4-8 真相2

「カトブレパスがここに来たということは、おそらく、私はもうすぐ理科世界管理局によって“処分”され、魔法使い(賢者)でなくなるだろう。」

「そんな?!」

暴走もしていないのに処分なんて・・・。

「魔法使いの処分がどういうものか知っておるのか?」

これまでの話をジッと聞いていたカトブレパスが顔を上げてそう言った。

「・・・あぁ、知っている。

中途半端な賢者の末路など、そういうものだと理解している。

だが、この子のような魔法使い、賢者が現れたこと。それを見届けることが出来ただけでも、私のやってきた魔法使いとしてのこの四ヶ月は無駄ではなかった。それだけで十分だ。」


・・・・教授。


「貴方の考え方を、私は理解出来ません。私の科学者としての信念と、どうしても交わることがないからです。」

「・・・・。」

「ですが、その根っこにある、“思い”だけは、

ヒトを思いやるその気持ちだけは、

・・・受け取りました。」

「・・・・・・相変わらず、良い目だ。

信じることを諦めない科学者の目だ。」

満足げな表情を浮かべて教授は優しく微笑んだ。


この人を救えるのはたぶん私だけだ。


「教授。鍵をください。」

事件の元凶である元素の鍵。それさえ回収すればケットシーの疑いも晴れ、残りの鍵の回収には管理局の協力が受けられる。さらに教授は、魔法契約が打ち切られると、その記憶は消え去り、もとの一般人に戻れるのだ。だから処分なんて必要無い。オーディンに進言しよう、私はそう考えていた。

しかし・・・

「・・・鍵は・・・無い。」

「えっ?!」

「私がチカラを失うのは能力の限界を迎えたからだけではない。脆弱だが、私にもまだ賢者としての知識、ソウゾウするチカラがもう少しだけある。

今まさに、キミが行動で示したとおり、理科に限界など無いのだからね。

私が管理局の“処分”の対象となる理由は、私の使い魔“カーバンクル”が元素の鍵を使ってしまうからだ。」

「カーバンクル?!」

「カーバンクルじゃと?!」

そいつが事件の犯人か。そういえばワイズマンとの戦いで使い魔の姿は一度も見た事がない。

理科世界の管理である元素の鍵を人間の教授が盗みに入るなどそもそも不可能なのだ。そうなると、事件の発端は召喚獣のほうにある。

「もしも私が戦いに敗れた時は、カーバンクルが自身にチカラを使い暴走する。そういう手はずなのだ。」

そんな?!そんなこと・・・何故する必要があるの?

戦略上、もう完全に詰んでいる。

それでいて尚、元素の鍵を使用することのメリットがいまひとつ思いつかない。

「わざわざ暴走してまですること?!」

ワイズマンはこれも既定路線であるかのように、平然と話を続けた。

「実験をやめるわけにはいかない。

人間の豊かな暮らしを維持するには、どうしても必要なことなのだ。」

「だからって暴走するのは失策でしょ?」

「ここまでくれば選んでいる余裕はない。捨て身の作戦。最後の一手だよ。

それに仮説ではあるが、勝ちの目もある。」

勝ちの目って、暴走をどうリカバーするというの?

「契約者を伴う場合の暴走は、条件付きではあるが時間に制限があるのだ。」

「!?」

「なんじゃと?!」

次々、新事実が出てくるわ・・・。


「元素の鍵による暴走は、鍵のもたらす膨大なエネルギーにより無限に続く。」

去年の年末に暴走を始めた召喚獣たちが現在の五月になっても暴走し続けているのがその証拠である。

また、暴走した召喚獣たちが他の魔法力、元素の鍵を求め突発的に姿を現わすのは元素の鍵から得られるエネルギーが不定期であるため。そのバイオリズムが関係している。

しかし、これらはすべて召喚獣の暴走の話である。ワイズマンの言う条件付きの時間制限。つまり、契約者である魔法使いはこの法則に当てはまらないということ。そのカラクリは・・・。

「だが、理科契約者はあくまでも己のチカラを暴走させるだけ。」

「己のチカラ・・・。

それってつまり、暴走状態からエネルギー切れになるってこと?」

「そうだ。」

それが本当なら暴走者“処分”のキチンとした対処が可能なのではないだろうか?

ただ、この仮説が正しいかどうかの検証をするには暴走状態の放置という大きなリスクが伴う。


「暴走に期限があるというのは当たり前の話だ。

怒りにしろ、悲しみの涙にしろ、人間の感情の爆発にはエネルギーを消費する。

具体的には体温という熱エネルギーとなってな・・・。」

・・・なるほど、そういうことがあった後というはお腹が空く。まるでアスリートのように。


「私のチカラなど、たかが知れている。

管理局を振り切ることが前提条件になるが、自分の暴走が終了した時点で、使い魔の手綱を再び握れば良い。あの少年がやったように。」

「少年って、マサカのこと?」

確かにマサカは暴走したゴーレムと無理矢理、魔法契約し、その暴走を止めている。つまり、暴走した召喚獣を正常に戻すことは理論上可能であるということだ。

「だけど、そんなの無茶苦茶よ・・・。」

「まるでキミが立てた作戦のようだろう?」

うぐ・・・。それには何も言い返せなかった。


―――

教授が私利私欲で行動を起こしたのではないことは理解したけど、

「まだ分からないところがあります。」

「何だろうか?」

それはエネルギーの取り出し方。


例えば、化学のチカラで鉄を生成出来たとしても、それは鉄という原材料なだけで別のエネルギーに換えることはできない。

資源の供給がエネルギーへ直結するわけではない。それには必ず化学物質を別のエネルギーに変換する必要があるからだ。

「街を賄う動力はどうやって生み出すつもりだったの?」

「・・・。」

教授は私たちの方をしばらく眺め、一拍おいてからこう言った。

「私とカーバンクルの最終的な計画は、人類への資源の無限供給、および廃棄物の処理。

盗み出した元素鍵は、3族元素なのだ。」

「さ、3族・・・」

そういう事か!

第3族には他の鍵よりも多くの元素を含む、『ランタノイド』『アクチノイド』があり、

そのなかにはウランやプルトニウムといった核燃料が存在する。それらは一般的にレアアースと呼ばれる人類における資源の元素。

(お手元の周期表をご参照ください。)


化石燃料の枯渇。代替エネルギー開発の遅れ。オイルショックを経験した教授は人類の末路を憂いた。それゆえに化学のチカラでエネルギーの安定供給を強引に行おうとした。

それは魔法の力で廃棄物質を分解、除去をする。“エネルギー保存則の破壊。”

あまりに巨大で、無謀なテーマだった。


ここまでを黙って聞いていたケットシーが、私の肩から降りて口を挟む。

「化学魔法による物質の生成と分解は理科世界のエネルギーを消費するから、厳密にはエネルギー保存則の否定にはならないよ。」

異世界を巻き込んだとしてもその原理が崩れることがない。理科のもたらす真理とはつくづくよく出来たシステムなのだ。

「・・・それには気がついていた。

それが単なる押し付けで、業の深い所業だということも。

だが・・・

それでも・・・

無限機関は人類の夢なのだ。」

教授が肺に取り込んだ空気を絞り出すように、そう言った。

「・・・。

大昔、石を金に変える技術を追い求めていた者がいたけど、キミはそれに似てるね。」

近代化学の登場により、人類の夢、錬金術は実を結ばなかった。

真理に近づくことは夢を壊すこと。

理科とは魔法であり、また、確実にそこに存在する現実なのだ。



・・・では最後の質問だ。


「本当に教授が、アレクサンダーを操って召喚獣たちの命(夢のチカラ)を奪ったのですか?」

「・・・。」

この質問は事件の大筋が揺らぐものではない。事実、警備担当の召喚獣たちは元素の鍵で暴走してしまっている。さきほどの話はおそらく真実なのだ。

しかし、それでも私はこれが聞きたかった。

科学者とは技術革新と真理を追い求める存在だが、そんな残酷な決断を人間が下せるものなのか?その問いに対し、教授は俯きがちに口を開いた。

「作戦を考案したのは私だ。」

「・・・。」

長い沈黙の後、話はこう続く。

「だが、その場に立ち会ってはいない。そもそも人間は理科世界で活動することなど不可能だからな。」

「あ。」

そうか。生物の生存条件を考えれば当たり前のことだ。

私たち人間は酸素や大気、水と言った地球環境専用に適応した生物なのだ。

理科世界が何の物質で満たされているのかは知らないけれど、地球環境と全く同じということはないだろう。すなわち、事件の起点となった元素の鍵を盗み出し、アレクサンダーを操り、聖なる審判で召喚獣たちのチカラを奪い去った実行犯は、理科世界の中で活動可能な召喚獣、カーバンクルということになる。


「しかし、勘違いしていけない。

招いた結果は、あくまでも私が考えた作戦に基づくものだ。」

つまり、その場にいれば自分も同じ判断を下しただろう。ということだ。

「・・・そうですか。」

教授のその言葉は私の胸にチクリと針を刺すような痛みを与えた。

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