第7話 機動兵器ムガンダー

 宵もふけて子供のコンラートは簡易宿泊のできる二階の部屋に上がったので、一階の居酒屋には大人三人だけが残り、引き続き酒を交わしながら談笑にふけっていた。この頃にはコンラートの魔法の効果も切れ、グラクスは正気に戻っていた。

「生まれて初めて魔法というものをかけられたけど、別に何ともないものなんだな」

「こっちは何ともなくなかったけどね」

 わめくグラクスをなだめたり背負ったりして一番迷惑を受けたレオンハルトに切り返され、グラクスは神妙になった。

「だから、ここの飲み代はワシが払うと言っておるだろ。勘弁してくれい」

 グラクスは、自身はウィスキーと思っている飲み物をあおった。実際は、事前にレオンハルトがマスターに耳打ちして、ウィスキーを数滴垂らしただけの水割りだが。

「ところで話を戻すけど、実際どうやってこの街から出るの?関所には、さっきみたいな得体の知れないゴーレムもどきが、うろうろしているし」

 イーリスの問いかけを受けたレオンハルトとグラクスは、腕組みをしてうなった。偶然とその場しのぎでたまたま街の中には入れたけど、出るときも偶然とその場しのぎに賭けるのは危険すぎる。

「地下通路でもあれば、ゴーレムどもの心配をする必要がないんだけどなぁ」

 この時代の比較的大きな都市には、地下に下水道が整備されている。地下通路の横に下水路が流れている。下水道なので天井高はせいぜい2メートル程度だから、大きなゴーレムは通れない。何かあってもすぐに修繕できるようにするため、そして万一の際に避難通路として使えるようにするため、通路には燭台が設置されている。当然王都には縦横無尽に下水道が張り巡らされているが、いくら北方最大の商業都市とはいえ、ザダルは南方に数多くある商業都市と比べると見劣りするので、果たして下水道が整備されているかどうか疑問だ。

 再び沈黙が訪れ、しばらくするとマスターがつまみを持ってきた。無愛想で朴訥そうな人相の悪いマスターは、しわが伸ばされた紙をレオンハルトに差し出した。

「あるよ」

「えっ?」

 レオンハルトは差し出された紙を広げた。見たところザダルの市街図のようだ。道路の部分に、ところどころ赤い線が引かれている。

「ひょっとして、赤い線の部分が地下通路なのか?」

「そうだ」

 赤い線を辿ると、シサクへ向かうルリテーラ街道に出れる通路がある。これは渡りに船だ。

「こいつはありがたい。この地図、いくらで貰えるんだ?」

「それは、サービスだ」

「えっ」

 こんな精巧な地図がタダ?どういうことかと理由を尋ねると

「版画だ。いくらでもある」

とのこと。ん、何だか少し前にこういうやりとりをしたような気がするが…

「マスター、ひょっとしてレギナに兄弟がいる?」

「よく知っているな。レギナにいるのは六番目の兄だ」

「ここの居酒屋の名前も、サンジョルジュ?」

「そうだ。居酒屋サンジョルジュ・ザダル店だ。全国にチェーン展開している」

 マスターの言葉を受けてレオンハルトは、あることを思い出し、ごそごそと皮袋の中を漁った。

「ひょっとして、この割引券が使えるのかな?」

 皮袋から取り出したチケットをマスターに差し出すと、マスターはチケットを受け取りカウンターへ戻った。カウンターの中で何やらごそごそしたあと、マスターはあるものを持ってレオンハルトの元に戻ってきた。

「下水道を通るのなら、これが必要だろう。持ってけ」

 レオンハルトが手渡されたのは、数本の松明だった。明かりがなければ暗闇の地下通路を歩くことすらできない。

「ありがとう」

 これから酒を飲むときは、居酒屋サンジョルジュに行こうと心に決めたレオンハルトは、松明をありがたく受け取った。


 翌日、レオンハルトたち一行は、ザダルの下水道を歩いていた。下水道は暗く、そして臭い。そんな中で一人とても張り切っている奴がいる。グラクスだ。

「ドワーフは地下に強い。任せてくれ」

と言って、背丈が低くずんぐりとした体形からは想像できない足の速さで、どんどん先を歩いている。普通の人間には備わっていない暗視能力があるので、イーリスが持っている松明も必要ない。

「ちょっと待て、グラクス。地図を見て確認しながら行かないと迷うだろ」

「地下の道は頭に入っている。大丈夫だ」

 レオンハルトの意見にも聞く耳を持たない。グラクスが選ぶ道が正しそうであれば気にしないが、曲がるべきだと思う道を直進したり、直進するべきだと思う道を曲がったりするから心配になる。本当に大丈夫だろうかと思って歩いていると、暗闇に包まれている地下通路がだんだんと明るくなり、行く先から人の話し声らしきものや金属を叩く音が響いてきた。次第に松明の光が不要なくらいに明るくなってきたので、松明の火を消す。怪しいから立ち止まって、行く先からこぼれてくる話し声に聞き耳を立て、様子を伺うべきなのに、ここでもグラクスは聞く耳を持たず、

「出入り口に人が集まって、しゃべっているだけだ。何で心配する必要がある」

と全然取り合わない。そう決め付ける根拠は何だ?と他の三人は同時に思ったが、先走るグラクスに仕方なく付いていく。しばらく歩いていると、行く先は天井が高く広い空間になっているのが分かった。多くの人たちが走り回り、何か大きなものに手を加えているようだ。人の話し声もだんだんクリアになってきて、

「そこ、違うだろ!」

「申し訳ありません、シド様」

という声が聞こえてくる。明らかに怪しいのが分かってきたのに、グラクスは全然立ち止まろうとしない。仕方ないからレオンハルトは、先を行くグラクスの襟首を掴んだのだが、

「何じゃ貴様。ワシを怒らせたいのか?」

と凄んでくる始末。これにはレオンハルトもムカッときたが、仲間割れしても仕方がないのでレオンハルトは矛を収め、グラクスの好きにさせることにした。

 更に先へ進むと、先の空間にある何か大きなものは、姿かたちは違うけど街で見かけたゴーレムと同じようなものであることが分かった。部品や工具を持った大勢の人が、ゴーレムに手を加えている。

「そこ、ち~が~う~だ~ろ~!!何度言ったら分かるんだ!」

「申し訳ありません」

 髪はボサボサ、ヒゲもじゃで色黒、体格はいいが背が低いおっさんが、ゴーレムに手を加えている人たちを怒鳴りつけている。見かけからするとグラクスと同じドワーフだろう。聞いているこっちが気分が悪いと思いながらグラクスの後ろを歩くレオンハルト。すると、グラクスは走り出し、愛用の大斧を振り上げてヒゲもじゃおっさんに飛びかかった。

「シド!貴様、こんなところで何やってんだ!」

「貴様、グラクスか」

 寸でのところでグラクスの一撃をかわしたヒゲもじゃおっさんは、ドワーフとは思えない身のこなしでゴーレムの元へと走り出し、あっという間にゴーレムの操縦席に身体を納めた。

「いい年して未だに道も分からないドアホウが、この天才技師シド様に何の用だ?」

「仲間の財産を掠め取って逃げ出した、ただの卑怯者のくせに、何が天才だ」

「貴様らのような凡人がカネを持っていても意味がないから、この天才が使ってやっただけだろうが。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない」

「ふざけんな。どうせつまらん妖術を使ってロクでもないことを企んでいるだけだろ」

「妖術ではない、技術だ」

「場末のいんちきトンズラ妖術師のくせに偉そうなことを言うな。さっさとカネ返せ。貴様のような世界のゴミは、負け犬らしく尻尾を巻いて、最下層の貧民街で息を殺してみじめに人生を過ごすのがお似合いだ。ドワーフのくせにゴブリン以下の生きた汚物。廃棄物めが」

「キッサマァァァ!言わせておけばァァ!」

 シドは、剣を持っているゴーレムの右腕を振り下ろさせた。だが、グラクスには当たらない。でも、そんなことシドは全く気にせず、ご満悦の笑声を上げた。

「この最新機動兵器ムガンダーを前に、貴様に生きる術はない」

 シドに操られているムガンダーという名のゴーレムは再びグラクスに斬りかかったが、これも当たらない。今度はグラクスが反撃に出た。大斧の痛恨の一撃がムガンダーを襲った…のだが、

「ガッキーン」

という音とともにグラクスの攻撃は弾き返された。熊を瞬殺する重い一撃なのに、ムガンダーには少し傷が入っただけだ。

「ワハハハ、ムガニウム合金製のムガンダーに、凡人の攻撃が効くか!死ねぇ」

 ムガンダーの剣がグラクスを襲う。今度の攻撃は正確だ。まさに剣先がグラクスにかかる寸でのところで、何者かの剣がムガンダーの攻撃を防いだ。しかも、防いだだけでなく、ムガンダーの剣をへし折ってしまった。

「なにものだ」

「名乗るほどの者ではないんだが」

 ムガンダーの剣をへし折ったのは、レオンハルトだった。手に持っている剣はみずぼらしく、とてもムガンダーの大剣をへし折れるようには見えないのだが…

「貴様が、この街を占拠した妖術師か?」

「妖術師ではない。天才技術者だ。この街を拠点にして、シド様の技術帝国が生まれるのだ」

「そうか、貴様が犯人か。なら話は早い」

 レオンハルトは、5メートル以上あるゴーレム目掛けて斬撃を放った。斬撃がムガンダーの腹部に入る。すると、グラクスの攻撃では小さな傷しか入らなかったのに、シドが操るムガンダーは、鉄が焼ける臭いとともに上半身と下半身の真っ二つに一刀両断されてしまった。

「そんな、バカなぁぁぁ」

 ずり落ちる上半身からシドは放り出された。這って逃げようとするシドの行く手をグラクスが遮る。

「ひぃぃっ」

 さっきまでの威勢のよさが嘘のように情けない声を上げるシド。シドの背後からはレオンハルト。シドは完全に囲まれた。シドの手下達は、ムガンダーが真っ二つに斬られたことに恐怖してみな逃げ出してしまい、今や誰もいない。

「グラクス、こいつどうすんの」

「そうじゃな。こやつはシサクですでに死罪と決まっている」

「そ、そんな…」

 シドの目には涙が浮かんでいる。直接被害を被っていないレオンハルトはシドに対して特別な感情は一切ないが、グラクスの場合は全く違うようだった。圧倒的優位に立っているグラクスに対してシドは卑屈な表情で訴えた。

「この街の奴らは、しこたまカネを溜め込んでいる。半分やるから見逃してくれんか」

「犯罪の片棒を担げと言うか。テメー正真正銘の史上最低なクズじゃ。貴様の罪は…」

 グラクスは大斧を振り上げた。

「カネでは償えんわい」

 オラァというグラクスの掛け声とともに、泣き叫び恐怖で引きつるシドの首が飛んだ。首から滴り落ちる血を抜いてグラクスは背嚢からぼろ布を取り出し、シドの首を包んだ。

「シサクへ帰る土産ができたわい。これで故郷の連中の溜飲も下がるというものじゃ。できれば蜜蝋漬けにしたいんだが」

「それなら、さっきの居酒屋サンジョルジュに戻るか?あそこなら何でも揃っていそうだけど」

 レオンハルトの提案は、満場一致で採択された。

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