第20話 次元の大魔導(後)

 リーダーの古代語魔術によって、地獄の業火に包まれたフェルナール。

 只人であれば、痕跡の一つも残さずに燃やし尽くされたであろうが、ファルナールは只人ではなかった。業火の中から光り輝く球体が現れたかと思うと、業火もろとも消し飛んだ。

 ここからは、激しい戦闘になった。

 フェルナール対フェルナール以外全員。

 一方的なリンチ殺人になるはずなのに、そうはならなかった。

 フェルナールがクリール公国の公子であること、そして天才の姉を意識して研鑽を怠らなかったことが、功を奏した。

 フェルナールは、精霊魔法の秘術により地水火風の四界霊王を召喚し、それらを使役しながら、自らも古代語魔術を駆使して戦った。

 この世のものとは思えない光と音で、広大な空間が埋め尽くされた。

 フェルナールの敵は全員が一流なので、手を抜くことなどフェルナールには到底できなかった。

 最後に残ったフェルナール以外、半身が両断されていたり、首が吹き飛んでいたり、四肢がちぎれ飛んだりしていて、五体満足なものは誰一人としておらず、息絶えていた。

 ファルナール自身も魔力も生命力も尽きかけていた。父から託されていた創世級の秘宝もなくなっていた。

 右手しか残らなかったリーダーは、何かの書物を握っていた。

 倒れて生命を失いかけていたフェルナールは、その書物に手を触れて、無意識に呪言を唱えた。すると周囲は暗黒に包まれ、フェルナールは意識を失った。

 しばらくしてフェルナールは意識を取り戻した。

 敵の残骸や血しぶきが乾燥しきっているので、それなりの時間が経っているのだろう。

 見るも無残で汚らわしいから、死体を炎で焼き尽くして処分した。

 空間がやけに明るく感じたので、適当に意識を向けたら空間が少し暗くなった。

 妙だった。ちょっとした身体の痛みや疲労といったものを全く感じない。意識しただけでモノがよく見える。そのおかげで、今いる場所から遠く離れた場所に、下へ降りる隠し階段があるのに気付いた。

 階段を降りると、そこも広大な空間だった。

 ここは、上の階みたいに人を支配と従属に縛り付ける悪意を、全く感じなかった。

 魔術、霊術、聖術の成果、万理に関する研究書物に満ち溢れていた。

 善悪などの人の意思を超えた真理のみが、ここにあった。

 前からあった真理を探究したいという熱意が、フェルナールを支配した。

 偉大な国公になりたいという思いは、もはや完全に消滅していた。

 自分が求心力を手に入れたとしても、判断を誤ることなく民衆を正しい方向へと導くことなんて、できるのだろうか。リーダーのような考え方をしてしまうのではないか。そう思うと、国公になることに恐れさえも抱くようになった。

 それならここで、思う存分真理の探究に勤しみたい。

 あふれんばかりに膨大な資料を解明するため、文字通り寝食を忘れてフェルナールは没頭した。自らが寝食を必要としない体になっていることにすら気づかず。

 フェルナールが一番驚いたのは、今ある世界とは異なる世界が、並立的にいくつも存在しているということを発見したことだった。

 フェルナールは、瞑想することで異なる世界へ自らの魂を飛ばし、その世界に存在する人間と同化するという、次元魔法を編み出した。異世界には自分の常識を覆す発見がたくさんあり、興味が尽きなかった。時間を忘れて異世界の探訪にふけった。

 そんなある日、フェルナールの楽園に、侵入者が現れた。侵入者は二人だった。

 一人はこれまで出会ったことのない神々しさをまとった神官戦士だった。

 神官戦士の持つ錫杖で胸を貫かれ、フェルナールは異世界から強制的に連れ戻された。

「何をするんだ」

 フェルナールは胸を貫いた神官戦士の男に問いかけた。胸を貫かれているのに痛みはない。ただ、熱い。胸を貫かれたことよりも、楽しんでいた異世界探訪を中断させられたことに怒りが沸いた。フェルナールの怒りに対し、神官戦士は更に大きな怒りで返してきた。

「それは、こっちのセリフだ。お前こそ、一体何をしているのだ」

「何をって、真理の探究だ」

「真理の探究だと。これが真理の探究か?」

 神官戦士が大きく左手を振り上げた。神官戦士の左手の動きに沿って視線を動かしたフェルナールは、随分と久しぶりに見る自分の楽園を目の当たりにして愕然となった。

 ヴァンパイア、スペクター、デュラハン、屍竜など、様々な凶悪な死せるもので満ち溢れていた。

「何なのだ、これらは…」

「お前が呼び寄せたのだろうが、エルダーリッチのお前が」

「エルダーリッチ、僕が?そんなわけない。僕は」

「フェルナールなの…?」

 二人目の侵入者が問いかけた。美しく長いプラチナブロンドの直毛を左右でまとめて流し、白皙の美貌が息をのむほど美しいエルフの女性だった。彼女は、フェルナールのよく知る女性だった。

「そうだよ、姉さん。久しぶりだね。僕のこと、分からなかったのかい」

「分かる訳ないわよ。あなた、自分の顔を見たことないの?」

 姉が何かを投げてきた。反射的に受け止めたものは、鏡だった。鏡を手に取って自分の顔を見て、さらに愕然となった。顔の半分が溶けかかっており、骸骨が露見していた。

「うわああ。ぼ、僕の顔がああっ」

 ショックだった。そして一瞬で理解した。リーダーが最後まで握っていた書物で自らが不死者転生していたことを。寝食を必要としない体にはなりながらも、エネルギー源として自らよりも下位のアンデッドを無意識に呼び寄せていたことを。

 慌てふためいているフェルナールから錫杖を引き抜いた神官戦士は、深いため息を吐きながら錫杖を地面に打ち付けた。上部に付いた装飾が、しゃらんと音を立てる。

「何が真理の探究だ。お前が呼び寄せたアンデッドどもが、ここからあふれ出てきて、付近の集落を襲っているのだ。そんなことも知らないとは、お前はただの、あほうだ」

「あほうだと。僕は」

「ただのあほうだ。何回も言わせるな」

 神官戦士の有無を言わさぬ迫力に、フェルナールは息をのんだ。

 神官戦士は自らの額に左人差し指をあてがった。

「お前がここにいるだけで、不死者たちがあふれ出てくる。ハイネスリッチに届きそうな瘴気を持つお前を浄化するだけの神通力を、あいにく俺は持ち合わせていないから、ここで聖牢に入ってもらう」

 神官戦士が聖術を唱え始めると、額にあてがった左指が輝き始める。フェルナールはその輝きに恐怖を覚えた。明らかにやばい奴だった。防御や反撃なんて考えることすらできない。脳内は、ただただ恐怖一色に染まった。

 そんな時に声が上がった。

「お願い、司教様。フェルナールを許してあげて」

 姉が神官戦士の裾を掴んだ。同行者の思わぬ行動に神官戦士は、あっけに取られた表情を、フェルナールの姉に向けた。

「許すって、不死者たちの浄化は、我々の任務ではないか」

「我が儘なのは分かっているわ。それでもフェルナールは私の弟なの。大事な血族なの。フェルには私がよく言い聞かせて、人々に迷惑をかけないようにさせるから。どうか、お願い」

 秀麗な顔を涙に濡らせながらも真摯な青玉のまなざしを受け、神官戦士はたじろいだ。何と答えたらいいか分からなくなり、神官戦士は無言になる。

 フェルナールの姉は、黙ってしまった神官戦士から視線を外すと、振り返ってフェルナールへと歩みを進めた。

「たとえどんな姿になったとしても、あなたを見捨てることが、どうしてもできないの。お願いだから、人に迷惑をかけないところへ行ってもらえないかしら。でなければ、私、責任を取らなければならなくなる…」

 こう告げられて、フェルナールは息をのんだ。美しい青玉の瞳は潤んでいるけれども、鋭く自分を睨みつけている。姉から膨大な魔力があふれ始めていた。姉は弟のことを、無条件で許すつもりなどないのだ。自分とは違って魔法の天才と称された姉が、命を懸けて不死の大魔導となった自分と相対しようとしている。

 フェルナールの答えは、もはやひとつしかなかった。

「ごめん、姉さん。こんなことになってしまって。姉さんの言う通りに、どこか遠い所へ行くよ。迷惑かけないように気を付けるから」

「そう。よかった…」

 姉は笑った。涙を溢れさせながら力なく。故郷でよく見た、心が洗われるような眩しい笑顔とは全く異なる姉の暗い笑顔を見て、フェルナールは自責の念に囚われた。一体何を間違えたのか。フェルナールには分からなかった。

 その時、ふいに頭に衝撃が走り、フェルナールは倒れこんだ。見上げるとそこに神官戦士がいた。神官戦士が右こぶしを硬く握っていたのをみて、殴られたのだと理解した。

「お前、僕を、僕を殴ったな。親にも殴られたことないのに!」

「殴られただけで済んで、ありがたいと思え」

 神官戦士は無表情だが、声は怒気で満ちていた。

「お前の話は、お前の姉からよく聞いていた。素直でまっすぐで、よく頑張る可愛い自慢の弟だとな。なのに、こんなザマとは。あまりのアホさ加減に頭が痛くなる。お前の姉に免じて、今回は大目に見てやる。ただし、条件がある」

 神官戦士は人差し指を立てた。

「今回のアンデッド襲撃事件の犯人は、ここにあったこの剣のせいにする。証拠として持って行くから、文句を言わないこと」

 神官戦士は背負っていた剣を手に取った。このダンジョンで神官戦士が手に入れた呪物だ。精緻な金細工が施され、ところどころに宝石がちりばめられており、明らかに高価そうな剣だ。ただし、鞘から瘴気が噴出しており、明らかに危なそうだ。並の人間が手に持ったら、すぐに呪われてしまうだろう。だが、神官戦士は、自らの神通力によるオーラで瘴気をはじき返しているので、平気そうだ。あっけにとられたフェルナールは思わず、つぶやいた。

厄災のオードテンペスチュアスオードを握って平気でいられるなんて、おかしいだろ」

「テンプラソード?」

「ん、ああ、いや。こっちの話だ、気にするな。それよりも、そのテンプラソード、もちろん持って行ってもらって構わない」

 神官戦士の問いかけをさりげなく流しながら、フェルナールは厄災のオードに念を送った。実はこの時から、神官戦士の神通力と剣の瘴気がぶつかりあって相殺され、消えてなくなっているのだが、この事実に、念を送ったフェルナールを含め、誰も気づいていない。

そして神官戦士は人差し指と中指を立ててⅤサインを作る。

「二つ目の条件は、今すぐこのダンジョンを、ひと気のない場所へ移動させることだ。お前くらいの魔法使いだと、このくらいのことは朝飯前だろ」

「はあ?今すぐだって!」

 こいつ、何言ってやがる。フェルナールは神官戦士を睨みつけた。だが、神官戦士は全く動じる素振りを見せない。

「できないとは言わせない。やれるよな」

 神官戦士はフェルナールの姉へと視線を向けた。姉は小さくうなずいた。

「私がサポートするから。お願いだからいうことを聞いて、フェル」

「わ、分かったよ」

 姉にまで迫られたら、フェルナールには逃げ場がない。

 結局、多くの大切な触媒と多大な魔力を用いて、ダイローム地方にダンジョンごと転移。

 外に出て間違いなく転移できていることを確認した神官戦士と姉は、姉の転移魔法でこの場から立ち去って行った。


つづく

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