力学の二つだと何故そう思うのだ?」
「・・・思ってないから、こうするのよ!!」
私は突き出した右手に素早く意識を集中して、
「マジカル濃硫酸!」
先制攻撃を放った。
この狭い洞窟内ではそう簡単にかわせないだろう。今回のバトルフィールドは実に私向きなのだ。
しかし、ワイズマンはこちらの攻撃を先読みしていたように、地面に両手をついて念を送る。
「震(シン)!!」
私の手のひらで収縮された濃硫酸が分子として形を作り飛び出す前に、異変は起きた。
「!?」
視界が突如、天井を向く。地面が隆起して立ち位置が変わったのだ。そして、右手から放たれたはずの濃硫酸は明後日の方向を向いて飛び散ってしまった。
「何が起こったの?!」
躱された?いや、違う。マジカル濃硫酸の軌道が逸れたのか。私は慌てて状況を確認する。
どうやら変化したのは私の立場。もちろん比喩などではない。実際に立っている場所のことだ。
端的に状況だけまとめるとこうだ。
ワイズマンが手をついた地点を震源とする局所的な地震が発生し、マジカル濃硫酸が放たれる直前に足元の玄武岩が隆起した。
地震を発生させるにしても、そんなに都合よく揺れの時間を操れるのだろうか?
「私の理科は地震の初期微動と主要動をある程度コントロール出来るのだ。」
「初期微動と主要動?なんかソレ聞いたことあるなぁ。」
「中学のニ分野だよ。」
「あぁ。あったわね、そんなの。」
たしか地面を伝わる地震波の種類だ。地震は震源からまず速度の速い微弱な揺れ、縦波のp波(初期微動)が先に到達する。その後で、横波のs波(主要動)が大きな揺れを起こす。
p波とs波のタイムラグは震源からの距離に比例して長くなり、数秒後に揺れが来るという予測を可能にしている。緊急地震速報などで利用されているメカニズムだ。
それをコントロールする。だから濃硫酸の発動前のタイミングで地震を起こすことができたのか。私がマジカル濃硫酸を準備していたように、ワイズマンは地震攻撃を準備していたことになる。でも、
「地震なんて反則でしょ!!」
「フッ・・・面白いやつだ。貴様は自然災害に対して卑怯だとでも言うつもりなのか?
自然には人間の作り出した慈悲などという感情は存在しない。そこにあるのは原理と事象だけ。
我々の使用しているのは、そういうチカラなのだ。」
「くっ・・・反論できない。」
――――
地震のメカニズムは大陸プレートの挟み込みと、断層のズレによるものの二種類ある。
今回のものは前者、二枚の地表面が激しくぶつかることで起こる境界面の隆起。それを人為的に起こしたことになる。
余談だが、世界の頂、エベレストはもともと海の底だった。古代、いや時期としては新生代。大陸プレートの衝突によってその際面の部分が隆起して生まれたのだ。自然のチカラ、地学にはそれほどの大きなチカラがある。――――
しかし、地質関係か・・・。
この国は地震大国だというのに、普通科高校理系出身の私には地震波の検出はおろか、イオンの尾を引く彗星の構造や軌道計算、惑星内部の構造と物質、火山とマグマの性質など専門的な地学の知識がほとんどない。
つまり、これらの知識で攻撃に転じられた場合、地学の対処方法が思いつかないのだ。
私の姿を確認してワイズマンは地面から手を離した。
「飛び道具一辺倒の貴様を封じるには足を抑えるのが上策。さほど鍛えられた足腰とも思えんしな・・・。」
「スゴイ。当たってる!」
「うるさい、化け猫!私の足腰なんて誰が見てもわかるでしょ。」
自分で言ってて情けないが。
「だけど、これで終わりよ。ワイズマン!」
「何?」
不意打ちを準備していたのはお互い様だけど、私はワイズマンの理科の欠点を知っている。
それは技ひとつひとつに消費する魔法力が大きく、タメにかかる時間が非常に長いこと。だから地震なんて大技、連射出来るわけがない。その点を踏まえて私が狙っていたのは、
「マジカル濃硫酸!!」
濃硫酸の二連射。
つまり、一発目の濃硫酸は防がれることも想定済みのブラフなのだ。
私の左手から放たれた濃硫酸は、今度こそワイズマン目掛けて一直線に飛んだ!
「むっ!!」
流石にこれは完全なる不意打ちだったようで、とっさにマントで防御の体制をとるワイズマン。だが無駄だ。生物にとって濃硫酸は劇薬、無事では済むまい。
シュウゥゥゥッと音を立て、蒸気が立ち昇ると周囲はサウナのように湿度が上がって前が見えなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます