第24話 えっ、マジかよ…

 既に満月は中空を過ぎ、西へと傾きつつあった。多くの人々がまだ夢の園で戯れている頃、シサクの村人は、老若男女分け隔てなく、寝床から程遠い場所にいた。太陽ではなく何故満月が浮かんでいるのか。なんで青空ではなく夜空なのか。彼らからすると怪奇現象そのものの様子に話題持ちきりの中、ある村人がグラクスの姿を見つけた。

「おぬし、ひょっとしてグラクスではないか?」

「なんじゃと。グラクスが帰ってきたのか?」

「誰か、シュロスに連絡を」

「ファソラ様には誰が…」

「あの魔女なら、もういないだろ」

「そういや、ファソラの仲間とかいう不気味なヤツはどこへ行ったんだ?」

「そういや、見当たらないなあ…」

「うおっ。村の外に恐ろしげな者共が…」

「見ちゃいかん。目を合わせたらいかん」

 村人たちが大勢集まってきて、あれこれ好き勝手にしゃべりまくり、収拾がつかなくなってきた。グラクスや側にいるブロンテス、そしてレオンハルトたちも当惑してしまっている。

 その時、フェルナールが右手に長杖を顕現させると、それを地面に突きつけた。細身の魔法使いにしか見えないのに、杖を地面に突きつけただけで、ドオンという轟音が響き渡り、僅かに地面が揺れた。これには皆が驚き、一瞬の静寂が訪れる。この一瞬にフェルナールが大声を張り上げた。

「僕は騒々しいのが嫌いだ。ちょっと黙ってくれないかな」

「そなた、何者?」

 村人の一人が問いかけた。フェルナールは、その村人に冷たい視線を向けた。

「僕の名前はフェル。人呼んで、次元の大魔導フェル」

「だ、大魔導さま?!そんな偉いお方が?」

「誰か、すぐにシュロスに伝えろ。次元の大魔導フェルさまがおみえだ」

「大魔導さまを連れてくるとは、グラクスも大したものだ」

「なかなか帰ってこれん訳だわい」

「これで、村も安泰だ」

「外にいる恐ろしげなものがこっちに来ないのは、大魔導さまのおかげか!」

「大魔導フェルさまバンザイ!」

 またもや、周りは騒然となった。だが、これには何もフェルナールは言わない。それどころか、称賛の声に対して手を振ってさえいる。自分が主人公になったら騒々しいのも気にならないのか。身勝手なヤツだとレオンハルトは思ったが、とんでもない魔術を解除してのけたのだから、このくらいの我が儘は許されても仕方がないかもしれない。

 やがて、レオンハルトたちの前に、身なりのいい年配の男性ドワーフが現れた。村人の一人がその男性ドワーフに話しかけた。

「シュロスさん。そこにおわすお方が、大魔導フェルさまです」

「おお、そうか」

 村人に案内されてやってきた年配の男性ドワーフのシュロスは、フェルナールに一礼した。

「お初にお目にかかります。村長のシュロスと申します。遠いところ、ようこそお越し下さいました。ありがとうございます。委細はグラクスからお聞きかもしれませんが、改めて私の方から…」

「いや、結構だよ。そういうことには興味がないから、聞きたくないな。そもそもここに来たのは、僕の甥っ子に、友達のグラクス君の頼みを聞いて欲しいと言われたからであって、この村に深入りするつもりは全くない。夜が明ける前には帰るから、盛大に見送ってね」

「そんな。大魔導さまといい関係を結びたかったのですが…」

「うーん。残念ながら、僕には全くメリットがないねえ。ただ、気になることが一つだけあるから、お節介をして帰るつもりだけど、いいかな?」

「はあ、何でしょう」

 シュロスは顔じゅうに失望の色を漂わせて、フェルナールに尋ねた。そんなシュロスの内心になんか興味がないと言いたげにフェルナールは答えた。

「ここに漂う魔素の多さが気になるんだよね。このままだとマズいことになりそうだから、これから封印を施す。いいよね」

「………」

 シュロスは返事をしない。やり取りを側で眺めていたレオンハルトは、魔方陣作成に取りかかる前にフェルナールと交わした言葉を思い出していた。

 ここの魔素の多さが気になっていたレオンハルトは、フェルナールに相談をしていた。何故こんなことが起きているのか。フェルナールが出した結論は、ただ一つ。

「魔鉱石を大規模に採掘している」

 それも長期間。おそらく、違法取引でもしていたのではないか。村人たちが石化されたせいで採掘場が放置され、魔素がダダ漏れになっていることが原因だろうということだった。だから、魔素対策を提案したら、村人たちは渋るはずだ。

 村長の予想通りの反応に、レオンハルトはため息が出た。グラクスの地元が魔鉱石の密売拠点だったとは。さて、どうしたものか。

 レオンハルトが苦慮しているのに対して、フェルナールは直球勝負だった。

「まさか、魔素を垂れ流しにして魔界の門を開こうなんて、考えている訳じゃないよね。なら、僕の提案に文句はないはずだ」

「このくらいのことは、私たちでなんとかできます。わざわざ大魔導さまのお手を煩わせるようなことは…」

「ちょっと、よく聞こえなかったんだけど。何だか、僕の意見を否定する発言が聞こえた気がしたけど、気のせいだよね」

 フェルナールは、再度杖で地面を突きつけた。ドオンという重低音と共に、地面が揺れる。たが、不思議と建物が崩れたりしない。こんな超常現象を引き起こすフェルナールに対してシュロス以下の村人たちは顔面蒼白になった。

「ま、まさかそんな…大魔導さまのご提案を否定するなんて、あり得ませんよ」

「いやいや、まことにありがたいことで」

「わしらのことを考えて下さる大魔導さまには、感謝しかありませぬ」

「あぁ、ありがたやありがたや」

「まさか、鉱山が使えなくなるわけではないだろうから、大丈夫だろう」

「もし鉱山を塞がれても、また発掘すればいいだけだし」

 時折入る不穏な声については聞いていない振りをしつつ、フェルナールはつぶやく。

「魔素漏れの原因となっている鉱脈全体に、魔力隔壁を施す。鉱脈の魔鉱石が動力源になるので、隔壁がなくなることはない。もちろん、君たちが生きていくために必要な魔素が出るように、所々に通気孔を開けておくから、安心して欲しい。まあ、こんなことを考える不届き者がこの場にはいないと思うけど、」

 フェルナールは一旦言葉を区切ると、周りを見渡して力強く断じた。

「大魔導である僕の魔術を馬鹿にして、鉱脈に手を出そうなんて考えないことだよ。決して破れることはないし、逆に手酷い罰を受けることになる。くれぐれも気を付けることだね」

「わっ、分かりました…。で、その魔力隔壁の設置はいつなされるのでしょうか?」

 このシュロスの問いかけを受けると、フェルナールは杖を左から右に向けて半弧を振った。杖の動きに合わせて虹色の光がたゆたう。杖を振り終わったら地面が一瞬だけ光輝いた。

「これで終わったよ。君たちの石化を解くことに比べれば、大したことではないよ」

「えっ、石化?」

 キョトンとするシュロスたち。その様子を見てフェルナールはくすくす笑い出した。

「そうか。現実味がなくて分からないんだね。石化が始まる10秒くらいの記憶はあるはずなんだけど。そうだよ。君たちは石化されていたんだ。ちょうど半年前に石化されたようだから、これから冬ではなく夏になるから気をつけてね。詳しいことは、そこにいるブロンテス君に聞いたらいいよ」

「そ、そうだったのですか。分かりました。村を救って下さり、ありがとうございます…」

 こう述べるシュロスの感謝の言葉は歯切れが悪く、複雑な表情をしている。鉱山が封印されて怒り心頭だけど、遠いところからわざわざ来てもらった挙げ句に、自分達を石化から助けてもらった負い目があるから、怒るに怒れないといったところか。思いっきり表情に出して分かりやすいヤツだとフェルナールは心の奥底で軽蔑したが、別の懸念が生じたのでレオンハルトに話を振った。

「ところでレオン。この村に送り届けたから、グラクス君とはこれでお別れになるのかい?」

「ん、まあ、そうだな…」

 そんな当たり前のことを何でわざわざ確認してくるんだと一瞬レオンハルトは訝しんだが、このあほうがそんな間抜けなことを言うはずがないと思い直し、しばし考え込んだ。すると、フェルナールからレオンハルトの心に念話が入った。

《連れていくと言え》

と。これを聞いたレオンハルトは一瞬戸惑ったが、グラクスは戦力になるし、話し相手としても相性がいいからここで別れるのは惜しいと思ったので、改めてグラクスに向き直った。

「グラクス、故郷に帰ってこれたところ悪いが、引き続き私たちの旅路に付き合ってもらえないだろうか」

「ど、どうした、藪から棒に。ワシは独り身じゃから、別に付き合っても構わんが」

「そうか。それはありがたい。今後ともよろしく頼む」

 レオンハルトはグラクスに手を差し出した。

 その手をグラクスが握り返す。

 そしてレオンハルトは、シュロスに尋ねた。

「グラクスさんをお借りするが、よろしいだろうか」

「わざわざ私に確認なさらなくても構いません。我が村人のこと、是非ともよろしくお願いします」

「ありがとう。この礼はいずれさせていただく」

 ということで、引き続きグラクスとは旅を共にすることとなった。思わぬ展開にコンラートたち旅の仲間たちが笑顔でグラクスのもとに集まってきた。

コンラート:グラクスさん。これからも、よろしくお願いします。そばにいてくれると安心です。

ファーゼル:あんたがいないと、非常識人ばかりになってしまうからな。俺の心の安定のためにも、居てもらわないと困る。

イーリス:面倒ばかり起こしてくれるけど、居なくなると寂しいからね。

メイレンさん:一緒に旅を続けてくれると安心です(とランスロット卿が言うから)

「ワシもこれで終わりかと思うと、すごく寂しかった。一緒に旅を続けられるのは、ワシも嬉しい。これからも、引き続きよろしく頼むよ」

「これで用事は済んだかな。さあ、みんな帰ろうか」

 グラクスが話し終わったのを見計らって、フェルナールが皆に提案する。だが、レオンハルトがフェルナールの前に進み出てきた。

「帰る前に、村の外にいる怪しいギャラリーどもを追い払ってくれんかな。せっかく助けたのに、村の人たちがアンデッドどもに全滅させられたとなったら、寝覚めが悪くなる」

「おっと、そうだった。帰る前に片付けとかないとね。ついでにレオンも、ヤツらが近寄ってこれないように、まじないでもしておいてくれんかな」

「分かった。私の神通力はまだ弱いから、クルトにやってもらおう」

「じゃあ、これでホントに終了だね。それじゃ、みなさん、達者でね」

 軽い調子でフェルナールはシュロスたちに手を振ると、さっさと村の外に向かって歩き出した。フェルナールのあまりにもあっさりした態度に唖然としつつも、レオンハルトたちもその後に続いた。


 村の外で待機していたツェーとシシャーとの合流を果たすと、フェルナールの指示を受けたシシャーがアンデッドどもを追い散らし始め、レオンハルトの指示を受けたコンラートが厄除けのまじないを施し始めた。

 その間、レオンハルトはフェルナールに問いかけていた。

「ところで、何であの時、グラクスを旅に連れていけって言ったんだ。せっかく帰らせることができたのに」

「ふーん。レオンは連中の態度を見て、何とも思わなかったのかい」

「何だよ、もったいぶって」

「別にもったいぶっている訳ではないんだけどね」

 フェルナールは頬をかいた。

「大事な収入源だった鉱山が僕に封印されてしまったから、きっと村人たちは僕のことで怒り心頭だと思う。でも、僕のことが怖いから、僕に直接復讐することなんてできない。たから、その代わりに、僕をつれてきたグラクス君に、激しく八つ当たりするだろうね。村八分くらいで済めばいいが、激しく苛め抜かれるかもしれない。まあ、あの村にいたら、グラクス君は確実に不幸になる。だったら、レオンたちと旅を続けた方が幸せというものだよ」

 このフェルナールの話を聞いて、レオンハルトはショックを受けた。

「そうか、迂闊だった。何か別の方法を考えるべきだったかな」

「いや。あの鉱山は封印するしかなかった。王国に知られてしまったら、あの村は軍に蹂躙されて王国の管理地になり、村人たちはあの村から追い出されて離散を強いられ、食うや食わずの生活を余儀なくされてしまっただろうね。住む場所を失わずに済んだだけ幸せというものだよ。だから、深く考えても意味はないよ」

「そうか。このこと、グラクスには言わない方がいいよな」

「そうだね。時間がたってどうしても帰りたいと言い出すまで、伏せておいた方が賢明だと思うよ」

「いろいろ忠告ありがとな。まさかこんなに、お前の世話になるとは思わなかった」

「いいさ。さっきも言ったけど、お前やグラクス君、あの村人たちのためにやったんじゃない。クルトが頼んできたから、やったんだ。クルトが満足してくれたのなら、それでいい。あの村人どもからどう思われようとも知ったことではないし、お前に感謝される筋合いでもない。ただ、そんなに引け目を感じてくれたのなら、1つ僕の願いを聞いてくれないかな」

「なんだ、改まって」

 不死者からの願い事と聞いてレオンハルトは警戒する素振りを見せた。それがあまりにも仰々しく見えて、フェルナールはケラケラと笑いだした。

「なあに、そんな大したことではないさ。せめて年に2、3回くらいは、クルトを連れて遊びに来てくれ。元気に成長している姿を見たいんだ。もう僕は血を繋ぐことができないから、クルトの成長だけが楽しみなのだよ」

「何だそういうことか。分かった。たが、クルトが反抗期になったら、連れてこれるかどうか分からんぞ。その時は知らせてやるから、お前から訪ねに来るんだな」

「反抗期か。懐かしい響きだ。分かった。どうなるか楽しみだ」

 フェルナールがこう言うと、レオンハルトと二人して笑いあった。


つづく

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