第31話 町って、いいな

 レオンハルトたちは、竜人化したゲッツェルとともに徒歩で目的の町へと向かう。森は途切れ、起伏も少ない草原となっているので、遠目でも町の概要が伺える。新しくできた町という割には、そこそこ建物が建っている。

「やっと、一息入れることができる…」

 人混みに飢えてたレオンハルトの瞳が輝く。

 自然と歩みが速まる。

 パッと見た目、ルリテーラの町と同じくらいに見えるが、それはレオンハルトの欲目。実際はその半分程度なのだが、今までずっと人がほとんどいない未開地にいたから、そう見えても仕方がないだろう。

 古くからある町ではないので、城壁とか検問とかもなく、スッと町に入る。ジャグロから聞いた通り、剣を引っ提げた皮鎧姿やローブ姿を多く見かける。冒険者たちだろう。即席で作られたようだが明らかに冒険者ギルドの支部と見受けられる建物が存在感を放っており、ここがこの町の治安を預かっているようだ。冒険者ではないレオンハルトたちはここを素通りして、当面の宿を探す。

「さすがに、サンジョルジュはここに出店してないか…」

 町を一通り歩いてもお目当ての店を見つけることができなかったので、空きのある宿を適当に探し出して、荷物を置いた。


 オードが人化してコンラートとメイレンさんの面倒を見てくれるということなので、レオンハルトはグラクスを連れて町へと繰り出した。

 町には冒険者が多いということもあって、冒険者向けの店が多い。剣や槍、戦斧といった武器、皮鎧や鎖帷子に盾、兜といった防具を扱う店、茶葉や香草、薬草を扱う店、初心者の魔法使いが使う魔法杖や魔法の触媒を扱う店、教会の出張所には聖水や聖水晶が並べられ、食料品店も保存食を中心に扱っている。それらの店の軒先を見て、この町を出る時に買い揃えておくべき品物を、レオンハルトは頭の中にインプットしていく。冒険者には荒くれ者もいるが、ギルドの統制が行き届いているからか、いつぞやのレギナの街のようなこともなく、穏やかな散策ができている。屋台も多いので、レオンハルトたちは適当に肉の串焼きなどを買い求めると、二人して町の広場にあるベンチに腰掛けた。

「やはり、平和に賑やかなのは、いいことだねえ。森の中とは大違いだ」

「そうか?ワシには少しばかり騒がしく感じるがのう」

 至福の表情のレオンハルトに、落ち着かない表情のグラクスが疑問を呈する。そんなグラクスにレオンハルトは人の悪い表情を浮かべた。

「そんなことを言っておきながら、夜の酒場の喧騒は大好きなんだろ?」

「何ごとも、時と場合に依るのじゃよ。店で飲む一杯というのは、なぜあんなに旨いんじゃろうか」

「味というのは、何も素材と作り手の腕だけで決まるものではないのさ。どんなところで、誰と共にするか、それも大事。この串焼きだって、ここでお前と食べるから旨いのであって、森のど真ん中でたった一人で食べても、ここまで旨く感じないだろうさ」

「森の中でも旨いと思うがのう」

 グラクスが大口を開けて肉にかぶりつく。その様子を苦笑しながら眺めたレオンハルトは、自分の串焼きにかじりついた。

「お前とは、夜の町でないと意見が合わんな。今日は久しぶりに一杯やらんか?」

「同感じゃ。夜が待ち遠しいわい」

 普通の酒だと一杯飲んだだけでひっくり返るくせに、なぜこのドワーフは酒が好きなのか、イマイチ理解できないレオンハルトは、ただただ苦笑を浮かべた。


 イーリスは一人、町歩きをしていた。

 冒険者登録をしているファーゼルがギルドに顔を出したいと言ってきたので、待ち合わせまでの時間潰しを兼ね、薬草を扱う店で品定めをしていた。冒険者向けの町ということもあって、茶葉や香草、薬草を扱う店はいくつもある。その中の一店舗にいるのだが、

「ロッカだけでなく、テンバまであるの?」

 イーリスは目を輝かせる。無人の森の中を歩くことが多くなるということは、何かあったら自分達だけで何とかしなければならない。レオンハルトのことがあってから、病気への対処は自分に責任があると思っているイーリスは、薬草の宝庫を目の前にして、喜びに満ち溢れていた。

 そんなイーリスに近づく陰がひとつ。禿げ上がった頭、太い腕に腹、短い足の戦士っぽい男が、美人でスタイルの良いイーリスに声をかけてきた。

「ねーちゃん、ヒマそうだな。わっしとメシでも食わんか?えーもの、食わせたるど」

 薬草を扱う店の中で、よくもまあ美人でスタイルの良い高めの女に声をかけれるものだと、店内の客は一様に思った。当のイーリスはというと、ただただ迷惑なだけ。こういう手合いには、余計な返事をする方が下策。なので、イーリスはやむ無く無言で店をあとにする。だが、この男はしつこかった。

「おいおい、ねーちゃん。無視はないだろ。一人でいるよりは、わっしとメシ食って遊んだ方が楽しいど。そんなに先へ行かずに、こっち向いてんかあ?」

 男がいろいろ声をかけ続けてくるが、イーリスは無視して表通りを歩く。男の声が大きいこともあって、町を歩く人たちの視線がイーリスと男に集まる。こんなことで注目を集めても全く嬉しくないイーリスは、どうすれば事態を打開できるか、周囲に視線を巡らせる。すると、ある武器屋で難しい顔をして品定めをしている、最近仲間になった人物を見つけた。イーリスは足早に、その人物に近づいた。

「ゲッツェルさん。そんなところで何してるの?」

「むっ、イーリス殿か」

 品定めしていた槍を店に戻すと、ゲッツェルはイーリスに近づく。その様子を見たハゲ男は、追い付くなりゲッツェルを見上げた。

「おい、そのねーちゃんには、わっしが先に声かけたんだど。割り込んでくるでねえよ…」

「…あん!?」

 散々レオンハルトにマウント取られてストレス指数300%のゲッツェルは、強烈な殺気をハゲ男に放つ。

「ウジ虫の分際で我に声をかけるとは。身の程というものを叩き込まなければ、分からぬようだな。どうしてくれようか…」

「ゲッツェルさん、もういいわ。ありがとう。さっ、宿に戻ろう…」

 ゲッツェルの殺気をモロにくらった男は、恐怖のあまりにへたり込んで、お漏らしすらしてしまっている。ストレスで頭のネジが飛びかけ寸前のゲッツェルの異変に気づいたイーリスは、何とかゲッツェルをなだめようとするが、ゲッツェルの目は血走ってしまっている。このままだとヤバイ。どうすれば…あっ!

「わっ!審問官レンシェール司教だ!」

「…えっなっなっなぁにーっ!わ、我は審問されるようなことはしておらぬ!しておらぬぞぉーっ!!」

 正気に戻ったゲッツェルは、イタズラがバレた子供のように、この場から逃げ去っていった。

 ゲッツェルの暴走を未然に防ぐことができてほっとしながらも、いったいあのドラゴンはレオンからどんなトラウマを植え付けられてしまったのか、少し気になってしまったイーリスだった。


 町でのお散歩を二人からおねだりされたオードは、二人手を繋いで歩くコンラートとメイレンさんを、後ろから目を細めながらついていった。

 魔法杖とか触媒を扱う店の前に来たけど、メイレンさんは全く興味を示そうとしない。コンラートは不思議に思ってメイレンさんに尋ねた。

「そういえばメイレンさんって、魔法を使うときに杖とか道具を使わないね。何で?」

「そうね。あったら便利だけど、荷物になるからいらないかなあ。私の腕って中途半端なの。杖とか触媒の補助がなくても魔法を使えるけど、フェルナール様やツェーさんほどの使い手でもないから、上級の魔法杖も必要ないの。杖とか触媒なしで魔法を使うと、魔力を多く使ってしまうんだけど、それでも荷物を減らすことの方が大事かなあ」

「その辺りは、神聖魔法と似ているね。僕の場合は、この剣が魔法杖の代わりかな」

「ランスロット卿は私なんかと違って、すごい技を使えるから、アロンダイトは必要よね」

「僕なんか全然まだまだだよ。メイレンさんの方がすごいよ。魔法でおうちを出したでしょ。あれ、とってもびっくりしたな」

「えへへ。ランスロット卿に喜んでもらえて、うれしいな。困ったら、また出してあげるね」

 コンラートに介抱してもらったことがとっても嬉しかったメイレンさんは、満面の笑みを浮かべる。だが、コンラートは困り顔だった。

「ダメだよ。あの魔法使って倒れたメイレンさんを見て僕、頭が真っ白になってとっても心配したんだよ。倒れたりしなくなるまで、僕はあの魔法を使ってもらいたくないな…」

 このようにつぶやいたコンラートに、メイレンさんはキュンとなった。ランスロット卿がこんなに私のことを心配してくれてる。大事だと思ってくれている。うれしくて思わず踊り出したくなったメイレンさん。

 そんなメイレンさんに、ぶつかってきた者がいる。背の低いメイレンさんは、ぶつかった勢いで倒れ込んだ。

「大丈夫?!」

 駆け寄るコンラート。当のメイレンさんは、

「いたたた…」

と言ってすぐに起き上がった。たいした怪我もなさそうだ。ほっとしたコンラートは、ぶつかってきた相手を見る。そこには、顔面蒼白になった、つい最近仲間になった人物がいた。

「わ、我は、審問されるようなことはしておらぬ。しておらぬ…」

「ゲッツェルさーん!」

 コンラートから冷たい目線を受けて、ゲッツェルはさらに縮こまる。なにやらぶつぶつ言っているようだがコンラートは無視した。

「こういう時は、ぶつかった相手のことを心配して、ごめんなさいって言いましょうね」

「……ご、ごめんなさい…」

 いい大人が子供にたしなめられるなんて情けないと、オードは生ぬるい目でゲッツェルを見やった。


つづく

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