第38話 かつての仲間

 アグラムを消し去ったエマに、レオンハルトは呆れた表情を浮かべた。

「相変わらず、やることハチャメチャだな。何も存在ごと消し去ることないだろ」

「えっ、死体なんて見たくもないし、処理するのも面倒だから、この魔法とても便利なんだけど」

 なぜそんなこと聞くの?って言わんばかりに、キョトンとするエマ。まあ、こいつは、不死者というよりも超越者と言う方が正しいかもしれないから、価値観が合わなくても仕方ないかと、レオンハルトは気持ちを切り替えることにした。

「まあ、その辺はいいとして、このダンジョンはお前が管理してるんだろ?どんな作りにしてるんだ?」

「うふふ。レオン様も試してみる?完全踏破コンプリート

 いたずらっ子のような無邪気な笑いを、エマは浮かべた。エマの問いにレオンハルトは首を横に振った。

「いや、今回は軍資金確保という目的で潜ったから、明後日には引き返そうと思っている。特に欲しいマジックアイテムもないし」

「えーっ。魔導王の錫杖とか、幻想級をはじめにいろんなマジックアイテム揃えているのに…いらないの?」

「要らんね。剣は今使っているテンプラソードが馴染んでいるし、兜と盾は要らんし、鎧なんか変に魔力がこもっていると、支援魔法を受けたときとか神聖魔法を使ったときとかに、変な反発が起きたりすると困るから、普通の皮鎧で十分」

「ちぇー。だから、変に強い人ってつまんないんだよねー」

「おいおい。つまらないヤツ嫌いなんだよな。変な魔法で私を消し去ったりしないだろうな」

 レオンハルトは、わざとらしく身構えてみせた。その様子を見てエマは、クスクス笑った。

「レオン様はト・ク・ベ・ツ♡どうやったら振り返ってくれるか、考えただけでドキドキしちゃう。それに、レオン様を消し去ったりしたら、あの天然ボケ女に何されるか、考えただけでも恐ろしいわ」

「真祖バンパイアのお前ですら、イェルマは怖いのか?」

「あのの魔法って、ほとんど自分で作ったものばかりだから、対処の仕方が分からないのよね。火属性と思ったら水属性だったり、精霊魔法とか古代語魔術とかをこねくり合わせて、意味不明な魔法なんだか魔術なんだかよく分からないもの繰り出したり。魔法に耐性のあるわたくしにも効くのよね、あの娘の魔法。だいたいあの娘、魔族でもイビル属性でもなく、魔導力も持っていなさそうなのに、何で暗黒魔法を使えるのよ。どうかしてるわ」

「そんなこと、私に言われても…」

 しゃべっているうちにヒートアップしたエマに、レオンハルトは困惑する。でも、エマは収まらなかった。

「レオン様は、あの天然ボケ女の旦那でしょ。夫なんだから妻の責任取りなさいよ」

「だから、何の責任??」

「妻が荒唐無稽すぎる罪」

「言葉の使い方が滅茶苦茶だ…お前、酒でも呑んでるのか?」

「酒なんか呑んでないわよ。そもそもわたくしは、酒なんか呑んでも酔っ払ったりしないわ。わたくしは酒には酔わないけど、レオン様には酔っちゃうの。テヘ♡」

「なーにが『テヘ』だ!どんどん話を脱線させやがって。このダンジョンの話はどうなった。何階層まであるんだ?」

 ちょうどこのタイミングで、イーリスたち部屋の外に出ていたメンバーが戻ってきた。レオンハルトとエマの騒がしいやり取りが聞こえてきたからだろう。

「その人だれ?」

 尋ねたのはイーリス。ここでちょっとした自己紹介が始まった。エマのことを聞いたイーリスは、もはや驚くことはなく逆にあきれ果てていた。

「レオン、あんたの知り合いって、とんでもない人たちばかりだね。神様とも知り合いって言われても、驚かない自信があるわ」

「さすがに神様には会ったことないな。エマはどうか知らんが」

「さすがのわたくしも、神様は知らないわね。どこかにいるとは思うけど」

 話をレオンハルトから振られたエマが意味深なことを言うので、コンラートが驚いてエマに尋ねた。

「神様って、どこかにいらっしゃるものなのですか?」

「そうね。あなたたちの放つ神聖魔法とか神剣とかは、おそらくこの世に存在する神様の力を利用したもの。わたくしたちの考える常識には当てはまらない形で、きっと存在しているはずよ」

「そうなのですね。神様は存在すると断言してもらえると、より修業に精進できます」

「クルト君は真面目ね。もうすでにランスロットは越えてると思うけど、それでも頑張るの?」

「はい。まだまだお父様の背中は遠いです」

 キリッと表情を引き締めるコンラート。それに見とれるメイレンさん。エマは2人の関係性に気付くと、肘でレオンハルトをつついた。

「クルト君って、良くも悪くもレオン様に似てるのね。鈍いところなんか、ソックリ」

「んー?私は鈍くなんかないぞ」

「そして、自覚がないところも、ソックリ」

「失礼なヤツだなあ。簡単に敵に接近されて背後を取られたりしたことないぞ。もちろん、クルトもだ」

「そういう風に人の話をとらえてしまうところが鈍いのよ」

 エマは膨れっ面を浮かべた。そんなエマを見て、レオンハルトはあきれた。

「こんなことで怒らなくてもいいだろ。それよりも、このダンジョンの話はどうなった?さっきから話が脱線しまくりだ」

「あっ、逃げたわね。まあ、いいわ。このダンジョン、階層自体は少なくて10階層までしかないのだけど、冒険者の挑戦心をくすぐるように、報酬となる財宝やら魔法の物品をばらまいて、簡単に手に入れることができないよう、砂漠やら迷宮やらクエストやらを準備しているの。フェルが異世界を探訪したときに体験したゲームとかいうものを参考にしたのだけど、これは面白いわね。たまにフェルに来てもらって改良に改良を重ねたら、とってもいいものができたの。見せびらかしたくなったから、ガタンを無理矢理連れ込んで挑戦させたら、とっても喜んでくれて。それから、たくさんの冒険者が来てくれるようになったわ」

「おい。ガタンって、冒険者中央ギルド本部総長の『魔剣士』ガタンのことか?」

 エマの話を聞いたレオンハルトは驚いた。冒険者ではないレオンハルトですら知っている。主に南部を活動拠点にしていた冒険者。黒魔法と剣術を極めた魔法剣士。「魔剣士」といえば無条件にガタンのことを指す。レオンハルトは司教時代、魔物狩りを巡って何度かガタンと鉢合わせをしているので、ガタンとは顔見知りだ。だから、ガタンの実力がどれほどのものかも知っている。そんなヤツに拉致まがいのことをするとは…驚くレオンハルトを見て、エマはクスクス笑いだした。

「そうよ。不細工なのに人気者だから、見てて面白いのよね。エルフとかの亜人類を含めた人間って、一本芯が通っていると面白いから大好き。これもレオン様が教えてくれなかったら分からなかった。やっぱり、レオン様はト・ク・ベ・ツ♡」

「分かった、分かった。近寄りすぎだ!」

 迫ってきたエマを、レオンハルトは押し退けた。

「だいたい、それをちゃんと教えたのは、どちらかというと私ではなくて、イェルマだろ」

「まあね。あの天然ボケ女、普段ぼやーっとしててあまりしゃべらないくせに、話すと筋が通ってて、反論できなくなるのよね。こっちが逆ギレしても勝てないし。ホント、荒唐無稽すぎ。なんで、真祖バンパイアのわたくしが、エルフなんかに勝てないのよ。おかしいでしょ」

 ぷんすかするエマ。その彼女に、おそるおそるメイレンさんが話しかけた。

「すみません、お話のところ。エマ様は、イェルマ公女殿下と、どういうご関係なのですか?」

「あなた、イェルマのところのお嬢さんなのよね。姿かたちも性格も全く違うけど、なんとなくイェルマと雰囲気近いね。かわいいから、トクベツに教えてあげる。少し前、短い間だったけど、レオン様とあの娘、そしてわたくしの3人で、パーティー組んでたことあるのよ」

「へえぇ、そうなのですか?」

「あのすごく短い時間が、わたくしの価値観を大きく変えたわ。ほんの少し前のことなのに、今思うと、とても懐かしいわ…」

 エマは、朗らかな笑みを浮かべて、当時のことを語りだした。


つづく

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