第27話 ここは一体どこなんだ?

 野原で野宿した翌日、ピクシーのナーシャの案内で、最近出来た町とやらを目指すことになった。森深くにいることを割り引いても、今歩いている道は道とは言えないぞってレオンハルトが思うほどに険しい道だ。目前の枝を払いのけたり、地面から浮き出た木の根につまずきそうになったりしながら歩く。斜面を上ったり下ったり、右にそれたり左にそれたり、今自分がどの方角を向いているのかすら分からない。これ、本当に正しい方角を進んでいるのだろうか。不安でいっぱいになってくるが、今さら引き返そうにも自分が通った道すら、もはや分からない。

「振り返るな。前へ進め」

 誰かが力強く言っていた言葉を、レオンハルトは反すうする。言った本人は違う意味で言ったつもりだろうが、そんなの関係ない。もう前に進むしかないのだ。

 そんな中、弓をつがえて矢を放つ音が響く。振り返らずとも分かる。イーリスが矢を放ったのだ。すぐに、ドサッという音が伝わってきた。音のしたところへ向かうと、首に矢を受けた鹿が倒れて絶命していた。レオンハルトは、イーリスの弓の腕に感心すると同時に思った。そうだ。森の中で迷子になっても、イーリスがいる限り飢え死にすることはない。人生何とかなる。改めて家訓を脳内で反すうするレオンハルトだった。

 仕留めた鹿を解体するために小休止を取る。ブロンテスからもらった肉さばき包丁の出番だ。レオンハルトとファーゼル、グラクスの3人で鹿を木に吊るして血抜きをし、レオンハルトとファーゼルがそれぞれの剣で大雑把にぶった切ったあと、メイレンさんが肉さばき包丁で肉を裁断していく。グラクスとコンラートで燻製の装置を組み上げる。

 その様子をしげしげとナーシャは眺めていた。

「慣れたものね。旅は長いの?」

「そんなことないわよ。まだ半年も経っていないわ」

 メイレンさんは、イーリスに保存食の作り方をたたき込まれた日々を思い出していた。旅をする上で食料は基本現地調達になるが、辺境へ行くほど商店を構える町はなくなっていくので、自分達で獲物を仕留めて獲物を食えるようにする技術が必要になる。ずっと魔法の学習ばかりしてきて、まともに料理すらしたことがなかったメイレンさん。当初は血をみるだけで気分が悪くなったが、さんざん叱咤されて、最近になってようやく慣れたところだ。

 しばらくして、姿を消していたイーリスが戻ってきた。山菜摘みをしてきたようだ。燻製にしている間に、昼食分として取り残しておいた肉と山菜を鍋で炒めていく。

 簡単ながらもそこそこの食事にありついたあと、イーリスがナーシャに尋ねた。

「近くに小川とかないかしら。飲料水の確保と食器類の洗浄をしたいんだけど」

「少しそれたところにあるわ」

ということで、小川を目指して歩くことになった。


 小川にたどり着いたら、そこには先客がいた。二足歩行をする知的生物なのだが、身体中が鱗に覆われていて、頭はトカゲみたいになっている。そんなのが確認できるだけで3人いた。メイレンさんがあわてて仲間全員に魔法をかける。先程ナーシャにかけた、言葉が通じるようになる魔法だ。魔法の発動を確認したレオンハルトが、トカゲ頭たちに話しかけた。

「よう、リザードマン。景気いいかい?」

「何だヒューマン。何か用か?」

「あんたたちに用はないけど、ここで水を汲んだり食器などを洗ったりしたいんだけど、いいか?」

「ここに居座るのでなければ構わんよ。ただ、ここで夜を明かすのはやめた方がいいぞ。ケルピーが出る」

 ケルピーとは、魚の下半身をした馬で、水の精霊魔法を操って水辺に引き込んで溺れさせたりする厄介な魔物である。

 レオンハルトは仰々しく感謝のポーズを取った。

「親切に教えてくれてありがとう。用を済ませたら、早々に立ち去るとするよ」

「礼を言われるほどのことじゃないよ。あんたら、旅人のようだから、どこかで野宿でもするんだろ。それなら、俺たちの村にでも来るか?もてなしはできないけど」

「おっ、そいつはありがたい。しばらく仲間以外と話をしていなかったから退屈していたんだ。でも、私たちには大した持ちあわせがないのだが、大丈夫か?」

「王国銀貨2~3枚くらいは持っているんだろ?俺たちも行商人と交易することがあるから、それで十分だ」

 ということで、このリザードマンたちの村にやっかいになることになった。


 リザードマンの村は、小川沿いに上流へ小一時間ほど歩いたところにあった。シサクの村よりは小さい。出会ったリザードマンたちの案内で村長宅を訪れた。

「ようこそ、おいで下さった。ワシがドーイル村の長を務めるジャグロだ」

「はじめまして。私はレオンハルト。仲間共々本日お世話になれるそうで、ありがとうございます。私たち、あまり持ち合わせがないものですから、心ばかりですが受け取って下さいますと嬉しいです」

と挨拶して金貨5枚を渡す。ザダルくらいの街の標準的な宿屋の一泊が銀貨1~2枚くらいだから、相場よりはるかに高い。予想以上の金額をもらって、ジャグロは喜んだようだった。「ようだ」というのは、ジャグロもトカゲ顔なので、表情が分からないからだ。

「なかなか豪気だな。気に入った。今日は宴会だ。旅人よ、切羽詰まってなければ2、3日ほどゆるりとされたらどうだ。歓迎する」

「そいつはありがたい。ただ、我々はリザードマンの生活に馴染みがない。苦手なものは苦手と申し上げるが、気を悪くしないでもらえるか」

「それはお互い様だな。我々も行商人相手にヒューマンとは付き合いがあるから、あんたがたが苦手にしているものを何となくだが把握している。それでも苦手なものがあれば、遠慮なく申し出てほしい」

 そう言ってジャグロが差し出した手を、レオンハルトは固く握った。


 その後、ファーゼルとイーリス、そしてグラクスは、川辺で出会ったリザードマンに連れられて外へ、コンラートとメイレンさん、そしてピクシーのナーシャは、村長の孫たちと一緒に子供部屋へ行ったので、村長のもとにはレオンハルトだけが残った。

「それにしても、いろんな種族と一緒に旅をしているのだな。ピクシーまで居るのには驚いた」

 でかい椀になみなみと注がれている酒を、ジャグロはグイッと飲む。川魚の燻製に舌鼓をうちながらレオンハルトも酒をあおる。

「息子以外とはこの旅で出会って、たまたま行動を共にしている。ピクシーのナーシャとはつい最近出会ったばかりだ。町に出る道までの案内をしてもらっている」

「ほう、そうなのか。ピクシーは同種族以外には姿を見せようともしないからなあ。ワシもピクシーを間近に見るのは初めてだ」

「確かに。話では聞いたことあったけど、会ったのは私も今回が初めてだ。仲間のメイレンさんがいなかったら言葉が通じなかったから、きっと行動を共にすることなんて、できなかっただろうね」

「まあなあ。言葉の壁というものは悩ましい。ワシらは王国共通語を話せるけど、ここからもっと北東、ウェンツァの辺りでは、王国共通語を話せない連中が結構いるからな。それはそうと、町に出ると言っていたけど、どこの町に行くつもりなんだ?」

 鶏肉の串焼きに手を伸ばしたジャグロがレオンハルトに問いかけた。レオンハルトは魚の燻製を咀嚼して飲み込んだ。

「町の名前は聞いていない。ただ、この辺りに最近できた町らしい」

「新しくできた町…あぁ、そういや行商人から聞いたな。ダンジョンが出現して、攻略しようと挑む冒険者どもが集まって、結構にぎわっているとかなんとか」

「なるほど」

 この世界には、時折ダンジョンと呼ばれるものが出現する。山の斜面とか地面に入口が出現、中に入ると迷宮になっていたり、異空間になっていたりしている。複数の階層で構成されていて、全て踏破すると、金銀財宝だったり、とんでもないマジックアイテムだったりを手に入れることができる。ダンジョンはダンジョンコアが作り出すが、ダンジョンコア自体については謎に包まれている…ことになっているが、レオンハルトは知っている。

「ダンジョンコアは古代語魔術で作られたものだよ」

 雑談していたときにフェルナールに教えてもらった。作られた目的は、増えすぎた人口に対処するための新たな居住地や農耕地確保のためとか言われているが、詳細は不明。フェルナールのダンジョンにもダンジョンコアがある。触れるだけでも危険なものなのだが、フェルナールは好き勝手にダンジョンコアをいじくって自分のダンジョンを今の姿にしている。フェルナールによると、この世界には起動していないダンジョンコアが人知れず埋もれているらしい。

「きっと誰かが拾って起動させたんだろうな」

と思ったが口にはしない。ダンジョンコアのことは常に知らない振りをしていないと、常に誰かに狙われる運命をたどると脅されているからだ。まあ、こんなとんでもない情報なんて、脅されなくても、とても他人には話せないけどね。

「私たちは別にダンジョンに興味はない。旅に必要なものでも買い揃えることができれば、もうけものだ」

「そうか。ところで目的地は?ポルヴォではないのだろ」

「そうさ。さらに北、ビルカだよ」

「ビルカ?あそこ、今ヤバいことになってるんだろ。何でそんなところへ行くんだ?」

 酒の椀を置いてジャグロが問いかける。レオンハルトは頭をかいた。

「ウチの親方に行けと言われたから向かっているのだけど、ヤバいことになってるなんて全く聞いてなかったんだよなあ」

「やけに、あっさりしてるな。引き返す気はないのか」

「勤め人生活が長くなると、なかなか辞められないものだよ。まあ、何とかなるでしょ」

 笑いながらレオンハルトは酒をあおった。


つづく

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