第17話 ダンジョン攻略(?)

「確か、その剣を譲ってくれたとかいうやつは、岩山だらけの殺風景なところに住んでいるとか言っていたな。どこなんじゃ、そこは?」

 武器のことになると記憶力がたくましいグラクスが、レオンハルトに問いかけた。その問いかけに対するレオンハルトの返答は簡潔だった。

「ダイローム地方」

「ダイローム地方だって!?」

 驚きの声を上げたのは、地理勘が全くないグラクスではなく、旅慣れしているファーゼルだった。

「ここからダイローム地方へ行こうとしたら、半年では利かない。しかも行程のほとんどを無人の荒野が占めているから、旅装を整えたり糧食を用意したり準備するだけでも大変だ。ダイローム地方へ行くなんて現実的じゃない」

「まぁ、何の下準備もなしに行けるような場所ではないな。私も初めて行った時は、同行者の力に頼りっきりだった」

「なら、どうやって行くのだ。その同行者とやらは、この近くに居ないのだろう?」

 ファーゼルの疑問を受けて、レオンハルトはテンプラソードを掲げた。

「この剣の力を使う」

「は?」

 レオンハルトの言葉の意味が全く飲み込めないファーゼルは呆然とする。ぱっと見、みずぼらしいだけの、ただの剣だ。そんなファーゼルに目をやらず、レオンハルトは皆に近くへ寄るよう身振りで伝える。レオンハルトを中心とした半径3メートル以内に皆が集まったのを確認したレオンハルトは、おもむろに剣を地面に突き立てた。

「テンプラソードよ、フェルナールのところまで」

「…かしこまりました」

「!?」

 聞きなれない声を耳にしてファーゼルたちは驚いたが、そんなことはすぐに忘れた。テンプラソードを中心として、見たことのない複雑な幾何学模様と文字でびっしり埋まった魔方陣が出現して七色に光り輝く。突然現れた幻想的な光景にレオンハルト以外のもの皆が息をのむと、周りの風景も七色に包まれていった。


 七色の光と魔方陣が消えると、周りの風景が一変していた。今まで居たシサクの村の長閑な田園風景とは全く違う、無彩色の岩山ばかりが目に入る殺風景な場所だ。家屋などの人工物や樹木は見当たらず、僅かな草が所々に生えているだけ。乾いた風が頬を叩きつけるし、うすら寒い。どうやら岩山のひとつの中腹にいるようで、ふもとへと下る道と山頂に向かう道がある。そして目の前にある切り立った崖には、木製の豪奢な両開きの扉が据え付けられていた。扉の向こう側はダンジョンにでもなっているのだろうか。そして、扉の傍らには看板が立てられていた。

「…いったい何が起きたのだ?」

 訝しげにファーゼルがレオンハルトに尋ねる。それに対するレオンハルトの返事は、素っ気ないものだった。

「ダイローム地方へ転移した」

「はあ?」

 ファーゼルはレオンハルトに詰め寄った。

「転移なんて魔法は高名な魔導士でないと使えないはずだ。なぜ使える?」

「そんなの知らん。何でかこの剣は、いくつかの魔法を繰り出せるんだ」

「見た目みずぼらしいただの剣なのに、とんでもない魔法剣なんだな」

 話しているうちにファーゼルは、落ち着きを取り戻してきたようだ。

 一方のグラクスは、立て看板の前に立っていた。

「レンシェール司教の入場お断り?なんじゃそりゃ」

 立て看板に書かれていた文字を読んだグラクスが、レオンハルトの方を向いた。

「レンシェール司教って誰か知っているか?」

「さあな」

 グラクスの問いにレオンハルトは素っ気ない返事をすると、扉に回し蹴りを放った。木製の扉が木っ端みじん吹き飛ばされる。

「できれば来たくなかったが、やむを得ん。とんでもないところだから、みんな気を付けるのだぞ」

 皆にそう言うと、扉の向こう側に広がる暗闇の中へとレオンハルトが入っていく。二転三転する状況の変化についてこれない仲間たちは、呆然となりながらレオンハルトの後を追った。


 暗闇の中はレオンハルトの言う通り、とんでもないところだった。壁も天井も何も見えない、本当の暗闇の中にいるのだが、不思議と半径50メートルくらいは視認できる。

「なんなの、ここ~~!」

 イーリスが悲壮な声を上げる。

 コンラートが見る限り、ゾンビにスケルトンといった低位なものから、スペクターやスピリット、デュラハンといった高位なものまで、あらゆる種類のアンデットが見えるだけで数百。それらが、命の泉であるコンラートたち目掛けて殺到してきたのだ。おぞましいことこの上ない。冒険慣れしているはずのファーゼルですら、あまりの阿鼻叫喚な光景を前にして絶句してしまい、戦闘態勢をとることすらできないでいる。平然としているのは、ここに連れてきた張本人である父と自分くらいだ。コンラートは覚悟を決めた。

「ここは任せて下さい」

 コンラートは愛剣アロンダイトを抜き放ち、両手で構えた。剣の柄を額に当てて瞳を閉じる。一言だけ聖言を唱えると、剣がまぶしく光り輝き一帯を白く染めた。この光だけでファントム以下のアンデッドは消え去ったが、それ以上の高位のアンデッドがそれでも数えきれないほど残っている。

 コンラートは姿勢を保ったまま、ボーイソプラノの透明感のある声で歌い始めた。聖歌だ。以前聞いた聖歌よりもはるかに強力なのは、素人のグラクスですら分かる神々しさだ。数分流れた歌声のあとに、何やら呪文が詠唱される。最後に聖言が唱えられると、コンラートから蒼白いまばゆい光がほとばしった。この光を浴びてさらに多くのアンデッドが浄化されて消滅する。それでも数十のアンデッドが残った。

「…おまえたち、一体何者だ」

 豪奢なローブを身に着けた骸骨の一体が、体中から瘴気を吹き出しながらコンラートたちに問いかけてきた。とんでもない魔力を感じる。おそらくアンデッドの最高位に君臨するひとつ、リッチだ。話には聞いたことがあるが、現物を見て感じるのはこれが初めてだ。すさまじい。リッチはリッチでも、ひょっとすると高位のエルダーリッチかもしれない。さすがのコンラートも、このリッチには気後れする。ここは奥義を繰り出すしかない。そう思ってコンラートはアロンダイトを構えなおした。と、そのとき、

「はあん?リッチのくせに私のことを忘れたのか」

 こんな緊迫きわまる場所とは場違いな声で、レオンハルトがリッチを問い質した。リッチの空洞になっている目の部分が不気味に光り輝く。だが、その不気味な光はすぐにすっと消え、それとともに不気味な瘴気が霧散した。

「げっ、レンシェール司教?」

「ふん、名前は合っているが司教は違うな」

 レオンハルトはつかつかと豪奢なローブを身にまとった骸骨に歩み寄る。じっと骸骨を睨みつけてリッチの胸倉を掴むと、小声でささやいた。

「私のことを司教と呼ぶな」

 骸骨はコクコクとうなずく。

「そして私の過去を不用意にしゃべるな」

 骸骨はコクコクコクとうなずく。

「そして、今からあのあほうのところへと案内しろ。お前が先導すれば、異臭どもも近づいてこないはずだ」

 骸骨はコクコクコクコクとうなずく。その様子を見てレオンハルトはニコッと笑った。そしてコンラートたちの元へと戻り、骸骨へと語りかけた。

「久しぶりにあいつに会いたいのだが、案内してもらえないだろうか」

「分かりました、レンシェール殿。どうぞ皆様もこちらへ」

 あまりの状況の変化について行けないレオンハルト以外の者たちは、促されるがままに先へと歩き始めた。


「もう、何がどうなっているのか、さっぱり分からん」

 天井が高く人が十人以上並んで歩くことができる石造りの廊下を数十分ほど歩いて、少しばかり落ち着きを取り戻したグラクスが独り言ちる。それをイーリスが拾い上げた。

「こんなとんでもないところ、私一人で来ていたら一瞬でアンデッドの仲間入りをしているわ。ランスロット卿、お父さんから何か聞いていないの?」

 イーリスの問いかけを受けて、コンラートはこてんと首をかしげる。

「うーん、お父さまはあんまり昔の話をしてくれませんでしたから、よく分かりません。でも、そういえば、僕が生まれる前、お母さまとはよく二人で旅をしていたとか言っていました」

「どこへ旅していたとかは?」

「場所ではなくて、魔物が出る場所に行って駆除したとか。あと、お母さまの弟のところへも行ったとか。お母さまの親戚のところへはよく行っていたそうですよ」

「あやつが親戚回り?とてもそんなことをしそうには思えないのじゃが」

 グラクスは目を丸くして驚きの声を上げた。それを受けてイーリスも大きくうなずく。これにはコンラートも同意見だった。

「僕もそう思います。僕、騎士団に入団するまで王都から出たことがほとんどなくて、お母さまの親戚のところへ連れて行ってくれたことなんか一回もありません。旅慣れしているのなら、お母さまの親戚の一人くらいに会わせてくれても、おかしくないでしょ」

「お母さんの親戚なのだろ。お母さんがいないと、会いに行けなかったのではないか」

 斜め前にいるコンラートにファーゼルがつぶやいた。

「ランスロット卿がハーフエルフ、レオンハルト殿がヒューマンということは、ランスロット卿のお母さんはエルフだ。エルフの里は簡単に行ける場所にはない。きっとお母さんの魔法か何かを使って行ったのではないか」

 兄のつぶやきを聞いて、メイレンさんはコンラートから聞いたコンラートの母の名前を思い出す。忘れようにも忘れることができない、あの名前は…

「それはそうと、レンシェール司教って何なんじゃ。レオンは神官ではないんじゃろ」

「はい。僕が知る限り、お父さまはずっとハルシュタット騎士団の騎士として働いていましたから、神官ではないはずです。僕が幼いころから預けられていたアウレリウス大聖堂の皆さんも、お父さまのことを騎士団の騎士として応対していました。お父さまが神聖魔法を使っているところも、見たことがありません」

 グラクスの疑問に対して、コンラートは断言した。そして、こう続けた。

「その司教って方、お父さまの親戚かもしれませんね。お父さま、自分のことを話さない人だから、僕、お父さまの親戚って誰も知らないんです」

「なんだか寂しい奴じゃな。自分の子供に、自分の親戚の一人も紹介できないとは。嫁さんがいなかったら、天涯孤独だったのかもしれんの」

 などと話をしていると、先頭を歩くリッチが扉の前で立ち止まり、ドラゴンの頭が模造されているドアノッカーの輪を掴んだ。すると、ドラゴンの瞳が赤く不気味に輝きだしてリッチに問いかけ始めた。

「ツェーよ。なぜお前がここにいる。ここはお前の持ち場ではないはずだ」

「導師様にお客人だ。取り次いでほしい」

「客人?導師様はご瞑想中であられるの知っているだろう。邪魔をしてはならないのは、お前も分かっているはずだ。それなのになぜ」

「レンシェールが来た」

「な!!げっ、レンシェール司教?」

 ドラゴンの瞳の色が弱々しい水色に変化した。

「分かった。すぐに取り次ぐので、奴には待ってもらうよう頼みこんでおけ。くれぐれも妙な真似をさせるなよ」

「そんなことは百も承知だ。なるべく早く頼む」

 ドラゴンは水色に輝く瞳を明滅させたのちに光を消した。

 ツェーと呼ばれたリッチはレオンハルトたちへと振り返ると、長杖を振り上げて何やら呪文を唱え始めた。魔法使いではないイーリスでも分かる、とてつもない魔力がビリビリと伝わってくる。こんなところで殺されてしまうのかと本能で感じて、顔面は蒼白になり背中には冷や汗が一気に吹き出してきた。

 リッチの呪文が続いている間に、空間の一点に直径2メートルほどの白く輝く球体が現れる。何の呪文?氷雪系?雷光系?どれも嫌だなと思って身構えていたのだが、いつまでたっても球体の大きさに変化はなく、球体がイーリスたちに向かってくる気配もない。

 しばらくすると、空中に浮かんでいた球体は地面に降り、一瞬で消え去った。その代わりに、長机と椅子が現れた。長机には、パンや焼き菓子、あたたかい飲み物が乗っている。

 呪文を唱え終えたリッチは深々とお辞儀をした。

「我が導師ですが、只今瞑想中のため、瞑想から目覚めるのに時間がかかります。その間ですが、ささやかながらも軽食を用意しましたので、お楽しみ下さいますと幸いです」

「ふーん。でも、こんな殺風景な場所だとねぇ」

 レオンハルトの冷たい視線を浴びたリッチは、一歩後ずさった。

「これは思い至らず申し訳ありません」

 リッチは持っている長杖を下から上へ振り上げた。その動きに合わせて風景が一変する。薄暗い石積みの通路が、美しい木立の中に佇む貴族の別邸の中庭のような風景になった。机と椅子も、風景に見合った意匠の凝らされたものに変わっている。草木の香り、鳥の鳴き声、まるで本物の外の風景みたいだ。

「私どもには、そぐわない風景ですが、いかがでしょうか」

「まぁ、いいんじゃないの。それでは、ゆっくり待たせてもらうとするよ」

「ありがとうございます。我が導師の準備が整いましたら、改めて伺いに参ります」

 リッチはレオンハルトに一礼すると、すっとこの場から姿を消した。

 レオンハルトは、まるで自宅でくつろぐかのような気安さで椅子に腰かけると、カップに手を伸ばして飲み物を味わい始めた。その様子を他のメンバーは、あっけに取られて、呆然と立ち尽くして眺めている。不審に思ったレオンハルトが皆に椅子を勧めると、皆を代表するかのようにファーゼルがレオンハルトに詰め寄った。

「いやいやいや、あからさまに怪しいだろ。あんな怪しい奴が用意したものなど、体に悪いに決まっているではないか」

「そんなことないって。あいつらって賢いから、我々の好みもよく理解している。そもそも、私たちを害するつもりなら、こんな毒殺まがいの面倒な方法なんかとらずに、もっと直接的に害を与えてくるさ。この飲み物なんか、今までに味わったことのない甘みと爽快感があるぞ。試しに飲んでみたらどうだ」

 このようにレオンハルトが弁明している間に、コンラートは呪文を詠唱していた。神聖魔法の初歩にある毒検知だ。その結果を皆に披露する。

「確かに毒物はないようです。体に害はありません。それどころか、疲労回復とか体に良い要素を見かけます」

「ほらな。私の知り合いなのだから、見かけはああでも悪い奴ではないって」

「いやいやいや、最初はあからさまに敵対的だったじゃないか。それがいきなり態度を豹変させるなんて、疑っても当然だろ」

 ファーゼルは抗弁をやめない。ファーゼルの思いに同調するかのように、皆がファーゼルの言葉に首肯する。そんな中でもレオンハルトは笑みを消さなかった。

「あいつら不死者たちは生あるものの見分けがつきにくいから、私のことに気づくのが遅れただけだ。せっかく出されたのだから、温かいうちに食べてしまおうじゃないか。人の善意を足蹴にするのはよくないと思うぞ」

「…お父さまがそこまで言うのなら、僕は頂きます」

 表情に渋面を残しながらではあるがコンラートが父の勧めに折れて、父の左隣の椅子に腰かけた。その様子を見て、メイレンさんもコンラートの左隣の椅子に手を伸ばした。

「どう思う、グラクス」

 疑惑を払拭できないファーゼルがグラクスに問いかける。それを受けてグラクスは肩をすくめた。

「どうもこうもない。出されているものはランスロット卿のお墨付きじゃ。レオンがいなければ我々はとっくに不死者の仲間入りしていたのじゃから、疑ったところで何の意味もない。さあブロンテス、疲れただろうから一服しようではないか」

 ずっと茫然自失しているブロンテスの腕を引っ張って彼を着席させると、自身もレオンハルトの右隣に着席した。残されたファーゼルとイーリスは、視線を交わしてお互いため息をついたのちに着席した。

 その後、数十分ほど供食を味わいながら談笑していたのだが、レオンハルトはリッチとの関係についての話題については巧みに論点をずらして深入りさせようとはしなかった。

「失礼します」

 姿を現す前に先ほどのリッチの声だけが響いてきた。急に姿を現すと驚かれてしまうからという配慮だろう。声がしてから程なく姿を現す。

「我が導師が皆さまとお会いする準備が整いましたので、これからご案内致します」

「分かった」

 レオンハルトが立ち上がると、風景は元の石積みの廊下に戻った。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る