第9話 ある寒村での出来事

 新たに二人の仲間を迎えるとともに、魔王と戦うなんて寝耳に水の現実を突きつけられたレオンハルトは、暗澹たる気持ちに包まれて三日が経とうとしていた。その間ずっと山道を歩き続けているので、全く気分が晴れない。そんな中、ある村に辿り着いた。

「妙だな…」

 レオンハルトが見渡した限り、どこにでもある普通の寒村だ。昼の日差しにさらされているぼろぼろの掘っ立て小屋が各所にあり、農機具などが散乱しているのだが、何故か人の姿が全然見られない。

「村総出で山に柴刈りにでも行っているのでは?」

「そんな訳ないでしょ」

 グラクスの意見をイーリスは一刀両断にした。もし何らかの理由で出掛ける必要があったとしても、老人や女子供くらいは村に残るはず。それなのに誰もいないのは、奇妙を通り越して不気味に感じる。レオンハルトたち七人は一緒になって、全ての掘っ立て小屋をくまなく調べたのだが、どこにも人の姿がない。

「…集団夜逃げかしら」

 イーリスのつぶやきにレオンハルトは心の中で同意した。領主の重税に耐え切れなくなって村人みんなで村を捨てて出て行くなんてことは、何度も聞いたことがある。もし集団夜逃げだとしても、掘っ立て小屋やそこかしこに転がっている生活用品の状態を見る限り、つい最近のことと思われる。

「早いけど、今日はこの村で夜を越そうか」

 レオンハルトの提案は、皆の賛同を得ることができた。


 やがて夜がやってきた。ある大き目の掘っ立て小屋でレオンハルトたちが寝支度に取り掛かろうとしていると、外に大勢の人々らしき気配が感じられた。ゴブリンやオークどもが夜襲をかけに来たのかと思ったので、六人は武装して警戒態勢をとる。やがてレオンハルトたちの掘っ立て小屋の扉が開けられた。

「何じゃ、あんたたちは?」

 扉を開けた老人が、驚きの目でレオンハルトたちを見据える。ぱっと見た目、普通の老人だ。

「昼間、誰もいなかったので、勝手に宿を取らせてもらい…」

「お父様、待って。この人、普通じゃない」

 老人に弁解するレオンハルトをコンラートが制した。既にコンラートはアロンダイトを抜刀している。そんなコンラートを見て老人は不気味な笑いを発した。

「フフフフフ。なんとも鼻の利く小僧じゃな。鼻が利いたところで、ヴォルガ様のいけにえになる定めからは逃れられんわ」

 老人の目が真っ赤になり、大きく開けられた口から猛獣のような牙がむき出しになった。

「血飛沫を上げて死ねい!」

 老人とは思えない跳躍をしてコンラートに襲い掛かる。相手が只の子供であれば、死の運命から逃れることはできなかっただろうが、あいにくコンラートは普通の子供ではなかった。

「聖霊招来。破邪の光剣」

 コンラートが放ったアロンダイトの剣閃が、老人を一刀両断にした。右と左で真っ二つになった老人は、強烈に輝いたかと思うと一瞬で消滅した。

吸血鬼ヴァンパイアです。おそらく、村人達は誰かの手によってヴァンパイアにされてしまったのでしょう。ここは危険です。すぐに旅支度をして村を出たほうがいいと思います」

 幼い頃、王都の教会によく預けられていたコンラートは、アンデッドに関する知識が豊富だ。それだけでなく、生来の剣技の才能から神剣を極めており、幼いながら聖剣アロンダイトを託されるほどだ。息子の類まれなる才能を嬉しく思ったレオンハルトは、皆に旅支度を促した。そんな中、メイレンがか細い声を振り絞った。

「この家、不気味な者どもに囲まれてしまっています」

「それは困った」

「何のんきなこと言ってんの。絶体絶命のピンチでしょ」

 イーリスがレオンハルトを糾弾した。だが、レオンハルトは表情を崩さず、火が燃え盛っている暖炉に目を向けた。

「クルト。そういや、アンデッドは火に弱いのだったよな」

「そうですけど。どうするつもりなのですか」

 コンラートの問いかけを受けて、レオンハルトはさっきの老人のような不気味な笑みを浮かべた。

「この家、派手に燃やしてしまおう」

「はあ?」

 ファーゼルがレオンハルトを睨みつけた。レオンハルトはファーゼルの非難なんか気にも留めず、台所にある菜種油を家じゅうに撒き散らした。

「家が燃え上がってアンデッドがひるんだ隙に、全速力でこの村を出る。クルト以外の者は、そこの暖炉にある薪を持って、対アンデッドの武器にするんだ」

 レオンハルトの指示を受けて、グラクス、イーリス、メイレンの三人が、火がついている薪を手に取った。ファーゼルは自身の刀を信頼しているのか、薪には見向きもしない。

 準備が整うと、レオンハルトは家に火をつけた。菜種油に引火して、家はあっという間に業火に包まれた。

「今だ!」

 レオンハルトが先陣を切って外へと飛び出した。メイレンが言った通り、家の周りには大勢のヴァンパイアがひしめいていた。予想外の突然の大火にひるんでしまっているのか、奴らはレオンハルトたちに襲い掛かっては来なかった。

 ヴァンパイアの群れから命からがら抜け出し、村の外に出たレオンハルトたちは、一人の紳士に出くわした。貴族の服装に身を包んだ紳士の目は赤く光っており、体からは瘴気が噴出している。

「よくもまぁ、あの危機から抜け出せたものだ。天晴れだが、貴様らの幸運もここまでだ」

「うるせえ。お前、くさいんだよ。見逃してやるから、どっかへ行きな」

 明らかにやばい相手なのに、何いきがってんだと、心の中でグラクスはレオンハルトに毒づいた。そのやばい奴は、不敵な笑みを浮かべた。

「人間風情が、ヴァンパイアロードのこのヴォルガ男爵に楯突くとは、身の程知らずもいいところだ。貴様ら皆、私の手でヴァンパイアにしてくれるわ」

 ヴォルガというやばい紳士は、長く伸びた爪でレオンハルトに襲い掛かった。レオンハルトは愛剣テンプラソードでヴォルガの爪を受け止めた。

「偉そうな能書き垂れてた割には、しょうもない攻撃だな」

「何だと」

「貴様の敗因は、単独で我々を襲ったことだな。せめて二人は連れてくるべきだった」

「敗因?敗因だと」

 ヴォルガがうめいたとき、コンラートのアロンダイトがヴォルガの内臓をえぐった。そして間髪なくファーゼルの刀がヴォルガの首を刎ねた。

「そ、そんなバカな…」

 首だけになってしまったヴォルガは、情けない声でうめいた。これまで大勢の人間どもを亡き者にしてきたのに、まさか一瞬でこんな展開になるなんて全く予想できなかった。視界に入っていない自分の身体は、すでにコンラートの破邪の呪文によって消滅させられてしまっている。

「どれだけ長い間この世に存在していたのか知らんが、何か言い残すことがあるか?」

 レオンハルトに見下ろされ、ヴォルガはこれまでに味わったことのない屈辱に歯軋りした。

「呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる」

「偉そうな能書き垂れてた割には、辞世の言葉もしょうもないな。これまでいろんなやつに呪われてきたけど、あいにく大した不幸に見舞われたことはない。来世では徳を積んで少しは世の中に貢献しやがれ」

 王都からビルカに左遷させられたのは大した不幸なのではないかとファーゼルが思っているなんて全く想像できないレオンハルトは、テンプラソードでヴォルガの頭を串刺しにした。するとヴォルガの頭は火の塊になり、灰になって消滅した。すると、村にいたヴァンパイアたちの気配も完全に消滅した。

「さぁ。村に戻って寝支度しようか」

「えぇぇぇ!あんなところで一晩過ごすの?」

「寒さで凍え死ぬのがいいのなら、その辺で野宿でもするか?」

 レオンハルトの問いかけに答えられないイーリスは、しぶしぶ提案に従った。

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