第8話 まさか、そんな…
ザダルの街をあとにしたレオンハルト達は、ルリテーラ街道を北に向けて歩いていた。ザダルまでの北方街道は石畳で舗装されているし、商人に旅人と人の行き交いも多かったが、ルリテーラ街道は街道とは名ばかりで、樹木や草がなくて道と言えば道だけど舗装されていないし、人の行き交いもほとんどない。しかも、山岳地帯にさしかかっているため、アップダウンも激しい。ところどころに村があったので宿の心配をしなくて済んだが、すでに二週間が経過していた。
「山ばっかりで、ほんとつまらん」
レオンハルトがつぶやく。これまで世話になった村々には、賭場はおろか酒場すらなく遊ぶところが全くなかった。村々で振舞われたドブロクでは、酔えても楽しめない。
「数日もすれば、ルリテーラの町に着くわ。それまでの辛抱よ」
「まだ数日もかかるのか」
イーリスが励ましたけど、レオンハルトはグラクスからの報酬に目がくらんだ自分を呪った。というのも、ルリテーラ街道がこうなら、ビリチェス街道も同様と思われる。ということは、グラクスをシサクに送った後、ビルカまで行こうとすれば、こんな山道を何ヶ月も歩かねばならないということだ。
「街で遊んでばかりだと心が病んでしまうぞ。大自然に囲まれてこそ心の健康が保たれるというものじゃ」
グラクスも励ますが、レオンハルトの表情は暗いままだ。
「あんたは故郷に帰るのだからいいけど、私は不健康なところが性に合っているんだ」
「まぁまぁ、ルリテーラもそこそこの町じゃ。少しは気がまぎれるじゃろうて」
「おいおい。街じゃなくて町?」
「それはまぁ、置いとくとして。それよりも、おぬしの持っている剣、見た目みずぼらしいのに、すごい切れ味じゃったな。その剣、名前があるのか?」
「名前か?テンプラソードだ」
グラクスの問いかけに、レオンハルトはそっけなく答えた。
「天ぷら?変な名前だな。カラッと揚げたら食べれるのか?」
「それは知らん。知人から譲り受けただけだからな。」
「ほぉ。おぬしの知人だとしたら、相当の変わり者だろうな」
「失礼だなぁ」
とは言うものの、レオンハルトは気分を悪くしたわけではなさそうだ。グラクスにニヤッと笑ってみせた。
「まぁ、変わり者といえば相当の変わり者だ。ずっとウチに引きこもっているヒッキーで、ずっと風呂に入っていないのか、臭いが相当きつい」
「それは変な奴じゃな。そういう奴こそ、大自然の恵みを受けた方がいい」
「そいつ、人里離れた場所に住んでいるけど、岩山ばかりの殺風景なところだから、大自然の恵みを受けられるかどうか…」
レオンハルトが言葉を止めた。前方から、剣戟や気合の入った掛け声が聞こえてきたからだ。
「お祭りでもやっているのかな」
このレオンハルトのつぶやきを聞いて、レオンハルトの息子のコンラートは、父を白い眼で見た。レギナの街のことを思い出したようだった。
コンラートの予想は的中した。オークの群れが誰かと戦っている。オークとは、顔がイノシシに似た亜人類で、ゴブリン同様、人や亜人類などを襲って食糧物資を奪って生計を立てているロクデナシどもである。襲う暇があるのなら働けよ、とレオンハルトは思うのだが、オークやゴブリンどもにはそういう発想がないようだ。パッと見たところ、オークの数は二十匹ほど。オークが戦っている相手は、二人のエルフのようだった。エルフとは半妖精の亜人類で、尖った耳と白っぽい肌、透き通るような金髪と華奢な体躯が特徴で、魔法が達者である。一人のエルフは、コンラートと同年輩くらいの少女で、エルフの典型といっていいほど魔法を操ってオークと対峙している。こぶし大くらいの石つぶてを浮き上がらせて数体のオークにぶつけている。4~5匹が血まみれで倒れているところから、そこそこの使い手のようだ。ただ、もう一人のエルフは、エルフらしくない戦い方をしていた。十代後半から二十代手前の男のエルフだが、片刃の異国の剣をふるってオークどもに近接戦闘を仕掛けていた。軽やかなステップで踏み込んでオークを斬ったかと思うと、斬撃のあとはすばやく動いて別のオークの棍棒による攻撃をかわす。その軽快さは舞を舞っているかのようだ。
戦いを目の当たりにしたコンラートは、背中に負っているアロンダイトを抜き放って走り出した。
「クルトはどっちの助太刀をするのかな」
「そんなの、決まっているでしょ」
妙なことをつぶやいたレオンハルトを一瞥すると、イーリスは弓を構えてオークに矢を放った。エルフの少女に襲いかかろうとした一匹のオークに命中し、オークはもんどりうって倒れる。イーリスはすばやい動きで矢をつがえ、さらに一匹のオークを討ち取った。
また別のオークが棍棒でエルフの少女に襲いかかろうとしたが、その攻撃はコンラートによって阻まれた。棍棒とアロンダイトが交錯する。当然の結果として棍棒がアロンダイトによって切断され、オークの棍棒の上半分が明後日の方角に飛んで行く。一瞬で武器を失い狼狽したオークは、コンラートの第二撃によって意識を失った。
「大丈夫ですか」
「はっ、はい」
エルフの少女は、颯爽と現れた美少年に驚き、どきっとしたが、そんな少女に振り返らずコンラートは更に襲い掛かってきたオークを斬り結んでいる。コンラートの剣さばきは見事で、襲い掛かってくるオークを全て一撃で倒していった。
一方、レオンハルトは、男のエルフの元へ向かっていた。こちらも襲い掛かってくるオークどもを名剣?テンプラソードで、コンラート同様一撃で葬り去っている。
「何かの縁だ。助太刀する」
「それは助かる」
レオンハルトと男のエルフは背中合わせになって、襲い掛かるオークどもに剣戟を加える。オークどもの攻撃をかわすために二人とも動くのだが、背中合わせは崩れない。レオンハルトと男のエルフの戦い方は全く異なるのに、古くから共に戦っているかのような息の合い方だ。
グラクスは、弓矢で援護射撃をするイーリスを守っている。イーリスたちの存在に気付いたオークの一団が襲い掛かるが、これもグラクスが圧倒的な力で大斧をふるい、オークどもを蹴散らしていた。
十分もしないうちに、オークどもの集団の大半が戦闘不能に陥った。もはや歯が立たないことが分かったオークどもは、仲間を見捨てて我先と逃げ出していった。
「退屈しのぎにはなったな」
逃げ散っていくオークどもを一瞥したレオンハルトは、テンプラソードに付いたオークの血を払うと鞘に収めた。やがて皆、レオンハルトと男のエルフの元に集まってきた。男のエルフがレオンハルトたちに頭を下げた。
「おかげで助かった。礼を言う。俺の名はファーゼル=ト・リース。そして、こちらが妹の…」
「メイレン=タ・リースです」
エルフの少女もちょこんと頭を下げた。ちらちらコンラートのほうを見ているようだが気のせいかと思ったレオンハルトも自己紹介した。
「私は王都からビルカへと向かっているレオンハルト。ちょっとした縁でそこのドワーフのグラクスを、彼の故郷シサクへ送っている途中だ。そして、そこの少年が私の息子のクルト」
「彼は聖騎士ランスロット卿なんじゃ」
「ランスロット卿?あの伝説の?この子が?」
グラクスの言葉を受けてメイレンは、驚きが込められた上目遣いでコンラートをじっと見た。思わず美少女のメイレンと目が合ってしまったコンラートは、ボッと顔を赤らめた。
「僕はそんな凄い人物ではありませんよ。まだまだ修業中の身なのですから」
「謙遜しなさんな、ランスロット卿」
「もう」
勝手に盛り上がっているグラクスたちに構わず、レオンハルトは最後の一人を紹介しようとしたのだが、
「イーリスと言います。よろしくお願いします」
イーリスのあまりにしおらしい態度に、レオンハルトは唖然となった。イーリスよりはやや年下に見えるが、秀麗な顔をしたファーゼルが気になるのだろう。だが、イーリスの淑女ぶりにファーゼルは興味がないようだった。
「ビルカに向かうのか。それだったら俺たちと同じだ。北の蛮族どもが魔王だか何だかを呼び出したらしく、大変なことになっているようなのだ。部族の長から、北方の様子を調べ、場合によっては蛮族の侵入を防ぐようにと命じられたため、向かっている」
「魔王!??」
ファーゼルの話を聞いてレオンハルトは絶句した。そんな話、聞いていない。レオンハルトの驚きようを見て、ファーゼルは不思議に思った。
「何故そんなに驚く?お前たちも北の蛮族どもと戦うために向かっているのではないのか」
「いや、ただビルカへ行けと言われたから…」
「誰から?」
「国王から」
「ろくな装備もなく、一人の兵隊も連れずに?まさか、それって…」
「息子の前で、それ以上は言わないでくれ」
レオンハルトにさえぎられたファーゼルは、レオンハルトを哀れみの目で見た。
「そうか。それは災難だな。俺たちも二人っきりで心許なかったし、ビルカまでご一緒できないかな」
「それは、ありがたい」
レオンハルトはファーゼルに右手を差し出した。その手をファーゼルが握る。レオンハルトの旅の仲間は、コンラート、グラクス、イーリス、ファーゼル、メイレンの五人になった。向かう先が北の蛮族との戦争の最前線であることが分かり、旅の仲間が増えたことを純粋に喜べないレオンハルトであった。
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