第18話 ラスボス登場(?)
ドラゴンの頭が模造されているドアノッカーが付いている扉は、すでに開け放たれていた。扉の向こう側はまるで宮殿のようで、中は昼光色の明かりで満たされており、天井に壁、床は磨き抜かれた大理石製。柔らかな色合いが目に優しい。天井は高くシャンデリアがいくつも吊るされており、壁にはいくつも生花が活けられている。かなり広い空間で、ツェーと呼ばれたリッチの先導のもとで、一行は歩みを進める。
しばらく歩くと、奥に黒檀製の執務机があり、そこにシンプルながらもセンスのいいローブに身を包んだ人物が座っているのが見えてきた。頭部は、先ほどのリッチと同じで髑髏だ。その人物は、レオンハルトたちの姿を確認すると、おもむろに立ち上がった。
「やっときたか、レオンハルト。待ちわびたぞ」
「はあん」
レオンハルトは、つかつかとローブの髑髏に歩み寄った。至近にまで近づくとレオンハルトは髑髏を睨みつけた。
「待ちわびるとはどういう意味だ。お前が私に何の用があるというのだ」
「あ…れ……。何で?ひょっとしてオードの支配に入っていない?なぜ…」
「オード?何のことだ?お前、ひょっとして私に、何か隠し事してないか?」
「いや…その、何と言ったらいいか、話せば長くなるというか、取り立てて隠し事というようなことではないというか、常識で考えれば、こんな事態には、なっていないはずなのだが…」
「やはり何か隠しごとをしているな。素直にしゃべった方が身のためだぞ」
「うるさい!」
ローブの髑髏は両手でレオンハルトを突き飛ばした。
「風の便りで知っているぞ。おまえ、『破戒僧』なんだろ。『神通力』使えないんだろ。その剣を手にして騎士になったつもりなんだろうが、『神通力』のないお前なんか、怖くなんかないもんね。さんざん僕にえらそうに説教して馬鹿にして、今までの恨み、今ここで晴らしてやる」
「ギャンギャンうるさいな、息子の前で要らんことを言いやがって。クルト」
突き飛ばされても大した力ではなかったため全く姿勢を崩すことのなかったレオンハルトは、大呪文の詠唱に入った髑髏のことなんか気に掛ける素振りを全く見せず、息子の方を振り返った。
「この髑髏さんは、神の御許が恋しくなったらしい。御許へ向かう力添えをしてやってくれないか」
「ええっ。あの髑髏さん、ハイネスリッチですよね」
「よく分かったな。さっきのリッチよりも強いぞ。いけるか?」
ローブの髑髏の大呪文の影響か、空間に歪みが生じ始めている。古代語魔術に造詣があるメイレンさんは顔面蒼白、ファーゼルたちも魔法のことを知らなくても、空間の歪みやローブの髑髏が放つ覇気に気圧されて体中を緊張させて動けない。そんな中で気安くレオンハルトに問いかけられたコンラートは、父の無理難題に渋面を作りながらも聖剣アロンダイトを抜き放った。
「奥義を使えば、何とかいけます」
「はあん。何を言っているんだ?神官ですらないただの子供が、エルダーリッチすら超える崇高な存在となった私を……」
ローブの髑髏は大呪文の詠唱を止めた。
会話したから止めた訳ではない。この世界の呪文は、思念波を全身から放出することで詠唱されるため、上級者になると詠唱しながら別の会話をすることができるのだ。
あざけっていた口調が、徐々に尻すぼみになっていく。
「えっ?あの子が唱えているのは、まさか聖術?いや、そんな…そんなはずは。いや、間違いない。これはマジでヤバい!」
慌てて別の呪文の詠唱に入ったが、それは強制的に中断させられてしまった。ローブの髑髏の背後に聖なる輝きをまとった十字架が出現し、ローブの髑髏はそれに縛り付けられたしまった。呪文の強制終了は、この影響だ。ローブの髑髏は恐怖で裏返った声を振り絞って喚きだした。
「これはもしや、『聖臨剣』発動の前段、相手に一切手出しできなくさせるための『拘光架』?何で人間の子供が、神剣奥義の『聖臨剣』なんか使えるんだ」
「よくご存じですね。さすがハイネスリッチです。説明する手間が省けて助かります」
コンラートが唱えている聖術も呪文と同じ性格のものだから、同じく上級者であれば唱えながら話ができる。涼しげに語るコンラートに対してローブの髑髏の声色は悲壮感満載だった。
「褒めてくれなくていい。何で人間の子供が神の御業なんか使えるんだ。嘘だろ。ありえんだろ。一体お前は何者なんだぁ」
「私の息子だよ。私とイェルマの息子、コンラートだ」
ローブの髑髏の問いに答えたのはレオンハルトだった。答えを聞いたローブの髑髏の声色は更にヒートアップした。
「何だって!息子!息子だってぇ!!わ、分かった。悪かった。僕が悪かった。洗いざらい白状するから、今すぐその聖術を止めてくれ。なんでも協力するから、許してくれぇぇ!」
ローブの髑髏が悲壮感満載の声で謝罪を繰り返す。その声を聞いてレオンハルトは満足した顔でうなずくと、息子の方へと向き直った。
「まあ、その辺で許してやってくれ。この髑髏には、ちょっと用事がある」
「ええっ。もうすぐで除霊できちゃうんですけど」
父の要望にコンラートは不服そうな表情を浮かべる。ここまで先導してきたリッチは、自らの導師がピンチなのに、まるで骨格標本にでもなったみたいに身動きひとつもせずに、じっとしている。レオンハルト以外の仲間たちは皆、コンラートに同意のようで首を大きく上下に振っている。「うんうん」と同意の声も聞こえる。でも、レオンハルトは折れなかった。
「あんな形をしているけど、あの髑髏はお前の叔父さんなのだ。初対面早々で除霊するのは、さすがに早すぎるのではないか?」
レオンハルトのあまりに衝撃的な発言を聞いて、さすがのコンラートも驚愕してしまい、思わず聖術を中断させてしまった。光り輝く十字架は消え失せ、ローブの髑髏は自由を取り戻した。髑髏は地面に両手をついてうなだれていたが、おもむろにレオンハルトに顔を向けた。
「姉さんの息子か。なるほど。あれだけの力を持っていても不思議と納得してしまうな、何故だか分からんが。レオン、お前の息子は、お前よりも『神通力』が強いのではないか」
除霊されてしまうという絶対的な危機に瀕して極限の緊張状態にいたためか、ローブの髑髏の声色は弱々しかった。問われたレオンハルトは、対照的に元気よく自信満々に答えた。
「当たり前だろうが。個人が何千年も寿命を延ばすより、血をつないだ方がより進化するのだ」
「姉さんとお前の子供だから特別なだけだ。そんな例ばかりではない」
「まぁ、そんな議論は後回しにして、甥っ子に自己紹介でもしたらどうだ」
レオンハルトに促され、ローブの髑髏は姿勢を正してコンラートに向き直った。
「初めまして、我が甥のクルト。大事な血族である君を歓迎する。僕の生前の名はフェルナール=ト・クリール。今は人呼んで『次元の大魔導フェル』よろしく」
「えええぇぇ。フェルナールさまですって!!」
メイレンさんが驚きの声を上げた。
「私、フェルナールさまは旅路の途中で命を落とされたと聞かされていたのですが、本当にフェルナールさまなのですか?」
「そうだよ。そういう君は、リース家のメイレンだね。随分と大きくなったな。そこにいるのは兄のファーゼルかい。たくましくなったな」
髑髏の眼窩がメイレンさんからファーゼルへと移されたのを感じて、ファーゼルは恭しく首を垂れた。
「はっ。そのお姿に対して適切な表現か分かりませんが、フェルナール様もご壮健そうで何よりです」
「ありがとう。しかし、君たちがレオンと共に旅をしているなんて、僕からすると驚き以外の何物でもないよ」
「ちょっと待った。どういうことだ。フェルとファーゼルたちは知り合いなのか?」
レオンハルトが、フェルナールとファーゼルたちの会話に割って入る。それに対してファーゼルは不服そうな表情を浮かべた。
「それはこっちのセリフだ。フェルナール様とレオンはどういう関係なのだ?」
「これは、皆で少し落ち着いて話をした方がいいな。ツェーよ」
「はっ、我が導師様」
さっきまでずっと骨格標本のようにじっとしていたリッチが、フェルナールの前に進み出た。うやうやしく首を垂れるリッチにフェルナールは指示を出した。
「賓客をもてなしたいので、早急に部屋を整えよ」
「仰せのままに」
つづく
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