1-3 フェンリル編3
マジカルマヂカ、それは私の名前。
後ろでくくっていただけの髪はリボン付きのポニーテールになっている。そしてコスチュームは、ワインレッドのガーターベルトにフリルのついた赤と白のドレス。まるでクリスマスのようだ。まだ春なのに。
しかし、変身には成功した。確かに全身に気力のようなものが流れているのを感じる。これが魔法のチカラか。よし、これなら・・・
「マジカル・・・濃硫酸!」
空気中の酸素と魔法で生み出した水素と硫黄が結合して私の手のひらから硫酸が放たれる。物質を生成する化学のチカラ。あの白昼夢と同じだ。
しかし、どうやら気力を消費するという点だけが違う。調子に乗って二リットルほどの濃硫酸を放つと私は軽く目眩がした。
「うっ。」
結構ツライかも。
放たれた濃硫酸は惜しくも命中しなかった。
フェンリルのわずかに横をかすめ、地面の雑草がシュウウウと音をさせて煙を上げた。
グルルル
そして私はがっくりと膝を付く。
「早ッ!
まだ一発しか放ってないのに。」
後ろの方であの憎たらしい化け猫が私の不甲斐なさを嘆いている。でも仕方がない。さっきの突進のダメージが大きすぎるのだ。魔法に必要な集中力が続かない。
ダメだこりゃ。
私は諦めてフェンリルに鍵を渡すつもりで変身を解いた。
「え、ちょっと?!」
「フェンリル様、この鍵は差し上げますんで見逃してください。」
どうせ押し付けられたチカラだ。失おうと惜しくもない。この鍵もきっと次の魔法少女が回収してくれるだろう。私なんかよりも適任の純粋な少女が、苦労の末、盛大な物語を繰り広げて使命を果たすことを切に願う。
それでは、私の人生の一ページから、さらば魔法少女。
「コラーッ!!」
そうしてフェンリルはゆっくりと警戒しながら、一歩、二歩と私に近づく。
その時、
「召ォオ雷ッ!!」
目の前にマグネシウムとは違う閃光が広がり、フェンリルに直撃した。
「な、何?」
これは化学反応によるものではない。本物の電撃だ。
一瞬の閃光が放たれた元には、青色のセーラー服のような姿の魔法少女がプリーツスカートをはためかせて立っていた。
両手首には黒い玉状のものがついた手袋をしており、その二つを接近させるように手を合わせている。
あれはおそらく・・・
テスラコイルによる電撃魔法。
「召喚獣フェンリル。汝の使命はケミカルゲートの門番のはず・・・・何があったか説明せよ!」
グルルル・・・
「鍵のチカラの影響・・・。
やはり暴走。野生化させられている?」
なにこの子?!すごく主人公っぽい。
ポカンと私が眺めていると、フェンリルは体制を立て直し、
アオーン
遠吠えをすると体の表面を金属で覆った。
あの金属は・・・。
「往生際の悪い。」
少女が再びコイルを合わせて電撃を放とうとする。
「あ、ダメ!マグネシウム合金だわ!!」
マグネシウム自体は比較的電気を通しやすい性質を持つが、マグネシウム合金は電磁波の遮蔽率が高い軽金属だ。合金であるがゆえ、その抵抗率もまた変化する。
「召雷ッ!」
再び放たれた電撃はフェンリルを直撃する。それはバチバチと火花をあげてマグネシウムを帯電させているのだけど、しかし、直撃しているはずの電撃は覆われた金属の表面を流れるだけで、フェンリルの身体まで届いてはいなかった。
電撃によって少しだけ焦げたマグネシウムの殻を割り昆虫が脱皮をするように、中からほぼノーダメージのフェンリルが姿を現した。
「う、嘘?!」
電撃を防ぐための外骨格による防御、それにさっきのマグネシウム粉末の閃光を思いつくなど、フェンリルはかなり知能が高い。暴走状態とは思えないほどだ。これが野生の闘争本能ということだろうか。
連続の電撃魔法にテスラコイルから煙が出た。おそらく大電流に回路がショートして、オーバーヒート状態にある。
倒せる保証のない状態でもう一撃、無理をして放つのは自殺行為だろう。
「どうすればいい・・・どうすれば。」
少女の顔に伝う一筋の汗・・・。
その焦りを感じ取って、フェンリルは突進攻撃を繰り出した。
「あぁぁっ!!」
電撃を放った直後でまともな防御の体勢が整わない魔法少女は、フェンリルの体当たりに弾き飛ばされていた。しかし、すぐさま身体を起こし立膝の体勢で次に備える格好になる。
・・・この子、やられ方まで主人公だ。
「誰かさんも見習いなよ。」
「うるさい。」
「・・・。」
グルルルッ・・・。
この緊張感、完全に主人公のソレだが、この空気はあの魔法少女とフェンリルの間でのみ成り立っており、私はすっかり蚊帳の外だった。
まぁしかし、そうなると冷静に物事を考えることが出来るというものだ。
理科には原理原則が存在する。だから、理解していれば様々な現象にも対処可能なのだ。
事実、フェンリルはその知識で戦いを有利に進めている。
マグネシウム合金の前に電撃は届かない。
私の濃硫酸は当てることができない。
これが私たちの問題点だ。これを何かで補うのか、それとも・・・もっと別の方法を用いるのか。
・・・・そうだ、こっちは二人いるんだから、二人掛かりでやればいい。
「君が言うと卑怯にしか聞こえないね。」
「ケットシー、保健所行き。」
「!?」
よし、ヤルゾ!
私は気合を入れて立ち上がると、
「変身!!」
本日二度目の変身をし、魔法少女の姿になる。
変身が完了した頃、フェンリルは目の前の魔法少女にジリジリと距離を詰めている状況で、今にも襲いかからんとするそこへ私は石を投げて割り込んだ。
「こっちだオオカミ!!」
グルッ?
まず、フェンリルの気をこちらに向ける。
「ちょ、ちょっと?!」
そして、魔法少女に協力を要請する。
「貴方、名前は?」
「わ、私は物理を扱う魔法使い、マジカルマジデです。」
物理を扱う魔法・・・矛盾していないだろうか?いやまぁ、物理の対義語が魔法であるなんていうのはロールプレイングゲームの世界の中だけかもしれないが・・・。
「まだ電撃は放てる?」
私の作戦は電撃がなければ意味を成さない。
魔法少女マジカルマジデは言葉を理解してから何故かスカートをめくる。そのプリーツスカートの裏地には残量を示すメーターのようなものが取り付けられており、彼女の魔法力が電流値、アンペアとして表示されている。
「あと一回くらいなら、なんとか。」
「・・・充分よ。フェンリルに当てなくて良いから、合図したらフルパワーで放って。」
「え、えぇ?!」
知能の高いフェンリルに勘付かれても困るので、私はこの子(魔法少女)の学力の高さを信じて、作戦の詳細は伝えず即実行に移した。
「いくよ。」
「あ、ちょっと!」
アイコンタクトをとって3・・・2・・・1
作戦開始!!
「マジカル・・・
水(H2O)!!」
もはや私には硫黄を生成する魔法力が残っていなかった。ゆえに発生させるのはただの水。これは消去法から生まれた作戦なのだ。
そこへ、「今よ!!」
「召ォオ雷ッ!!」
マジデの放った電撃はフェンリルを逸れ、水に当たって霧散した。
水の電気分解である。
水は酸素と水素からなる化合物。
濃縮した気体で対象物を包むのは困難だが、水を分解すれば、そこには可燃性の酸素と水素のガスの塊ができる。私はこれを利用してフェンリルの周囲に水素と酸素のガスを展開した。
そして、
「着火!!」
フェンリルがマグネシウムに火をつけた方法と同じように、火打ち石の要領で投げつけた石をこすり合わせて火花を飛ばす。
その火花が水素または酸素のガスに引火して・・・・
ドォオオオン
と轟音を上げて爆発した。
「・・・凄い。」
そして召喚獣フェンリルは動かなくなった。
いや、死んだわけじゃないよ。息はしている。
「これ、大丈夫なの?」
「チカラの源を失った召喚獣は向こうの世界に帰還してしばらく眠りにつくんだ。」
「そ、そう。」
なんとなく、フェンリルの頭を撫でると、
クゥゥン、と鳴いた。するとフェンリルは柔らかい光に包まれ消えていった。
「ちょっと、可哀相。」
フェンリルの実体は光とともに消え去り、その足元には一本の小さな鍵が残っていた。これが元素認証の鍵。そして魔法少女マジデがそれを拾い上げる。
「2族元素の鍵、アルカリ土類金属を回収しました。」
鍵の先端についていた宝石の色が黒から銀色になる。マグネシウム本来の色だ。
おそらくこれで開かれていた2族の門が閉じられた。そんな感じだろうか。
そしてしばらく静寂が辺りを支配した。
「移動しましょう。」
「え?」
「大爆発でしたからね。すぐに人が集まってくると思います。」
「あ。」
そうか。そこまで言われて、私は初めて自分のしたことを理解した。
現実の世界で魔法を使った。
改めてここ惨状を見てみると、確かにヒドイモノだ。まぁ、何があったのか、それを推測できる者などいないだろうが、超常現象や事件性のある何かと思った野次馬の格好の的だ。ただでさえ、この町には研究者と呼ばれる人が多いのだから。こういった類の人が偶然近くにいる確率というのは他の都市部に比べて極めて高いのだ。
「この山をもう少し登ったところに古い神社があるんです。そこまでついて来てもらえますか。」
「神社?」
「えぇ。神社といっても無人で荒れ果てているんですけどね。」
そういうと魔法少女はサッと身支度を整え、登山道のほうへ歩いて行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
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