第33話 謎の古城

 レオンハルトたちは、ダンジョンの中にいる。森の中にいるが、れっきとしたダンジョンの中だ。

「また、森かよ…」

 ファーゼルの話の通り、ダンジョンの第二階層は月夜の森林。第一階層は迷路だったが、大勢の冒険者たちによって持ち去られたあとのようで、めぼしい財宝を手に入れるとはできなかった。

 第二階層は月夜と銘打たれている通り、月明かり程度の明るさに抑えられた森林地帯になっている。都会慣れしている連中からすると不気味な空間だろうが、レオンハルトたちは、あいにく森には慣れている。

 しかも、「月夜」というのがミソで、出てくる魔物は決まって、

「また、アンデッドかぁ…」

 すでに気が抜けている。かつてシャルが所属していたパーティーであれば、大慌てで死力を尽くした戦闘になるのだろうが、レオンハルトたちにとっては、たとえ高レベルのバンパイアが集団で襲ってきても、全く歯牙にもかけない。

「神聖魔法第二階層二番『霊光断魔』」

 レオンハルトの手のひらから魔方陣が現れ、そこから聖なる光がほとばしる。それを浴びたレイス十体が光の粒子となって溶けていった。

「ああ、ちまちまと、めんどくさい。昔みたいに、神通力による力押しで、階層全体を浄化できたら楽なのに」

「僕も神聖魔法は、第二階層までしか使えません。お手伝いできなくてごめんなさい」

 レオンハルトのぼやきにコンラートがすまなそうにつぶやいた。

 レイスとは中位レベルのアンデッドだ。自分だったら、一体相手でも勝てないだけでなく、ゾンビとか低レベルのアンデッドにされてしまうだろう。そんなレイスを一瞬で十体も消滅させてしまうレオンハルトの神業に、シャルは驚愕して腰を抜かしてしまった。

「なんなの、神聖魔法って。そもそも、階層って何?」

「シャルは神聖魔法の手ほどきを受けていないのだったな」

「はい…」

 レオンハルトの問いかけを受けてシャルは、うなだれる。そんなシャルの肩をレオンハルトはポンッと叩いた。

「お前が神聖魔法を使えないのは、お前のせいじゃない。お前に魔法を教えたヤツに技量がなく、教育環境が悪かったせいだ。見たところ、お前にも神通力はある。よし、次の休憩ポイントで簡単なレクチャーをしてやろう。まずは第一階層の『霊力探知』からだな」

「えっ、いいのですか?ご厚意に対して私は何もお礼できないのですが…」

「礼なんかいらないよ。暇潰しみたいなものだ」

「僕も一緒していいですか?」

 レオンハルトとシャルの会話にコンラートが参加してきた。そしてメイレンさんも加わってきた。

「私も神聖魔法に興味があります。私も一緒していいですか?」

「構わん構わん。賑やかな方が楽しいってもんだ。シャル、いいかな?」

「も、もちろんです。よろしくお願いします」

 シャルはぺこんと頭を下げた。


 アンデッドには滅法強いレオンハルトたちなので、うろつく魔物の襲撃ごとき全く意に介さず、森の小径こみち隈無くまなく探索する。小ボスらしきファントムとかに守られた宝箱の数々を奪い取り、メイレンさんの魔法で開けてもらい、金貨や銀貨をそこそこ手に入れることができた。

「そろそろ外界だと夕方になる時間ですよ。ビバークの準備に入りましょう」

 メイレンさんが皆に提案する。皆から賛同の声が上がり、開けたところで夜営の準備が始まった。

 一通り準備が済んで夕食。夕食作りで大活躍だったのが、神官のシャルだった。

「おかげで山菜採集に専念できたわ」

 一番喜んだのがイーリス。ファーゼルやグラクスも料理をするのはするが、大味で繊細さがなく、全く食欲がそそられない。なら自分が作った方がマシということで、自然と料理はイーリスがするようになっていた。ところが、

「こういうところでしか役に立てないから、やらせて下さい」

とシャルが名乗り出てくれた。レオンハルトの指名で食器セットの大荷物を背負わされているゲッツェルから大鍋を受けとると、シャルは慣れた手つきで鍋を振るう。

「すごいな。そんな大鍋を軽々振れるのか」

 レオンハルトが感心する。その言葉にシャルは照れ笑いを浮かべた。

「前のパーティーでも私が料理当番でしたから、これくらいは。私にできることは、こんなことくらいで…」

「いやいや、大したものだ。しかも、それだけの筋力があれば、神官戦士を目指せるぞ」

「えっ、神官戦士?!真の文武両道でないと成れないエリートの?」

「エリートかどうかは知らんけど、珍しい職種であるのは確かだな。ただ、神聖魔法の手ほどきもあるから、それまで一緒にいられるかどうか…」

「…そうですよね。私みたいなお荷物が長く居られるはずが……」

「おいおい、何を言ってるんだ?」

 レオンハルトは、シャルの頬をつまんだ。

「お前は都会に行くんだろ。ポルヴォまでは一緒に行けるが、お前の目指す都会はポルヴォの南、私たちの目指すビルカはポルヴォの北。方向が違うだけのことだ。お前のことをお荷物だなんて、全く思っていない。二度とそんなこと言うなよ」

「す、すみません…」

「分かればいい。旨そうな飯だな。食べ終わったら、レクチャーの続きだ。神通力の練り方がだいぶん上手くなってきたから、今日は呪文を覚えようか?」

「はい。ありがとうございます」

 手応えを感じているシャルは笑顔で答えた。


 レオンハルトたちは、1日で第二階層の半ばまでやってきた。イーリスによるマッピングも完璧で、第三階層へ向かう階段も見つけたのだが…

「いかにもボスが住んでいそうな城なんだけどなあ」

 レオンハルトは城を見上げる。強そうな魔物が待ち受けていて、貴重なアイテムが眠っていそうな古城。この城にいるボスを倒さないと、次の階層に行けない仕組みになっていそうなのに、実際のところ全く関係ない。階層クリアと全く関係ないのに、何でこんな建物が存在するのか、よく分からない。分からないが……

「この城に入るのか?」

 ファーゼルがレオンハルトに問いかける。レオンハルトは、もっともらしく腕を組んだ。

「私たちの目的は、金銭の獲得であって、このダンジョンの攻略ではない。まだ誰の手も入っていないこの城の中には、金銀財宝が手付かずのまま残っているんじゃないだろうか」

「多分な。なんせ、門の両脇には…」

 ファーゼルの視線の先には、鳥人間の彫像が門の左右に一つずつ。

「…いかにもガーゴイルと思われる置物だ。付近に争った形跡があるのに、ガーゴイルは無傷」

「ガーゴイルに追い返されてるな。入ろうとした奴ら」

 ガーゴイルは強い。岩石製のくせに空は飛べるし、睨むだけで相手を石化させる。岩石製で固いからダメージを与えづらいし、岩石製の拳で殴られると無事では済まない。敵にすると厄介だ。

「中に入れたヤツ居なさそうだから、中の財宝は手付かずだと俺も思うよ。で、どうするんだ、あのガーゴイル?」

 ファーゼルのこの質問に対するレオンハルトの回答は、簡潔明瞭だった。

「押し通る!」

 テンプラソードを抜き放ってレオンハルトは突進した。「ちょっと待てぇ!」というファーゼルの声を無視して、レオンハルトは呪文の詠唱に入る。

「神聖魔法第二階層四番『聖炎輪舞』」

 テンプラソードから蒼白い炎が吹き上がる。剣から炎が伸びて、一体のガーゴイルに絡み付く。聖なる炎に包まれたガーゴイルは、何の抵抗もできずに、その身を焼かれて溶けていく。異変に反応したもう一体のガーゴイルが、レオンハルトに飛びかかってきた。

「ちょっと待てって言っただろ!」

 レオンハルトとガーゴイルの間に割って入ったファーゼルが、ガーゴイルの拳を片刃の愛剣で受け止めた。そのまま、剣を振り上げて岩石製の拳を切断する。

「鬼光流殺法『燐天鬼』」

 ファーゼルは振り上げた剣を振り下ろした。すると、剣から薄く光る白い空気の刃のようなものが飛び出して、それがガーゴイルを真っ二つに切り裂いた。

 たとえ真っ二つにしたところで、魔導核を破壊しない限り、ガーゴイルは活動を止めない。魔導核のある方のガーゴイルの半身が、ファーゼルを襲う。だが、このガーゴイルの攻撃は、割って入ったコンラートによって防がれた。

「聖炎輪舞」

 先程使った父の魔法で、コンラートもガーゴイルを焼いて溶かしていった。

 門番を退治したので、城の中へと入っていくのだが…

「何だか、押し入り強盗みたいで、気が乗らんのう…」

 グラクスがこんなことを言う。

 一瞬、場の雰囲気が凍りついたが、出来の悪い生徒を諭す教師のような表情をレオンハルトは浮かべた。

「この階層に出現するアンデッドは、全てこの城から湧き出ている。諸悪の根元を断つことこそ、正義の執行ではないのかな」

「そ、そうなのか?」

「魔法で死霊探知したから間違いない。何も気に病むことはないのだよ。だから、行こうではないか」

「わ、分かった。変なことを言って、悪かった」

「分かってくれれば問題ないよ。気にするな」

 レオンハルトは余裕の表情で笑った。

 実は、グラクスが変なことを言ってから、あわてて死霊探知して調べ上げたのは、レオンハルトが墓場まで持っていく秘密である。

 ファーゼルは、ゲッツェルから声をかけられていた。

「ファーゼル殿は、練気術を使えるのか。今では珍しいな。どこで習われたのだ?」

「ずっと山にこもっている方だから、ご存じないと思うが、百代ヒョウエという方だ」

「ヒョウエ、ああ、知ってるぞ。確か、聖勲十六士の一人が、何代目かのヒョウエだったはずだ。ということは、お主は鬼光流の剣士なのか」

「鬼光流を学んだが、修行を終えていない。だから、まだ鬼光流の剣士を名乗れない。いずれは師のもとに戻って、修行を終えるつもりなのだが、果たしていつ戻れるか」

「複雑な事情があるのだな。しかし、習得するのに魔法よりも困難な練気術を選ぶとは、あまり賢い選択とは思えんぞ」

「はは…。多くの人に、そう言われるよ。だが俺には、これしかなかった。魔法を使えないエルフの俺には」

「そうか、なら練気術に走っても仕方ないか。そこまで練気術をモノにしているのなら、いずれは免許皆伝できるだろうな。どれ、暇を見て我が相手をしてやろうか」

「是非お願いしたい。俺より格上のゲッツェル殿に稽古をつけてもらえるなんて、とてもありがたい」

「我も久しく剣を握っていなかったから、肩慣らしに丁度いい。早速今晩にでもやろうではないか」

 などと話をしていると、レオンハルトから声がかかった。

「おーい、そろそろ行くぞ。遅れるなよ」

 ファーゼルとゲッツェルは、話を切り上げてレオンハルトの後に続いた。


つづく

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