第25話 旅には別れもツキモノ

 グラクスの故郷の村でやるべきことをやり遂げたレオンハルトたちは、シサクの村の外れでフェルナールたちと別れることになった。

「フェル叔父さん、僕のおねだりを聞いてくれて、ありがとうございました」

 ペコんと頭を下げたコンラートは、寂寥を絵に描いたような表情でフェルナールを見上げた。

「やっぱり、僕たちと一緒に旅をしてくれるわけにはいかないんですか?」

「うーん。クルトのお願いは聞いてあげたいんだけど、こればっかりは難しいよ」

 フェルナールは頭をかいて、言葉を続けた。

「今は魔術で生前の姿になっているけど、基本僕は不死者なんだ。生者の君たちとは生活そのものが全く違うし、僕がいるとどうしてもアンデッドどもが寄り付いてしまう。クルトの迷惑にだけはなりたくないんだ」

「せっかく叔父さんと会えたから、もっと色々お話したかったんだけどなぁ」

「大丈夫。僕はずっとあそこにいるから、オードに転移魔法使ってもらえたら、いつでも会いに来れるよ。楽しみにしてるから」

「約束ですよ。すぐに会いに行きますから」

「はは、せっかちだな。ちゃんとやることやらないと、お説教だからね」

「はい。分かりました」

 ぎごちない笑顔でコンラートは答えた。その笑顔に胸が突き刺さったフェルナールは、ぶつぶつ呪文を唱えると、空中に浮かんだ小さな魔方陣が現れ、そこから笛のようなものが浮かび上がってきた。それを掴んだフェルナールは、コンラートに差し出した。

「旅は危険を伴うからね。まあ、君の実力は確かだし、レオンや仲間たちも申し分ないから大丈夫だと思うけど、もしどうしようもないことがあったら、これを吹くといい。助けにいくから。ただ、それ1回吹いたら壊れてなくなるから、気をつけてね」

「わあ。ありがとうございます。叔父さんがそばにいてくれるみたいで、うれしいです」

 差し出された笛を笑顔でコンラートは受け取った。ニヤニヤしているフェルナールを見て、こいつがこんなに親馬鹿ならぬ叔父馬鹿になるなんて想像すらできなかったなあ、なんて思ったレオンハルトは、右手をフェルナールに差し出した。

「次にお前のところに行くときは、イェルマを連れてくるよ。それまでギルモアなんぞにやられたりするんじゃないぞ」

「お前こそだよ。たまにはクルトの陰に隠れてないで、いいところを見せてやるんだね。クルトに愛想を尽かされたお前なんて、用無しなんだから」

 レオンハルトの差し出した手を握り返したフェルナール。それにレオンハルトは苦笑いで返した。

「お前に言われなくても必死だよ。私に似て優秀だからな、クルトは」

「お前じゃなくて、姉さん似だよ」

 フェルナールはレオンハルトの手を離し、ツェーとシシャーを呼び寄せると、転移魔法を発動させて姿を消した。


 フェルナールたちと別れたレオンハルトたちは、ブロンテスの家で睡眠を含めた休息を取らせてもらうことになった。

 シサクに行くという用事を済ませたので、ついにビルカへと向かうことになるのだが…

「ここからビルカへ行く道ならあるけど、ほとんど人通りがないから、ある意味スゴい道だぞ」

とブロンテスがオドしをかけてきた。

「看板とか集落とか、目印になりそうなもの、あるんだろうか」

 ファーゼルがブロンテスにおそるおそる尋ねた。不安になるのも仕方がないと思ったブロンテスは、引き出しから一枚の紙を取り出した。

「昔、旅商人からもらった北方の地図じゃ。これを見る限り、いくつか集落はありそうじゃけど、いつ頃に作られた地図か分からんから、書かれている集落が今もあるかどうかも分からん。目安ぐらいにしかならぬが、ないよりはましじゃろう」

「いや、そんなことはない。ありがとう」

 破顔したファーゼルは、古地図を恭しく受け取った。

 それを広げると、ブロンテスの小屋からビルカは直線で北西にあるようだが…

「かなり、道がうねっているなぁ…」

 レオンハルトは、ため息をついた。

 山岳地帯を抜けなければならないので、いくつもの高山を掻い潜りながらの踏破になりそうだ。しかも、書き込まれている集落の名前は、どれも聞いたことのないものばかり。ロデアの村みたいなところだったらマシだけど、1家族だけだったり、異民族や異教の集落だったら、宿泊するどころか、近づくことすら危険を伴うかもしれない。

「楽しい旅になりそうだなあ…」

 再度レオンハルトはため息をついた。


 レオンハルトの重い腰が上がってブロンテスの小屋を出発したのは、滞在から2日後だった。ここからは野宿の連続になる。

「世話になった礼を兼ねた餞別だ。受け取ってほしい」

とブロンテスから受け取ったのは、たくさんの矢尻、そして肉捌き包丁やら鍋やらの野外調理セットだった。

「特に念入りに作ったから、傷んだりしにくいはず」

 ブロンテスは自信満々だ。パッと見ただけでも質の良さが分かる逸品だらけ。矢尻なんて消耗品だから、良品なんてもらったらかえって気を遣うんだけどねぇ、なんて思いながらも、質のいい矢尻は標的に突き刺さり易く、与えるダメージも増えるので、イーリスはありがたく頂戴した。

 朝食を頂くと出発だ。ここでブロンテスともお別れだ。

「おぬしたちと出会ったおかげで、奇妙で不思議な体験をすることができた。グラクスとも再会できたし、ホントに世話になった。また会うことができたら、おぬしらの話を酒のサカナにして祝杯をあげようぞ。道中の無事を祈っとるぞ」

「こちらこそ、素晴らしい餞別ありがとう。シサクの村人たちの出方が心配だけど、何とかなりそうか?」

 グラクスとグルになって魔鉱石鉱山を使えなくしたとシサクの村人たちから思われているのではないかとレオンハルトは心配したのだが、ブロンテスは豪快に笑った。

「アイツらとは距離を取っているから大丈夫じゃ。しかも、フェル殿から素晴らしい土産ももらっとる。ご心配は無用じゃ」

 傍らに鎮座している石像のようなものを、ブロンテスはポンポン叩いた。フェルナールによると、古代魔術帝国で作られた魔装兵器を改造したものらしく、何でも相手を傷つけることなく追い払うことのできるスグレモノなのだそうだ。どうやって追い払うのかは見てのお楽しみとのことで、詳しくは分からない。もったいぶって話すフェルナールの顔を思い出したレオンハルトは苦笑を浮かべた。

「まあ、アイツが寄越したブツだから、確かに要らぬ心配か。アイツほど不死者らしかぬヤツはいないからな」

「そうじゃな。とにかくワシの心配は要らぬから、自分達の旅のことだけ考えておれ。それじゃ、達者でな」

「こちらこそ、世話になった」

 レオンハルトは手を差し出して、ブロンテスと固く握手をした。


つづく

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