第26話 別れの次は

 ブロンテスの小屋を出て、はや3日が過ぎようとしていた。道らしきものはあるのだが、雑草が生い茂っていて歩きにくい。すれ違う人もおらず、周囲に人の気配は全くない。だだうっそうとした森が続いている。今のところ魔物とかに襲撃を受けることなく、平和な旅が続いているのだが…

「森ばっかりで、ほんとつまらん」

 レオンハルトは、ぼやいた。いつぞやはルリテーラとかシサクとか、人が住んでいると確実に判明しているところを目指して進むことができたのだが、今回は勝手か違う。

「サーロスの村かあ。知ってるか、グラクス」

「さあのう。聞いたことないのう」

 古地図を見ると、ブロンテスの小屋から歩いて1週間くらいのところにあるようだ。シサクの住人であるグラクスなら知っているかもと一縷の望みをかけてレオンハルトは尋ねたのだが、不安になる答えしか返ってこなかった。こりゃ期待できないな。レオンハルトは肩を落とした。

 それにしても、こんな人気ひとけのないところなのに、魔物と全く遭遇しないのも不思議だ。

「ファソラって魔女は、一体どれだけ魔物狩りをしたんだろうな」

とファーゼルが変に感心していると、目前に光の玉がよぎった。突然のことに驚き、ファーゼルは飛び退く。そこにメイレンさんが割って入ってきた。そしてレオンハルトには理解できない言葉で話しかける。すると、その光の玉は徐々に輝きを落として、羽の生えた小人の姿になっていった。

「ピクシーなのかな?」

 コンラートがメイレンさんに問いかけた。メイレンさんは首だけ振り返って頷くと、何やら呪文を唱え始めた。ピクシーの足元に魔方陣が現れ、ピクシーの足元から頭上まで通り抜けた後に消え去った。

「こんにちは。私はエルフの精霊使いのメイレンよ。あなたは?」

「私はピクシーのナーシャ。あなたの後ろにいるのは、あなたのお友達?」

 とたんにピクシーの言葉が理解できるようになってレオンハルトたちは驚いた。先程のメイレンさんの魔法のお陰だろう。

 仲間達の驚きなんか全く気にせずメイレンさんはピクシーの問いにうなずいた。

「そうよ。とってもいい人たち。私たちは旅の途中でここにいるだけ。ここで何か変なことするつもりはないから、心配しないで」

「そう、よかった。少し前まで怪しい魔女とその手下がうろついていて怖かったの」

 ナーシャと名乗ったピクシーは肩の力が抜けたようで、声色からも緊張の色が取れていた。そこでコンラートがナーシャに問いかけた。

「僕たちの言ってる言葉、分かるかな」

「うん、分かるわよ。さっきメイレンが、言葉が通じるようになる魔法かけてくれたから。それよりもあなた、神通力のオーラがすごいわね。一体何者なの?」

「そうなの?僕には分からないけど。僕の名前はコンラート。気軽にクルトと呼んでね」

「この子はランスロット卿なんじゃよ」

 ナーシャとコンラートが話しているところにグラクスが割って入ってきた。グラクスの姿を確認したナーシャはギョッとした表情を浮かべた。

「わっ、何よ。何でドワーフなんかがいるのよ」

「失礼なヤツじゃのう。初対面なのにその態度はないじゃろ」

「ドワーフって、穴を掘りまくって大事な鉱石を採りまくってるいやしい連中じゃない」

「むっ。それを言われると返す言葉もない。じゃが、安心せい。ワシは穴掘りは卒業した、ただの旅人じゃ。そんなに警戒なさんな」

「まあ、いいけど。メイレンの友達らしいし。でも、この子がランスロット卿?あの伝説の?そんなわけないじゃん」

 こんな場面、前にもあったなあと思ったコンラートは、予想通りにグラクスと目が合ってしまった。

「分かってますよ。これ、見せればいいんですよね」

 コンラートは鞘から剣を抜き放った。聖なる輝きをまとったアロンダイトの刀身があらわになる。それを見たナーシャは目が点になった。

「何よこれ。あなた、ホントにランスロット卿なの?」

「違いますよ。この剣は主教様が僕に授けてくださっただけで、僕はまだまだ修業中の身です」

 コンラートは頬を赤らめながら、剣を鞘にしまう。そんなコンラートにナーシャは身を乗り出してきた。

「でも、あなたから感じられる神通力は普通じゃないわ。やはり私がここにいるのは天啓なのよ」

「天啓?どういうことだ?」

 レオンハルトが訝しげに尋ねた。声のトーンが低いせいか、ナーシャは体をビクンと震わせた。

「そんなに警戒しないでよ。ランスロット卿の仲間たちにイタズラなんて、罰当たりなことしようなんて思ってないわよ。ちょっとね、困ったことになってるの」


 レオンハルト達はナーシャの案内でピクシーの集う場所に来ていた。道がないのでナーシャの案内がなければ来ることはできなかっただろう。案内された場所は、木々がまばらに生えているだけの野原で、様々な草花で一面が彩られていた。その中に存在感のある一本の巨大な木がそびえている。枝が伸び葉が茂って結構広い範囲がその影になって暗くなっている。

「この木かぁ…」

 レオンハルトはのけぞって見上げる。

 ナーシャが「困ったこと」と言ったのは、この木が生い茂りすぎて日が差さない場所が増え、草花の生育が悪くなっているということだった。

「私たちは、枝を切ったり葉を落としたりすることができないの。何とかならないかしら」

「うーん。道具があればねえ…」

 レンジャーのイーリスが唸る。

 森に関する知識が豊富で経験もあるから、木を弱らせることなく剪定することはできるけど、たった一人で作業しようと思ったら何日もかかってしまうし、高さも相当あるからそれなりの道具を揃えていないと難しい。

 メイレンさんが、この木に近づいて手を当てた。霊力を木に放ったようで、一瞬木全体が淡く光る。

「やっぱり。この木、水を吸い上げる力が強くなってます。おそらく正の力が強まっているからでしょうね」

「逆を言えば、負の力が弱まっているということか」

 レオンハルトはひとつ手を叩いた。ファソラとかいう魔女が魔物を狩り尽くした影響なのだろう。魔物の被害が減った代わりに正の力が強まりすぎて悪影響が出るとは。

「やはり、バランスが大事ということか…」

「そうとも言えますね。とりあえず応急措置として、地面の土をやや固めにしてこの木が育ちにくくなるようにしましょう」

 メイレンさんは呪文を唱え始めた。土の精霊魔法特有の褐色の輝きをまとった半径10メートルほどの魔方陣が木を中心として現れると、そのまま地面に吸い込まれるようにして消滅した。

「これで少しは成長が鈍るでしょう。3ヶ月くらいで効果が切れるので、負の力がよみがえってきたとしても、枯れることはないと思います。それから…」

 メイレンさんは別の呪文を唱え始めた。風の精霊魔法特有の緑色の輝きをまとった半径10センチほどの魔方陣がメイレンさんの目前に現れ、そこから透明なマントのようなものが出現した。メイレンさんはそれをイーリスに差し出した。

「これは風の精霊シルフそのもので出来ているマントです。これを身にまとえば自由に空を飛べます。これで、この木の剪定できませんか?」

「そんなことできるの?ちょっと試させてもらっていいかしら」

「どうぞ」

 イーリスはシルフのマントをと、うろついたりジャンプしたり様々な動きをし始めた。やがてコツを掴んだのか、浮き上がったり空中移動することが出来るようになった。

「これ、すごいわ。これなら2、3日で剪定できるかも」

「それなら、こうしたら少し早くなりますか?」

 メイレンはまた別の呪文を唱えた。イーリスが右手に持っている短剣に魔方陣が現れると、剣に吸い込まれるようにして消えた。剣からつむじ風が出ているみたいだ。

「イーリスさん。それで枝を切ってみて下さい」

 メイレンさんに促されるままイーリスが枝を切ってみると、スパッと簡単に切断することが出来た。

「これ、すごいわ。これなら今日中に終わるかも」

「よかったです。あとのことは、お願いしてもいいですか」

「任せてちょうだい。ここのところ全く役に立てていなかったから、ここで挽回させてもらうわ」

 こうして、イーリスによる剪定作業が始まった。


「ホントにありがとう。これで安心して過ごすことができるわ」

 ナーシャが、メイレンさんたちのまわりを、くるくる飛び回る。うっそうとしていた巨木もスッキリして、夕暮れの木漏れ日が優しくレオンハルトたちに降り注いできた。

「もう遅いから、ここで野宿させてもらうが、構わないか?」

 レオンハルトの問いかけにナーシャは満面の笑みを浮かべた。

「恩人たちのお願いを断るなんて、とてもできないわ。エルフ達ならここで宴会でもするんでしょうが、あいにく私たちは、あなた達をもてなすがないの。代わりに何かしてあげたいけど、できることないかしら」

「そうだなあ。ファーゼル、ちょっとアレ出してくれんかな?」

「アレって、古地図のことか?」

 ファーゼルは背負い袋から古地図を取り出して広げた。その一点をレオンハルトは指差した。

「ここにサーロスの村ってのがあるんだが、今もあるのだろうか?」

「その村ね、ずいぶん前になくなってるわよ。ところであなた達は、どこへ向かおうとしているの?」

「ビルカってところだ。この地図でいえば、ここになる」

 レオンハルトの差した場所を見て、ナーシャは驚声をあげた。

「そんな遠いところまで行くの。それなら、こっちを通った方がいいわよ」

 ナーシャは地図を指でなぞった。するとインクを使ったわけでもないのに地図に線が描かれていく。その線の一部をナーシャは指差した。

「ここに最近出来た町があるの。ここまで行けば、ポルヴォへとつながる道があるはずよ」

「そうか、助かった。迷子になりそうで心配だったんだ。ありがとう」

「お礼を言うのは私たちの方だわ。お礼ついでに、その町まで私が案内してあげるね」

 レオンハルトはナーシャの好意を素直に受け取った。


つづく

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