第19話 次元の大魔導(前)
フェルナール=ト・クリールは、大森林地帯にあるエルフの国、クリール公国の公子であった。ちなみに、ファーゼルとメイレンさんは、クリール公国の貴族リース家の子女である。
幼いころから両親と姉の寵愛を受けて育ったフェルナールは、公子としてふさわしい魔力、判断力、そして勤勉さを兼ね備えていたのだが、美貌、知力、寛容さと親愛さだけでなく、公国の成立以来最高と称賛される絶大なる魔力を兼ね備えた天才の姉と、何かと比べられてしまうという不遇にも満ちていた。
「自分が成長しきれないのは、生ぬるい環境にいるせいだ」
という結論に至ったフェルナールは、父に旅路に出ることを願い出る。
大事な跡取りを危険な外界に出す訳にはいかないと、当初父からは反対された。だが、フェルナールの意思は固く、このまま父の跡を継いで国公に即位したとしても、姉の名声を前にして埋没してしまい、民から敬ってもらうことができなくなるとフェルナールは熱心に語り続け、何とか旅時に出る許可を取り付けた。
フェルナールにとって、外界は新鮮で衝撃的だった。クリール公国を出て程ない場所にある町で冒険者登録をしたのだが、あらゆる冒険者パーティーから勧誘を受ける人気者になった。エルフという種族は、希少な地水火風の属性を持つ精霊魔法を使える。たいていは1つか2つの属性しか使えないのだが、メイレンさんは火以外の3種、フェルナールに至っては全ての属性の精霊魔法を操ることができる。それでいて、故郷を離れて人里に出てくるエルフは稀有である。フェルナールが引っ張りだこになるのは、いわば当然であった。
町で最も優秀なパーティーに声をかけられ所属することになったのだが、これがフェルナールの運命を変える。
このパーティーのリーダーは、年輪を重ねた学者肌の魔術師だった。
この世界では、古代語魔術を少しでも使えれば、魔法使いより格上の魔術師と呼ばれる。
リーダーは古代魔術帝国の解明を生きがいにしていた。王都へも出入りして学術図書館へ通い、暇を見つけては論文を執筆して学術会議に提出していたので、リーダーは博士号を取得していた。それもあって、このパーティーは古代魔術帝国がらみの王国からの依頼を中心に受任しており、給金がいいため裕福だった。
古代魔術帝国に関する研究に没頭するリーダーは、世俗への関心が薄いからかカネへの執着も少なく、仲間に対するカネ払いが良かった。そして、人のあしらい方も上手かった。
裕福でカネ払いがいいリーダーの元には、優秀な冒険者が集まる。
人のあしらい方がうまいので、優秀な冒険者たちの尊敬を集めて求心力が高まる。
求心力のある国公になりたいフェルナールが、求心力を持つリーダーに強い関心を持ったのは、いわば当然だった。
魔法を扱う者同士ということもあって、フェルナールはリーダーに盛んに接触し、リーダーの研究をサポートする助手のような存在になった。元から備わっていた勤勉さも手伝って、真綿が水を吸い取るようにフェルナールは古代語魔術そして古代魔術帝国への造詣を深めていった。
仲間たちも親身だった。優秀な者は自身の能力に裏付けされた自信があり、それなりに稼ぐことができるから、卑屈さがない。他者を尊重できる余裕がある。時を追うごとに団結力が上がり、それとともにレベルも上がり、パーティーの名声は王国中に響き渡るようになった。
そんなパーティーが、ある遺跡らしきものを見つけたのは、単なる偶然だった。遺跡らしきものは、広大な森の中ほどにあった。まるで木々が、遺跡らしきものを外界から守ろうとしているようであった。
仲間のレンジャーが「時和草」を求めなければ、森に入ることはなかった。
仲間の一人が、世にも稀な「壊魔病」を患わなければ、仲間のレンジャーが、「時和草」を求めることはなかった。
リーダーの求心力が高くなければ、「時和草」の植生や処方を知る優秀なレンジャーが、仲間になることはなかった。
そして、遺跡らしきものを見つけても、古代魔術帝国に関する知識を持つ者がいなければ、それが古代魔術帝国の遺跡であることに、気づくことすらできなかった。
そして、フェルナールがリーダーに関心を持たず古代魔術帝国の知識を得なければ、中に入ることができなかった。
そもそもフェルナールが、古代魔術帝国に傾倒しなければ、この森自体が生まれ育ったクリール公国の森とは全く異なるものであると気づき、その異質さから危険を感じることができたはずだった。
こうした多くの偶然が重なって、パーティーはこの古代遺跡に入ることができた。
この遺跡の入口は、二人がそれぞれ異なる魔力を練って別の魔術を、二つの魔石盤に同時にぶつけないと開かない仕組みになっていた。リーダーとフェルナールがそれぞれ別の古代語魔術を練って、それぞれ魔石盤にぶつけて扉を開けた。古代魔術帝国の研究者であるリーダーが開扉の知識を持っていることに、誰も違和感を持たなかった。
遺跡の中は、迷路系のダンジョンだった……ように見せかけられたものだった。
これも、リーダーが魔力を符号化して解除した。このことにも誰も違和感を持たなかった。さすがリーダーと称賛の声が上がるほどだった。
幻影を解除して現れた空間は、研究施設と軍事施設を複合化したような、異様なそして途方もなく広い空間だった。
見たことのない、今までの常識では想像することすらできない魔装兵器のような異形が、数えきれないほど並べられ、強力な魔力を宿している宝石やら、古代語で書かれた魔力を有する巻物、書物が、何千年も昔のものとは思えない真新しさで保存されていた。
これらを目の当たりにしたフェルナールは、吐き気を催した。この空間にある、あらゆるものが、悪意に満ちていた。友愛と協調を否定して、人を支配と従属に縛り付けるだけの気味の悪い空間。
「こんなところ、早く出ましょう」
フェルナールは、この言葉を発することができなかった。
横にいたリーダーの表情は、フェルナールの気持ちとは全く真逆のものだった。
歓喜に満ち溢れて、恍惚としていた。
「これだ、これが欲しかった」
リーダーは魔装兵器に触り、魔力のこもった巻物や書物を手に取った。フェルナールはリーダーの肩を掴んだ。
「危険です。触ってはいけません。早くここから出て、厳重に封鎖しましょう」
「ここから出る?なぜ?」
リーダーは、間違った答えを出した生徒を教え諭す教師のような表情を浮かべた。
「これで、噓と欺瞞で民草を搾取して遊び惚けている王族貴族を排除して、皆が幸せに暮らす世界を作り出すことができます。これからがスタートなのに、なぜ出なければならないのですか」
「えっ?」
リーダーの言っている言葉の意味が、一瞬フェルナールは分からなかった。
リーダーは自分と同じ、未知の探究者だと思っていた。
混乱するフェルナールをよそに、リーダーは熱弁を振るい始めた。
「知識とは、世の中に役立てるためにあります。世の中を導く人たちこそ、知識を求め役に立たなければなりません。それなのに今の王侯貴族は、知識を得ようとしないばかりか、世の中の役に立とうともしません。そんな彼らは排除されるべきであり、知識も行動力も備えた私たちが、彼らの代わりに世を治めるべきなのです。彼らを排除する力が、これでようやく手に入りました。これからがスタートなのです」
フェルナール以外の仲間たちは、リーダーの熱弁を聞き入って称賛し始めた。
この光景にフェルナールは愕然となり、そばにある魔装兵器を叩いた。
「こんなものを使って王国と戦えば、大勢の人が戦いに巻き込まれて死んでしまいますよ。止めましょう。世の中を導くなんて、僕たちの役目ではないですよ」
「フェルナールさんは、私のやることに反対ですか」
自分に向けたリーダーの目を見てフェルナールは、ゾクッとした。丁寧に教え諭す優しい目しか知らなかった。今、初めて、絶対零度の冷ややかな、まるで敵を見るような目というものを見た。絶句するフェルナールを置き去りに、リーダーはフェルナールに宣告した。
「あなた、クリール公国の公子なのでしょう。なのに、世の中を導く仕事を放棄しようと言うのですか。所詮あなたも、排除されるべき王侯貴族だったようですね。とても残念です」
言い終わるや否や、リーダーはフェルナールに掌を向けて業火を飛ばした。古代語魔術の詠唱省略シリーズの一つだ。フェルナールは地獄の業火に包まれた。
つづく
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