4-6 終章6

変身が完了しコスチュームを確認する。白と赤のチューブトップドレス、ワインレッドのガーターベルト、ポニーテールに白いリボン。肩がけの白いポシェットと、あとはレースで出来た白くてオシャレな日傘がベルトのホルスターに刺さっている。

ポシェット、傘以外はこちらもデザインは前とほとんど一緒。

「嬉しいくせに・・・。」

「うるさい。」


よし、それじゃあ試し撃ちだ!

私は両手を前に突き出していつもの化学式を念じて集中した。

水素、酸素、硫黄。化学物質を生成するプロセスは同じだが、賢者としての理科は魔法少女の時よりもよりロジカル的な思考、いわゆる計算をしている時のような感覚に陥った。

頭の中で化学反応式が組み上がり幾何学的な物質の形がイメージされると、いよいよ現実世界に物質として生成される。


「マジカル・・・・・・希硫酸!!」


構えた手の平に圧縮された空気と魔法のチカラが硫酸を生成し前に飛ぶ。希硫酸は強酸性の水溶液ではあるが、濃度90パーセント以上の濃硫酸と違い、最大の特徴である脱水効果がない。そういうわけで、マジカル希硫酸はワイズマンのリトマス試験紙で出来たマントの裾を一部、蒼から赤に変え、その後、大きな変化は現れなかった。魔法少女の時に放ったモノでさえ、ちょっとはダメージがあったはずなのに・・・。


「・・・あ、アレ?」

の、濃硫酸が・・・・・出せない?!


「ちょっと、嘘でしょ?こういう場合、主人公はパワーアップするんじゃ?」

この作品において根拠のないお約束は通用しないことはわかっていたけれど、こんなの、あんまりじゃない?!

「・・・愚かなヤツだ。わざわざ時間をかけて魔法のチカラにしがみついたと思ったら、このような茶番劇とは。」


動揺する私の肩からケットシーが飛び出して、

「“ルナティックレイン”」

特殊能力を使用する。

対象者に幻を見せるケットシーの特殊能力、ルナティックレインはあくまでも視覚的に幻覚を見せるものである。催眠術のような相手を操るものではない。ケットシーが理科世界管理局から疑われながらも、限定的に釈放されたのはこの能力の特性を説明できたためである。


ケットシーの黒い瞳が輝くとワイズマンの周囲を霧状のモヤが包み、動きを封じる。

「むっ、幻覚魔法か。」

その霧が私には見えないものをワイズマンに見せていた。

「マヂカ、これだと時間稼ぎにしかなんないよ。早く、次の手!」

次の手、次の手って、いつもいつも簡単に言ってくれる。

私は自分の新しいチカラのことを知らないというのに。

しかし、

「マジカルマヂカ、傘を使え!」

「えっ!?」

カトブレパスの助言のもと、私は自分の腰にあるホルスター入りの傘に目をやった。日光による可視光線と紫外線をカットする、レースのついた白いポリエステル製の日傘。取っ手の内側には傘を開くスイッチの他に、何かのカートリッジを装填するリボルバーのような機構が付いている。

「これは?」

「お前の理論を元にこしらえたものじゃ。」

ポシェットの中には弾丸。

「もっと可愛い小物が入ってるものだと思ったんだけど・・・。」

「デザインについての文句はオーディンに言うてやれ。」

・・・これ、オーディンの趣味なの?!


そうこうしているうちにケットシーの幻覚魔法、ルナティックレインのモヤは晴れワイズマンは視界を取り戻しつつあった。ケットシーに供給している私の魔法力が弱いためだ。

やるなら今しか無い!


「たとえ夢のチカラが弱くても、少女の心を失っても・・・私の理科は誰にも負けない!!」

私は腰に携えた傘、それを引き抜いて身構えた。

“生成する白い日傘”

「壱、弐、参番カートリッジ、装填!!」

ポシェットから取り出した緑色の専用カートリッジを詰め込み、私は目を閉じて、化学式を強く念じる。

水素、酸素、硫黄。

私の“思い”に応じてカートリッジが熱を帯び、物質を生成する。そして、傘の先端で大気は圧縮され、

「ケミカルカートリッジ・濃硫酸!!」

高濃度の硫酸が勢いよく放出された。それは私が魔法少女だった時のものよりはるかに強い。

完全に反則技であるが、他人のチカラで魔法を使う方法。それがこの日傘、ケミカルカートリッジシステム最大の特徴だった。


魔法の生成をするためには、一つの元素につきカートリッジが一つの必要。つまり、化合物を作るにはそのぶんカートリッジが必要となるわけで連射には不向き。それに装填数はで六発まで。あまり複雑な物質生成は出来ないようだ。

そういう注意点もあるが、カートリッジが魔法使いの体調などに関係なく安定した能力を発揮する。革新的な技術であることに違いはなかった。

「マサカの魔法・・・凄い威力ね。」

そう、カートリッジの魔法力の元はマサカである。

いつもの小賢しい作戦や小細工は一切無し、他人の魔法力ではあるけれど純粋に濃硫酸だけの一撃だ。


「むぅ!!」

ワイズマンが慌ててマントを翻し、水蒸気を発生させる。が、飽和による霧の幕などもろともせず、放たれた濃硫酸がリトマス試験紙を真っ赤にし、ワイズマンを守る体細胞の水分を奪い物質の組織を破壊する。

「ぬぉおおおおおおっ!!」

そして、奪い去った水分が水蒸気として立ち上がった。

「やったぁ!さすがマヂカ。」

「次回からはタイトルが“美人魔導師マジカルマヂカ”に変わります。」

注:変わりません。



「な、なんというやつだ!?」

「出来ないことを出来るようにする。理科ってそういうモンでしょ。」

想像(イメージ)ではない創造(クリエイト)である。

文明とは人の手によって、不可能を可能にすることで生まれたものなのだから。

「あぁ・・・そうだな。」

自らの想像力の範疇を超え、ワイズマンはがくりと膝を折った。そして、

「勝負ありね。」

私は、(実は弾が入ってない)白い日傘を突き出してそう言った。そのことに気づいていたのかどうかはわからないが、ワイズマンに抵抗の意思は無く、

「コレが“老い”というものか。

この歳になって始めて感じたが、想像(イメージ)以上に苦しいものだな。」

静かにそう言うと自らの仮面を外した。

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