第28話 今回からスローライフの物語に変わる?

 ドーイルの村に滞在してから、すでに二週間が経過していた。鍛冶仕事のようなものができるグラクスは、村にあった窯の修理と火入れ、そして銛などの金属製品の修理に引っ張りだことなり、ファーゼルは木工製品の修繕ができるから、調度品やら家屋やらの修理に駆り出され、コンラートは村の子供たちの遊びに付き合いながら、手製で即席のカードを作ってゲームを子供たちに教えて共に興じ、時折王都や大聖堂の話をしたりしていた。メイレンさんはずっとコンラートのそばにいてニッコニコ。イーリスは村の女性(だと思われる)たちと一緒に森に入って山菜や薬草摘み、処理の仕方や効用についての説明に追われている。ナーシャはメイレンさんやイーリスの間を行ったり来たり。そして、レオンハルトというと、

「ジャグロぉ。おまえ酒つよすぎだろ…」

 すっかり村長と呑み友になってしまっていた。聞いたジャグロは豪快に笑いながら、

「ワシのペースについてこれるヤツは、そうそういないぞ。付いてこれるお前も、相当なタマだな」

と言って、丼のドブロクを一気に空けた。その様子を唖然として見たレオンハルトは、ドブロクを一口含んだ。

「お前、ずっと呑んでばかりだな。仕事しなくていいんか」

「お前だって、ワシに付き合ってずっと呑んでばかりじゃないか。仲間を働かせて少しは罪悪感がないんか?」

「私の場合はいいんだよ。村長さまのご機嫌をとるのが私の仕事なんだから」

「何だそれは。ワシとは仕事上の付き合いでしかないというのか?」

「はん、そんなの口実に決まってるだろ。呑みたくない酒は呑まないのが、私の信条なんだから」

「ガハハハハ。だな。ワシの仕事は突然舞い込んでくるからな。敵が攻め込んできたとか、招かれざる客が来たとか、災害でめちゃくちゃになったとか、そういう時にどうするかを決めて行動するのが、ワシの仕事だ。だから一旦仕事が始まると、終わるまで寝食をとることができなくなる。決まった時間に決まった仕事ができる方が楽なもんだ。村長、村長と持ち上げてもらえないとやってられんよ」

「だろうね。エライ人は大変だ」

「そういうお前は、そういう役割を嫌がって逃げ回ってばかりいるんだろ。好き勝手できるお前がうらやましい」

 ジャグロはそばに置いてある酒樽から丼にドブロクを注ぎ込んだ。こんなに呑んで突然舞い込む仕事に対応できるんかとレオンハルトが思ったら、ジャグロは人の悪い笑顔(最近になってリザードマンの表情が分かるようになってきた)を作った。

「お前、今、こんなに呑んで仕事できるんかと思っただろ。村長続けてると、仕事が舞い込んでくるかどうか、空気で分かるようになってくるんだよ。しばらくは大丈夫だから、いいんだよ」

「スゲーな。そんなことが分かるのか。お前、魔法使いか?」

「お前には敵わんよ。責任者という立場を押し付けられずに済む魔法とやらを教えてもらいたいものだ」

「教えてもいいけど、この魔法を使うと、行きたくもない場所に行かされるというオマケが付いてくるぞ」

「それはごめん被りたいな。ビルカか。遠いな」

「まあな。腰が重くなって油を売るのが長引いてしまった。そろそろ出発しないとな」

 レオンハルトは、名残惜しそうにドブロクをあおった。


 仲間たちがそれぞれ、村での用事を抱え込んでいるので、目処をつけるための時間が必要になり、出発はその翌々日になった。

「世話をするつもりが、逆に世話になってしまった。礼を言う。この近くに来ることがあれば遠慮なく訪ねに来て欲しい。手土産なんか要らんからな」

 大勢の村人たちの最前列にいる村長のジャグロが、笑顔で手を差し出す。それをレオンハルトが固く握る。

「いやいや、とても楽しかった。ただ、あの時に言ったと思うが、王国はともかく大聖堂とは付き合いをしておいた方がいいぞ。大聖堂と揉めると厄介なことになるからな。呑んだくれて覚えているかどうか知らんが」

「アホぬかせ。ワシは酒は呑んでも酒に呑まれたりせんわ。あれからすぐに検討に入ってる。何せワシらは外界とのつながりが薄いからな。忠告、痛み入るよ」

「そう言ってもらえると嬉しいね。さすが私の呑み友だ」

「そうだ、呑み友だ。だから、いつか必ず訪ねに来るのだぞ。旅の無事を祈念している」

「ありがとう。みな、達者でな」

 レオンハルトはジャグロの手を離すと、ドーイルの村をあとにした。


 ドーイルの村からは行商人が通る道があるのだが、そのままその道を歩くと、ルリテーラの町に戻ってしまう。

「結局、森の中を通らないと行けないのか…」

 レオンハルトは嘆く。ジャグロによると、そのダンジョンの町からは、ポルヴォへと向かう道しかないらしい。

 ナーシャを先頭にして森の中を進む。ドーイルの村で保存食やら何やらを手に入れただけでなく、グラクスとファーゼルのお陰で金銭を手に入れることができたから、収支は逆に黒字になっていた。

「しばらくはレオンが夜の見張り番じゃな。ワシらばかり働かせて、自分は呑んだくれてばかりじゃったからの」

 白い目でグラクスはレオンハルトを見据える。事実なので何も言い返せないレオンハルトの代わりに彼を弁護したのは、ファーゼルだった。

「まあ、レオンが村長と仲良くしてくれたお陰で、俺たちは気兼ねなくあの村で過ごせたんだ。村長のあの呑みっぷりに付き合うことは、俺にはできんよ。グラクス、お前にあれができるか?」

「むっ。それを言われると返す言葉もない。まあ、いいか」

 こう言ってグラクスは矛を納める。一瞬だが父に向けるコンラートの視線が冷たくなっていたぞ。父の威厳を失わずに済んだファーゼルに感謝だな。

 ダンジョンの町へまっすぐ進むことができれば早く着くだろうが、水を大量に持って運ぶことはできないので、小川や泉に寄りながらの道中となる。道もないので、歩みも遅くなる。そして、時間がかかる最大の要因は…

「また、出た」

 モンスターだ。いくら無視を決めても、必ず向こうからちょっかいをかけてくる。弱いヤツほど相手の力量が分からないようで、襲いかかってくるのは大抵がザコ。さっきはオークの群れだった。今回は…

「うげっ!あれはヤバい!!」

 レオンハルトの背中に冷たいものが流れる。群れは群れでも、モンスターではない。はたまた、猛獣でもない。バンパイアロードですら何とも思わないレオンハルトが恐怖するのは…

「スズメバチの大群じゃ~!」

 グラクスすらも悲鳴を上げる。いくら剣や斧の腕前が達者でも、スズメバチの大群の前では無力。小さすぎて剣などの刃物ではブッタ斬れないし、大きすぎて剣圧で吹き飛ばすことも難しい、中途半端な憎らしい大きさの上、神聖魔法では治癒困難な毒を持っていやがる。その大群を前にしたら、前衛職は無力。なので…

「風塵乱舞!」

 メイレンさんの風の精霊魔法が炸裂。スズメバチの大群が旋風に巻き上げられて、上空へ吹き飛ばされる。そこに、人化したオードが手の平から巨大な爆炎を吹き出し、スズメバチの大群を全てケシズミにしてしまった。

「…あんた、わずかな神通力しかなかったのでは?」

 あまりにも凄まじい爆炎にレオンハルトは唖然となる。問いかけられたオードは、恐縮の体で答えた。

「神通力はわずかですが、ただの魔力であればそこそこあります。魔力が全て魔導力だった頃と比べると、大したものではありません」

「でも、あの爆炎は暗黒魔法ではないのか?」

「いえいえ、今のはただの黒魔法です。お褒めに預かるようなものではございません」

 あれが、ただの黒魔法?このおっさんが現役だった頃って、どれだけの強さだったんだよ。恐縮しているオードを呆然と見つめるレオンハルトだった。


 しばらく歩くと、野原のような木々がまばらに生えている場所に出た。小川も流れているので、ここで一旦小休止して夜を明かすことにする。それにしても北方の未開地の広いこと。ルリテーラ以南には地方領主の貴族がいたけど、それより北には地方貴族がほとんどいないのは何故なのか、長らく分からなかったのだが、単に未開地で誰も住んでいないだけのことだったんだと、今になってレオンハルトはようやく理解することができた。

 大自然の恵みそのままの清涼な水で、喉を潤す。暖かくなってきているので、余計に美味しく感じる。いい気候になってくるのは嬉しいのも反面、嫌なことも当然ある。

「暑くなる前に着きたかったけど、無理だろうな」

 レオンハルトは、うっとうしそうに飛び交う虻を払う。そう。虫の季節になってしまうのだ。蚊に刺されると、下手すると死んでしまう。スズメバチもそうだが、虫の毒は厄介極まりない。毒蛇の活動も活発になる。

 困ったことだと思っているのはレオンハルトだけではなく、イーリスも同様だった。

「虫とかが嫌がる木屑はすでに採集しているけど、これを燻すとすごく煙たいのよね」

「ヤツらもワシらと同じ生き物じゃからのう。ヤツらが嫌なものは、ワシらも嫌なものじゃ」

 グラクスは大きく頷いた。彼らの会話を聞いたメイレンさんは、大きなため息をついた。

「すごく魔力を使うので使いたくなかったのですが、『家』出しましょうか?」

「えっ!?家?」

 メイレンさんの提案を聞いて、みんなが一斉にメイレンさんを見る。注目されてもメイレンさんは全く嬉しくなさそうだった。

「『魔術師ファルカスの魔法の小屋』っていう古代語魔術です。ただ、この魔法、ホントに使う魔力が半端ないんです。使ったあとは、疲労で動けなくなってしまうのですけど、それでも構いませんか?」

「うん、いい。構わない。魔法使ったあとは、ゆっくり寝ていて構わないよ。あとのことは私たちが全部するから、是非その魔法を使ってくれ!!」

 全力でレオンハルトが首肯する。誰一人として反対するどころか、キラキラした目でメイレンさんを見つめる。

「はあ、分かりました」

 メイレンさんは、しぶしぶ呪文の詠唱に入った。


つづく

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