第6話 旅は順調…なのか?

 王都から伸びる北方街道最後の拠点都市ザダル。ザダルからは、王都のある真南へ向かう北方街道と、ザダルのほぼ真北にある地方都市ポルヴォへ伸びるビリチェス街道、そしてやや東よりの北にある城塞都市ウェンツァへ伸びるルリテーラ街道の3つが伸びている。ポルヴォから先は未整備の古道が北へ向かって伸びており、その先に北の蛮族からの侵入を防ぐ城塞都市ビルカがある。ポルヴォからビルカまでは行き交う人間の数自体が少ないことに加え、王都に届く情報は更に少ないため、ポルヴォからビルカまでどれだけ日数がかかるか、正確には分からない。レオンハルト達の当面の目的地シサクは、ルリテーラ街道から分かれて伸びる脇道の先にある。古来から交通の要所としてザダルは経済的にも発展しており、表裏問わず様々な店が並んでいて人々を飽きさせない。

 北へ向かう旅人達は、ここザダルで十分に英気を養ってから旅を再開させる。というのもビリチェス街道にせよルリテーラ街道にせよ、北へ向かえば向かうほど魑魅魍魎の類が増えてきて、十分に気を引き締めておかないと精神がおかしくなってしまうからだ。レオンハルト、そしてその息子のコンラート、レオンハルトにシサクへの道案内を頼んだドワーフのグラクス、ひょんなことでレオンハルトたち一行に加わったイーリスの四人は、ザダルでどんな時間を過ごすか、期待に胸を膨らませていた。

 しばらく四人がザダルへの道を歩いていると、まだザダルまでは程遠い場所なのにも関わらず行商人や遊歴の者などの数が増えてきた。さらに歩みを進めるとテントや急ごしらえの建物なども現れ、ちょっとした集落に出くわした。不思議に思ったレオンハルトは、手近な行商人らしき人物に何があったのか尋ねると、行商人は困惑した表情をして答えた。

「ザダルが妖術師に乗っ取られて大変なことになっているんだ」

「妖術師?」

 レオンハルトが詳しく話を聞いたところによると、数週間前、どこからともなく現れた妖術師がゴーレムの軍団を率いてザダルに攻め込むとあっという間にザダルを占領してしまい、そのまま居座っているというのだ。妖術師は北方街道に関所を設け、通行する人に多額の通行料をかけており、それが払えず皆難儀しているという。

「足止めされた人々が仕方なく、この場に止まっているという訳だ。関所がなくなってくれないと商売上がったりだよ」

「ザダルを避けて北へ行けないのか?」

「チャレンジした人は大勢いるけど、誰一人として成功していないよ」

 というのも、ザダルの東と西に大きな山がそびえており、大きな荷物を抱えて踏破することはできないことに加え、ゴーレム軍団が越境を邪魔するというのだ。

「そもそも、そのゴーレムというのがとても変わっているんだ」

「どんな風に?」

 レオンハルトの質問を受けた行商人は、滔々と話し始めた。l

「ゴーレムって、土や金属などで作られた人形に偽物の魂が吹き込まれ、勝手に動き回るものだろ。それがあの妖術師のゴーレムには頭部がなく、その代わり頭部に人が座る場所がある。そこに人が座って取り付けられている取っ手か何かを操って、人がゴーレムを動かしているんだ。ゴーレムって動きが鈍いのが欠点だけど、あの妖術師のゴーレムは、人が操ることで動きが俊敏になったことに加え、得体の知れない金属か何かで作られているので、普通の武器では全然傷つかない。全く厄介だよ」

「ふぅん」

「もし重大な用事がないのであれば、引き返したほうがいい。私も、もう暫く様子を見て何も変わらないようであれば、引き返すことを考えている」

 行商人のアドバイスをありがたく頂戴して礼を述べたレオンハルトは、北への道を諦めて南へと帰ることを決めた

 ………訳がない。

「ザダルって危ないみたいですけど、大丈夫なんですか」

「重大な使命を果たそうとしている我々には、神のご加護がある。心配するな」

「はい、お父さま」

 瞳をキラキラさせて父を見つめるコンラートに対し、神のご加護がある息子のおこぼれに預かろうと考えているなんて、とても言えないなぁ、と思っているレオンハルトだった。


 ザダルは城塞都市ではない。そんな商業都市には似合わない、木造の急ごしらえの安っぽい城壁に取り囲まれてしまった商業都市ザダルの南玄関口に、これまたみずぼらしい関所らしい建物がある。その周りをうろついているのが、先程行商人が言っていたゴーレムなのだろう。背丈が5メートル以上ありそうで、離れて見ても威圧感を感じる。

「行く手をさえぎる悪党どもが。このグラクス様が成敗してくれるわ」

「ちょっと待て。敵の情報が全くないのに俺たちだけで正面突破なんて、自殺行為だ」

「うるさい。レオンよ、おぬしも我が斧の錆になりたいのか」

 グラクスの瞳に闘志の炎が燃え盛っている。それを感じたレオンハルトは、やれやれという表情で息子を顧みた。

「傲精懺心を頼む」

 父の依頼を聞いたコンラートは呪文を詠唱すると、グラクスはおだやかな光に包まれた。レギナでコンラートがならず者どもにかけた、意気消沈させてしまう呪文だ。ならず者どもは力なく座り込んでしまっただけだったが、グラクスの場合は大きく違った。彼は手に持っていた大斧を放り捨てたかと思うと、膝を屈し天を仰ぎ見て大粒の涙をポロポロと流し始めた。

「すんません、すんません。私はあなぐらに住む、しがないモグラです。地面の上に出てきてすんません。迷惑ばかりかけてすんません。迷子になってすみません。生きててすんません。申し訳ありやせんっした~」

 しまいには土下座をして頭を地面にぶつける始末。あまりの仰々しさにレオンハルトは唖然となった。

「…おい、呪文効いているんだよな」

「効きすぎているくらい効いていると思うんですけどね…」

 傲精懺心をかけてこんな反応をされたことがないので、コンラートも当惑している。おお神よ、我を許したまへ~とグラクスが大声を上げてしまったので、ゴーレムの操縦士に気付かれてしまった。

「お前たち。何者だ」

 ゴーレムの剣を持つ右腕は振り上げられ、石弓が装着されている左腕はレオンハルトたちを狙っている。異変に気付いた仲間のゴーレムが、城壁の中から数体出てきた。グラクスは狂ってしまったし、イーリスさんは白兵戦が得意ではなさそうだし、レオンハルトとコンラートだけでゴーレム4体の相手は困難を極める。緊張した面持ちでコンラートは剣の柄を握ったが、当のレオンハルトは殺気を放つどころか、武器を手にしようともしない。レオンハルトは両腕を広げてゴーレムの操縦士に、涙ながらに訴えかけた。

「旅の連れが突然正気を失って、訳の分からないことばかり叫び始めたのです。どちらの騎士様か分かりませんが、どうか休める場所へ連れて行ってもらえないでしょうか」

「お兄さん、私からもオ・ネ・ガ・イ」

「騎士様、おねがいします」

 イーリスにおねだりされ、コンラートに涙ながらの懇願をされた操縦士は、少しばかり考え込んだあと、同僚たちと打合せを始めた。

「相当お困りの様子。今回だけ特例で市内に入ることを許す。急いで町医者に診てもらうとよい」

「ありがとうございます。ありがとうございます。騎士様、心ばかりではございますが、どうかお納め下さいませ」

 レオンハルトは礼を述べながら懐から袋を取り出し、入場許可を出してくれた操縦士に手渡した。操縦士は袋の中身を見ると小悪党の笑みを浮かべた。

「こんな気遣いは無用だというのに。とにかく連れが早く回復することを願っておるぞ」

「重ね重ねありがとうございます」

 レオンハルトはぺこぺこ頭を下げると、未だに涙ながらに神への懺悔を叫ぶグラクスを背負い、イーリスとコンラートを促してそそくさと市内へと入っていった。


 街は静まり返っていた。人の往来を遮断しているのだから、当然といえば当然なのだが、商業都市として一定の賑わいを見せていたであろう街が静まり返っていると不気味だ。しかもメインストリートは戦いの傷跡が残っていて、戦闘の凄まじさを物語っているが、メインストリート以外は無傷であることから、電光石火の勢いであっという間に占拠されたであろうことが容易に想像できる。グラクスを背負ったレオンハルトは、息子の冷たい視線に晒されながら裏町を歩き、数少ない営業中の居酒屋を見つけると、その扉をくぐった。カウンターの中にいるマスターに促されてテーブル席にグラクスを座らせたレオンハルトは、自身も荷物を置いて椅子に腰掛け、マスターに麦酒と適当なつまみをオーダーし、イーリスとコンラートにもオーダーするように勧めた。

 程なくして注文の品がテーブルに並んだ。麦酒を一口飲んだレオンハルトにイーリスが冷たい声を出した。

「…いくら何でも、あれはみっともないわ。ちょっと興ざめ」

「ふん。何とでも言ってくれ」

 レオンハルトは、麦酒をググッと飲んだ。

「正気を失ったグラクスを守りながら、どれだけの戦闘力を秘めているか分からない相手と戦うなんて、危険きわまる。そんな無謀な戦いを仕掛けてクルトが傷つくくらいなら、私のプライドが傷つくほうが一億倍マシだ。クルトを守るためなら、土下座だろうと靴をなめることだろうと何だってしてやる。誰かを守るために自分を犠牲にすることこそ、真の騎士道というものだ」

 父のこの言葉を聞いて、コンラートは真っ赤になってうつむいた。イーリスと同様、さっきの父の行動があまりにも情けなくて、父を軽蔑しかかっていたのだ。父の深い考えに全く気付かい自分の短絡さに恥じ入ってしまったのだが、イーリスは違った。レオンハルトの臨機応変さに驚くと同時に、何故辺境中の辺境であるビルカなんかにレオンハルトが飛ばされることになったのかが不思議だった。まさかコンラートが王太子に妬まれたせいなんて思いもよらないだろう。

「あんたの騎士道なんて、別にどうでもいいわ。そんなことより、街の中に入ったはいいけど、どうやって出るつもりなの」

「そんなの、考えているわけないだろ」

「人生行き当たりばったりが、あんたの家訓だったかしら」

「違う。人生何とかなる、だ」

 何が違うのかさっぱり分からないイーリスであった。

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