第32話 ここで知り合ったのも何かの縁
レオンハルトとグラクスが待望していた夜がやって来た。レオンハルトは息子に、
「グラクスと夜のお勤めに行く」
と言って、あとをファーゼルに託し、そそくさと夜の町へと繰り出した。
二人が扉をくぐったのは、バーラウンジ「一角獣のため息」。棚を見ると、琥珀色の液体が入った瓶がギッシリつまっていて、それを見るだけでも心が踊る。
ボックス席はすでに埋まっていたので、カウンター席に二人並んで座る。普通とかなり薄目の水割りと、当てとなる料理をいくつか注文したあと、レオンハルトはふと左隣を見やると、若い女が凄い勢いで酒をあおっていた。グラスの液体の色が濃いので、かなり強めの酒だろう。この女のことが少し気にはなったが、グラクスへ視線を向けた。
「森の中を切り開いて来たおかげで、カネを使わずに済んだのは大きいな。おかげで少々飲み食いしてもカネの心配をしないで済みそうだ」
「そうじゃのう。ここにはどれくらいいるつもりなんじゃ?」
「骨休みも兼ねて2、3日かな。ポルヴォまでまともな集落があるかどうか分からんから、それなりの準備もいるだろう」
「ブロンテスのところにロバを置いてきてしまったのが痛いのう。あまりたくさん用意しても、持ち運びが大変なのではないか」
「そういうときには、うってつけのヤツがいるではないか?」
レオンハルトが黒い笑顔を見せる。それを見たグラクスはあきれ顔になった。
「ゲッツェル殿か。よくもまあ、あんな恐ろしげな人をアゴでこき使おうとするのう。ワシには、あんな恐ろしげな人をイジメるようなことはできんわい」
この時、レオンハルトの背後で、グラスを机に叩きつける音が響いた。驚いて背後を振り返る。そこには、
「…イジメ、イジメ……」
とブツブツつぶやく女がいた。そして、レオンハルトと目が合うと、その女は一気にまくし立ててきた。
「田舎が嫌で教会辞めたのに、こんな田舎に放り出されて、どうしろってのよ。迷惑かけたわけでもないのに、何で私がクビになるわけ?ねえ、何で何で??」
そして一気に水割りを飲み干す。あまりの荒れように目が点になったが、面白い話が聞けそうだと思ったので、レオンハルトは水割りを注文してこの女に与えた。
「まあ、人生良いこともあれば悪いこともあるさ。話を聞いてやるから、思う存分ぶちまけてみな」
振り返ってグラクスを見ると、グラクスもニヤニヤしている。自分と思いが同じと感じたレオンハルトは、この女に、心に蓄積された不満を吐き出すよう促した。
この女の名前はシャルというらしい。底辺でいいようにこき使われて、簡単に捨てられるという典型的な不幸パターンにはまったようだ。
「そのパーティーの名前はなんていうんだ?」
「蒼穹のハヤブサ」
尋ねてみたものの、全く聞いたことがない。そんなパーティーに参加するという神聖魔法を扱える神官というヤツも、きっと知らんヤツだろうなとレオンハルトは思った。
シャルは都会に帰りたがっているようだが、こんなところから馬車便が出ているはずもなく、一旦ポルヴォへ出て、馬車をチャーターしてビリチェス街道を南下してザダルまで行き、そこから馬車便に乗るしかないが、ザダルまで行く馬車をチャーターしようとすると金貨が数枚必要だ。さすがにシャルにそこまでの蓄えはなく、レオンハルトとしてもただであげることのできる金額ではない。
「行くつもりはなかったけど、潜ってみるか?ダンジョンとやらに」
レオンハルトの提案にグラクスは大きく、かぶりを振った。
シャルは目を覚ました。明らかに自分がとった宿ではない。内装のグレードが違う。窓から差し込む光からすると、夜明けからだいぶ時間が経っているようだ。一瞬寝坊してしまったと焦ったが、すぐに自分がパーティーをクビになってしまったことを思い出し、二日酔いもあってか頭が痛くなった。すると、枕元から声が聞こえてきた。
「目が覚めたようね。具合はどうだい?」
声のした方を見ると、同性の自分から見てもすごい美人が椅子に腰かけていた。プラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめ、浅黒い肌が魅力的だ。
「あ、あなたは?」
ベッドに横たわったままシャルは尋ねた。プラチナブロンドの美人は、魅惑的な笑みを浮かべて答えた。
「私の名前はイーリス。いわゆるレンジャーってやつ。そして、そこにいるのが…」
「メイレン=タ・リースと言います。魔法使いです。よろしくお願いします」
イーリスの言葉を受けた人物に目をやると、そこには尖った耳と白っぽい肌、透き通るような金髪と華奢な体躯をした美少女がいた。そこでシャルは飛び起きて、二人に自己紹介を始めた。
「わ、私はシャル。神官です。ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
「いいって。話はレオンから聞いているから。大変だったみたいだね」
「大変だなんて、そんな…」
一晩世話になったイーリスから労われてシャルはうつむいた。そんな彼女の肩をイーリスはポンッと叩いた。
「ここからレギナ辺りまで一人で帰るなんて、レンジャーの私でも気が遠くなるよ。あとでウチの大将から話があるから、顔を洗って出る準備をしてくれるかい?」
「わ、分かりました」
シャルは洗面所に向かって歩きだした。
めいめいが自分のタイミングで朝食を摂ったあと、仲間たちはレオンハルトの部屋に集合した。そこそこのグレードの宿でグラクスとの2人部屋ということもあって、そこそこの広さがあるが、シャルも入れて8人入ると、かなり狭苦しい。最後に入室してきた女性三人の姿を確認したレオンハルトが、みなに静粛になるよう促した。
「一部の者は知っているが、昨日たまたま知り合った女性がいる。自己紹介してくれ」
レオンハルトに促されてシャルは立ち上がった。
「神官のシャルです。レオンさんの好意でしばらくご厄介になります。よろしくお願いします」
「シャルと初対面になるのは、クルトとファーゼル、そしてゲッツェルかな」
「拙僧もおりますぞ。お忘れになられるとは悲しゅうございます」
テンプラソードが人化する。それを見たシャルは腰を抜かした。
「け、け、け、剣がヒトになった~~!!」
「これが、普通の人の反応だよなあ…」
腰を抜かしたシャルの前にファーゼルが立った。隣にコンラートがいる。
「俺の名はファーゼル=ト・リース。メイレンの兄だ。剣士をしている」
「コンラート=フォン=レンシェールです。気軽にクルトと呼んで下さい。聖騎士として修業中の身です。よろしくお願いします」
「聖騎士コンラート…どこかで聞いたことがあるような…あとレンシェール……」
シャルが妙な勘繰りを始めたのでレオンハルトはどぎまぎしたが、杞憂に終わった。際立った存在感がシャルの前に立ちはだかった。
「我の名はゲッツェル。五災将が一人『天災』ガーツェルの一族に連なる者。畏れ崇めるがよい」
「ひいぃぃ、こ、こわい…」
怖がるシャル。そんな彼女とゲッツェルの間に、コンラートが割って入って、ゲッツェルを冷たい目線で見上げた。
「ゲッツェルさーん!こわがらせたらダメじゃないですかー」
「わ、我は、審問されるようなことはしておらぬ。しておらぬ…」
すごすごと引き下がるゲッツェル。すでにレオンハルトよりもコンラートの方が恐いようだ。野生の勘でコンラートの神通力の凄まじさを理解しているのだろう。
「えー、そこ、そろそろいいかな?」
レオンハルトが、コンラートたちに声をかけた。みながこちらを向いてくれたのを確認すると、話を始めた。
「この町では、旅装を整えるだけで終わらせるつもりだったのだが、予定を変更して、資金の調達を兼ねてダンジョンに潜ろうと思う。あくまでも資金調達が目的なので、期日もしくは獲得金額で攻略を区切ろうと思うが、何か意見のある人は?」
「ちょっといいかな」
挙手したのはファーゼルだった。
「ドーイルの村での出費の件があったから、手元資金を増やしておくことには賛成だ。こんなこともあろうかと、どういうダンジョンなのか、冒険者ギルドで話を聞いてきた」
「それは、ありがたい。それで、何か分かったことは?」
レオンハルトは話を促した。ファーゼルは自身が得た話を惜しみ無く披露した。
「まだこのダンジョンは、誰にもコンプリートされていない。よって全容は不明。第一階層は迷宮、第二階層は月夜の森林、第三階層は太陽のない常昼の砂漠地帯。判明しているのはここまでで、この砂漠地帯が厄介らしい」
「砂漠は一日で地形が変わることがある。太陽も星もなければ、目印になるものが何もないので、迷い易いのだろうな」
「そう、レオンの言う通り。ここで行方不明になっているパーティーが結構いるようだ。一つの階層自体がかなりの広さを有しているみたいだから、まだ手付かずの宝が残っている可能性は高いだろうな」
ここで一旦ファーゼルの話が途切れる。そこにイーリスが入り込んできた。
「それなら、金額よりは期間で区切った方がいいんじゃないの?下手に高い金額に設定したら、その不気味な砂漠を踏破しなければならなくなって、生きて帰れなくなるかもしれないし、逆に低い金額にしてしまうと、すぐに終わってしまうかもしれない。期間で区切った方が、保存食とか何をどれだけ準備して持っていけばいいか、ピンとくる」
「確かにな。期日で区切ろう。先へ進むのは3日くらいか?」
「そんなところじゃろうな。それでもなるべく食料は、ダンジョン内での調達を原則にすべきじゃな」
イーリスの提案を受けて、レオンハルトとグラクスが意見を述べる。反対の意見が出てこないので、方針はほぼ定まった。他、細部についての詰めをして、この場は散会した。
つづく
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