第30話 穴があったら入りたい
レオンハルトたちは、空の上にいた。
レオンハルトが倒したドラゴンの背に乗って移動中である。空であれば一直線に速く目的地へ到着できる。
「お父様って、ホントに神官戦士だったのですね。スゴいです。神聖魔法の第3階層なんて、初めて見ました」
キラキラした目で父を見つめるコンラート。自分よりも神通力が上の少年から熱烈に凝視されて、ふてぶてしいレオンハルトですら気恥ずかしくなった。
「いや、第3階層程度で魔力が尽きるなんて、まだまだ全盛期には程遠い。クルトだって神官戦士を目指していたら、この程度は
なんせ、ハイネスリッチの大魔導フェルを追い詰めた神剣秘奥義「聖臨剣」は、神聖魔法であれば第5階層に匹敵する。たまたま系列が違っただけなのだから、第3階層の神聖魔法程度でそんなに尊敬されても気恥ずかしいだけだ。何とか話題をそらしたいのだが、コンラートは離してくれなかった。
「そんなことないです。寸分違わずドラゴンの弱点に刃を入れるなんて芸当、僕にはできません」
何だか下手に話をすればするほど変に持ち上げられるという
「そういやドラゴン、お前の名前を聞いていなかったな。何て言うんだ?」
振り落とされないスピードに落としているとはいえ、上空を飛んでいるから風がある。だけどドラゴンにはレオンハルトの声が届いているようだった。
「我の名はゲッツェルと申す。魔導力を持っているので暗黒魔法を少々扱える。少しは主の役には立てると思うので、以後お見知りおきを」
「そうか。私の名はレオンハルト。ハルシュタット騎士団に所属している。かつては神官戦士をしていた。短い間だが、よろしく頼む」
「ほう。主は、かのレンシェール司教なのか。我が敗れるのも道理だな。納得した」
「は?私のことを知っているのか?」
レオンハルトの背筋に冷たい汗が流れる。息子には以前ああ言ったものの、レオンハルト自身、自分の過去自体を消し去りたいと思っていた。というのも、
「レンシェール司教は我々魔導の者共にとっては有名人だからな。出会ったら神の名の元で断罪される恐怖の審問官だ。魔界の門を開こうとした魔人チェスカへの審問なんて、恐怖以外の何ものでもない…」
ゲッツェルが自分の過去を暴いていく様子だったので、レオンハルトは慌てて止めに入った。
「それ以上は止めてくれ。今ではやり過ぎたと思って少しばかり反省しているのだ。息子が変な方に走ってもらったら困る」
「ほう、息子。そこにおわす、恐ろしいばかりの神通力を発している少年がそうなのだな。確かにな。その少年がもし主のような審問官になったらと思うと、まるで生きた心地がせぬ。かの聖勲十六士ですら及ばぬ、まさに神の子だな」
「そんなになのか。私は物語としての聖勲十六士しか知らないから、まるで想像がつかない」
「そのドラゴンの言う通り。クルト殿はまさに神の申し子。さすがはレオン様のご子息」
テンプラソードが人化してオードの姿になり、レオンハルトを絶賛し始める。もう止めてくれとレオンハルトが止めようとする前に、ゲッツェルが疑問を挟んできた。
「剣から
「拙僧のことか。拙僧はオードと申す」
「オード?我は五災将が一人オード公爵閣下なら存じ上げるが、縁者の者か?」
「かつてはそう呼ばれたこともあったが、今はただの修行僧にすぎぬ」
「な、な、なんと……!!」
ゲッツェルは草原へと急降下すると、そのまま竜人化してオードの前で跪いた。
「お初にお目にかかり申す。我は五災将が一人『天災』ガーツェルの一族に連なるもの。オード閣下にまみえる光栄に感謝したく候」
「そのようにかしずくのは無用。面を上げよ。今の拙僧はもはや魔族にあらず、おぬしと等しくレオン様に従う者。共にレオン様の盾となり矛となろうではないか」
「閣下からそのようなお言葉を頂けるとは、非常に光栄であります。我が全身全霊をかけて取り組む所存」
神話時代の主従関係を見せつけられて、グラクスとイーリスは完全に引いてしまっていた。
「大勢のアンデッドに囲まれながら死なずに済んだり、転移魔法であっちこっちに行ったり、ハイネスリッチの居城でくつろいだり、神話の登場人物たちと出会ったり、ドラゴンの背中に乗って空を飛んだりと、あまりにも現実味がなくて、ずっと夢でも見てる気分なのだけど、私おかしいのかしら?」
「いや、ワシも同じだ。大魔導とか五災将とか聖勲十六士とか、自分と関係ない遠い世界の話じゃと思っておった。レオンよ、お主もあやつらと同類なのか?」
イーリスの呟きに激しく同意したグラクスが、ジッとレオンハルトを見据える。グラクスの視線に後ずさりしながらレオンハルトは激しく首を横に振った。
「違う違う違う!!私はただの、しがないヒラの騎士だ。ただの一般人だ。同類にしないでくれ」
「でも、恐怖の審問官レンシェール司教だったのじゃろ?」
「そんなの忘れた。あれは若気の至りだ。独善に走っていた過去を、頼むからほじくり出さないでくれ」
両手を合わせて拝み倒すレオンハルト。その様子があまりに滑稽で、グラクスは腹を抱えて笑い出した。
「分かっておるよ。付き合いも長いから、おぬしがどういう人間かくらい分かる。しかし、おぬしが司教様だったとはのう。法衣着て錫杖持っている姿なんか想像できんな。今その姿になったら、仮装大会の出場者にしか見えんだろうよ」
「何だか腑に落ちんが、褒め言葉と思っておこう」
「そうじゃ、そうじゃ、褒め言葉じゃ。今のおぬしでなかったら、一緒に旅したいとは思わんぞ」
グラクスはレオンハルトの背中をバンバン叩いた。その様子を見ていたファーゼルが、もっともらしい表情をしてつぶやいた。
「なるほど。レオンの剣捌きを見て、生粋の剣士とは少し違うなと思っていたが、神官戦士だったのか。ようやく合点がいった」
「そんなに違うか?騎士団で剣の手ほどきは受けたんだけどな」
「とっさの行動をしたときに、クセが出る。同格以下が相手の時には基本に忠実な剣捌きをするけど、さっきのように強敵相手だと、打撃武器で戦う動きをする」
「なるほど。神官戦士の時には、錫杖とか鎚矛を使っていたからな。その動きが出てしまうのか…」
腕を組んでうなるレオンハルト。そんな男どもを尻目にイーリスは、メイレンさんのそばへと近づいた。
「いい具合に開けてるし天気もいいから、ここでお茶でもする?」
「わあ、いいですね。そういえば、ランスロット卿のお父さんが焼いたクッキーもあるんですよね」
「僕もお手伝いします」
と、コンラートも話の輪に入ってきた。
「おっ、お茶にするのか。なら、湯を沸かすための薪代わりがいるな。ちょっと枯れ木を集めてくるわ」
とファーゼル。
「ワシのバックパックにヤカンがあるぞ」
とグラクス。
「たしか、あっちに小川があったな。ちょっと水汲んでくる」
「そういう雑事は拙僧にお任せあれ」
とレオンハルトの代わりにオードがグラクスのヤカンを持って小川へ向かう。
「火を起こすなら我にお任せあれ」
とゲッツェル。
「お茶なんて飲んだことないわ。楽しみ~♪」
と周りを飛び回るナーシャ。
結局、何もないただの野原で、お茶会が始まってしまったのだった。
お茶をしながらおしゃべりに興じていると、いつの間にか日が暮れてきたため、そのままここで野宿して過ごすことになった。野原なので虻とか蚊とかいるのだが…
「雑草を焼き払えばいいではないか」
とゲッツェルがクチから火を吐いて、半径50mほどを焼き払ってしまった。お陰で小虫の姿はなくなったのだが…
「地面も焼かれて固くなってる…」
コンラートが、じとっとした目でゲッツェルを見据える。コンラートから神通力による圧を感じたゲッツェルは、慌ててレオンハルトの背後に隠れた。
「我は間違っておらぬ。審問されるようなことは、やっておらぬ。そうであろう、主よ」
「まあ、審問されるようなことはやってないけど、焼く前にみんなから確認をとるべきだったな。よかれと思ったことでも、そうとは受け取らない人もいる。お前は配慮というものを覚えた方がいい」
「し、承知した。善処する」
縮こまるゲッツェル。それを憐れんだメイレンさんが、みなに提案した。
「空気がジメジメしてるから、水の精霊魔法で地面に湿り気を与えましょうか?ただ、場所によっては、水が染みだしてきますけど」
「いいんじゃないかな。地面が固いと、寝付きが悪くなる」
レオンハルトは同意した。皆もレオンハルトに倣う。そして、レオンハルトはゲッツェルに振り返った。
「こうするんだよ。これが、余計なトラブルを避けて皆が対等に付き合えるよう生み出した、人類の知恵だ。上意下達でしか意思統一できない魔族とは違うのだよ。よく勉強しておくことだ」
「むう。何だかコケにされたような気がしたが…」
「あん?何か言ったか、トカゲ?また、アレ食らってみるか?」
「…いや、分かった主よ。鋭意努力する」
しなだれるゲッツェルであった。
メイレンさんが心配していた地面からの水の染みだしもなく、虫や小動物に悩まされることなく、一晩を過ごすことができた一行は、竜化したゲッツェルの背に乗り、ナーシャの案内のもとダンジョンのある町へ向かう。森林山岳地帯を歩いて向かうと2週間はかかると言われた距離も、直線で上空を飛行すればあっという間。昼を過ぎる頃には町の近郊にまで達した。ナーシャの希望で、森林の外縁部に降下した。
「私、人が大勢いるところには行けないのよ」
ナーシャは言う。妖精のピクシーは、魔素のない開けた場所では生きていけないのだそうだ。
「残念だけど、ここでお別れね。ゆっくり森の中を旅しながら帰ることにするわ。あなたたちのお陰で、とっても刺激的な旅だったわ。ありがとう」
「うん。私も楽しかったよ。いいお友だちになれたのに、残念だよ」
メイレンさんが名残惜しそうに、右人差し指を指し伸ばす。そこにナーシャは自分の額をコツンと当てた。
「気休め程度のおまじないをしておいたよ。気をつけてね」
「ありがと。元気でね」
寂しい笑顔でメイレンさんは手を振った。ナーシャも手を振ると、そのまま森へと姿を消した。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます