3-3 翼人編2

「仕方ない。・・・いきます!!」

まだ耳鳴りのする頭を軽く振って、マジデはようやくテスラコイルに魔法を込めた。

「召ォ雷ッ!」

テスラコイルから放たれた電撃はセイレーン目掛けて一直線に飛ぶ。しかし、セイレーンが羽ばたくと海風の運んだ海水が霧状の膜となり電撃を分散する。


「むぅ。」

「ダメだ、届かない。」


空を飛ぶセイレーンに近接武器である高周波ブレードは効果がない(だろう)。

電撃は海水の霧で効果薄。

加えて、セイレーンには暴走の原因である元素の鍵による化学魔法がある。

戦局は圧倒的にマジデが不利だった。

「どうしよう・・・。」


人は案外弱い生き物だ。生物学的な意味でもそうだが、精神的な面でも【支え】というモノの効果は計り知れない。夫婦や親、兄弟、家族がそれらを担い、人はなんとか生活を続けていく。

では魔法少女を支えてくれるモノというのは何だろうか?

親や兄弟がその正体を知ることなどない。だから魔法少女は孤独に耐えながら使命を背負う。

マジデがマヂカをお姉さまと呼ぼうとしたのは年齢のことだけではない。マヂカのカリスマに惹かれたのだ。

つまり、マジデはマヂカという大きな存在に【支え】られ依存してしまった。そういうことだ。

「・・・。」

ただ、依存は何も悪い結果ばかりをもたらすわけではない。

『マヂカさんなら撤退の前に何か作戦を思いつく。』その考えがマジデの脳裏をよぎり、高周波ブレードを構えて突き出した。

「要は音波と同じ。電気で可視光を取り出して、収束させるだけ。」

「何をする気じゃ?」

「カトブレパス、アレを試すわ。」

マジデが以前から練習していた、電撃、音波に次ぐ、第三の物理魔法。

それは、光波。

「閃光、照射ッ!!」


太陽光を暖かいと感じるのは、太陽が高温で燃えているからじゃない。太陽から放たれた可視光線が照射された物体を振動させ熱に変換されているからなのである。

虫眼鏡で太陽光の焦点を合わせて黒い紙を焦がしたことはないだろうか?

そう、光を一点に集中させることによる熱変換。それがマジデの狙いだった。

しかし・・・

「光が足らん。」

マジデの放つ魔法だけでは放熱に至るまでの光量には達さない。

目くらましとしての効果はあったが、これに対してセイレーンは元素の鍵による化学魔法を使用する。生成された物質は運の悪いことに、アルミニウムだった。

原子番号十三番、アルミニウムは熱伝導性、電気伝導性に優れた物質でマジデの使用する物理魔法との相性は良好である。しかし、鏡のメッキ処理をする際の物質でもあり、今回の光波に至っては完全なる防御策として機能していた。

自らの身体をミラーコーティングしたセイレーンがマジデの光を跳ね返す。

「う、嘘ッ?!」

跳ね返された光で眩んだマジデに、

「ラァーーーーー!」

甲高いセイレーンの歌声が再びマジデを襲った。

「あぁぁぁあ!!」


【ダメだ。助けて、マヂカさん・・・】


その言葉がマジデの口から発せられることはなかった。

しかし・・・


「マジカル濃硫酸!!」


たしかにその場の空気はその音を震わせて広がった。

そして、放射状に濃硫酸が飛び、セイレーンに直撃する!

「お待たせ!!」

ワインレッドのガーターベルトに赤と白のドレス、正義のポニーテールをなびかせて、右手には首根っこをつかまれた黒猫がある。


――――

「ヒーローだけじゃなく、ヒロインだって遅れてくるのよ!」

「マヂカさん!!」

格好良く登場した私にセイレーンがこちらを向いた。


暴走した召喚獣は魔法力の強いものに惹かれて襲いかかる。フェンリルの時、ゴーレムの時に私がそっぽ向かれたのはそのせいだ。なのに、

「ちょっとなんでこっちに来るのよ?!」

「そりゃ、元素の鍵を四本も持ってるしね。」

「えぇー。」

私はそういうのの担当じゃない。

「マジデ、パーッス!!」

そういうと私は、手持ちの2族、17族の鍵をマジデに向かって放り投げた。

「えっ、えぇーー?!」

相変わらずマジデには作戦を詳しく話さないで。


マジデの手元に鍵が渡ると、すぐさま私よりもよっぽど潜在能力の高いマジデにセイレーンの注意は向く。

「ちょっと、マヂカさん。助けにきてくれたんじゃ・・・」

「そうよ。だから、おとなしく、的に・・・なんなさい!」

「何考えてるんですか?!」


セイレーンが音波攻撃を発しながら急降下する。猛禽類の爪がマジデに襲いかかった。

よしっ!

「マジデ、高周波ブレード!!」

「えっ?は、ハイッ!」

とっさに引き抜いたマジデの高周波ブレードが振動を開始すると、ある周波数に達したところでセイレーンの歌声が止む。

「え、どういう・・・。」

理解が追いつかない状況だが、セイレーンの急降下は迫っていた。

「(理屈はとりあえず良い、今は。)」

マジデはブレードをセパレートして、片方でセイレーンの爪を受け止める。

そして、

「やぁぁぁぁああっ!!」

マジデの振り下ろしたシンプルな一撃は、召喚獣セイレーンを沈黙させた。そしてセイレーンはそのまま光に包まれて消え去った。

「はぁはぁ、はぁはぁ・・・。」

肩を上下させてマジデが呼吸を整える。額に流れる汗を拭っても、開ききった毛穴からは新たな汗が吹き出していた。


セイレーンのいた足元には元素の鍵が落ちている。私がそれを拾い上げると、

「第13族、土類金属の鍵を回収したわ。」

肩上の使い魔が、唯一の仕事をする。

「認証登録、マジカルマヂカ。」

そして鍵は本来の色を取り戻した。

・・・では、落ち着いたところで先ほどの作戦の解説を始めるとしよう。


「電撃や光なんて飛び道具、いらないでしょ?

相手は音波を主体にするんだから、周波数を合わせて共振させれば無効化出来るじゃない。

あとは急降下で接近攻撃をしに来たところをカウンターで一撃。マジデなら簡単でしょ。」

「私、そんなの思いつきません!」

そういうマジデの顔は涙目で、可愛らしい顔が台無しに成る程しかめっ面だった。そして、

「うっ、うぅ・・・マヂカさーん。」

「わ、わわわ。なになに?」

感極まって泣きだす女の子。女子スキルの一つか。

マジデがいる限り、私は慰め役かなぁ・・・

「おぉーよしよし。」

まぁそれも良いか。


グズったマジデが落ち着いてきた頃、

「マジデ、カトブレパス、お久しぶり・・・。」

疑惑の化け猫が私の肩の上から二人の顔色を伺う。

「ケットシー、良かった。心配していたんです。疑いは晴れたんですか?」

「・・・よもや脱走してきたのではあるまいな?」

「そんなことするわけないだろ!」

「どうだかのう。」

「カトブレパス。残念だけど、この化け猫はクロいけどシロよ。」

「何?」

「管理局の連中は疑ってたみたいだけど、証拠不十分。ってことで仮釈放の許可を得たらしく、この首輪で位置情報を追跡、能力を封印することを条件に私が預かることになったの。」

アレクサンダー不在の現在、暫定的に裁きを下す権限を持っているオーディンが化け猫を連れて私の前に現れたのは昨日のことだ。

「私も変身できないと何かと不便だしね。」

「僕は変身グッズか?!」

ジタバタとケットシーが手足をバタつかせると首輪の鈴がリリンと鳴った。

「オーディンが?マヂカ、やはりお主・・・

いや、よそう。なんの根拠もない話は。」

「?」


疑われている理由というのが、年末にかけてアレクサンダーの呼び出しを複数回にわたって受けていることにある。素行の悪いケットシーがそれに応じなったというのが複数回の顛末だが、神隠し事件の際、アレクサンダーがケットシーの名を出した理由は分からない。

アレクサンダーも同様に容疑は掛かっているが、当の本人は石化してしまっている。

疑わしきは罰せず。

ケットシーに容疑を固めることが、真の犯人特定の足かせになってしまう。それがオーディンの下した判断だ。

「アリバイならちゃんとある。あの日、僕はフェニックスと一緒だったんだ。」

「・・・。」

「・・・。」

マジデとカトブレパスは沈黙する。あ、これはアレクサンダーの時と同じ、私だけが知らない理科世界の事情だ。

「どしたの?」

「上位召喚獣フェニックスは・・・うーん。」

困ったような顔をするマジデ。なかなか珍しい表情だ。


上位召喚獣ってアレクサンダーやオーディンみたいなのばかりじゃないの?フェニックスといえば名の知れた不死鳥である。それならばさぞかし神格も高いだろう

「ケットシー、まだあのような阿婆擦れと・・・。」

阿婆擦れって・・・

「フェニックスは乙女だよ。」

しかもメスなんだ。


「フェニックスと一緒だとどうしてアリバイにならないの?」

「フェニックスは上位召喚獣のなかで唯一、管理局に所属せず、行動が特定されていない存在なんです。」

つまり、確認が取れない。そういうことだ。

「まぁ良い。オーディンが釈放したのなら意味があるのじゃろう。」


――――

ところで、私には先ほどのマジデの一連の行動に気になった点があった。


「マジデ、光も使えるようになったんだね。

で、さっきのは目眩し?」

「あ、いえ、あの〜。」

電撃という攻撃手段があったのにもかかわらず、何故マジデが未完成の光に頼ったのか?

「いや、そうではない。電撃は海水の霧で分散されて効果が薄かったから使用を控えたのじゃ。光波を使ったのは焦点の集中による熱変換が目的じゃった。」

「その割には威力が足りないように見えたけど。」

光エネルギーというのは案外小さいものだ。ソーラーパネルのエネルギー変換率などを考えてもわかることだが、光を熱に変えるというのは大掛かりな割に非効率なシステムなのである。(まぁ太陽のような大質量の光源があれば多少マシかもしれないが。)

電気を熱に変えるエアコンやコタツ、ドライヤーの消費エネルギーが照明器具の蛍光灯、LED電球と比べて桁違いに大きいといえばイメージしやすいだろうか。

熱をコントロールするというのはそれほど大変なことなのである。


「計算では事足りると思うたが、マジデの体調を考えるとそうじゃのう、あれは本来の性能の六割五分といったところか。」

どういう計算してるのよ。そんなんじゃあ熱変換には全然足りないって。太陽光発電の効率だって二割が限界で、そのうちの八割はただの損失なんだから。まぁ人間社会の科学技術の実情をカトブレパスは知らず、最大の効率で計算をしたのだろう。

(おそらくカトブレパスの計算だとその五倍はエネルギーが必要。最初から熱変換には無理があったのだ。)

しかし、65パーセントか・・・。その数値を耳にすると、

「物理のテスト。」

「えっ?」

「あ?!」

口が滑ったとばかりにマジデが可愛らしく口元を押さえる。ちょっとなにこの子、気品がある。

「マジデ、どういう意味?」

「あ、いや、関係ない話です。」

「いいから!」

私が強く言いよると、マジデは観念したように首を引っ込めて申し訳なさそうにこういった。

「今日、返却されてきた実力テストの結果です・・・。」

「なるほど、確かにあの紙には65と書かれておったな。」

マジデが先ほどとは違う表情の涙目を見せて嗚咽を漏らした。当の本人には65点という点数は相当ショックだったようだ。

「あの試験は理科の理解度を測るものなのか?」

いや、別に理科だけじゃないけど、カトブレパスに説明するには面倒なので私は、

「そうよ。」

と、適当に答えた。

「というか八年も一緒にいててなんで知らないのさ?契約者の能力管理は使い魔の責務だろ。」

「ケットシー・・・。お前が“管理”しているとは思えんが?」

「うん。してないわ。」

「してるよ!!」

「あんたは私の日常をただ邪魔してるだけでしょーが?!」

盲導犬でもない限り、ペット同伴の行動というのは意外と制限される。それなのに、私はケットシーを連れて歩かないといけない。

それは私の魔法力が弱く、使い魔があまり離れられないためだが、マジデの魔法力ならその心配もない。そのためカトブレパスはマジデのプライバシーを守っていた。

「能力管理とはチカラの使い過ぎを止めるためにある。魔法力の枯渇を招いて契約者を変える羽目になることを防ぐためだ。」

私は今年に入ってケットシーの三人目の契約者だ。それはつまりケットシーがこの“管理”を全く出来ていないことを物語っていた。

「僕のことはいいだろ。」

「そもそも我ら召喚獣は現実世界の生活には関与せんのが原則であろう。いちいち契約者の学び舎のことにまで感知せん。」

「・・・。」

「ケットシー、あとで、話あるから。」

話を本筋に戻そう。


「―――マジデの魔法力は物理のテスト結果に対応してる、っていうこと?」

「そういうことになるかのぅ。」

なんともまぁ。

そうなると電撃、音波、もちろん光波も出力不足なのは頷ける。

思えば、アレクサンダー事件の調査をしていた時期はちょうどテスト週間だった。事件の調査がテスト勉強の弊害となったと言われても仕方がない。理科事件のせいで理科の学業がおろそかになる。そんなのは本末転倒だ。

だから私は少し考えたフリをして、最初から出ている結論を出した。

「ヨシ、じゃあ、マジデ。次のテストで100点取るまで魔法少女は休業よ。」

「な!?」

私の言葉に心底驚いた表情でマジデが飛び上がった。

「マヂカさん、私なら大丈夫です。」

「何が?」

「学業と魔法少女の両立、ちゃんと出来ますから。」

凄いセリフだ。

でも魔法少女は学生の部活じゃない、時には、いや、ちょくちょく命に関わるのだ。調子の悪い状態で挑むものじゃない。だから、

「駄目よ。今、実際にピンチだったじゃない。

そんな状態のマジデなら、足手まといだから!!」

私は自らの能力の低さを棚に上げて、そうマジデを突き放した。

(正直なところ、マジデの魔法力は65パーセントしか発揮されないとしても私のチカラを上回るだろうけど・・・。今はそういう話ではない。)

事件解決に関しては、私一人でできる確信も、実行する算段もないし、戦術的な意味合いからマジデの協力はありがたいのだけど、本人の学力のことを考えるとそうも言っていられない。この子は今、そういう大事な帰路に立っているのである。

「でも今までだって、魔法少女のことと勉強は両立させてきました。」

珍しくマジデが私に食い下がる。その表情からも焦りと必死さが見て取れる。

「マジデ。いいえ、藍野夏値。あなたの物理に対する尊敬の念や大切にする思いは私も理解しているわ。でも、だからって勉強をしなくていいってワケじゃない。

もうすぐ中間テストなんでしょ?」

「・・・はい。」

「ズルズルいくと苦労するよ。」

受験に苦労した私が言うと重みが違う。

「・・・。」


鉛玉のような私の一撃をくらった夏値は黙り込み、顔を上げることは出来なかった。

そして、しばらく魔法少女は休むことになる。この八年間で初めてのことだ。

「流石・・・。」

「うるさい。化け猫。」

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