第29話 引きこもりになりそうだ…
レオンハルトたちは、至福の極致にいた。
ここは、まるで一流ホテルだ。
寝室は個室。もちろん、寝心地のいいベッドつき。魔法の照明で程よい明るさ。室温は暑くも寒くもない適温。小川を水源にした大浴場もある。魔力による加熱調理設備と温水が使える台所。使い勝手のいいダイニングテーブル。高級ソファーが備えられた談話室もある。汚水は水で小川に流されるようになっている。
「すごい魔法だ…」
談話室のソファーでくつろぐレオンハルトは感激していた。メイレンさんが魔法を使ったあと、地面に扉だけしか現れなかったので、当初はただの穴蔵かと思った。だが、扉を開けて中を見ていくうちに、感激の波が押し寄せる。これはとんでもない魔法だ。消費魔力がえげつなく、使うと倒れてしまうから使いたがらないのも納得だと、一同みな思った。そのメイレンさんは、魔法を使ったあと気を失ってしまったので、寝室の一室に寝かせている。
そのメイレンさんが目を覚ましたのは、まだ深夜だった。眠りを妨げない程度の明るさに押さえられた照明に照らし出された白い天井を見て、自分が魔法の小屋の一室に寝かされているのを理解する。そして右側に金色に輝くものがあるのに気付き、ふと目をやる。そこには、明るさが押さえられている照明でさえも鮮やかに照らし出す金色に輝く髪を持った天使様が、座ったまま眠っていた。
「えっ」
メイレンさんは、布団の中で身じろぎした。わたし、寝顔を見られてた?はずかしい。変な顔してなかったかしら?とたんに顔がほてってくる。メイレンさんが布団の中でウネウネ動くので、座ったまま眠りについていた天使様も目を覚ました。
「あっ、メイレンさん気がついた?大丈夫?具合の悪いところない?」
座ったまま寝る方が辛いだろうに、さらっとこんな言葉が出てくる天使様は眩しすぎる。眩しすぎて直視できない。
「うん、大丈夫。ちょっと頭がボーッとするけど」
「そう。でも、ホント無理しないでね。心配したんだから」
「ごめんね、ランスロット卿。ずっといてくれたの?」
「うーん。ずっとじゃないけどね。ご飯食べたり、お風呂入ったりはしたよ。あっ、女の子の部屋に勝手に入ってごめんね。嫌だった?嫌なら出ていくけど」
はっとしたコンラートは、気まずそうな表情をして謝った。そんな彼の言葉をメイレンさんは全力で否定する。
「うううん。全然。目が覚めたときにひとりぼっちじゃなくて嬉しかったよ」
「あーよかった。そういえばメイレンさん、お昼から何も食べてないでしょ。イーリスさんが作ってくれた夕ご飯持ってきているんだけど、食べれる?すっかり冷めているけど。ちなみにパンもあるよ。ここのキッチン、小さいのに設備が整っているからって、お父様が張り切って作ってくれたんだ」
爽やかな笑顔(メイレンさん目線)でコンラートが尋ねてきた。病気で寝ていたわけではないので、確かにお腹はすいている。ただ、まだ頭がボーッとしていて起き上がるのがだるい。
「うん。お腹はすいたけど、起き上がるのがちょっと…」
「なら、起き上がらせて食べさせてあげる。ちょっと触ってしまうけど、いいかな?」
「えっえええ…!」
メイレンさんの返事を肯定と受け取ったコンラートがベッドに腰掛け、メイレンさんの首の下に腕を差し入れた。ち、近い。コンラートから蠱惑的な香り(メイレンさんの主観)が漂う。ボーッとしていた頭が、クラクラしてきた。コンラートの腕はそのままメイレンさんの背中に回り、メイレンさんの上半身をグッと起き上がらせる。枕を横にずらし、そして両脇に手をいれて後ろにメイレンさんの体を下がらせ、壁とメイレンさんの上半身の間に枕を差し入れた。服越しに背中と脇だけとはいえ天使様に触られ、間近に吐息を感じて、メイレンさんの心拍は極限まで高まる。お腹がすいていたことなんて、記憶の彼方に消し飛んでしまった。
「まずはスープで喉をうるおそうね」
コンラートは器の中身をスプーンですくうとメイレンさんの口元に差し出した。
「はい、あーん」
「あ、あ、あーん…」
差し出されたものをモグモグするけど、味なんか全く分からない。わたし夢でも見てるの?前に自分が介抱されたらどうなるんだろうとかよこしまなこと思ったから、こんな夢見ているのかしら。
他のおかずとかパンとか食べさせてもらったけど、もはや何を食べているのかすら分からない。自分にとって最強の推しに甲斐甲斐しく介抱される幸せよりも幸せなことなんて、メイレンさんには何も思い浮かばない。
「たくさん食べれたね。お腹、苦しくない?」
いつの間にか完食していたようだ。天使様が心配そうに見つめてくる。そんなきれいな瞳でじっと見つめられて、お腹ではなく胸が苦しいです、って言葉が前歯の手前まで出てきそうになったのを、かろうじて耐えた。
「う、うん。大丈夫だよ。ランスロット卿ありがとう」
「よかった。きっと元気になれるよ。それじゃ横になろうか」
「は、はい!」
天使様に横にならせてもらったメイレンさんは、至福の極致の中でおしゃべりしているうちに、再び眠りについた。
翌朝の目覚めは、みんな遅かった。
「快適すぎる環境は人をダメにする」
なんて、自分の怠惰を他のせいにして自己正当化しているのは、果たして誰か?
朝食を摂ったら出発…なのだが…
「何も急いで出発しなくても…」
「ダメですよ。この魔法、24時間持ちませんから。それまでに出ないと、生き埋めになってしまいますよ」
「い、生き埋め…」
いい年をしてるくせに駄々をこねたレオンハルトは、子供のメイレンさんにあえなく粉砕されて意気消沈した。荷物をまとめ、出口を目指す。
「例の町まで、あとどれくらいかかりそうかな」
外に出たところで、ファーゼルがピクシーのナーシャに問いかけた。ナーシャはファーゼルの周りを飛びながら、仰々しく考える素振りをする。
「うーん。今のペースなら2~3週間ってところかなぁ」
「に、2週間んん!!?」
レオンハルトは頭がクラッとした。すでにリザードマンのドーイルの村ですら懐かしい。人々の喧騒が懐かしい。人の気配が全くない森ばっかりのところを、まだ2週間以上も過ごさないといけないのか…不満がつのってレオンハルトの機嫌は、どんどん悪くなる。
そんな時だった。上空から重い羽音と咆哮が響いてきた。突然の異常にグラクスは、ビクッとしながら異音の発する上空を見上げた。そこには、体長10mはありそうな漆黒のドラゴンが羽ばたいていた。
「な、何じゃ!ワシらを狙っているのか?」
「どうも、そのようだ」
ファーゼルは抜刀して身構える。巨大なドラゴンに狙われてしまい、みな緊張で身をこわばらせている。ふとファーゼルは左隣をチラ見すると、獰猛な笑みを浮かべたレオンハルトがいた。
「ちょうどいいアシ見ーいっけ」
不穏な独り言を呟くと、レオンハルトはメイレンさんに視線を向けた。
「この前イーリスに渡していたシルフのマント、私に使わせてもらえないかな?」
「えっ、いいですけど、あれ扱い難しいですよ」
「知ってる。昔、イェルマに出してもらったことがある」
そうだった。ランスロット卿のお父さんのパートナーは、魔法の天才だった。シルフのマントくらいは普通に使っていてもおかしくないわよねと思ったメイレンさんは、呪文を詠唱してシルフのマントを呼び出すと、レオンハルトに差し出した。それを身にまとったレオンハルトは、慣れた様子で空中に飛び上がり、剣を振り上げながら呪文の詠唱に入った。
「神聖魔法第三階層八番『轟神雷滅』!!」
剣自体からオードの魔法によって炎が吹き上がっているところに、レオンハルトの神聖魔法が掛け合わさって、剣が青白く輝く。ドラゴンの口から吐き出される炎のブレスを掻い潜りながら飛翔し、ドラゴンの頭上に達したレオンハルトは、剣をドラゴンのアタマに叩きつけた。
「……………!!!!」
凄まじいばかりの鉄槌音と破裂音、そしてドラゴンの悲鳴で、この世のものとは思えない轟音が響き渡る。失神してしまいそうな不快なシンフォニーは、ドラゴンの落下音で幕を閉じた。
「…おい起きろ、トカゲ。人間の言葉、分かるんだろ。返事をしろ。お前らがこの程度でくたばらないのは、分かってるんだ」
レオンハルトはドラゴンのアタマを蹴飛ばし続けている。そんな様子を仲間たちは呆然と見つめていた。そんな中でまだ平静を保っていたファーゼルが、数えて18回レオンハルトが蹴飛ばしたときに、ドラゴンは目を開いた。
「わ、我は、失神していたのか…サルごときの一撃を食らって…」
「何だと、トカゲごときが。生意気なクチ利くのなら、もう一度お見舞いしてやろうか」
「い、いや、すまない。油断していたとはいえ、我は敗れた。我らは弱肉強食の縦社会に生きる者。強き者に従うのは当然のこと」
ドラゴンは起き上がると、レオンハルトに深々と
「分かればいい。お前に頼みたいことがある」
つづく
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