4-5 終章5
――――――
私が理科を志すようになったキッカケなんていうのは単純なものだ。
それは子どもの頃に見た『夏祭りの花火が綺麗だったから。』である。
花火の鮮やかな色が、特有の金属元素の燃焼による炎色反応で作り出されているということを知ったのはしばらく経ってからだったが、花火が人の作り出したもの、その綺麗さに感動して理科がどういうものなのかを初めて知った。
そして、
ベーキングパウダーという炭酸水素ナトリウムでスポンジケーキが膨らむのを知った。
飽和状態の溶液から作られるミョウバンの結晶や、レモンに突き刺した電極で点いた豆電球に目を輝かせ、日食や月食に心が躍った。
この世界には理科の不思議が満ち溢れている。
子供の頃に体験するそれは思春期の少女が、いろんなことにドキドキするのと同じことなんだと思う。
私はこの大ピンチに、なぜかそんなことを考えていた。
そして、このぼんやりとした意識を現実世界に引き戻したのは、―――
「マジカルマヂカ。」
・・・えっ?
「ワシの声が聞こえるか?」
聞こえるけど、この声は?
後ろを振り向くと頭をもたげた一つ目の牛がそこに居た。珍しく目をきちんと開いている。
「カトブレパス!?」
ど、どうして?
それは“どうしてここにいるの”、という意味のどうして、である。
しかし、私の質問は声になることなく、周囲で物語が展開する。
「カトブレパス、契約者も連れず何をしに来た?」
ワイズマンの言うとおり、カトブレパスの傍にマジデの姿はない。平日の昼前、時間的には授業中。何より今日は物理の中間テスト実施日のはずだ。
状況も何も伝えていないマジデがこの場所に来ることは考えにくい。理科世界から戻ってきたカトブレパスが私たちを探知、もしくはケットシーの首輪の情報から直接やって来たと考えるのが自然だろう。
カトブレパスはワイズマンのことなど無視してこちらに向かって話しかけた。
「そもそもケットシーの任務遂行にワシは反対じゃった。たった数ヶ月で契約者を次々と乗り換え、任務を遂行したと思えば、小僧との魔法契約、暴走事件、山火事・・・・ハルピュイアに至っては、一般人に目撃されてしもうておる。
これらは全て管理局のほうで現実世界に影響のないようもみ消しておることじゃ。
正直なところ、お前たちの行動は問題だらけ・・・。」
「何が言いたいのだ?!カトブレパス。」
「ワシの言っていることが分からんのか?賢者にしてはソウゾウリョクが足らぬな。」
「くっ・・・。」
いや、私にも全然理解出来ないんだけど・・・。
話の内容はこれまでの私たちのやってきたことの要約。正直、今聞きたい話じゃない。それなのに、カトブレパスは長々とお説教のように中身のない話を続けていた。(いや、お説教が中身のない無駄なこととは言っていませんよ。あくまでも、今の状況で、という意味。)
あれ?そういえば、カトブレパスの声は認識出来る。ケットシーの声は聞こえないのに。どうして?・・・
「・・・・・あ、そうか!」
やはり、お説教に意味なんか無い!(いや、だから、誤解なきよう・・・)
とにかく!私はカトブレパスの意図を理解した。
「ケットシー。声、“切り替えてみて!”。」
「ニャア?」
こちらの言葉は理解できるのか、ケットシーが私の方を向いて不思議そうな顔をする。
しかし、その意味をくみ取ると、
「・・・あ、そういう。」
ケットシーの声が聞こえるようになった。やはりそうだ。
「・・・気がついたか?」
カトブレパスは重い頭を持ち上げて、くわえていた鍵をこちらに放り投げた。
これは、元素の鍵ではない。
召喚獣としての本来のチカラを封じられているケットシーの首輪をはずす鍵。
「ワシの一存で決めて良いことではないが・・・状況が状況じゃ。マジカルマヂカ。理科世界はお前に託す。」
「ほう・・・。」
私は放り投げられた鍵を握りしめ、
いつものように不敵に笑みを浮かべ、
そしてケットシーに施された錠を掴んでこう言った。
「任された。」と。
手にした鍵を南京錠の鍵穴に突き刺し、ガチャリと回すと錠前と鍵が光になってケットシーの体に吸い込まれていく。なるほど、この錠前自体にチカラが内包されていたということか。
錠前が完全に消え去ったのを肉眼で確認すると同時に、私はケットシーの魔法力が回復したことを感じ取った。
「いまさらケットシーのチカラを取り戻したところで何の意味がある!?」
たしかに魔法少女としてのチカラを失った私はケットシーに魔法力を供給出来ていない。だからケットシーが単独で特殊能力を使用したとしてもあっという間に息切れしてしまうのだ。
だからさ、
「ケットシー。やるよ!」
「橘春化。やっぱり君は最高の魔法使いだ!」
私は、ケットシーにキスをした。
『認証確認。』
銅の炎色反応のような、淡い緑色の光が私たちを包み、
魔法使いとしての私のチカラをよみがえらせていく・・・。
「・・・どういうことだ?!
マジカルマヂカは既に魔法少女として登録されているのではないのか?!それに、魔法少女の契約は管理局によって止められている。そう言ったのは貴様のはずだ!」
ワイズマンの言うとおり、現在、私とケットシーとの間には魔法少女の契約がされている。
もちろん、魔法少女のエネルギー源である夢のチカラはほとんど枯渇状態である。
だから、今回の認証で行ったのは・・・・。
「賢者としての認証じゃ。」
知識と論理で能力を構成する、歴史上の偉人などと同様の魔法使いとしての契約なのだ。
「・・・馬鹿な!」
「人は化学のチカラを信じるだけじゃ救われない。
・・・だけど、その思いは人を裏切ったりはしない。
だから私は、
メンデレーエフのように、
化学のチカラを信じて突き進むんだ!」
私は天を仰いで腕を突き出した。
両手をブンブンと振り回し、いつものフレーズ「変身!!」を口にする。
すると、見慣れた化学繊維が光を帯びて身体を包み込んだ。
・・・残念ながらこの変身方法は一緒のようだ。
「嬉しいくせに・・・。」
「そんなわけあるか!」
たとえ、この世界から英語や国語が滅んでも、理科の真理が世界を満たす限り、私の心は折れたりしない。
エターナルケミカルヒロイン
マジカルマヂカ、再臨!!
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